四
とある町に佇む、昔ながらの雰囲気を残した屋敷があって、その敷地の中にはとても居心地の良い庭がありました。
ゆったりと腰をおろしたように植わっている木々の間を、くぐり抜けていくように風が吹きました。それはまるで緑の線を描いて行くようで、葉々を擽る風の音が耳に心地よく響きました。
そんな空間に、一組の男女が座っておりました。男女を背中側から見たときに、左側が女の子、右側が男の子です。二人はそれぞれの手に緑茶を持っていて、それをすすっては美味しそうに目を細めるのでした。
少し奇妙な光景にも見えました。
「台風って人知をこえた何かを感じさせるよね」
しばらく風の通り抜けていく様を楽しんでから、不意に女の子が口を開きました。
それに男の子が答えます。
「……低気圧とか?」
「…………わざと言ってる?」
「うん」
「えっ、わざとなの!?」
「うん」
「えぇ……まぁ、それは置いておいて。台風もそうだけど、自然が巻き起こす現象って最早神様によって糸引きされてる気がしてならないのよ」
「ふむ……。まぁ言わんとしてることは……分からないでも、ない?」
「なんでそこ疑問形なの?」
「はは、まぁ続けて」
「うん。だからね、あまりにも人間が環境のことを考えすぎないから、きっとそれを気づかせるために神様が自然災害を巻き起こしてるんだと思うの」
「んん……。神様が起こしてるかどうかはまぁそれぞれの考え方によるから別として、まぁ人間が環境に対して少し奥手っていう節はあるかもしれないな」
「でしょう?」
「でもさ、第一、もし神様が実際にいて、所謂‟自然災害”を巻き起こしているとして、それって神様の視点から見たら自然災害かな。むしろ人間側から見て害を催すから自然災害なんじゃないか」
「神様から見たら単なる自然現象の一つってこと?」
「まぁそんな感じ」
「……でも、神様であったってなくたって何にしてもそうだけど、案外人間って事が起こってからようやくその重大さに気がついたりするじゃない?挙句それが去ったらその対策をちょこっとしただけであとはもう記憶から風化していく」
「喉元過ぎればーってやつか。でもな、今は環境は改善されてきた方だと思うぜ。昔は水俣病やらイタイイタイ病やら……公害と呼ばれるものが……」
「確かにそうだけどそれだって人間が後先考えずバンバン工場を建てた結果じゃない」
「まぁそうだが……。だからその経験から今環境保護意識が高まってきたんじゃないか」
「だけど……。地球温暖化だって進んでるし……結局原子力発電だって完全に廃止されたわけじゃないし。運動はあるけどさ」
「何度痛い経験したって結局変わるにはそれなりの覚悟がいるもんだよ。変わって自分だけがその効果を受けるのはいいけど―――それが良かれ悪かれ―――でもそうもいかない。人は沢山いる」
「もっとさ、真っ先にやるべきことがあると思うの。発電にしたって、太陽光なりなんなり」
「それを作るのだって設置するのだって、色々お金とかがかかるんじゃないか?それにまだ原子力ほどの大量の電力を作り出せるかは……」
「お金ってなにさ!環境ありきじゃないの、まずは!そもそもなんだよ、お金がかかるだの儲からないだの、地球の環境のことはこの星に住んでる全種族の問題なんだからこればっかりは儲けがどうのこうの言う前に全ての国が協力して取り組むべき問題じゃないの!?ねぇ?技術だってそう、そもそも原子力が停止して節電しなきゃならない時だって何とか生活はできてたでしょう?必要以上に作りすぎてももったいないだけじゃない、電機は貯蓄できないんだから。電光掲示板とかああいうのをやめればさらに消費電力を抑えられると思うんだけど、ねぇ!?電気だけじゃない、森林の伐採や自然に帰らないごみを無残に放置したり……」
「………………」
「……あ」
「………………」
「ごめん。取り乱してしまいました……」
「……言いたいこともわかる。垣間見える人間の危機感のなさに焦る気持ちもわかる。地球温暖化が進んで今のような生活が失われるかも、少なくとも今は大丈夫でも将来は分からないって心配する気持ちもわかる」
「…………うん」
「大丈夫。人だってまだまだ腐りきってるわけじゃない。現にボランティア活動やゴミ拾い、植林だって、君と同じように環境を大切に考えてる人たちは自分たちでやれることをコツコツやっているんだよ」
「……うん」
「技術だって進歩してる。今までにできなかったこと、問題だったことを見直して、新しい方向へと進んでいこうとしてる」
「そうだね……」
「文句を垂らすだけじゃない、自分で考えて、今自分にできる最善のことを、一つずつ、一つずつ。そうした小さな積み重ねが、この地球を守る手助けになるんじゃないかな」
「うん」
「今度近くの公園でボランティア団体がゴミ拾いをするみたいだよ。自由参加で誰でもいけるみたいだから、一緒に行ってみるか」
「……うん、いこう!」
庭の木々を静かに揺らして通り抜けていく風を見つめて、風車がくるくると回っていました。
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