剣に生き、剣に死す
はじめに言い出したのは誰なのだろうか、誰かが口にした、死の先に再び生がある。
それはいつしか生まれ変わりと言われ、前世と思われる体験の記録を心に残して生まれて来る子さえ現われ、まるで疑いようのない事実とさえ思われるようになった。
僕の中に眠る曖昧な、しかし確かな深い感覚を描かせる記録に心を合わせると、感覚が開かれ、知りようもない過去の出来事が心を象る。
たしかに僕は剣を突き立てていた、身に迫る殺意、狂気に触れる度、抜く意識もなく、剣は鞘を離れた。
僕は誰、なぜ剣を持っている。
溢れる疑問が、今も剣を持たせた。もちろん、真剣を持つことは出来ないが、それでも真剣に考え、思い、感じれば答は真剣に対して応じる。
切れるには鋭さがいる。鋭くなるには尖ることが、尖るには、小と大の対がいる。
あらゆる答を自問自答して解く。
なぜなら他人は嘘を吐く。
吐かれる色は白。
迫るには白に進む、答は宿る。
光は拡大され薄まる。闇は縮小され、濃くなる。
対は終に通じる。
はじまりの数は私。私は死に至り、殖える。
わからない色は黒か白か、それがわかれば式は解ける。
僕は濃い闇の中、見えない誰かに向かい呟き続ける。
質を求める。量は期待出来ない。
文とは質の対語。
文は飾り。質に飾りはない。
質を求めるなら方向は上。高さは減を与え、質問の答は失となる。
質を求めるなら鑑識の力がいる。
逃げる者に王を見極める力は得られない。
挑むから望まれる。
稀なる者が王と成れば私が移る。閂は開き明く。
音を超え、象れない力の紋様を知るには、私の音を数の力の働く領域に通じる形に変換しなくてはならない、その数がはじめの数になれば対なる数が終りの数になる。
終りの数が六になれば犠牲の羊は大きく育つ。
色に変換された美しい式が心を虹色に輝かせた。
剣は嫌に通じる。しかし謙でもある。兼ねるが何から生まれたか知るなら奥義に通じるのは義だと悟るか。
闇の奥に微かな笑みを見た気がして、僕は剣を降ろした。




