二
日本庭園とよんでも差支えのないようなきれいな庭がありました。
お昼時の甘い香りが日差しとともに差し込んで、垂れ気味の木の枝と葉がそれを受け止めて地面に斑の光を描いています。心地よい空間を正面に、一組の男女が座っておりました。二人を背中から見たときに、左側が女の子、右側が男の子です。二人はそれぞれの手に緑茶を持っていて、それをすすっては美味しそうに目を細めるのでした。
何も言葉がない空間でしたが、二人ともそれを楽しんでいるように見えます。
「長閑……だね」
不意に女の子が口を開きました。
「静かな空間って好きだよ?」
少し間を置いた後、男の子が答えます。
「私も騒がしいのは嫌いだけどさ……こういう雰囲気なら好き、かな。シーンとした空間じゃなくて、静けさっていうの。分かる?」
「なんとなく。鳥の声や風で木々が揺れる音、池の蛙がはねる音。色々溢れかえってるはずなのに、なぜかまとまっていて落ち着くような静けさ。無機質じゃなくて、自然の静寂って感じかな」
「……よく分かってらっしゃる」
「まぁ僕もそういう空気は好きだから……ん?」
「あ」「あ」
「……幼虫、かな。どうしてこんなとこに」
「土から出てしまったのか木から落ちてきたのか……どちらにしろ石畳の上は本来コイツがいるべき場所ではないな」
「かわいそうだね。そうだ、土に戻してあげようよ!」
「掘り返さなくても自分で戻ってくだろう。土の上に置いておくだけにしなよ」
「ほいほい……うぇ!?」
「うわああ」「あぁぁ……」
「蟻の巣が近くにあったのか、しまったな」
「うわぁ……っどんどん幼虫にたかってくよぅ……」
「かといっても……あーあー、噛み千切って運んでってるよ」
「どうしよう!苦しそうにもがいてるよ!早く何とかしてあげないと!」
「もうどうしようもないだろう、こうなってしまったからには」
「そんな……うぅ……ごめんなさい……っごめんなさいっ。私がここに置いたばっかりに……」
「蟻も凄い速さで回収に来てたな……。生きるために必死なんだろうな」
「……あの幼虫……もしかしたら私が手を加えなければ蟻にたかられることもなくて、そのまま蛹になって立派な成虫になってたりしたのかな……」
「俺も安易に土の上に置いてやればいいなんて言ってしまった……よく考えてなかった。よく見てみれば、小さい生き物もそこに住んでいるってことを忘れてた」
「なんか……なんていうか、とても複雑な気持ち……。幼虫は私たちのせいで命を落としてしまうことになったけど、蟻たちにとっては突然天から降ってきた恵みなわけで。罪悪感が勝ってるけど……その……あー、分かんない!結局どうしたらよかったんだろうって。もやもやが心の中にかかってるみたいで」
「まぁ………次からは余計な手出しを加え無い様にすればいい。自然界のサイクルに、必要以上に干渉はせずに、自然のあるままに、向かうままにさせればいいと思うよ」
「………………ん」
「この世界じゃ……よくあることだよ」
池の蛙が、蠅を舌に絡め捕って呑み込みました。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
小学生の頃、コンクリートで干からびてしまいそうな幼虫を土の上に置いたら、蟻にたかられてしまったことがあります。
善意でやった行為が想像もしてなかった方向に転がってしまう。
そんな事があるんだと初めて知った事件でした。
それ以来、自然が自身で持つ生きる力に任せて必要以上に干渉はしない様にしてきました。
蝉が天命を全うして死骸になったとして、しかしそれが別の小さい生き物の生きる糧となり、また、彼らが生を終えたときにはまた別の何かの糧となって回っていく。
そんな流れを自分が、コンクリに出てきてしまった幼虫に変な情を抱いてしまったように、あーだこーだ変えてしまうのはどうなんだろうな、と。
よがった考えかもしれませんが、何かを感じて頂けたのなら幸いです。
次回もどうぞよろしくお願いします。