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悪霊

職員室の前で呼吸を整えた。

扉を開けると、僕があいさつをする前に副校長から切り出した。


「あの人がきたの、門の前まできてカメラに姿を映して、見つめて笑ったの。警備さんがきた時には門の前には誰もいなかった?」


いつもは威圧感があるくらいの態度で女性らしさを感じさせない副校長がどこかおどおどした気配を感じさせ、纏わりつく子犬のように見えた。


「誰も居ませんでした。これから学校の外周を巡回しますので、見つけたら連絡します」


「わかりました。よろしくお願いします」


副校長は顔を青ざめさせて気持ちを込めた言葉を口にしていた。


見ていたのだろう、カメラから映る景色を。そこにあれが現れた。しかもカメラを見つめ、まるでモニターを見ている自分に微笑むように笑いかけた。あの顔から見つめられたとしたら平常でいられる方がおかしい。脅迫状のこともそれを出した者が精神疾患者ということも伝え聞いてはいただろう、しかしそれは自分の学校ではなく他校のことと言う気持ちが全く無かったワケはない。それが学校に現れたことで自分も狙われていると、肌で感じたのだろう。


副校長はこれから先、過敏なくらいに警備について聞いてくるだろう。あの女、いや女に憑いた男は何を考えているのだろう。これで僕が担当している三校全ての学校に姿を現したことになる。あの女を使って何を企んでいるというのだろうあの悪霊は。


僕は、あの時見た微笑を思い浮かべながら、校舎から歩き出した。


昔からこの世界には怪異なるものがいることになっている。それは文明が開かれたばかりの異国の文献に既に記されていること。死者と鬼。遠くの世界に住む異形の生き物。そんなことをどうしてその時代の人々は書き記したのか、あれから今まで何度となく語られる異界や異形の生き物との戦い、語られる度に物語は歪められ異形の姿はさらに見たこともない姿形で現れることになった。現実は、真実はどうなのだろう、僕は現実を生きていて、僕の現実には死者の魂も彷徨う霊もここにある。小説や漫画のように都合の良い設定も現実を無視した得意な能力も無い。呪文を叫んでも火炎は起きないし水流も起こせないし、空も飛べない。笑うかもしれないが、僕は本気で人が空を飛べるのではないかと考えていた。人には隠れた何らかの力があって、その力を引き出せた者は、人とは異なることが出来るのではと希望を持っていた。確かに人には隠れた何らかの力があって、確かに異なる力を引き出すことは出来る。だがその力は大きく異なる力では無かった。ほんの少しだけ微かに異なる力、それでもその微かに異なる力を手にするには大きな変化を要求される。それは考え方を変えさせ、思い方を変えさせ、感じ方を変えさせることが可能となる力、理解力を生み出す理性の力に変わる力となる何らかの力。この力を生み出すためには素直な気持ちがいる。歪んだ思いを真っ直ぐに直そうと思える気持ちがいる。その思いを生み出せるようになるにはほんとに生まれつきそのような性格をしているか、そのような性格を求めて努力しているかのどちらかしかない。その何方でもないとなると理性的であることは難しく本能的で、本能的であることで自ら檻を作り自らの思考が生み出す獄から出られなくなった魂は死んだ後も霊となり彷徨うことになるらしい、悪意をばら撒きながら。


考えながら歩いていると、怒りと悲しみが混ざりながら頬を雫が流れ落ちていた。

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