微笑する本性は僕が叫んでも、手も足も、翼さえも微動だにしない
今、午前3時32分。
眠れない僕は考えた。
目を瞑っても巡る事象、あのとき描いた未来が、音ずれて昨日やってきた。
目を開け、洗面台の上の時計を横目で見る。確かに微かな音を立てながらその時計は実際の時からわずか、時にして5分ほど遅れて現実を刻んでいる。秒針の動きが遅くなっているのが原因だが、因果を追求すれば、それは電池を交換しないことに辿り着く。そう、全ての原因は僕に帰結する。
氷解し直して、水垢で汚れた鏡を見つめる。蛇口を捻り、水を手のひらにすくう。夏の水は宵に近い時でも冷たさを感じない。
鏡に映る事象にすくった水を叩きつける。彼は、昨日のあの時のような、彫刻のような姿を心に刻んでいる、表情が一つしかないように冷たい瞳で……。
目も閉じないのに、感覚しかない内なる世界であの時、あの場に位置を逆巻いていた。
プレ・ドゥ・ラ・リヴィエール。
これはフランス語で、川のほとりを表す。
その場所にある小学校の校門の横。
時は、陽の沈み出す午後。
軽やかなチャイムのメロディーが、歓喜あふれる子供たちの話し声に消されていく……。
いつものように下校する様子を見守っていた。校門から駆け出してくる低学年生と元気よく挨拶を交わしていると、僕の前に見慣れぬ少女が、立ち止まった。背の高さから高学年だと見てとれた少女は微笑みを浮かべて、言った。
「あのさ、これ見えてるの?」
指差した先を目線で追いかける。
胸を叩かれたような痛みが走り、心が止まりそうだった。
僕の変化に感づいた少女は笑みを大きくしながら近づき、僕の顔に唇を寄せた。
「撮られてるんだ、カメラであそこから…」
僕の言動も行動も気にすることなく、少女は耳元に囁いた。
「眉目秀麗というのかな、この姿。翼があるのは初めて」
気づかず、叫んでいた。
僕が叫んでも微笑する本性は、手も足も、翼さえも微動だにしない……。
利発そうな少女の笑みが、彼の微笑に変わっていた……。
鏡に映る彼に、僕は表情で問いかける。
微笑する本性は、手も足も、翼さえも微動だにしない……。
鏡に向かってつぶやいた。
「好きって言われたの、君だから」