そして、後悔している大きく……。
坂を登り、大通りを渡って、曲がり角を曲がると、校庭が見えてきた。
巡回を兼ねて、学校の周辺を走るのが決まりになっている。
校庭の前を走ると声が。
「きたー」
「ほんとおー」
男の子のさけびの後に、可愛い声も続く
「きたよ、きたよ、せんせ、けいびさーん」
校庭の青いフェンスに張り付くように顔を近づけ手を振るのは、四年生の女の子達、体操服で一輪車に跨ったまま追いかけて来る。
手を振って校庭の前を通り過ぎ、裏門に回り、自転車を置いて、副校長に挨拶に行き、直ぐに校庭側を歩いて巡回し、校門の前に立つ。
低学年生はまもなく、校庭をかけて門から飛び出してくる。
校庭の前の道路は狭く子供達を歩道からはみ出さないように歩かせないといけないのだが……。
満面のこれ以上はないという笑顔がすごい勢いで近づいてくる。
「はい。門を出る時は走らない」
強く声を出して、止まらせる。
校庭前の道路は以外と車の通りがある。
登校時のスクールゾーンの影響で、下校の時間も、我が物顔に傍若無人で、並んで、広がり、車道まで占領して歩こうとする。
目を光らせて、口を小まめに開いて、校門横から、注意を飛ばす。
「せんせい、さようなら」
「せんせい、さようなら」
「さようなら。でも、先生ではないな」
憎らしいくらいの笑顔で
「さよなら。せんせい」
勝ち誇った顔で、走り逃げていく子供達……。
僕は子供達になぜか先生と呼ばれている。
他にも色々と子供が思い思いのあだ名を付けて、かってに呼んで行く。
「あ、ホワイトプリンセス、さようなら〜」
「せめて、プリンスにしてもらえないかな」
「だってこえが女の子なんだもん、プリンセスだよー」
笑いながら、少し先を歩いている集団の中に逃げていった。
彼女はたしか一年か二年の女の子、彼女が僕をホワイトプリンセスと呼ぶようになったのは、梅雨どきの長雨の影響で、白い雨具を着て校門に立っていたから。
プリンセスは、可愛いと表現されることの多い声のせいで、僕の正体と言えなくもない彼に性別がないせいでもある。
僕が男として性を受けたのは、女では知恵の領域に力を通すことが不可能と言えるくらいに難しいから。でも、彼の姿を見た者は直ぐに彼を男と認識することはない。
黒髪は腰まであるし、とても、男らしいと言えるような顔はしていない。
だから彼の劣化版と言える僕も遥かに年下に可愛いと表現される顔をしている。だから、髪を短めに切り、大きな黒縁メガネで顔の印象を変えている。
それでも、寄ってくるから軽く太った、それから、もっと太った、そして、後悔している大きく……。
「きょうでしたの、けんいちさん」
透き通るようなこえに、振り返る。
そこに奇跡はいた。
「とてもかなしいおしらせがあります。わたくし、きょうはピアノのおけいこがありまして‥ですので帰らなくてはいけないの、みゆがいないとさびしいかもしれませんが、しんぼうしてくださいませ」
ここまでの口上を耳にして、あぁ、そういうことかと、合点がいった。
「南雲先輩、気をつけてお帰り下さい」
「いやですは、みゆをこどもあつかいなさらないで。こんどはいつあいにきてくださるのかしら」
「申し訳ありません。業務上の秘密となっております」
「ま、もうしりません」
そう言って、歩き出した幼子は少し先で振り返り深々とお辞儀したあと、笑顔で手をふって、かけた。
なんというか、見た目も愛らしいのだが、それ以上にしぐさ、表情、身のこなしが愛らしく、可愛いという声が自然に出てしまう幼女で、口上通り、いつもは帰らず校門の横に立っている僕の横にいて、心配した母親が迎えにくるか、先生に叱られて家に帰り、自転車で戻ってくる。
心配して、迎えに来た母親に会ってわかった。幼女の口上は母親の真似らしく、顔も母親によく似ていて、母親の可愛いさも、危うげな物腰も、とても困った親子で、勘違いさせるような目の配りは生まれつきの才能なのだろうが、南雲先輩の可愛いさは、ある意味で凶器にもなる真剣なので、鞘に収めないと危ないのに、母親が鞘を持たないようなので……。
年頃になった時がほんとに心配になる。ここには、心配の種があと二つあって、あと二時間ほどあとに高学年が校門を出るころ、目にする。




