――半年と距離。(後)
七話目(後編)を更新しました!
それではお楽しみください!
「本当にいいのか・・・?」
担任の沖先生は困ったように言う。この六限のホームルームでは紅葉狩祭に出る種目決めをすることになっていた。一週間という期間にする種目は四つある。
一日目はサッカー対決―――これは体育祭の代わりに分類され、運動が得意な生徒が出るのが一般的。
二日目は展示会――――――体育祭とは反対に文化祭の代わりに分類されるのもで、絵が上手な人や、物を作るのが器用な人が出る競技である。
三日目と四日目は校内に出店が立ち並びお祭り状態なり、間の休憩みたいなもので、生徒たちは好きなように二日間を過ごせるようになっている。
五日目は全クラス共通のテストを受けそのテストのクラス合計を競うという、お祭りからは程遠い競技も設定されている。
そして、六日目は休みになり、
最終日は一番盛り上がる、ミッションという競技がある。このミッションという競技がお似合いカップル賞を貰える競技というわけだ。もとを辿れば、この競技にはクラスで最も秀才な二人を選び出場し、出される難問を解いていくという競技だったらしいが、いつの間にか、お似合いカップル賞などを貰える競技に変わったらしい。詳しいことは分からないが、時代の進みがそうさせたのだろうか。
そんな競技になってしまったミッションに出ようとする奴はこのクラスからは出なかった。だから、俺が手を挙げ言ったのだ。
――――俺と文音が出ます。
この言葉にクラスの空気が一気に固まったのが分かった。
まじか。なんで? 大丈夫なのかな。でも、最近はお互いの事下の名前で呼び合ってるし―――やっぱり仲いいんじゃね?
こんな声もちらほらと聞こえてくる。
しかし、誰よりも驚いていたのは競技決めを仕切っていた沖先生だった。
「はい、問題ありません」
「私も、問題ありませんよ」
絹織 文音も続けるように言う。
「二人が言うなら・・・・みんなは良いか?」
沖先生の呼びかけに拍手で答えるクラスメイト。
「頑張れよ!」
「なんか楽しみかもっ」
「やるからにはお似合いカップル賞を取ってくるんだぞ!」
「応援してるから!」
温かくクラスの奴らには認めてもらった。認めてくれたクラスメイトの為にも、やるからには全力―――お似合いカップル賞を取るしかない。
「頑張ろうな」
「うん」
お互いに目を合わせる。この行為が素直に出来るようになった俺らに敵うものなんかいない―――なんだか、そう思えた。
「はぁ・・・・」
「どうしたんですか?」
「ちょっとね」
機嫌がよろしいのか、よろしくないのか、分からない声色で話す絹織 文音―――文音様の部屋の掃除をしていた俺は動きを止めた。
「なにか不満な事でも?」
「いや、違うの・・・不満とかじゃなく・・ね」
「なぜ、私は部屋を汚してしまうのかしら―――とか思ってらっしゃるのでは?」
「違うわよ! 別に・・・へ、部屋とか綺麗にしてるもん!」
「でしたら、私が掃除してませんよ・・・」
「・・・・」
汚している自覚は多少あるようだ。
「まぁ、初めのころに比べては汚すレベルも多少は下がってきましたけど―――」
「でしょ⁉」
「いや、そうですけど! そうですけど、汚さないのが一番です」
ぱぁっと明るくなった表情がしゅんっと暗くなった。
「―――ほんと、何かあったんですか?」
「・・・あのね、来週・・うちの学校で紅葉狩祭っていう行事が始まるのよ」
「あぁ、知ってますよ―――文音様はその準備とかでこの頃、帰りが遅いじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどね」
「た、楽しみじゃないんですか?」
「ううん、紅葉狩祭は高校に入学した時から楽しみにしていた行事だからすごく興味があって、待ち遠しいわ――――でも」
「でも・・?」
「その紅葉狩祭でね、生徒は必ず一つは競技に出ないといけないの―――それで私は、ミッションっていう競技に出場することになったの・・・」
「ミッションってあれですよね、お似合いカップル賞がもらえるってやつですよね?」
「そうよ――――りんは詳しいのね?」
「い、いや・・・友達が言ってたのを覚えていて・・・」
「あぁ、そうなの」
「そうなんです、そ、それで! 誰と出るんですか・・?」
分かりきっている質問を白々と投げかけるのは結構難しい。
「クラスの男子なんだけど・・・」
「・・・・い、嫌なんですか・・・?」
自分でも分かっている――――こんな危険な質問をしたことなんて、当然分かっている。もしこれで、嫌だの、当日休みたいなど言われたら俺のメンタルは消滅していただろう。だが、俺のメンタルは消滅することは無く、ガラス一枚は何とかバランスを保っていた。
「不安なのよ」
「ふ、不安・・?」
「――そう」
「そ、その男子に対してですか・・?」
「いや――――私がその男子の迷惑にならないか不安なの」
「なんと・・・」
なんということだ。俺の表情を表すなら驚愕という言葉が似合うだろう。
あの・・あの絹織 文音が人の迷惑を考えているなんて・・・。人に迷惑をかけるのが楽しくてしょうがないんだろうと―――趣味は? と聞かれて、マニアックだけどいい? と答え、え、なになに? と期待を持たせて、人に迷惑をかけること! なんて答えてドン引きされたことが多々あるだろうと思っていたのに――――。でも、
「そんなことはないですよ」
「いや、だって・・・」
「大丈夫です―――文音様はこれまでその男子に迷惑をかけてきたんですか?」
「――――かけてきた・・いっぱい・・・」
そう―――貧血で倒れた時、筆記用具を丸ごと忘れた時、弁当を忘れた時、自販機で二十円足りなかった時―――いろんなことがあった。
だけど、
「迷惑かけた後に何か言いませんか?」
「・・うん? ありがとうって・・?」
「なら、いいんです」
「・・・え?」
―――ありがとう。詫びる気持ちがあまり伝わってこない言い方なのだが、それでも絹織 文音の「ありがとう」は俺にとって特別なものだった。
どんなに迷惑をかけられても、「ありがとう」が聞けたら俺はそれで良かった。と、いつからか思うようになった。
「とにかく考えすぎはかえって、迷惑をかけるのではないでしょうか?」
「そ、そうだよね」
「そうですよ―――さぁ、もう変に考えるのはやめて、その課題を早く終わらせましょう―――――さっきから手が止まっていますよ?」
「はーい」
ミラーレンジャーのシャープペンシルを握り直す絹織 文音に不意に思い出したことを質問した。
「文音様はクッキーをあげたかった相手とミッションに出たかったのでは・・・?」
さっきから、自分を締め付けるような質問を口走ってしまう。
質問したのだが、耳を塞ぎたくなった。
「うん――――出たかったわよ。だからその相手が――――」
「水崎くーん! ちょっとー!」
「え・・・あ、はーい! 今行きまーす! すいません、ちょっと抜けますね――――」
部屋の外から呼ぶ声に絹織 文音の言葉は遮られた。
――――出たかった。
はっきりと聞こえた言葉が静かな頭の中で何回もリピートされる。
俺を呼ぶ声がなく、続きを聞いていたらどうなっていただろうか。その続きは俺にとってどのように受け止めざるを得なかったのだろうか。
少なくとも言えることは、絹織 文音は絹織 文音の魅力を引き出すことが出来る男と出たかったと言うこと。ならば、俺の方が迷惑をかけているのではないのか。俺の「ありがとう」は絹織 文音にとってどの様に聞こえるんだろうか――――。
全てを悟ったように、しかしどこかそれを隠すよう、見え隠れさせているように、「ありがとう」と言う絹織 文音の姿が、愛おしくも遠くに消えてしまいそうで、怖くて、怖くて。
「―――文音様、そこにいてください」
「・・・・? 私はどこにもいかないわよ?」
「――では、すぐ戻りますね」
クスッと笑う絹織 文音の姿は本物だったのか―――それに応えるよう、同じようにクスッと俺は笑えていたのか―――自信がなかった俺はこの日、絹織 文音と目を合わせることは出来なかった。
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