――俺と彼女。(前)
三話目(前編)を更新しました!!
お楽しみください!
――潜入調査初日――
時間は午後の四時半過ぎ、場所は絹織家前、初めて来たのだが噂に聞いていた通り、お嬢様が住んでいそうな大きなお城、庭で乗馬でもしていそうな感じ。
――――俺の心情とは裏腹に、気持ちの良い穏やかな風が吹いていた。
ついに始まる潜入調査――――一度やると決めてことに対して全力で取り組むのが俺のモットーで、あるが、あるのだが、大きなお城を目の前にするとやっぱり、怖いし、やり遂げれる自身がない。俺が、臆病なのもあるのかもしれないが、こうなっているのは八割方、母さんに支給された変装グッズのせい―――――――カツラだけなのだ。
失敗してほしいの?
何度、思った事だろうか、どこぞの怪盗みたいに特殊なマスクなんてものは想像していなかったが、カツラだけというのも想像していなかった。
「無理あるだろ・・・・」
あまりの絶望的な状況に思わず声に出してしまう。想像してもらいたい、大きなお城の前に、着こなせていないスーツを着た男が一時間近く、うろちょろしているのだ。傍から見たら不審者にしか見えないだろう、さっきからここの通りを行く人行く人の視線が痛い。
今の髪の長さよりちょっと長く所々跳ねている髪型になっただけで絹織家の人達は気づかないと思ったのだろうか――――百歩譲って、絹織家の人にはバレないとしても絹織 文音には絶対にバレるに決まっている。それこそ、今日だって一緒に登校して一緒に校門をくぐり、一緒に教室へ入り、楽しみにしていた席替えだって一番後ろの窓側の最高の席を引き当てたのに、隣を見ると絹織 文音がいる――――ここまでくると運命を感じてしまうレベルだ。
こんな一緒にいてバカなあいつでもさすがに気づかないわけがない。
潜入する前からこんなネガティブなスパイはどこ探しても俺ぐらいだろう―――加えて言わせてもらいと、潜入する前の初期装備が足りなすぎるのも俺ぐらいのはずだ。
うろちょろしているうちに、張り切りすぎて約束の時間より、一時間半早く絹織家に着いていたのに腕時計は約束の時間の数分前を指していた。
身体中の穴という穴からいろいろな汁が出てきそうだ。それに、分かっている。ずっとこうしていても、埒があかないことぐらい――――決めたんだ、全力で取り組むと。
目の前にある大きなお城を吸い込むぐらいの大きな深呼吸をして、俺は絹織家のインターホンを押した。
キーコーン。
重々しい低い音が響く――――これが、富豪の音。うちのインターホンもそんな風に聞こえるのだろうか。全く自分じゃ分からない。
響いた低い音が鳴りやむと、インターホンから女性の声で、
『どちら様でしょうか?』
「あっ、あの、今日からそちらでお世話になる・・・み、水崎と言います!」
痛恨のミス―――偽名を考えていなかった。とっさに思い付いた「水崎」でこれから過ごさないといけない。
『新人さんでしたか、話は聞いております。たたいま、門を開けますので少々お待ちください』
というが、少々も待つ暇もなく、存在感のある大きな門は音を立て、ゆっくりと開いていく。
うちにはこんな鉄格子で出来た門なんてない、木と瓦で出来た門を俺はくぐってきた。絹織家と氷崎家、真逆の思考を持つ俺ら。家の造りからも和と洋で真逆なのだ。
これからは洋(絹織家)にも慣れていかないといけないのだ。
大きな門が開き終えると、
『お待たせいたしました、中へお入り下さい』
「・・・・全然待ってないです・・・」
俺は小さく呟き、一生踏み入れる事はないだろうと思っていた、絹織家の敷地の足を踏み入れた。この、世紀の第一歩はアポロ十一号が月面着陸したことに続くものだと思う。
――――別に言い過ぎではないぞ・・・・俺にとったら、それぐらいのことなのだ。
大理石を敷き詰めた床、大きなシャンデリア、見るからに高そうな絵画―――絹織家に入った感想を述べろと言われたなら、噂通り、見た目通りのお嬢様が住んでいそうなお城。そう答えるだろう。
立派な家だ、家に入ったときはここが日本だということを忘れてしまうぐらいの完成度。映画のワンシーンにいるのかと錯覚してしまった。が、しかし今は違う。
畳の床に、達筆で書かれた掛け軸、見るからに高そうな盆栽―――この和室に俺一人正座で座っていた。
―――こんな部屋もあったのか・・・。
畳の匂い―――俺が大好きな匂いだ。ここが、他人の家でも、それが絹織家だとしても今はとても落ち着いていられた。決して広くはないし、狭くもない。お城の中にある和室ブース、この和洋折衷で絹織 文音は何をしているのだろうか。あいつの姿からは畳なんて想像できない、畳の上で正座をしているのよりも真っ白な大きいソファーにちょこっと座っているのが似合いすぎていて・・・春には花見をして、夏には浴衣で花火大会、秋には紅葉狩り、冬にはコタツに入ってみかんでも―――俺が当たり前のようにしてきたことが絹織 文音では想像できない。
ふんわりと香るい(、)草(、)の匂いに思ってしまう。
「敷き替えたばっかりかな・・・・」
「よくお分かりで」
ついつい出てしまった独り言に、返事が返ってきて会話になってしまう。後ろを振り向くと、やっぱり、この部屋が似合わない上品な身なりの女性が立っていた。
慌てて立ち上がり、一礼をして、
「は、初めまして! ひょ・・み、水崎といいます!」
「ひょ?」
女性はくすっと笑って、
「初めまして。 私は絹織 理沙と言います―――緊張しなくてもいいのよ」
上品に微笑んでいた。
その対応は見た目だけの上品ではなく、中身からの上品が滲み出ていた。
「今日から、働かせていただきます、あの・・・まだ、経験が浅いんですが・・・よ、よろしくお願いします!」
い草の匂いに囲まれていても緊張してまう―――経験が浅いというか未経験。
俺の緊張を和ませるかのように、理沙さんは優しいトーンで話す。
「これから慣れていけばいいのよ――――それに、安心してちょうだい、水崎君のすることはたった一つだから」
「一つだけといいますと・・・・?」
愛馬たちの世話をしてもらう―――こんな任務なら慣れていけばいい。
が、世話をするのは愛馬でも愛犬でもなかった、
「私の愛娘の文音の付き人をしてもらいたいの」
馬よりも扱いが難しく、犬よりも大きい愛娘、絹織 文音の世話だった。
「む、娘さんの・・付き人ですか?」
「そうなの、文音の付き人はいたんだけどね・・・もう結構な歳でね、急に故郷に帰っちゃったから、ちょうど探していたのよ」
「は、はあ・・・」
「紹介するわね」
その言葉を合図に再び開かれた襖から入ってきたのは、綺麗な服を着たお嬢様。
お嬢様は理沙さんの横にちょこんと座り、上品に俺に自己紹介をする。
「初めまして、絹織 文音と言います。これからよろしくお願いしますね」
日頃からは感じ取れない気品さがい草の匂いと共に伝わってくる。
――――綺麗だ。
「あの・・・どうかなさいました?」
「あ、い、いや・・・よ、よろしくお願いします! 水崎 凛っていいます―――あ」
またしても痛恨のミス―――――本当の下の名前を言ってしまった。
気づかれる、終わった―――。終演を感じた俺に、目の前に座っているお嬢様は春の季節が似合う声で言う。
「りんっていうの・・・よろしくね!」
制服を脱いだお嬢様は上品で気品で美しくて――――その笑顔はとても可愛くて。
その格好で街を歩いていても誰も気づかないかもしれない。
でも、俺は、俺だけはお前だと気づけると思う、だって、
――――その筋金入りのバカは変わってないから。
にこにこと笑顔が似合う女――――絹織 文音。
お前が、お前で良かったよ。ほんとに。
「それじゃ水崎君、私の大事な文音をよろしくね?」
「分かりました。頑張ります」
「文音、今日は水崎君にいろいろと、この家について説明してあげて、付き人の責任はあなたにあるのよ?」
「はーい、お母様」
それじゃあね、部屋を出ていく上品な女性―――理沙さん。絹織 文音は母さん似だろうか。微笑んだ時、すごく似ていた。絹織 文音も成長するとあんな女性になるのか―――すこし、口元がゆるんだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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