七話目以降(1)
最近は忙しくなり、
更新できる日が少なくなると思いましたので、
完結まで一気に掲載します!
こんな形で申し訳ないですが、変わらずお付き合いくださいましたら
幸いです。
また、感想や評価などよろしくお願いします!
これからの執筆活動の励みにしていきたいです。
晴天―――――撫でるよう優しく吹く暖かい風、こんな日には花が綺麗に咲く土手沿いをいつまでも散歩してくなる。
そんな日に紅葉ヶ丘高校、一大行事―――紅葉狩祭が開催された。
この紅葉ヶ丘高校創立と共に始まった紅葉狩祭は今年で六十二回目になり、先輩たちの闘志が積もりに積もった大きなイベントだ。
初日に行われたサッカー大会は、「橘」「柊」「梔」「榛」どのクラスも接戦で、運動が得意な生徒同士がぶつかる灼熱とした試合となった。
試合形式は厳正なる、クジ引きで決まった――――トーナメント戦。
四つしかチームが無いのだから、当然強いチームと当たる確率は高く、うちのクラス、柊は優勝候補とされていた橘と初戦から当たってしまった。初めに言った通り、灼熱した戦いになったのだが、サッカーという競技は実力が出る競技、サッカー部員が多い橘には、負けてしまった。Aブロックを勝利した橘、Bブロックを勝利した榛が決勝戦を迎え、その戦いは、見ている者たちを興奮させるような、活気溢れる試合となった。
スポーツマンシップに則った全ての試合では負けても勝っても戦い合ったクラス同士祝福をあげるという感動する場面もあり、クラスのために戦う生徒たちの流した汗は何よりも輝かしく、何よりも純粋で何よりも素直な結晶のようだった。
試合結果―――優勝「橘」
初日のような暖かい風は吹かなかったが、背中を押すような生き生きとした風が吹く紅葉狩祭二日目は、才能と技術がぶつかり合う展示会。
十人十色―――一人ひとり個性あふれる展示に生徒たちは感受性を刺激されたに違いない―――そんな展示会だった。
お題にそって描かれた絵、知恵と想像力で作り出されたオブジェ、高校の行事のレベルとは思えないほどの作品の数々に審査員である、生徒、先生たちは悩みに悩まされたことだろう。
そのレベルが高い作品の中でも、一際目立っていた作品があった。
その作品は、自分で課題を決めてそれに沿って描いた絵を飾っているブースの奥にひっそりと飾られていたもので、
題名は「この高校の姿」。
大きなゴッホ紙には紅葉ヶ丘高校が細部まで綺麗に描かれていて、その校舎の屋上に女子生徒が一人ぽつんと立っている――――という、だけの絵だった。
しかし、その不気味でもある作品は、ある噂で、この日広まり有名となった。
『この学校で、自殺した女子生徒幽霊が描いた』
誰が流したのか分からない噂は、瞬く間に広がり、揚句には、作者を探し出すまでとなったのだが、この展示会、ルール上、作者名は伏せられ、クラス名しか載せないことになっていた為に、なかなか、作者が特定できず、噂はさらに膨張し、『三秒間見続けたら、死ぬ』という噂まで流れだし、それを見かねた責任者が管理名簿で作者を特定し「この高校の姿」を描いた梔の女子生徒が呼び出され、みんなの前で、作品の趣旨を説明するという前代未聞の展示会となり、
描いた女子生徒は恥ずかしそうに趣旨を説明し、迷惑をかけて―――と頭を下げていた。
噂までが流れ、作者が呼び出され、お詫びを入れる。
その姿をその場で見ていた人たちは、どのクラスに投票したのか――――多分、同じだろう。
のちに分かった事なのだが、この女子生徒の叔母がこの紅葉ヶ丘高校に通っていて、ある日、屋上から飛び降りて自殺したらしい。原因はいじめ。この女子生徒の叔母は明るく、元気な子で、いじめなど受けるような子ではなかったらしいのだが、テストで良い点を取ることはなかったという。それを描いてこの学校に飾った女子生徒は強い正義感の持ち主で、俺は感化された。
展示会結果―――最優秀賞「梔」
サッカー大会、展示会も終わり、生徒同士の闘志ぶつかり合うのは一時休戦―――一週間という長い紅葉狩祭の休憩ともいえる三日目と四日目は大変賑わった祭りとなった。
敵同士だった生徒たちもこの時は戦っていたことも忘れ、各々が楽しめる物が学校側から用意され、生徒一同、精神的肉体的に体が休まった二日間になった。
そんな休憩が終わると、学校の醍醐味である勉学―――これを競い合う対抗テストが紅葉狩祭五日目として行われた。
参加は生徒全員、同じ内容の問題を解き、クラスの合計を競い合うという誰しもにプレッシャーがかかるというもので、勉強が得意なものが一点でも多く取るため頑張り、不得意なものが足を引っ張らないように頑張る――――クラス内の助け合い、クラスにおいての自分自身の存在価値を図るものでもあるらしい。
それに関して、誰が足を引っ張ったのか特定できないように、答案は生徒には返されず、自分自身が何点を取ったのかも知ることは出来ないようになっている。
結果を知って、勉学を怠慢されないような仕組みにもなっているらしい。
対抗テスト結果――――最高合計得点「榛」
プレッシャーの渦にのみ込まれ放り出された後は、完全なる休みが与えられる。生徒は自宅で家庭学習となっているが、それを守っているのかどうかは教員達は把握することは出来ない。
そのため、生徒は好きなようにこの休日を過ごすのだが、大体生徒がテストの疲れが残っているため、自宅でまったりと過ごすのが想像できる――――――が、
「みんな、今頃は、家で、まったりと・・・」
実際に想像してみたら、自分が休日にファミレスにいることが切なくなってきた。
俺の目の前に座って変な色をした飲み物を美味しそうに飲んでいる絹織 文音は疲れなんて、感じてないのだろうか。
「・・・コーヒーとメロンソーダ混ぜて美味しいのか?」
「え? 美味しいわよ?」
「文音って・・・味覚音痴・・・?」
「そ、そんなことないわよ!」
味覚音痴と指摘された絹織 文音はムキになってグラスをドンと俺の前に差し出し、
「ちょっと、飲んでみてよ⁉」
ストローが揺れるそれを俺に飲むように勧めた。
それを俺は飲んで――――とはいけない。
だってそれは、
「いや、でも・・」
「なんなのよ! 飲めないっていうの⁉」
「飲めないってか・・・」
「じゃあ、飲んで見せてよ! 私が飲んだものが飲めないって――――っ!」
―――――気付いたようだ。
絹織 文音が飲んだものが飲めないのではなく、絹織 文音が飲むために使ったものがゆらゆらと揺れて―――だから、飲めないのだ。
「こ、これならいいでしょ!」
絹織 文音はストローを引っこ抜き、再度俺に勧める。
諦めると思っていたのだが、味覚音痴というのがどうしても気に食わないのだろう。
仕方なく、俺は差し出されたものを素直に喉へと流した。
―――――うん、好んで飲むものではない。
「あぁ、まぁ、美味しいかな・・・」
「でしょ⁉」
――――時には嘘も必要な事もある。
「う、うん――――ごほんっ・・・とまぁ・・・早く話でも進めるか・・」
非常に、喉が気持ち悪い。喉を丸ごと洗いたい気分だ。
「そ、そうね。凛も私が味覚音痴ではないってことも分かった事だし、明日のミッションの打合せ始めましょ」
学校が休みの日――――みんなは家でまったりと過ごしている日、そんな中、ファミレスに集まっていたのは、明日の競技、ミッションの打合せをするためだった。
――――のだが、喉が気持ち悪くなって三十分ほど経ったが、一向に打合せという打合せは出来ず、気持ち悪い喉を正常に戻すべく、冷水を飲んで、さらに二十分ほど経った今、もはや、明日のミッションの話題なんか消え去り、関係ない話を駄弁っている状況に俺らは明日の競技に対する不安や、心配はこの時は微塵も感じていなかった。
目の前で、笑う絹織 文音をいつまで見ていられるのだろうか。
付き人としての自分、同級生としての自分、犬猿名家としての自分―――いろんなパターンが存在する今の状況に戸惑うこともあるのだが、いつの自分でも見ていたいものは絹織 文音の笑う姿。その隣に居たいのも当然――――自分。
しかし、この時はまだ思わなかった。
――――いずれは、複数ある自分を一つに絞り、たくさんある感情の一つを伝える時が来るとは。
ここまでの紅葉狩祭結果
サッカー大会
「橘」
展示会
「梔」
対抗テスト
「榛」
ミッション
「 」
こんな張り紙が、学校中の掲示板に大きく掲載されている―――それは同時に、うちのクラスの醜態を晒しているようなものだった。ここまで、バランスよく結果が分かれることは五年ぶりな結果だと担任が小さくこぼしていた。
どの賞も取っていない俺らに残されたのはミッション。そして、クラス全員の期待を背負っている俺と絹織 文音は雲がまばらに散らばっている空の下スタート地点である第一グランドにいた。
ミッションに参加する男女計八人の緊張と不安を煽るように風が吹いていた。
「ねえ」
「ん、なんだ?」
「緊張してる・・?」
「あぁ・・・とっても」
緊張しているのは自分だけなんじゃないかという不安から解消されたであろう絹織 文音の表情は少し和らいでいた。
しかし、こんな緊張するものなのか。昨日までは感じなかった感情が溢れる。
何も受賞していないクラスのために頑張らないといけない、チャンスはこの一回しかない―――この責任感からくる緊張もあるのだろう。しかし、それだけではない。
大きなモニターに映し出された自分たちの姿―――これも緊張感を高めているに違いない。
この、ミッションという競技は応援や、アドバイスはもちろん参加する人には干渉できないように、見守る生徒たちは各クラスの視聴覚室へと向かわされる。それに参加する他の組とも干渉は出来ないため、この競技中、鬼村 一夜や三条 朱音と喋ることも出来ない。参加する生徒たちには校内中に設置されている防犯カメラに映し出されその模様を放送するという仕組みになっている。
第一グランドに着くや否や服に取り付けられた小型マイクも放送する用のものなんだろう。
うかつにしゃべることは出来ない、始まったら会話がクラスに筒抜け状態。優勝できるように最善、全力を尽くすことが見守ってくれているクラスの奴らに出来る唯一の方法。
大きなモニターに映る、俺とその隣にいる絹織 文音、
「取ろうな、優勝」
「当ったり前よ」
俺らの距離感は確実に縮まっていた。
『それでは、参加する皆さん。準備が整いましたので、ルール説明をします』
聞き取りやすいアナウンスが競技の始まるカウントダウンを始める。
『参加する皆さんには、一組に一つタブレットをお渡しします。それに出された問題の答えを入力して送信してださい。正解の場合、次の目的地をこちら側が送信しますので、そこへ速やかに向かってください。不正解の場合、一つの問題に答えることが出来る回数が三回までと決まっております。三回不正解を出してしまいますとそこで強制終了となりますので、答える際は、十分に気を付けてください。それと、時間制限もあります。時間の制限は各問題ごとに異なりますので問題が書かれた白いボードでご確認下さい。優勝条件としては一番早くにこの第一グランドの戻ってきた組が優勝となります。皆さんの行動はカメラで把握しておりますので、不正などの行為は処罰に対象になります。正々堂々と戦ってください』
―――早く問題を解いて、いち早くここにも戻ってくればいい。
自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。
絹織 文音も説明のアナウンスに聞き入っていた。これから始まることの再確認をさせられたようだ。
『それと知っていると思いますが、行動する際は手を握るというのも原則ルールとなっております。手を繋がず一番にここへ戻ってきたとしても失格となりますので、ご了承ください。ここまでで、ルール説明は終わりとします。なにか質問はありますか――――ないようでしたら、早速始めたいと思います。最初は自分たちの教室へと向かってください。そこにタブレットと白いボードに問題が書かれています。そこからはタブレットで送る指示に従ってください』
八人しかいない寂しいグランドに響くアナウンスは一旦、間を入れ喋り出す。
『それでは始まりのカウントダウンをします』
「ほら」
差し出した手を絹織 文音が優しく握った。
『十』
『九』
「手とか初めて繋いだわ」
『七』
「・・こんな形でなんか悪かったな」
『五』
「お互い様よ・・・そうゆうのは終わってからにしましょ?」
「あぁ、そうだな・・んじゃ、よろしく」
「えぇ、よろしく」
『一』
お互いに強く握りしめ、笑顔を見せあう。こんな光景をクラスの奴らが視聴覚室の大画面で見ているんだ。もう、カップルにしか見えないだろ。そうだ、よく見とくんだ―――謎の男よ。
どっちが絹織 文音の隣にふさわしいのか、どっちが絹織 文音を笑顔に出来るか、どっちが絹織 文音を――――――。
『スタートです!』
合図とともに走りだす、俺と絹織 文音―――手の繋ぐ先の絹織 文音には俺がどう映ってるのか―――そんなことはもうどうだっていい。
俺には絹織 文音が美しく綺麗に映っている―――ただこの事実だけでいい。
これからの関係を大きく左右するかもしれない分岐点―――俺が望んだ未来、掴みたい未来、そんな未来を築きたい。
向かいから吹く風が異様に気持ち良い―――――。
俺は、乾く眼に瞬きをして潤いを戻す。
この時、緊張はすでに期待へと変わっていた。
問題
A君はB君に本を勧められました。白い本と黒い本の二冊です。
Bくんはこの二つの本を読んだうえで、黒い本が面白いから絶対に読んだ方が良いと、白い本はあまり面白くないとA君に熱心に勧めました。
しかし、A君は白い本を買いました。あんなに熱心にB君は勧めていたのにどうしてなのでしょうか。
――――――制限時間 十五分―――――
「・・・・」
「なぞなぞ?」
俺と絹織 文音しかいないうちの教室には問題が記された白いボード、その下には解答するためにタブレットが置かれていた。
「なぞなぞ・・みたいだな」
「あ、みて」
俺の方へと差し出したタブレットの画面には制限時間〔14分28秒〕と表示されていた。
「もう、時間は進んでいるのか・・・」
「早く答えなきゃ、一発目で終了なんて恥ずかし過ぎるわよ」
「うん・・分かってる」
本を勧められた――二冊――白と黒―――面白いと面白くない―――面白くない方を購入―――A君は他人とかぶるのが嫌い?―――だったら、そもそも購入はしないか・・・。
「うーん、なんで二冊勧めたのかな・・・・両方、面白いんだったら勧めるけど、一つは面白くなかったのに・・・」
「・・・面白い方を勧めるにあたって面白くない方も勧めないといけなかったとかじゃないのか?」
「二つの本を勧める必要がある・・・」
二つの本を勧める必要―――――。
「あ、分かったぞ」
「え、ほんと?」
「タブレットを貸してくれ」
タブレットを絹織 文音から受け取った俺は答えを誤字に気を付けながら入力し送信した。
するとすぐさま返信が返ってきた。
結果は――――――正解。
その下には音楽室に向かうように指示されていた。
「よし、次行くぞ」
「え、正解したの⁉」
「当ったり前だ」
再び手を繋ぎ、教室を出て、次に目的地である音楽室へと向かう。ここから音楽室までは少し距離がある―――足早に歩いた。
「ねえ、さっきの答えなんだったの?」
「・・・知りたいのか?」
「そ、そりゃ知りたいに決まってるじゃない!」
「ごめんごめん、冗談だって」
比較的速く問題を解けたために出来た余裕で絹織 文音に意地悪をしてみたが、絹織 文音にはまだ問題が解けていないらしく俺の冗談は通じなかった。
「あの、白と黒の二冊の本って、別々の本じゃなくて上巻と下巻みたいなセットだったんだよ。下巻が面白いって勧められても上巻から買うだろ、普通」
「あぁ、そうゆうことだったのね!」
「これでスッキリですか、文音様――――あ」
「文音様・・・?」
「あ、い、いや、な、なんでもない‼」
安心感から出た痛恨のミス――――いつもの癖が。
「・・・?」
首を傾げ眉を歪めている絹織 文音。
これ以上、下手に喋ると危険性を上げるだけだ。出来るだけ今の事に触れないように、忘れさせようと話をやんわりと変えていっているうちに、次の目的地である音楽室へと着いた。
鍵は開いていて中へ入るとガランとした教室内に黒々しく存在感を放っているグランドピアノの上に白いボードが立てられていた。
問題
ボトルの中にコインを入れて、コルクでボトルの口に栓をします。
コルクを抜いたり、ボトルを壊したりせずに、
コインを取り出す方法は。
――――制限時間 十分――――
「また、こうゆうやつか・・・」
「さっきより五分短いよ」
「思ったことを口に出して言ってくれ」
「え、なんで?」
「そこから、いろいろと紡いだら答えが導き出せるかもしれないから」
「わ、分かったわ」
抜いても、壊してもだめ――――なら、どう取り出す。
「穴はボトルの口しか無いんでしょ・・・そこに栓をした・・・でも、ボトルってどんな形状なんだろうね・・・」
「コルクで栓をするぐらいだから結構古いんだろうな・・」
「引っこ抜けないか・・・」
引っこ抜けない―――まてよ・・・引っこ抜けないなら・・・・。
「ちょ、タブレット貸してくれ!」
「え、分かったの⁉」
「いや、まだ確信持てないけど、これが間違ってたら俺はこの問題―――一生解けん!」
よし、送信!
同じように早く返信が返ってくる。
結果――――正解。
目的地、図書館。
「よっしゃ!」
「凛、やるじゃん!」
ハイタッチをしてこの喜びを分かち合う。不自然な事はなく自然に。
「次は図書館だ」
「さぁ、行きましょ!」
絹織 文音に手を引かれる事なんて想像もしていなかった。勢いよく音楽室を飛びだし、少し進んだところで、思い出したかのように絹織 文音が喋り出す。
「そういえば、さっきの答えは何だったの?」
「引いてだめなら押してみろだ」
「・・・・どゆこと?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる絹織 文音に俺は送信した答えをそのまま言った。
「うわ、なんて捻くれてるのかしら」
「これぐらいの問題じゃないと簡単過ぎるからだろ」
「頭の良さっていうよりか頭の柔らかさを重要視しているような感じね」
そうだ、だから俺にだって解ける。
これが解の公式やら、サイン、コサインやら、積分やらだったら絹織 文音に任せっぱなしだっただろう。
みっともないところをクラスの皆、隣にいる絹織 文音に見せるところだった。
―――こんな感じでバンバン問題来やがれ! この俺がすべて解いてやるぜ。
問題
次の図形を求める公式を作りなさい。
ただし、円周率はπを使うこと。
縦xcm、横ycmの長方形の面積
半径rcmの円の面積
底辺xcm、高さhcmの三角形の面積
――――制限時間 五分――――
「えっと、次はどこだっけ?」
「次は、理科室ね」
「・・・文音がいて助かったよ」
「いや、やっと役に立てたわ」
速攻で図書室を出て、理科室へと向かう今、俺の数学的知識の低さに自分でも驚いていた。
学校の行事だけあって出される問題も全て安心していいというわけではないと思い知る。
教室へ入ると鼻に来る薬品の匂いがここは理科室だと俺らを迎えているようだった。
確認
この競技に参加していると言うことは、二人が出会った記念の日を当然、覚えている
と言うことになります。
その、日付をお互いに白いボードの下に置いてある紙に書いて、一斉に見せあってください。
日付が、お互いに一致していたら理科室からすぐさま退出し、次の目的地である家庭科室へと向かってください。
一致していない場合は、ペナルティーとして、十分間理科室に待機してもらいます。
教えあうという行為は違反行為となり、強制終了としますのでご了承ください。
「・・こうきたか」
「やっと、お似合いカップル賞っぽくなってきたわね」
こういう形式の問題も出てくるのではないのかと思っていたが、
いざ、目の前に文字と書かれると、なんだか恥ずかしい。
「あ、文音は当然分かってるよな・・・?」
「――――もちろんよ」
絹織 文音は戸惑うことなく、紙とペンを手に取り、答えを書く準備を済ませた。
「さぁ、早く済ませて、家庭科室へ向かいましょ?」
「あぁ、そうだな」
絹織 文音から伝わってくる自信が早く家庭科室へ行きたいと言っているかのように感じ取れた。
俺だって、自信がないわけじゃない。
こんな問題は正直、楽勝だ。
なんたって、忘れることが無いように絹織 文音が自分で演出していたのだから。
あの態度――――。俺は、すでに理科室から家庭科室への最短ルートを頭の中で詮索していた。
「いくぞ、文音!」
「いいわよ!」
せーの! と、勢いよく出した紙にはお互い日付がちゃんと書いてあり、確認すると十日という所までは、一緒だった―――――。
だから、
ピローン。
通知が来たタブレットを覗くと、そこには、
失敗――。
ペナルティー、十分間待機。
という文字が並んでいた。
「八月って・・・?」
「・・・・」
自信満々な筆記で書いている絹織 文音の日付は「八月十日」
俺が、間違いないとさっさと書いた日付は「四月十日」―――入学式だ。
俺と絹織 文音の記憶の差はなんと四ヶ月も離れていたということになる。
もちろんよと言っていた絹織 文音、本人は食い違いが納得いかないような表情をしていた。
「八月じゃないの・・・?」
「―――四月だろ? 入学式は四月だし・・・・」
「入学式は四月だけど・・・聞かれてるのは初めて会った記念日よ?」
「うん、だから、入学式で、四月なんだけど」
俺の答えに、俺に向けていた視線を歪め、
「―――まさか」
「・・・まさか?」
はぁ、とため息を吐いて、理科室特有の背凭れが無い丸椅子に腰をかけた。
「凛―――ごめんなさい。私の勘違いだったわ」
「え・・・あぁ、う、うん」
絹織 文音は一人で何か解決したらしく、俺に謝った。
まさか、謝られるとは思っていなかった為、反応に少し困ったが、丸椅子に座って遠くを眺めている絹織 文音に、まさかの続きを聞かせてほしいとは言えなかった。
十分間が経った合図がタブレットから鳴るまで、俺と絹織 文音は言葉をあまり交わすことはなかったが、十分間の合図が鳴り、理科室を出る際に、「気を取り直していきましょ」と手を引かれたことは次の目的地へと進む足取りが軽くなる事だった。
問題
一=二 二=五 三=五
四=四 五=五 六=六
七=三 八=七 九=?
?に入る数字はいくつ。
――――制限時間 二十分――――
「なんだこれ・・・・」
数字がただただ並んでいるだけの白いボードに俺は簡単に答えが出ないと、嘆いた。
「計算・・・とかじゃないと思うわ」
「さっぱりなんですけど・・・・」
「うーん・・・」
今までのとは出題内容が変わっているためスムーズにはいかない。それに制限時間も今まで一番長い。一筋縄ではいけないのだろう。
「俺、こうゆうの苦手なんだよな」
「頑張って考えてよ・・・」
「分かってるけど・・」
一=二なのが全く意味が分からない。
一=一だろ?
――――なんて常識は今は通用しない。
一刻と過ぎる時間が俺たちの焦りを煽る。
「どうだ、文音」
「・・・ごめん」
「そうか・・・俺もさっぱりだ」
沈黙で考えたが、時間だけが過ぎていく感覚が気持ち悪い。
「・・・電卓でもこんな式解けないわよ」
「そりゃ、当たり前――――」
―――電卓?
「どうかしたの?」
「電卓ってデジタル表示だよな・・」
「そうよ? 電光掲示板みたいな―――あ」
俺と絹織 文音は急いでタブレットを覗き込む。そして数字を入力し、送信した。
送信した時、返信がくるまで制限時間は一時的に止まる。
制限時間〔3分12秒〕
少し間が空き結果を受信した。
それを見た俺らは顔を見合わせ、息を吐いた―――安堵の息だった。
次の目的地は再び自分の教室。
俺と絹織 文音は家庭科室を出て、教室へと戻る。
もう何も言わなくても繋がっている手の温もりは何よりも温かった。
そして、戻った教室に新しく立てられていた白いボードに書かれている文字が俺らを嘲笑うかのように不気味な笑みを浮かべ、綺麗に並んでいた。
選択
壱
あなた達は、ほかに参加している「橘」「梔」「榛」の三つのグループのうち、
一つを選択し、強制終了させる権利を取得しました。
制限時間内にどれか一つを選択し、そのタブレットでこちらに送信してください。
選ばれたグループは納得せざるを得ない内容で強制終了になりますので、あなた達のことは向うに把握されることはありません。
加えて、今のこの状況は視聴覚室で応援しているクラスメイトにも把握されることはありません。
把握しているのはこちら側とあなた達だけです。
安心して制限時間内に選択してください。
弐
あなた達は、自主終了を出来る権利を取得しました。
これは強制終了というわけとは違います。
こちら側のミスであなた達を強制終了したということになり、優勝は獲得できませんが責められることもなくなります。
問題、ルール、監視などはこちら側が管理していますので、あなた達が自主終了したということは公に把握されることはありません。
加えて、今のこの状況は視聴覚室で応援しているクラスメイトにも把握されることはありません。
把握しているのはこちら側とあなた達だけです。
安心して制限時間内に選択してください。
――――制限時間 十五分――――
「おい、なんだよこれ・・・」
「・・・・選択って、どっちも不正じゃない!」
問題というよりか選択を読んだ俺と絹織 文音は崩れるように綺麗に並べられている勉強机に座った。日頃は机に座るなんて行為禁止されているのだが、今はこの教室に俺と絹織 文音の二人だけ、それにクラスメイトに視線もないという状況に緩んでしまう。
それに、こんな真っ黒い字が渦巻いているような白いボードの前にはそんなことも忘れてしまうほどだった。
「こんなやり方ってありかよ・・」
「凛はどっちを選ぶの?」
「どっちって・・・文音が言ったようにどっちも不正じゃないか!」
「そ、そうだけど・・・だけど! 選択って書いてるじゃない⁉ 選ばないと!」
「本気で言ってるのか・・・?」
「だって・・そうじゃないと―――時間制限が来て私たちが強制終了なんだよ⁉」
「・・・分かってるけど・・・・分かっているけどさ・・」
ここまで手を繋いで、問題を解いて、また手を繋いで、問題を解いて――――くり返してきた。
優勝――――お似合いカップル賞は取りたい。その気持ちは強くある。だけど、ほかの奴らだって同じように手を繋いで、問題解いてきて―――優勝を取りたいに決まっている。
それを、強制終了させるなんて―――。
でも、自主終了もしたくない――――。
「ここまで来て、頑張って問題解いて・・・私、ここで諦めたくないよ!」
「・・・・・」
「凛だって、一緒に頑張ろって言ってくれたじゃない! やるからには優勝取るんだって・・応援してくれてるクラスの奴らの為に優勝を取って帰るんだって・・・」
「・・・・・」
「どうして黙ってるのよ・・・何か言ってよ・・・。ねぇ、私だけだったの・・? あんなにも凛の手は温かくて・・優しくて・・大きくて・・優勝したいって思ってたのは私だけだったの⁉ ――――答えてよ‼」
二人しかいない教室に一人の声が響く。その声はもう一人の頭の中でも同じように響く。
―――絹織 文音の手だって温かった。
だけど。
「したいさ・・・優勝・・・ここまで来たんだ、最後まで全力でやり遂げて、優勝を取りたかったよ・・・・それも文音とだ。家の関係でせいで俺らの仲だって悪くて―――でも、気づいたんだよ、文音と一緒にいて俺は楽しいんだ。いがみ合ってる時もリア充カップルを見て一緒に文句言ってる時も・・・朝、一緒に登校している時だって俺は楽しかったんだ。俺のこの想いは偽ってなんかいない・・・だから、こんな方法で優勝なんか取りたくない、こんな方法でお似合いカップル賞を取ったってそれは偽りだ。それなら優勝できなくて周りからも責められて、俺たちはすっと犬猿名家のままの方が真実でいいよ」
偽って仲が良いぐらいなら真実でいがみ合った方がいい―――それが俺の本当の想い。
自己中心的な考えだってのも分かっている。壱を選択して、ライバルを消し、優勝の出来る確率を上げるの方がある意味、全力なのかもしれない。
「・・・・凛」
「ごめん、俺の勝手な想いだから・・・分かってる。これじゃ優勝は出来ない」
「その想いは本当なの・・・?」
「―――本当だよ」
「なら、私もそれを選ぶわ」
「・・・文音。本当にいいのか?」
「いいのよ・・・私だって真実の方がいい」
俺らが選んだのは「参」の選択し、強制終了――――タイムオーバー。
「ねえ、凛」
「ん?」
「・・隣いい?」
「参」を選んだ俺らはタブレットを机に置き、壁に凭れ床に座った。すぐ隣は絹織 文音―――触れる体は手を繋いでいる時よりも温かい。
誰にも干渉されていないこの空間で警戒心なども緩むのだろう。
それからは言葉を交わすことなく時間が来るのを待った。
そして、静かな沈黙を破るかのように、ピロンッとメッセージを受信した。
「行こうか」
「うん」
タイムオーバー。
第一グラウンドへ戻ってください。
簡略とした文章が背中を後押しするように俺らを教室から追い出した。
二人だけの足音が響く廊下を過ぎ外へ出る。まぶしい光が俺と文音を迎えるように、祝福しているかのように風が、失格を伝えるようにスーツを着た人がグラウンドに立っていた。
「やぁ、お疲れさま」
俺らを迎えたスーツの男は笑みを浮かべ、
「私は、ミッションの責任者、木下だ」
「氷崎です」
「絹織といいます」
「いや~存じているよ」
不気味だった。
「君たちはとても面白かったよ」
「面白い?」
「あぁ、とっても面白い」
「何が言いたいんですか?」
低いトーンで絹織 文音が言う。
「おっと、お嬢ちゃん。怒らないでくれよ?」
木下は子供をなだめるように言い、続けた。
「面白いといっても、君たちをバカにしている訳じゃないんだよ」
「バカしているわけじゃないって・・・・あんな選択肢を出しておいて・・・」
「おい、文音・・」
「ふざけないでよっ!」
再び響く絹織 文音の想い。これには木下も困惑しているようだった。
「ちょっと、お嬢ちゃん――――ほら、氷崎君も彼氏なら何とかして」
「別に、彼氏じゃないですけど――――まぁ、文音、落ち着いて」
なんとか絹織 文音をなだめて、呼吸を落ち着かせた。
「もう、怒らないでくれよ?」
木下はスーツを叩き、ネクタイを上げ、急にかしこまる。
「えっと・・・」
ごほんっと咳払いをして、
「ミッション優勝おめでとう」
俺らの肩をポンポンとたたいた。
「え・・・?」
「・・・・・」
意味の分からなさに絹織 文音は声も出ていなかった。
「優勝って?」
「あれ? 初めに言ってなかったっけ? 一番早くにここに戻ってきた組が優勝だって」
「言ってましたけど・・でも」
「わ、私たちはどの選択肢も選ばずにタイムオーバーしたのよ⁉」
俺らの疑問に木下は落ち着いた声で、。
「君たちは選んだんだよ、正解を」
「正解を・・・?」
「あぁ、そうだ。「参」の選択肢、人としての答えだ」
全てを理解出来てない俺らに木下は詳しく説明する。
「学校には勉強の得意な人、不得意な人がいるだろ? そのせいで、得意な人は不得意な人を下に見るだろ? 全員が全員そうってわけじゃないんだが、昔のここ設立当初から紅葉ヶ丘高校はそうだったんだ。 生徒内で格差がうまれ、問題になっていたんだ。その問題をどうにか解決しようと、考えられたのがこのミッション。秀才が出場する競技として、そのころの紅葉ヶ丘高校では一番の権力者を決めるような競技だった。だが、どんなに頭が良くてもこの競技を制することは出来ない。一番になろう、権力に溺れた生徒たちはクリアできないんだよ。頭が良いだけじゃ、人は成長しない――――それを分かってほしい。もう、格差がうまれることがないようにこの競技は残っているんだよ」
「そんなことが・・・」
「―――分からないわ」
「お嬢ちゃん、なにが分からないんだ?」
「なんで、そんな意図が今となっては学校一のカップルを決めるような競技になっているのよ」
「そうだな・・・」
その質問に木下は空を見上げ、遠い昔を眺めるように、
「そんなことはいいんだ」
「え?」
「ほら、そんな事は考えずに、今は優勝したことを喜んだらどうだ? 言っておくが、ほかの組も不正はせずに頑張って問題を解いていたぞ。君たちが一番早く問題を全て解いたからあの選択肢を出したんだ。だから、ちゃんとした優勝だ。君が言う真実の優勝だよ」
俺を指さしてニヤッと笑う。
「な、き、聞いていたのか⁉」
「まぁ、責任者だしね」
隣には絹織 文音が顔を真っ赤に染めていた。
「それにだ、失格で、競技は終わってるのに、手を繋いで戻ってきて今も繋いでいるような君たちだぞ? お似合いカップル賞は間違いなく君たちだろ」
―――言われて気付く。
俺と絹織 文音はしっかりと手を握っていた。だが、言われても離すことは無い。かわりに、
俺と絹織 文音は顔を見合わせ言った。
「犬猿名家ですよ?」
「・・・そうか。昔から変わらず、君たちは犬猿名家か」
笑う木下の後ろから、「おーい」と大きな声と笑い声が聞こえた。
「それじゃ、優勝した喜びをクラスメイトと分かち合ってくれ―――それと、この競技の意図は他にバラさないでくれよ? では、私は失礼するよ。絹織さん氷崎君、その想いをいつまでも忘れず、心に置いておくんだよ」
背を向けて去る木下と入れ違いにクラスの奴らが向かってくる。
「スゲーじゃん‼」
「文音ちゃん凛君、優勝おめでと!」
「見てたけど、いいコンビだったなぁ!」
「凛! 手を繋ぐとか羨ましいぜ!」
優勝はお似合いカップル賞とクラスメイトの笑顔、始まりの時の閑散としたグランドとは変わり、笑い声、喜びの声がが絶えないグランドとなった。
「てか、お前らいつまで手を繋いでんだよ!」
「そうだ、そうだ! やっぱりお前ら付き合ってるじゃないのか!」
そんな声に俺と絹織 文音は待ってましたと言わんばかりに、
「おい、いつまで俺の手を握ってんだよ?」
「あら、あんたのけがらわしい手をいつまでも私の美しい手に擦り付けるの止めてくれないかしら?」
「―――ほんと、お前らは筋金入りの犬猿名家だな!」
犬猿名家―――。
生徒たちからはそう呼ばれ、学校の教員達も心配するぐらいの仲の悪さ。
だけど、俺と絹織 文音を繋いでいる大切な言葉。
あいつは俺の事を嫌い、俺もあいつを嫌う。そこから始まり、少しは出来た絆が、偽りだとしたら、俺らの仲の悪さが偽りになってしまう。仲が悪いからこそ出来た絆を俺は大切に想いたい。
――――俺らの事を犬猿名家と呼ぶ声が無くなる日はまだまだ来ないかもしれない。が、
「さぁ、俺の手を離してれ!」
「あなたが離しなさいよ!」
今が楽しかったそれでいい。
まだ、時間はある。
今は、今はまだ、仲が悪いままでいさせてほしい。
透き通っている青空に無邪気な声は吸い込まれ、風に乗り、どこかに飛んでいくように、グランドに漂っていた。
紅葉狩り祭結果
サッカー大会
「橘」
展示会
「梔」
対抗テスト
「榛」
ミッション
「柊」
――――――五年ぶりの全クラス優勝で紅葉狩祭は幕を閉じだ。