――それが彼女である(後)
六話目(後編)を更新しました!!
それではお楽しみください!
「――――いらっしゃいませ」
迷わずトイレに駆け込む。制服からスーツへと着替え、カツラを被り完成。最初はこの簡易装備に文句を言っていたのだが、今となっては楽でいい。
「――――ありがとうございました」
ほんと、ここのコンビニには申し訳なく思う。今度、給料が入ったら、いっぱい買うから勘弁してほしい。
「おはようございます!」
「あら、どうしたのそんなに急いで~?」
「ちょっと、遅刻気味だったんで・・・」
呼吸が落ち着かない。ろくに運動もしていないからすぐに息が上がってしまう。これからは体力も付けていかないといけない。
「凛君は熱心だね~」
「ま、まぁ・・・機嫌を損ねさせたら怖いんで・・・」
「あぁ・・ね――――そういえば、付き人ってどんなことしてるの?」
どんなことをしているのか。この質問を答えるのは正直難しかった。付き人だといっても一応は仕事だ。当然、給料というものが入る。雪菜さんや由依さんがしている仕事は絹織家の全般を扱う仕事――――俺がしてるのは絹織 文音という一人の世話をするだけ。
俺の仕事内容だって、雪菜さんや由依さんの掃除、家事といった大変な仕事とは違い、絹織 文音の部屋の掃除、絹織 文音との対話、絹織 文音が求めることをするだけ。その代り俺には
勤務時間が決まっていない。メイドと付き人の違いはこのようなところなのだが――――そんなことでお金をもらっているの? と聞き返されたら言い返しようがない。確かに大変なのだが、雪菜さんや由依さんに比べたらまだマシな方なのだろうから。
「えーと・・・ほんと文音様の身の回りの事全般ってな感じですかね・・でも、雪菜さんや由依さんと比べたら俺なんて楽な方ですよ・・」
「いやっ! 凛君は勤務時間がないんでしょ? だったら大変なのも分かるよ~ ね、由依!」
「・・・うん・・・頑張ってるよ・・・凛君」
「ほらぁ、由依だって言ってるんだからさ、もっと自分のやってることに自信を持とうよ!」
久々に聞いた由依さんの声、いつ聞いても元気が出るような声で励ましてくれた雪菜さん――――二つしか歳が変わらないのにしっかりとしていて――――ほんと尊敬する先輩たちだ。
「ありがとうございます――――なんか、やる気出ました!」
「おう! その調子で頑張ってこーい」
「・・・・いってら」
「いってきます!」
先輩たちに言葉で背中を押されメイド室を出た俺は、絹織 文音の部屋へと向かった。
コンコン。
「――――どうぞ」
扉越しに微かに聞こえる返答に、
「失礼します」
いつものように答え、部屋に入る。
部屋に入ると絹織 文音はソファーに深く座っていた。ご機嫌が斜めらしい。
「どうかなさいましたか?」
聞かずとも相手の心情が詳しく分かるほど俺はすごくない―――機嫌が悪いならその理由を聞いてなんとか機嫌を戻してもらわないと。
「ちょっと、そこに座って」
絹織 文音が指さしたのは自分が座っているソファーのテーブルを挟んだ向かいのソファー。俺はそこへ静かに座り、再度聞き返す。
「なにかあったんですか?」
絹織 文音は大きなため息を吐き喋りだす。
「りんに手伝ってもらって作ったクッキーあるじゃん?」
「あぁ、はい」
そう、俺がとっても気になりながら手伝ったクッキー。
「あれね・・・渡せなかった・・・・」
絹織 文音はそう言って、見覚えのある可愛い紙袋をテーブルへと置き、
「りん・・・食べていいわよ」
時化たように言う。
「あ・・・そうですか・・・」
なんと朗報――――渡せなかった。
「じゃんじゃん、食べて・・・気合入れすぎて作りすぎたから」
「それじゃ―――いただきますね」
絹織 文音が可愛くラッピングしているクッキーを取り出したハート型のクッキーを俺は一口で食べる。
「―――美味しいですよ」
嘘なんかはついていない、ほんとに美味しい。手伝ったといっても俺はハート型に模っただけでこの味は絹織 文音が作ったもの――――お菓子作りは好きなのだろう。
「ありがと・・・」
「―――後悔してます?」
「・・うん」
「なんで、渡せなかったんですか?」
もう一つクッキーを口に入れ聞く。
「・・・阻まれた」
「は、阻まれた?」
「そう・・・教育機関によって阻まれた・・・」
「ど、どういうことですか・・・」
「あのね、私――――緊張したけど頑張って呼び止めたの」
「それはすごいじゃないですか」
なんと―――絹織 文音は謎の男と接触していたという。いつの間に。
「それでね、それで・・・渡そうとしたの。これって―――そしたら、そしたら・・・呼ばれたのよ先生に・・・」
「・・・・・」
どういうことだ? 渡そうとしたら先生に呼ばれた? 職員室で渡そうとでもしたのだろうか。
「まぁ、それは本当に残念ですね・・・」
それにしてもこのクッキーは美味しい。
「もう! ほんと信じらんない!」
「そ、そんな急に大きな声を出さないで―――」
「りんには分からないでしょ! 私の気持ちなんて・・・」
―――絹織 文音の気持ちなんて分からない。そいつにどんな気持ちでクッキーを作ったのか、それが渡せなくてどれだけ悔やんでいるのか、そいつが誰なのかすら俺には分からない。
でも、絹織 文音が楽しそうにクッキーを作っていたのは隣でちゃんと見ていた。その時の気持ちぐらい、こんな俺にだって分かる。
「それは、分かりません―――――でも、このクッキーは本当に美味しいです。また、作って機会があったらチャレンジしたら良いじゃないですか―――何度だって何度だってチャレンジしたら良いんです。その人を想っている時が一番―――文音様は輝いていますよ」
「り、りん・・・」
「ほら文音様、食べないんですか?―――美味しいですよ」
「・・・食べる」
美味しいと言ってクッキーを食べる絹織 文音を眺めながら思う。絹織 文音が誰を想っていようが一番輝いて美しく見えるのはその人を想っている時―――人を想う力というのは、人の魅力をここまで引き出してしまうものなのか。
「文音様」
「ん?」
「そんなに食べると夕飯が入りませんよ」
「う、うるさい!」
―――絹織 文音は美しく笑う。
そして案の定、夕飯に大好きな寿司が出たのに、満足に食べられなかった事は言うまでもない。
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