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「この中に一人、ネカマがいる」

作者: アムリタ

 発された言葉に、空気が凍りついた。

 その場にいた者全員が言葉を失い、指一本動かすことができず、なんの動きもないままに時間だけが過ぎていく。

 心臓がきりきり痛むような沈黙が、その場を支配した。


「──な、なぁーんちゃって」

「……え、あ、はは、冗談なのです?」

「はあ…… 団長はんがそないな冗句言うやなんて、うち、ほんま驚きましたわぁ」


 団長と呼ばれた少女が絞り出した声をきっかけに、ようやく他の二人も動き出す。

 あはははは、と和やかな笑い声が、凍りついた空気をゆっくりと溶かしていった。




 21世紀もその終わりが見えてきたこの現代。

 昔から多くの小説や漫画で題材にされてきたVRMMOがこの世に生まれて、早、幾年月か。

 プレイヤーがデスゲームに巻き込まれたり、ログアウトできなくなったり、行方不明になってゲームの世界に入り込んでしまったり……などということは起こらず、市場は順調に成長を続けていった。


 様々なゲームが生まれては消え、ネットゲーマーたちのプレイスタイルにも大きな変化があった。

 そのうちのひとつが、ネカマの減少である。


 ネットオカマ(ネカマ)

 男性プレイヤーが女性キャラクターを使用する、場合によってはリアルにおいても女性であると装うこと、またはそういったプレイヤーのことである。

 逆に男性を装う女性プレイヤーをネナベと言ったりもするが、こちらはプレイヤー人口の男女比もありごく少数である。


 確かに、ゲームの中では魅力的な女性キャラクターが作れる。

 声も、可愛らしい声に変換することが可能である。

 だが、VRMMOでは些細な仕草、癖など、プレイヤーが男性ではどうしても違和感が出る部分が多くなってしまうのだ。


 ネカマにとって男性であると看破されるのは致命的だ。

 看破された瞬間、相手は引く(・・)からである。

 キャラクターが可愛らしいほどその度合いは大きい。

 ドン引きである。


 故に、ネカマをしようとするプレイヤーは減った。

 それでも女性キャラクターを使うプレイヤーもいたが、彼らも中身が男性であることを公言し、ネカマの謗りを免れるのが常であった。




(や、やっぱ言えねぇっ……! 俺は男です、とか!)


 ギルド『クォリスケイア』の団長、キャラクターネーム・エミリアは、笑顔の裏で大量の冷や汗をかいていた。


 彼女は『クォリスケイア』を自ら立ち上げ、ここまで大きくした旗印だ。

 ギルドランキングは中位ながらも、緩く楽しい雰囲気に反してガチなプレイヤーも多く、イベントではそこそこランクインして名前の売れているギルドである。

 ちなみに、名前は語感でつけたので意味はない。


 栗色の長い髪をなびかせ、真っ先に先陣に躍り出る女騎士。

 強く、勇敢に戦う姿とは裏腹に、普段の彼女はよく気が付く心配りの上手な腰の低い人柄で、ギルドメンバーからの信頼も厚い。

 本業は教師や保母ではないかと言われているが、リアルのことをあれこれ詮索するのはギルド内規則で禁止されているので、定かではない。


 彼女に惹かれてギルドに入る者も少なくない。

 そして、ギルドに入ると彼女は親身になってプレイをサポートし、狩りに付き合い、イベントも積極的にみんなで楽しもうとする。

 人気がでないはずがなかった。


 だが、そんな彼女の秘密……

 それは、プレイヤーが男であることであった。


 別に、ネカマであろうとしたわけではない。

 特に性別について公言しなかった。それだけである。

 だが周囲はすっかり彼を女性であると思い込み、そう扱い、気が付けば今更自分は男ですとは言えなくなっていた。


 そして、その苦悩を誰にも言えずにいるのである。


(……ところで、二人ともびっくりしてたけど…… まさか、二人のうちどちらかがネカマだったり……?

 いや、それはないか。特にアニータちゃん、服のセンスもすっごい可愛いし、男があれは無理だよ、無理)


 当たり障りなく談笑しながら、彼は黒のゴスロリを着た華奢な少女のキャラクターを見つめた。




(やべええーっ! な、なんか団長がこっち見つめとる!

 バレたのか? まさか、バレたのかッ……!?)


 その頃、アニータのプレイヤーは白目剥きそうな心持ちになりながらもツンとすました表情をなんとか崩さずにいることに成功していた。


 彼女は、ギルドでもトップレベルの魔法使いだ。

 流れるような銀髪に紅い瞳、という黒のゴスロリが最大限に似合うようにメイキングされた彼女は、ギルドに入った時から黒のゴスロリを着ていた。

 しかしながら黒一色ではなく、折に触れてシルバーのアクセサリーをつけたり、インナーに赤をあわせたり、四季折々のイベントには期間限定衣装をうまくアレンジして着こなしたりと、いわばファッションリーダー的な存在である。


 自分の着こなしだけでなく、メンバーのおしゃれにもアドバイスを送ったりして、しかもそれが好評だ。

 デフォルトのままではなく巧みに組み合わせアレンジしての着こなしは、繊細な女性的なセンスがなければ不可能であるとの評判である。


 だが男だ。


 ネカマがいる、なんて言い出したときには心臓が止まるかと思った。年齢的に洒落にならないのでそういう冗談やめてほしい。

 そう、キャラクター外見年齢13歳のあどけなくも背伸びしたおすまし顔が愛らしい少女の中身は、御年68歳のナイスグレイであった。


 若い頃は服飾関係の仕事をしていた。

 定年になって残ったのは、忙しく働いて若い頃に稼いだ潤沢なお金と、有り余る時間。

 学生の頃は趣味だったゲームに、改めて手を出したのである。


 そして、旧来のMMORPGで女性キャラクターを使っていたノリで、長年の知識と経験とセンスを総動員して可愛らしいゴスロリ少女を作り上げたのが失敗だった。

 なのです、が語尾に来るクール系のキャラ造りもした。

 仕草のひとつひとつにまでこだわった。

 最初は恥ずかしかったが、まあ、彼は懲り性でもあった。


 そうして、現代ゲーム事情におけるネカマの扱いに気付き、改めて調べた時には、もう手遅れであった。


 今更ネカマですとは、しかも定年後のオッサンですとは言えない。

 そんなことしたら、あだ名がロリババアならぬロリジジイになることは間違いない。そんなことになったらもうこのゲームに顔出しとかできない。

 孤独老人、ネットでイジられて恥ずか死ぬ、とか翌朝の新聞に載る可能性を考え、慄くしかなかった。


(ガチャにも随分つぎ込んだし、キャラにもギルドにも愛着あるしなあ…… ほんと、バレるのは勘弁!

 ……いや、もしかして他の二人のうちどちらかがネカマ、ということも……いや、ないか。あれは絶対に女性。50年近くも女性に関わる仕事してきたもん、間違いない。

 特に、アゼハナさんが男とか絶対ないわ。あの優雅でたおやかな物腰、男が真似できるもんじゃないよ)


 なのです、と団長に受け答えを返しながらも、アニータはちらちらと和服を着こなした黒髪のおっとりとした美人なキャラクターを見た。




(なんやアニータはんがうちの方をちらちら見てはりますなあ。

 ……なんやろ、ぼくのことバレたんやろか)


 アゼハナはゲームのキャラクターとしてはそれほど強いというわけではない。剣と魔法の両方を使えるがそれぞれの専門職には劣る、魔法剣士のクラスだからだ。

 だがそれゆえにパーティ構成に縛られず活躍でき、またそれぞれの使い分けも巧みなオールラウンドプレイヤーである。


 和風のアバターを好んで着こなす清楚な大和撫子としても人気が高い。

 仕草のひとつひとつが洗練されていて、上品で、たまに誰かが下ネタでも振ろうものなら「えっと……? すんまへん、うちわかりませんえ?」とおっとりした京言葉で不思議そうにするので、中のプレイヤーは箱入りのお嬢様ではないかと言われている。

 だが、例によってプレイヤーの詮索は禁止なのでその真偽を知るものはいない。


 しかし彼もまた男だ。


 正確には、男子と呼ぶべきだろう。

 まだ小学四年生の少年なのだから。


 ただし、ただの少年ではない。

 彼の実家は老舗の舞台小屋であり、彼自身も役者としての稽古を受けている。

 だが遊び盛りの小学生なのも確かで、女形の稽古にもなる、と親を説得してVRMMOを買ってもらったのだ。


 その際、親から出された条件がふたつ。

 それが「女を演じてプレイすること」と「男だとバレたらゲーム没収」であった。


 幸い、第二次成長期以前の彼なら、然程意識しなくても女性との骨格や動きの癖の差は少ない。

 それに物心ついた頃から長年仕込まれてきた演技のおかげもあり、今まで男だと疑われたこともなかった。


(いややで、ぼくはまだまだゲームし足りひんのに、バレたら強制引退や。時々ログ読まれとるみたいやし誤魔化せへんわ。

 ……でも、ぼくがバレたんとちゃうかったら、まさかこの二人もぼくと同じとか……

 なーんてな、あらへんあらへん! 二人とも優しいて綺麗なお姉ちゃんやで。いつか、ぼくの舞台を見に来てほしいなあ。

 特にエミリアお姉ちゃんやなあ。ほんまのお姉ちゃんはどんだけキレイなんやろ。お姉ちゃんに比べたらクラスの女子とか子供やで。ぼくもこんなお姉ちゃん欲しいわぁ)


 少年らしい憧れとときめきを胸に秘めて、アゼハナはにこにことたおやかに微笑みながらエミリアを見つめた。




 ギルド『クォリスケイア』にはアイドル的な三名のプレイヤーがいる。

 それぞれがある種の理想から飛び出してきたような性格で、クォリスケイアのメンバーの多くはいずれかのファンであるとも言われていた。


「この中に一人、ネカマがいる」


 ……なんてことは、噂や冗談でさえも、人の口に登ることはなかった。






 数年後、主役を得たアゼハナが二人を舞台に招待し自分のことを明かした際に、大変なことになったのは言うまでもない。

連載中の「天龍眼の探索学士」もよろしくお願いします。

http://ncode.syosetu.com/n4292dc/

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― 新着の感想 ―
[一言] どこかで聞いた話ですが、名前の末尾の母音が[あ]の場合中身が男の確率がすごく高いらしいですね。
[一言] さり気なく最初の語りであるエミリアの素性が不明で二重に怖い。
[一言] むーん、読んでて楽しいし、いいんだけど、 なんかタイトルからの印象がこれじゃない感があります 「ーーーなんで、そう思われたんですの?」 とか入れると話が動き出す気もするけど、 やっぱり墓…
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