後景
いつもの道をいつものように歩いているのにどこか、何か、違和感というか、胸騒ぎに近いものを感じて、遠くを見た。
一目見て胸騒ぎは寒気に変わった。そこは中学校の校門。
いつも僕が生徒に挨拶しながら立っているその場所にあれがいる。学校の中を見ているのかまったく動かないが、あれは生きている。手に提げた大きめの布鞄には、学校に送り付けるためのクロッキー帳が入っているのかもしれない。あれは小学校を狙っていた筈なのに、今立っているのは中学校の前。
観察しながら少しずつあれに近づいて、校門の前まで来てしまった。
あれがいることは、校門の前をカメラで撮っているので学校側は把握していると考えられる。
僕は気を張り巡らせそれの輪郭、身体の表面を自らの気で覆った。それは急激に怒気のようなものを膨らせ振り返った。
睨むように僕を見ている。その瞳には何が映っているのか、僕が眼光を注ぎ込むと狼狽えるように後退り、逃げるように歩いて行った。
まだ彼女は人なのかもしれない……。
壊れた心で彷徨いながらも何かを感じ、何かを探して見つめていたのかもしれない、まだ脅迫しているだけで実際に学校で死傷者を出したわけではない、彼女は今はまだ、ただの病人に過ぎない、心を病んだ彼女が見つめていたものは何だったのだろう、制服だったのかもしれない、もしかしたら彼女はここの卒業生なのかも……。
そんなことを思案しながら学校の冷たい廊下を歩いていたら、女の副校長に呼び止められた。
痴漢が出て、女生徒が被害にあったと憤慨した様子で言われた。
僕はこれから精神病者以外に、痴漢にも気を付けながら校門に立つことが副校長の一存で決められた。より一層、気を引き締めて巡回、立哨を行うことを誓わされ、不機嫌な表情から解放された。
着替えの為に借りている、先生と共用しているロッカールームの扉を開け、誰もいないことを確認すると自然と表情が固まるのを感じた。
形ばかりの立哨を終えて、中学校の周りを歩いて巡回する。
自転車置き場で視線に気づいた。
自転車の前カゴに鞄を入れてゆっくりと見上げる。
三階の窓からおそらくは三年生の、女生徒が見下ろしていた。
良くない気がその女生徒を包んでいた。学校には良くないものが集まりやすい。特に思春期の頃に発する悩みや迷いの気持ちは集まると重い気になり、暗い穴をあけて呼び寄せてしまう。見えなくても、感じなくてもそれに動かされるまで心が疲弊していたら……。
女生徒の眼差しがあれの暗い怒りを孕んだ瞳と重なった。
あれも憑かれている。視線を切り、自転車に跨ると気配が消えていた。
小学校に辿り着くための最後の曲がり角を曲がり、自転車を止めた。
小学校の校門の手前であれが待ち構えていた。身構えるように立ち、片手を灰色の布鞄に差し込んでいる。もしかしたら手に刃物が握られているかもしれない。脳裏に、校長室で見せられた、マジックペンで殺すと書かれた、横に殴り書きのように描かれた刃物を振りかざした赤い女の絵が、過ぎった。
自転車に跨った状態は圧倒的に不利。相手は心身喪失として扱われる可能性が高い。
何を恨んでいる、あなたに憑いたそれに動かされ心を闇に沈めて……。愚かな女、ここで終わりを求めるなら、それごと消してあげよう命の光を。
身に気を纏い、勁を畜す。女が僕の身に触れたら、刹那に勁を発す。瞳に力を込めると校門に向かって自転車を漕ぎだした。女が奇声を出して振り変えると、駆け出し逃げる。
逃げることを選んだか、それでも憑いた者は切らせてもらう。
勁に気を張り、意識を込めて女の首筋を勁で切る。意識が触れる瞬く間にそれが女から飛び出し、姿を消した。逃した、そう思った刹那に女が振り返り、冷たい瞳で笑った。
女の中に居るのは一人ではなかった。手強いのは今笑っているやつだと分かったが女は振り返り歩きはじめた。




