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――彼女はただただ。(後)

二話目(後編)更新しました!!


お楽しみください!

それから、約一時間。

スマホで、某大人気パズルゲームをしていると、焦点の合わないスマホの後ろで何かが起き上がるのが見えた。何かと言っても、それは絹織 文音。綺麗な五色の球ををもっと揃えたかったのだが、スマホの電源を切り、胸ポケットにしまった。

「目、覚めたか?」

大きな目をぱちぱちとしながら、トーンは低くく、

「どこよ、ここは」

「保健室だ」

「どうして、いるのよ」

「お前が、倒れたからだろ」

「いや、あなたよ。どうしてあなたまでいるの?」

「俺が、運んできてやったんだぜ? あ、感謝なんかいらないぞ、仕方なかったんだし」

絹織 文音は頭を抱え込み、「ほんと?」と聞く、

「あぁ、ほんとだよ。お前・・・・・見た目によらず派手な下着はいてるんだな」

「見たんだ・・・ほんとクズ、変態」

本当は、そんな余裕なんてないぐらい走っていたなんて恥ずかしくて言えない。

「それぐらい、露骨に俺の事を言えるなら、もう元気です」

それに加えて、二発殴られた。完璧に体調が戻っている絹織 文音と教室へ戻る途中、廊下で小声で言われた「ありがとう」に、

――――――――なぜか、恥ずかしくて何も返事を返すことが出来ない。

このまま教室には辿り着けず、二人の足跡だけが響くこの廊下がずっと続けば良いと思った。



体が重い、非常に体が重い。ここの空間だけ二倍の重力がかかっていて、俺は今にも押しつぶされそうな状況だった。と、言っても言い過ぎではない――――だって、母さんの部屋の前に立っているんだ、当たり前だろ。

それを分かっていてなぜ、俺はこんな場所にいるのか、俺だって好き好んでこんな場所にいるんじゃない。

自分の家に帰宅し、自室へ向かう前に、メイドの黒木さんに止められた。

「お帰りなさいませ、凛様。お母様がお呼びしております」

「ただいま、黒木さん――――それで、母さんはなんて?」

「それが、お母様は凛様をお呼びしていただけなので、詳しいことは聞かされていません。でも、お母様の様子によりますと大事なお話があるようでしたので、急いだ方が良いかと・・・・」

「わかったよ、ありがとう。いつもご苦労様」

「いえ、仕事ですから」

――――仕事ですから。この言葉は何度聞いたことだろう。黒木さんは俺が中学に入学した頃にうちに雇われたメイドで、それに俺と歳が四つしか離れていなくて、一人っ子の俺にとっては頼りになる姉ちゃんみたいな人だった。中一の頃、仲良くなりたいと思った俺は黒木さんに下の名前を聞いた。しかし、教えてはくれなかった。

「これからの業務に下の名前は必要ないので黒木と呼んでください」

丁寧に、冷たく。鮮明に覚えている。

それから、今日まで過ごしてきたのだが、黒木さんの下の名前は知ることは出来ず、これからも、知る機会はないんだと思う。でも、それだけではない、一回テストで百点を取った時に笑顔で褒めてくれた事も鮮明に覚えている。あの笑顔も仕事だったとしたら。黒木さんの下の名前を聞くと、どれが建前(しごと)でどれが本音(なまえ)なのか分かるような気がして、それなら本音(なまえ)を知らずにあの笑顔を記憶に収めておきたい。


失礼します、と言って仕事に戻る黒木さんを見て、改めて思う。メイドという仕事こそ、冷たく温かい仕事はないと。


それで、今に戻るが、やはり、

――――――――体が重い。

母さんの大事な話というのは俺にとって、あまり良いものではない。説教で終わるならまだ、マシだ。説教にもいずれは終わりがあるから。俺が、恐れているのは氷崎家と絹織家の問題の話。うちに、絹織 文音を連れてこいと言われ続けてどれぐらいが経っただろうか。

そんなこと、絶対に出来るはずがない。もし、連れてきたとして絹織 文音の命の保証が出来ない。色々なこじつけで母さんを止めてきたが、先月に絹織 文音を連れてこいと言われたときに言った事、

『あいつは、畳アレルギーだから』

この、嘘がバレたのかも知れない。

うちは、すべてが和室。自分で言うのも気が引けるのだが住まいは良いと思う、氷崎家先祖代々が受け継いできた和の心がこの家を表わしているんだと思う。庭には大きな池があり、大きな鯉が二匹泳いでいて、眺めているだけで心が和む。その血を引き継いでいるのだ、洋と和。選ぶなら断然、和。だけど、現代の暮らしでは全て和が良いというわけではない。それが表れてるのはトイレだ。和式だったのをすべて洋式に変えている。これくらいは、ご先祖にも許してもらいたい。和の心があったからこそ、洋に触れる事が出来る。こんなことを言えば、切腹は逃れられるかもしれない。

だが、その切腹を絹織 文音に受けさせる訳にもいかない。

その、嘘がバレたなら素直に謝ろう。そして、障子アレルギーだったと訂正して―――。


重々しい襖を破らないようにノックする。乾いた音が俺に心臓の動きを速める。

「どうぞ」

その言葉を合図に重々しい襖を横へスライドさせた。

「おかえりなさい、遅かったわね」

「ただいま、母さん」

母さんの部屋は殺風景で必要なもの以外は置いていない。だから、この部屋は母さんがいないと生活感がなく、死んでいるようなものだった。

木で出来た長いテーブルに高そうな座布団をひいた座椅子に凛と座っている母さん、俺を見つめる目線が(おれ)を睨む(かあさん)のように感じる。

「違うでしょ、凛? 何度言ったら分かるの」

「す、すいません。お、お母様」

言葉遣いには気を付けなさい――――この言葉は小さい頃から言われ続けてきた。母さんの事はお母様、友達の事は友人、彼女の事は恋人・・・・は、出来たことはないけれど。

『全ての事に凛としていなさい』これが俺の名前の由来らしい。氷崎と名乗るもの者として恥ずかしくないように、俺は今まで母さんからの教育を受けてきた、逆らうことは出来ずに。

――――もう、帰りたい。が、ここは紛れもなく俺の実家、帰る場所はここしかないのだ。

母さんは冷たい視線で俺を直視したまま、本題へと入った。

「それでね、あなたを呼び出したのは、やってもらいたいことがあるからなのよ」

「やってもらいたいこと?」

「そうよ」

母さんは少しも表情を変えることなく、

「あなたにメイドをやってもらいたいのよ」

簡略的に言った。

「メ、メイド?」

「そう、メイドよ。分からない? 黒木みたいな仕事よ」

いや、分かっている、それは分かっているが、なぜ俺がメイドをしなくちゃいけないのかが分からない。

そして、この理解できない状況にさらに追い打ちをかけるかのように、母さんが口を開く。

「絹織家のメイドをするの」

ここで、俺の思考回路はショート。再起動するまで、この現実から逃れたい。が、まぁ、実際にそんなことはなく俺の思考回路はこの時、特別に冴えていたのかもしれない。

「要するに・・・・スパイってこと?」

今の今まで表情を変えなかった母さんの口角が少し上がり、

「正解よ」

微笑んだ。

ついにここまで来たのだ、家同士のトラブルがここまで拗れるとは思ってもみなかった。

相手の家の詳細を掴むためにスパイを送り込む―――映画では盛り上がりそうな展開なのだが日常でのこんな展開、戸惑うだけである。

「なぜ、そんなことする必要が・・・」

これだけは聞いておきたい、母さんは理由なくこんな事をするような人ではないから。

「あのね、凛――――絹織家はうちにとって邪魔な存在なのよ? いわば、敵なのよ、その敵の情報はどんな小さな事でもこっちの手にあれば何事にも有利になるの。情報って形はないけど大きな価値を持っているのよ」

母さんの言うことはすべて正しいように聞こえてしまう時がある。さすが、大学の教授をしていただけの事はある、言葉が持つ力を最大限に引き出し、そこに自分のキャパシティーを加え完成される母さんの言葉には、どんな理不尽があっても逆らうことのできない不思議な力があった。

「わかったよ・・・」

「なら、お願いね。 手配はこっちで済ませているから、早速明日から、帰宅するのは、この家じゃなく絹織家よ」

「・・・・はい」

この返事に意味はない、ただただ、母さんの言うことには理論的に組み立てた言葉たちで反撃するか、「はい」この一言で降参するしかない。逆に言えばこの二つで親子繋がっていたようなものだ、それ以上の事、それ以下の事が無くても、俺と母さんの関係はこの二つが無くならない限り親子で変わりない。人と人との繋がりは十人十色、その数だけ、いろんな出会いがあり、いろんな可能性がある。

自室へ戻った俺は、何を考えることは無くベッドへとダイブした。

この時はまだ、軽い気持ちだったのかもしれない。

俺が二人になり、絡まり出すこれからの事を―――。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


続いて三話目(前編を)更新していますのでよろしくお願いします!

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