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リヴァイヴフリード  作者: 墨
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五章 雨曇り

 時の糸を逆さに手繰り、ギュスタレイドが目覚めるまでに起きたことを綴ろう。


 チェスカニーテと別れ、繁華街へと向かったマリーアンは、あの男の名を呼びながらひらすら走り続けていた。

「サイアスさまぁ! サイアスさまぁあっ!!」

 口元に手を当て、町並みに大声を上げる彼女を見て、道行く人々は悪意のない軽蔑の視線を向ける。ある者は不審がり、ある者は声を殺して笑い、ふざけて道を阻む者すらいた。

 しかし、彼女はなりふり構わずに、土に汚れた服を靡かせて喉が破れるほど声を張る。

 そのとき一台の馬車が彼女の横に寄り、添うように走りながら御者が顔を見せた。

「あんたぁ、サイアスの旦那を知ってんのかい?」

 小太りの男だった。マリーアンは息を切らしながら、彼を横目に早口で返す。

「ええ。わたくしのお仕えする邸にお泊まりになられているのです。火急の知らせで、早くお伝えしなければならないのでっ!」

 別に何かを期待したわけではない。自分に尋ねてくれた相手の気持ちに応えただけだ。だが、御者の男の反応は彼女の予想を裏切る。

「なら乗んな! 実はあっし達も、警護隊の兄ちゃんに頼まれて、旦那を捜してるとこなのよっ!」

 警護隊。マイルズという青年の顔がマリーアンの脳裏に浮かんだ。

 馬車が止まり、後の客車の扉が開かれる。戸惑いながらも彼女は乗り込んだ。

「あ、ありがとうございます、あの」

「あっしゃ、モンスって者だ」

 サイアスが塩の花亭で会ったあの男である。マリーアンは当然知る由もないが、頭を軽く下げて言った。

「マリーアン・リシュティ=ジーパルニアイリスと申します」

 その名前の最後に来たジーパルニアイリスという言葉に、モンスは少し驚きを見せる。王族に使える世話係に与えられる『崇高のジーパルニア』という意味の称号だ。

「あんたぁ、もしかしてアシュカ様の……。なるほどねぇ、エニーのヤツが言ってた通りべっぴんさんだぁ」

 ひとりで納得して、モンスは馬車の速度を増した。

「あの、馬車の中からでは、やはりサイアス様を見つけにくいのではないでしょうか」

 言いづらそうに訊くマリーアンに、モンスは自分の両目を指さして言う。

「この道三十年の眼ってやつを信じてくだせぇよ。この界隈にいる連中の顔は、あっしはみんな覚えてるんでさぁ。それに、あの風貌だ、見間違いようがないでしょう」

 確かに、彼の目は放している間も絶え間なく動き続け、馬車で駆け抜けるスピードで鋭く道にある人々の顔を選別しているのだ。

 ふと、彼の視界にまったく異質なものが飛び込んできた。

「おっと、こいつぁ珍しいお方がいらっしゃる」

 モンスの言葉に彼の視線を追うと、そこにはふらふらと走る女性の姿。

「チェスカニーテさま!?」

 思わず声をあげた。そしてモンスの肩を乱暴に揺すりながら慌てて言う。

「と、止めて下さいませっ。お願いしますから、早く止めて下さいっ!」

 急に言われても止まるものではない。チェスカニーテの横を数メートル通り過ぎたところで馬車は何とか停止した。

 客車を飛び降り、マリーアンがチェスカニーテに駆け寄って言う。

「どうなされたのですか、それに、この血……。 ギュスタレイド様に何かっ?」

 真っ赤に充血し、涙の粒を溢れさせながらチェスカニーテが答える。

「びょ、びょーいんに、おいしゃさま呼びにいかないとぉ……」

 ただ事でないのは理解できた。いったいギュスタレイドはどうなってしまったのか。

「どうしやす。その方も連れてくんですかい!?」

 モンスが馬車の上から声をあげた。マリーアンはチェスカニーテの肩を抱いて、馬車の傍まで歩きながら言う。

「病院へ。この方を病院に連れていって下さい」

 だが、モンスは親指で額を掻きながら、困った表情で言った。

「ですがね、ほら。あれを見てくだせぇよ」

 モンスが指さした先には、黒煙の上がる法王庁舎の建物が聳えている。

「どうやら火が上がったらしい、それもただの火事じゃねぇ」

 王宮警護隊が、サイアスを呼びに出てくるほどだ。

「いまは幾分治まったみてぇだが、あれじゃあ医者だってとっくに避難しちまってますぜ?」

 彼の本音を言うのなら、危険とわかっている場所に飛び込みたくないのである。

 マリーアンは、じっとモンスの眼を見ていった。

「お願いいたします。これだけの時間で全員が避難しているとは思えません。どうか、一刻を争うのですっ!」

 彼女に気圧され、モンスは溜息をつく。

「美人に頼まれちゃあことわれねぇや。ただし、やばいと思ったらとんずらしやすよ」

 マリーアンは力強い笑顔で頷いた。チェスカニーテを客車に乗せ、自分は残って扉を閉めようとしたとき、チェスカニーテがマリーアンの服を掴んで言う。

「サイアスさんも、いるの……」

「えっ。どういうことです!?」

 マリーアンが目を丸くして訊いた。チェスカニーテは混乱しながら何とか返す。

「だから、サイアスさんも、宝物庫のところで、やられちゃったって」

 どくんっと彼女の胸が大きく鳴った。モンスが客車を覗き込む。

「こいつぁボヤボヤしてられねぇ! べっぴんさん、早く乗ってくれっ!」

 促されるままマリーアンも客車に乗り込み、馬車は再び走り出した。彼女はチェスカニーテの両肩に手を置いて、じっと正面を向かせて訊く。

「サイアス様がやられただなんて、誰が、誰がそんなことを仰ったんですっ!?」

 怒っているような彼女の口振りに、チェスカニーテが堅くなる。 目を逸らし、口ごもりながらチェスカニーテは自分の見たままを出来るだけの言葉で説明した。

 アルフォンソのことや、飛び込んできた翼の男の言葉、そしてギュスタレイドがいまどれほど危険な状況にあるかを。

 マリーアンは言葉もなくそれを聞いていた。 モンスに聞かれないように注意しながら話したので、聞き取りにくかった部分もあったが、どれだけ切迫した状況になっていたかは十分に理解できた。

「お嬢さんがた、庁舎が見えましたぜっ!」

 モンスが後ろを向いたことで会話が中断される。 顔を上げると、人々のどよめきに混じって、焼けこげた煙の臭いが流れ込んできた。

「……サイアス様」

 口の中で呟いて、マリーアンはじっとりと心に痛みが広がるのを感じる。

「ここで止めて下さい。わたくし達が降りたら、あなたはすぐに避難して下さいね」

 言われたモンスは首を横に振ろうとしたが、マリーアンの眼がそれを許さなかった。

 緩やかに、馬車は門の手前でその足を止める。

「それじゃあお気をつけて。すこし離れた場所に待ってやすから」

 モンスに出来るのはここまでだった。マリーアンがありがとうと言う代わりに、立ち去り際に彼に微笑んだ。

 チェスカニーテも続いて降り、モンスは気を改めて鞭を打つ。

 馬車が走り出し、入れ違いにふたりは門の方へと駆けた。見上げるほどに大きな門は無惨に中程まで砕けており、巨大な蝶番ごと拉げて傾いている。

 冷たい空気の流れ出る門の中へと身体を滑り込ませ、ふたりは辺りを見渡した。

 いったい、どうすればこうなるのだろう。

 美しかった庭も、人々が憩いの場としていた噴水も、病院へと向かう外廊下も、まるで何十年も前に滅び去った遺跡のように、見る影もなく荒廃してしまっている。

 もうこの場所から今の邸に移り住んで十年になるが、マリーアンにとってはやはり庁舎と宮殿は特別な場所であったのに。

「お医者様を」

 チェスカニーテの声に、マリーアンは我に返った。

 すぐにしっかりと気持ちを整えて、マリーアンも病院の方へと歩を進める。

「そうですわね。いまは一刻を争うときですもの」

 自分を納得させようとしているような台詞に、チェスカニーテが彼女を止めた。

「だめよマリーアンさん。あなたはサイアスさんを捜して」

「え? ですが、いまは……」

 わたくしの感情を優先するときではない、と言おうとしたのだが、チェスカニーテがすべてを言わせてはくれない。

「大丈夫よ、まだあんなにも人が残ってるんだもの。お医者様はすぐに見つかるわ」

 確かに、西門へと向かう人の波が、淀みながらわずかな灯りの中に揺れていた。

「それにもしかしたら、後悔するかも知れないから」

 寂しそうな顔で言い残して、チェスカニーテは人混みの方へと走り去った。

 彼女の言葉を心の中で反芻し、マリーアンはぎゅっと唇を結んだ。

『後悔するかも知れないから』。なにをだろう、何かが手遅れになるかも知れないという意味なのだろうか。受け入れたくはないが、マリーアンの想いは不安を拭い去れずチェスカニーテの後を追えなかった。

 彼女は向きを変えて、かつて自分の生活の場であった王宮へと走る。

 あのひとが居るであろう宝物庫を目指して。



 その男は、確かに超人と呼ばれるに相応しかった。いや、もはや『人』と呼ぶこと自体が彼を形容する上で相応しくないのではないかと思われるほどに。

 しかし、彼は負けた。 自分の内にある『本能』の呼びかけを退ける代わりに、彼は自ら勝利を手放した。

 あの呼びかけに従っていれば自分はあらゆる苦痛や苦悩から解放され、あの狂気の破壊者ガイア・ハモンドと同じ絶対的な闘争力に身を委ね、悦楽と高揚のなかを自由に羽ばたいていただろう。

 だからこそ、彼の理性は本能を退けたのだ。

 目覚めたサイアス・クーガーは、身体を襲う疲労感と圧痛を押し殺して起き上がった。

 敵の気配はない。もうすべてが終わったということは、すぐにわかる。

「やれやれってとこか……」

 血溜まりに伏していた服は妙な重さを含んでいたが、傷口はすでに塞がり始めている。これが彼の超人たる由縁だ。 血も肉も傷みもそのままに、それでも死は彼の脇を通り過ぎていく。

 振り向くと、瓦礫と化した宝物庫が目に入った。サイアスは後頭部を掻く。

「あ~ぁ。こいつぁまずいな、あとがうるさそうだ」

 自分で言っておいて、彼はフッと息をもらして笑った。

 あれだけのことが起きた後で、呑気に後片付けの心配をしていることが馬鹿馬鹿しい。

 笑いが去ると、ずしりと心の奥に重たい鉛が降りてくるのを感じた。

「ちっ」

 俯いて苛立ちをやり場無く吐き捨てる。頭をよぎるのは、エニーの顔とジュオンの涙、そして累々と重なる骸。

 負けたのだ。無様に、何一つ成すことなく負けた。

 しかし、本能の命ずるままに振る舞えばよかったのかと訊かれたなら、首を縦に振ることは絶対にないだろう。いより悲惨な事態を引き起こしたであろう事は明らかだからだ。

 サイアスは腰を屈めて、地面に横たわるシャドゥブランドを拾い上げる。

 重い。何よりも。

「サイアス様!」

 足音と一緒に名前を呼ばれ、彼は肩越しに背後に目をやった。この場に居るはずのない女性の姿が目に留まる。

 マリーアンだ。

「おまえ」

 驚いたように口を開くサイアスに駆け寄った彼女は、自分の胸を抑えて息を整える。

「大丈夫なのですか!? あの、サッシュ様に使いの方がいらして……」

 思わず駆け出しそうな自分の気持ちに戸惑いを覚えながら、彼女は懸命に事情を説明した。

「俺は何ともねぇさ。 ただ、法王庁のお宝はあの通りだがな」

 サイアスが苦笑いしながら宝物庫だった場所を親指で指す。はっと息を呑むようにマリーアンは自分の口を両手で覆った。

「ああ、なんてことっ!」

 ―――――――― まあ、ショックなのも当たり前か。おまえさんが身を捧げてきた法王庁の歴史が、崩れ去っちまったんだから。

 だが彼女の言葉は、サイアスの考えとは別の場所に向けられていた。

「サイアス様、お怪我をなされているじゃありませんかっ」

 そう言って彼女は斬り付けられたサイアスの脇腹や、傷ついた右腕に手を添えた。

「あ? まあかすり傷だがな」

 これをかすり傷と片づけられる人間は、まずいないだろう。 向き直ったサイアスの顔を仰いでマリーアンは辛そうに瞳を震わせた。反対側になって見えていなかった左顔面からの出血が彼女に痛みを覚えさせる。

「ああ、お顔にもこんなに血が……。ちょっと、動かないで下さいね」

 そう言いながら、マリーアンは自分の服の袖に手をかけた。

「お、おい」

 止めようと手を出したサイアスに構わず、彼女は服の袖を引き裂いてハンカチ代わりにサイアスの額の傷口を拭う。

 どうして、そんなことをする必要があるのか。傷など放っておけば治るのだ。 少なくともサイアスという男の肉体はそのように出来ている。流れ出た血も、渇けばなんの苦もなく落とすことが出来るし、自分にとって応急処置を要するほど深い傷ではない。

 だから服を破いてまで何かをする理由など無いのだ。

 マリーアンの手が優しく包み込むように、右腕の傷口を撫でる。

 理解できなかった。 何の意味があって自分などに無駄な気を遣う。何の価値があって。

「……痛むでしょうが、我慢して下さいね。手当は、お医者様に」

 涙声だった。手当てする彼女のほうが痛ましい。 マリーアンは涙を必死に堪えて、サイアスの脇腹の傷口を覆うように袖の切れ端を巻き付ける。剔られ、むしり取られたように外側に肉片のはみ出した傷が彼女の胸を張り裂けそうなほどに苦しめた。

 このひとは、これほどに立ち向かい、傷を負って、それが当たり前だと思っている。 その事実が彼女には堪らなく辛かった。

 睫毛に溜まった涙を拭い、マリーアンは顔を上げてサイアスの額に手を差し伸べる。 じっと、サイアスは彼女の顔を見ていた。そんなに辛いなら、苦しいなら、もう自分に気をかけるなど辞めてしまえばいい。言葉には出来ないがサイアスは躊躇いなくそう思った。 そこまでされる理由が、己の中に見つからない。

 ふとサイアスは違和感を覚えた。自分とは違う血の匂いがしたからだ。

 彼は背伸びして額の傷を拭いているマリーアンの手首を掴んだ。

「え? な、なにを」

 いきなり宙吊り状態になって戸惑うマリーアンに、サイアスは掌を広げさせて言う。

「いいから大人しくしろ」

 そこにあったのは無数の切り傷だった。彼女の白く雪細工のような柔らかい掌に、幾つもの血の痕とみみず腫れがある。先ほど感じたのはこの匂いだったのだ。

「やっぱりな」

 サイアスは呆れたように言って彼女の手を離した。 マリーアンは自分の両手を庇うように胸の前で握り合わせ、サイアスから隠すように視線ごと身体を逸らす。

「こ、これは、ちょっと馬から飛び降りたりしたものですから、その……」

 自分が悪いわけではないのに、彼女の口振りは気まずそうなものだった。

「しょうがねぇな。 ほら」

 溜息まじりに言って、サイアスはポケットから何かを放り投げる。

 ぽすっと受け止めたマリーアンが見ると、それは二枚貝の殻を合わせた容器だった。貝殻をずらすと、中には薄緑色のクリーム状のものが入っている。

「これは?」

 きょとんと訊くマリーアンに、サイアスは面倒くさそうに余所を向いて答える。

「薬花の種を練り合わせた傷薬だ。よく効く」

「なら、サイアス様のお怪我に」

 さっと少量 指先にとって、彼女がサイアスの腕に塗ろうと近づくが、彼は身を翻してそれを振り払った。

「バカかおまえ。 こっちは全部使っても足りるわけがねぇだろう」

「ですけど……」

 俯いて、マリーアンは哀しそうにサイアスを上目遣いに見る。くっと表情を歪めて彼は腕組みをして言い放つ。

「いいんだよ、俺のは唾つけときゃ治る。そいつは服を台無しにした詫びだ。安心しな傷跡も残らねぇよ」

 それを聞いたマリーアンはなにやら胸の内に込み上げる感情を知り、貝殻の薬入れを強く胸の前で握り込んだ。

 傷跡が残らぬように。自分は傷だらけでも平気な顔をしているサイアスが、だ。

 横目で自分を見るサイアスの眼が、本当に優しく感じられる。

「ありがとう、ございます」

 感極まった顔を見せまいと、マリーアンは深くお辞儀をした。嬉しさと同時にほっとした彼女の目頭が熱いもので満たされていく。

 サイアスは乱れた前髪をかき上げ、そのまま後へと撫でつけてから歩き出した。

「ああ、ったく。いちいち畏まるんじゃねぇよ。 それより、ほかの連中はどうした無事か?」

 訊かれたマリーアンは我に返る。サイアスの無事を喜んでばかり入られないのだ。

「アシュカ様は、大怪我をされたギュスタレイド様に付き添っておいでです。チェスカニーテ様は医者を呼びに病院へ。サッシュ様は……」

 早口もサッシュで途切れた。言葉を失い、眼を泳がせる彼女にサイアスが言う。

「わかった。あいつは俺が見てくる。 おまえさんはチェシーのところへ行ってやれ」

 マリーアンの横を通り抜け、サイアスは立ち止まって軽く振り向いた。

「……迷子になってるといけねぇから」

 それだけ言い残し、あとは一瞥もくれずに立ち去る。マリーアンはその背中を見つめていたい気持ちを抑えて病院の方へと戻っていった。

 彼女と別れたあと、サイアスは礼拝堂に向かって歩きながらギュスタレイドのことを考えていた。アシュカが残ってチェスカニーテが医者を呼びに来たということは、少なくとも法術による治療を必要とする状況だと見て間違いないだろう。

「無茶しやがったな。 弱ぇくせに格好つけるからだ」

 理由のわからぬ悔しさがあったが、今はその正体を確かめようとはしなかった。

 建物を迂回して煙の匂いを道しるべに礼拝堂へと向かう。

 神々の標本を持ったふたり組が、礼拝堂で合流するともらしていたからだ。

 角を曲がったところで、サイアスの足が止まる。目的としていたものが、いまはもう無くなっていた。

「こっちはこっちで、また派手にやったもんだ」

 崩れ落ち、煙と炎の燻る瓦礫の山に、サイアスはしゃがみ込んだ。

 サッシュは来たのだろうか。 もし自分と同じく合流地点がここだという情報を掴んでいたとすれば、この事態を引き起こした要因は交戦あるいはそのさなかに不可抗力で発生した火事ということになる。

 戦った結果の崩落だとするなら、サッシュが巻き込まれた公算は高い。

「やれやれ。結局はこいつを掘り返してみなきゃわからねぇか」

 想像するだけで嫌気がさした。それ以上に面倒くさいのは、今回の件であれこれとうるさく嘴を立てて来るであろう議会との関係だ。

 こんな時だけだが、ギュスタレイドという存在にありがたみを感じる。 彼がいることで面倒で腹立たしい仕事の大半は押しつけることができるからだ。

 辺りを見れば、議会の擁する騎士団の姿がまばらに見受けられるようになっていた。 一番助けを必要とする事態が終息したあとで、図ったように現れる。 下衆の勘ぐりではあるが、このことに些かの裏も感じない人間はそう居ないだろう。

 法王庁の名残が潰れても痛みなど感じない連中だ。 そのうえ権力を確固たるものにする好機と見れば躊躇せずに見捨てもするだろう。

「ギュスターの苦労が目に浮かぶぜ」

 馬鹿馬鹿しく思い、苛立った表情でサイアスは立ち上がった。

 法王庁の大事も議会の小事。 己の狭い利害だけで判断を繰り返した結果に破滅が待つ。十年前にも嫌と言うほど体験しただろうに、いまだにそれを繰り返している。

 サイアスは中庭へと向かった。ジュオンや王宮警護隊の屍が重なるあの場所だ。

 こちらには、すでに幾人もの騎士や病院の医師、救命士が駆けつけていた。おそらく生存確認をしているのだろうが、彼らの労苦が報われることはなさそうだ。

 松明の光が群になり、血の海に漂う惨状を露わにしている。 漆黒の闇に隠されていたすべて暴き出され、常人には血の気の引く光景が広がっていた。

 文字通り、八つ裂きだった。 四肢のうち二本が胴とくっついているものは、それだけで良好と思えるほどだ。

 医者ですら青ざめ、顔色を悪くし胸を突く嘔吐感を堪えて脂汗を浮かべる騎士が、現実味のない困惑の瞳を泳がせていた。まるで悪夢でも見るように。

 平和というか、戦いの死に遠い世界しか見たことのない者達の顔だ。十年前の魔導師たちもこれくらいの屍の山は築いた。戦場に身を置けば、命は塵のごとく無感覚に消し飛んで日常の一部にすぎなくなる。 サイアスが生きてきた世界なら。

 まるで子供のような視点でしか現実を見られない若者達が、今という時代にこの王都の正義たるべき騎士団を構成しているのだ。しかもこの子供らは強欲で、権力と金と快楽には敏感であり、保身という名の彼らなりの正義は高らかに掲げはするが、国の大事に命を賭す覚悟など欠片もないのである。

 愚かだ。

 流れつく先を見失った権威が、無能を飾り立て無知を哲学に変える。

 十年前、封建的な制度が当然のように罷り通っていた時代。 あの頃の理不尽な正義は宿主が法王庁から議会に移ったことで弱さという形に変異した。

 戦う人間が挫かれ自尊心だけの若者が立ち上がる。それを平和と呼ぶならお笑いだ。

「失礼ながら、貴殿にお尋ねする」

 突然呼びかけられ、サイアスが右隣りに目を落とすと、そこには新品同様に傷ひとつない甲冑を纏った中年の男が立っていた。彼は些か緊張の面持ちで言う。

「サイアス・クーガー殿とお見受けするが、間違いないか?」

「だったら?」

 以前に見た顔だ。しかし、わざわざ名前を思い出してやる気はおこらない。

 サイアスの気のない返事に男は調子を狂わされた。ひとつ咳をして気を取り直し、真顔になって続ける。

「この惨状について何かご存じであれば、我々にお話し願いたい」

「さぁな」

 ほとんど無視するように言って、サイアスは背を向けて歩き出した。追いすがるように男がその背に声を投げかける。

「貴殿がこの国に戻られるは、事情あってのこと。これだけの惨事を目の当たりにすれば、そちらの都合だけでは治まりませぬぞっ!」

 こちらの都合。おそらくギュスターが無理に通した、というより勝手に決めた夜警の強化やアシュカの自宅療養を言っているのだろう。

 サイアスは立ち止まらず、すこし首を傾けて背後の男を見た。

「そんなに箱の中身が気になるなら、開いてるうちに覗きに来りゃよかっただろうが」

 肝心な時にはその場におらず、すべてが治まった後に物事の要点だけを求める。

「むしのいい話しだぜ」

 それを身勝手と言わぬなら何というのだろう。こんな馬鹿の話しは無視するに限る。

 こと今回の事情に限って言うのであれば、議会と法王庁の関係がどれほど拗れようとサイアス自身はまったく関係のない話しなのだ。

 隠し通さねばならない神々の標本と、それに纏わる真実とは、ヤツらが退去したことで再びサイアス達の過去に葬られた。結果として残った現状と被害にどれほど国の内政が揺さぶられようと問題はない。仮にあったとしても、その責任はサイアスにはないのだ。

 度重なる制止を振り払い、サイアスはその場を立ち去った。 その後もサッシュの姿を求めて庁舎内を歩き回ったが、結局手がかりになるようなものは見つからず、東の空が白んだ頃には駆けつけた関係者達でどよめく庁舎をあとに、サイアスの足はギュスタレイドの邸へと向けられていた。

 城壁を抜けて街道へ出たとき、倒れた馬車の残骸に群がる人だかりを見て、サイアスはエニーのことを思い出す。そのまま放置するわけにもいかず、群衆のひとりを呼んだ。

 サイアスは呼びつけた男に少年と御者仲間の名前を告げ、塩の花亭という酒場に行けば身元が確認できることを教えたあと、金を渡して亡骸の処理を依頼した。

 野次馬の中に信頼できる顔をした人間は居らず、どのみち後で使いを出すことになるだろうが、すこしでも早く手を打っておいた方がいいと判断したのである。

 その場にいた数名の男に手を借り、エニーの遺体を馬車の屋根を覆う布にくるんで病院の方へと運ぶ。行く先は遺体安置所だ。 使いっ走りの男が繁華街に走るのを見送ってから、サイアスも御屋敷街へと向かった。



 ギュスタレイドの邸も、駆けつけた医者や事情を耳にした関係者達で一時騒然としていた。法術の効果で傷口は塞がれ、数カ所の折骨も固定されたが、問題は目を覆うほどの大量出血であった。 失血による昏睡状態はさすがに法術だけではどうにもならず、急遽医者の判断で輸血が行われることになったが、その場に居合わせた十数名の人間の中でギュスタレイドと血液型が符合したのはわずかに四名。医者のひとりルードウィッヒ、騎士団時代の後輩であるインジェント、彼の応急処置をし続けていたアシュカ・クレスベル・サンレスタール、そして夜明け頃に戻ってきたサイアス・クーガーだ。

 この時点でアシュカがなぜギュスタレイドの邸に居るのかという疑問を抱いたのは、急病に倒れたという知らせを聞いていたルードウィッヒを初めとする医者達だったが、その事情を問うている時間のない状況が幸いし、混乱もなく採血の運びとなった。

 ただひとり、サイアスだけは断固として自分の血液をギュスタレイドに投じることを拒否したが。

 輸血が始まりギュスタレイドの状態が安定すると、本来こんな場所に居ないはずのアシュカ当人の口から『正式な発表があるまでは、この場で見たことは他言無用』と異例の勅命が下ったため、疑問を残したままその場は解散となった。看護を引き継いだチェスカニーテはようやく冷静さを取り戻し、細かな傷口を消毒して包帯を巻いたり、内出血で熱をもつ患部に薬草を練り合わせて作った湿布を貼ったりと、アカデミーの医学部時代に朧気ながら培った知識を用いて、床に伏す夫を見守り続けた。

 邸に静寂が戻ったのは、ハイルヴァーン渡来のからくり時計の針が朝八時を指した頃。日の出より徐々に空が黒雲に陰り、この日は雨となった。

 二階の一室をあてがわれたサイアスは、窓辺の椅子に腰掛けて街を濡らす雨をぼんやりと眺めていた。すこし前に、マリーアンを乗せた馬車が水たまりを蹴って駆けるのを見送ったのを最後に、道を行き交うものは何もない。

 雨が街を眠らせているのか、それとも御邸街に住まう者の多くが背負った議会員の肩書きが、彼らに朝を自邸以外の場所で過ごすことを強要したのか。

 何気なく、サイアスは包帯ごしに脇腹に手をやった。血塗れのコートをマリーアンに取り上げられたとき、まだ開いていた傷口が見つかって無理やり巻き付けられたのだ。 大人しく巻かれてはやったものの、慣れない手つきだったので、所々包帯がずれて隙間から傷口が覗いている。すでに剔られた肉は乾いて、表面には薄い皮膜が張っていた。それでも柔らかな肉の部分に触れると、火傷のような痛みと僅かな痒さを感じる。

 包帯なんぞ巻いているから治りが遅い。無理やり解こうと手をかけて思いとどまった。

 先ほど食堂で見たギュスタレイドの酷い有り様を思い出す。

 同情も悲しみも、怒りすらも感じなかった。 戦いの中に生きてきた、その道で生きると決めていた男の『負け姿』だ。酷いのは当然だし、生きていたのならそれは単に運が味方したというしかない。

 サイアスが彼を見て感じるものがあるとすれば、周囲を取り巻く人間達のほうにだ。 涙を流しながら必死になるチェスカニーテや、歯を食いしばりながらも希望を捨てずに尽力するアシュカ、ふたりを勇気づけ支えようとするマリーアン。そして彼女たちとは直接的な関わり合いなど持てるはずもない立場の医者や、とうに現役を退いてしまった騎士団の筆頭を心配して駆けつけた者達がギュスタレイドに向けていた想い。 それらが不思議な感触となってサイアスの胸を包んだのだ。

 わかる気がする。余計な感情を混ぜて動く気持ちは何となくわかる気がした。同時にそれを一言で片づけてしまえる自分が居ることにも気付かされる。

 そうなのだ。いつもなら、いつものサイアスなら『ぬるい』の一言ですべてが終わる。 周囲が騒いでも死ぬものは死ぬし、助かる人間は助かるのだ。それを希望だの想いだの言っても始まらない。だからサイアスは、生死という当たり前のことで過剰に反応し、あろうことか他人の死にすら責任を感じ取って苦しむ者達を理解しようとはしない。

 少なくとも、自分が死ぬときは涙の一滴もくれないでくれ、自分にそれだけの価値があるのなら、犬死にしたとしても自分が歩んできた道が何かの形で世に残る。 だから、それだけで十分だから、涙の一滴も嗚咽の一声もいりはしない。そんなものは、本当に苦しんでいる大多数の『他人』のために使ってやればいい。

 いつでもそう考えていた。

 しかし、泣くなと言ったところで、涙は出る。哀しむなと言ったところで、意志とは関係なく胸は締め付けられるものなのだ。そこに家族、友人、仲間を思いやる愛情があるのなら。

 ずっと忘れていた感情を、いや、初めから自分に欠けていたものが何かを思い知らされた気がした。それを今まであまりに大事にしてこなかったから、自分に架した命題の答えは見つけられず、十年前にはオリヴィアと別れ、後悔にも似た空虚感だけがある。

 今なら、少しだけ答えに近いものが見える気がした。容易に受け入れることはできないであろう、あまりに単純でサイアスにとっては無価値なもの。

 オリヴィアと離れて胸を焦げ付かせた気持ちの正体。 旅先で出逢った呪い師の老婆がシャドゥブランドを手放せと言った真意。マリーアンの自分を見つめる眼差しの意味。

 それら自分には理解できなかった全てを結びつけるものは、過去に縛られたままの自分自身という存在だ。

「やめだ。馬鹿くせぇ」

 やはり受け入れず、悪い冗談だと言いたげに呟いて、サイアスは息を殺して笑った。

 サイアスに欠けていたもの、それは自分を大切に考えるという気持ちだ。それが無いから彼はあまりにも独りで、見つめる者にとって遠い。 人間は自分の価値を勝手に決め、それを希望にも言い訳にもするが、サイアスにはそんな発想が根本からありはしない。

 無価値なのだ。サイアス自身にとっては、自分の命も人生もすべてが無価値。そこに何かの意味を見いだそうという考えそのものが、彼の思考の巡りに入っていないのだ。 だから悪く言えば、無感情にオリヴィアと別れ、老婆の忠告も所詮は戯言。マリーアンがどんな想いを自分に向けていたとしても、それは単にあの女の気の迷いでしかない。

 それほどに、サイアスは自分自身の存在をあらゆる事象と切り離して考えるのだ。

 自分の想いや願い、生きたいという気持ちですらも、なんの惜しげもなく切り離せる。どんなに強い感情がそこににあっても、彼は自分のそれを優先しないのだ。無為は無為、無駄は無駄、そう考える。

 当たり前のことだ。サイアスにとってみれば自分の利益や希望など何の価値もないのだから。自分を卑下するでも自虐的になるのでもなく、彼は自分自身を本当の意味で、無価値だと考えられるのだから。

 価値があるとすれば、それは行動、そして結果。そのふたつだけ。

 それが独りで立つと言うこと。

 強さ呼ぶのなら呼べないこともないが、その正体は鈍さに過ぎない。

 傷つき倒れたとき、死を目の当たりにしたときに時折現れ自分の背後に立つあの影は、サイアスがかつて自分の心から切り離し深い闇に沈めてしまった、恐怖という感情が形を成したものである。

 己のすべてが無価値ならば『恐れ』は存在しない。 生き物であれば有ってしかるべき生存本能の一部が欠落した結果が彼の強さなのだ。

 人々が超人と呼ぶその力も、実は人になり損ねた彼の不完全さが生み出したものに過ぎない。

 扉をノックする音に、サイアスは頭に薄靄をかけていた眠気から解放された。

「開いてるぜ」

 誰かは確かめなかった。その必要は無かったからだ。

 ノブが回される音が響き、姿を現したのはアシュカだった。

「サイアス、ちょっといい?」

「ああ」

 部屋へと踏み込んだ彼女の顔には、疲労と安堵感 以外のものが混ざり合っている。

 翼の男に蹴られたという頬がサイアスの目が止まった。 彼女の真珠のような透き通った白肌は赤く腫れ、不格好な湿布が貼られている。その視線に気付いたアシュカはそっと湿布の上から手を当てて呟く。

「これ、サッシュのやつが見たら……」

「笑うだろうぜ」

 複雑な想いで言葉を口にする彼女に、サイアスはさらりと言い返した。

 一瞬、アシュカの表情がムッと変化したが、すぐに憂いを含んだものへと戻る。

 すこし間が空いて、アシュカは無理して笑顔をつくって言った。

「サイアス、腹が空かないか?」

「あ?」

 何か別のことが訊きたかったのではないか、そう思う。しかしアシュカがそれを悟られ無いようにしているのがわかるから、サイアスはあえて何も言わない。

 不自然に、両手を振って誤魔化しながらアシュカは続けた。

「いや、空いていないならいいんだ。ちょっと訊いてみただけだから」

 軽く笑って、サイアスが彼女に身を乗り出す。

「俺が『何か喰わせやがれ』って言ったら、どうするつもりだ」

 ここは、アシュカの気晴らしに付き合ってみる。彼女はちょっと考えた様子を見せた後で言った。

「チェスカニーテに言ってみようか?」

「おまえな、昨日のアレ見なかったのかよ」

 アレ、とはもちろん愛妻弁当のことである。冗談のつもりが、ふたりはしばらく黙り込んでしまった。

「じゃ、じゃあ私が何か」

「そいつもお断りだ」

 即答したので、アシュカはぴくりと眉を引きつらせた。

「どうして。チェスカニーテには悪いけど、私は一応 一通りはこなせるぞ」

「腹が下る」

 当然のように言われて、さすがにアシュカは怒りを覚えた。

「なんだ、あのときは無理やりやらせておいて!」

 十年前の逃避行の時、身の回りのことを嫌でも身につけざるを得なかった。 その原因の半分はサッシュ、もう半分はサイアスが握っているのだが、今はそこを突いても仕方がない。

「結局サッシュも皆も、一度しか食べなかったわね」

 そう、もうずっと前になる。 彼女がまともに料理を成功させ、食卓を囲んで皆でそれを食べたのは。あのときはオリヴィアもいた。あれこれ言いながら、笑い合っていた。

「ま、そのうちマリーアンが帰ってくるからいいな」

 軽く流して、アシュカは部屋を去ろうとした。サイアスが、背中に声をかける。

「何か用があったんじゃねぇのか?」

 彼女は肩越しに振り返り、悲しそうに笑って言う。

「いや。何かあったんだけど、もういい」

 扉を開けて出ていこうとしたとき、サイアスの声がまた聞こえた。

「捜しに行くなら、あの女には俺から言っとくぜ」

 立ち止まらされるが、振り返らない。

「……うん。お願い」

 音を立てて扉が閉まり、部屋の中には再び静寂が満ちる。サイアスは息を吐き出して、また視線を外へ。しばらくしてアシュカが傘を手に出ていくのが見えた。

 目を閉じて微睡みに身を任せる。

 ほんの少しだけ浅い眠りへと引き寄せられたが、風が窓を叩く音に目を覚ました。

 部屋の時計は、瞬くほどの間に一刻が流れたことを示していた。

 深呼吸して背を伸ばし、窓の外を見る。ほんの少しだが明るさが増したように思えた。

 相変わらず雨が降っている。鉛色の空のカーテンから銀の滴が落ちてくる。

 遠くから蹄の音がした。マリーアンが戻ったのだろう。見れば、彼女はなにか包みを抱えて馬車から足早に降りてくる。何度も馬車のほうに頭を下げ、肩を濡らしながらも包みだけは身体で覆って走っていた。

 玄関の扉が開く音がする。彼女は二階へと上がっては来ないようだ。

 再び、微睡みがサイアスの身体にゆっくりと重みを与えていった。

 次にサイアスが目を覚ましたのは、階段を上がってくる足音に気付いたときだ。

 足音の主はおおよその見当はついていたが、自分の部屋の前で止まると案の定その扉を叩いた。それから、いつも通りの丁寧な口調で訊いてくる。

「サイアス様、よろしいでしょうか」

「ああ」

 返事をすると、すぐに扉が開いてマリーアンが銀のトレイを手に現れた。

「フィ・ドマを作りましたが、お召し上がりになりますか?」

 差し出されたトレイの上には、焼き色の付いたパン生地とさまざまな具材とが香ばしい匂いを立ちのぼらせている。そして気を利かせて紅茶も用意されていた。

「こいつぁ旨そうだ。あんたがイジェニア料理とは珍しいな」

 サイアスが受け取ろうとしたとき、マリーアンはちょっと言いづらそうに言う。

「あの、先に申し上げておきますが、これは昨夜のお夕飯にと用意したものでございますので、失礼かとは思ったのですが、別の料理が整うまでのつなぎにと思いまして」

 残り物を出すようで気が引けるのだろう。あとはほんのちょっぴり、自分の手料理を一品でも多く食べて貰いたいという自分の気持ちが、自分自身でわがままのように思えてしまうのだ。

「ったく、なにが失礼だよ。 一昨日の晩飯の時は『作り手の厚意をよく味わって喰え』みてぇなことをぬかしてたくせに」

 サイアスは奪い取るように彼女の手からトレイを取り上げると、椅子のうえで組んだ膝に乗せて手づかみでフィ・ドマを食べ始める。

「あ、あの、お手が汚れてしまいますよ」

「気にするな。こういうもんはな、いちいちお上品に喰ってちゃ旨くねぇんだよ」

 よほど空腹だったのか、サイアスは次々に三角に切り分けられたそれを平らげた。

 それにしても一昨日、サイアスが戻ってきた晩にスータを出したとき、マリーアンは魚をおまけしてくれた魚屋の厚意に感謝して食べて下さいとは言ったが作り手のことは何も触れていない。サイアスの単なる記憶違いなのか、それとも別の意味が含まれているのか、マリーアンには判断できなかった。ひとつだけわかるのは、サイアスが自分の作ったフィ・ドマを顔にはださねど、美味しそうに食べてくれているということだけ。

「ん……」

 無愛想に、一切れのフィ・ドマがマリーアンの前に差し出された。

「え? わ、わたくしは」

 断ると言うより、遠慮しようとしたが、サイアスが口に含んだ分を飲み込んで言う。

「俺だけ、くちゃくちゃ喰っててもしょうがねぇだろう。おまえさんも別の料理を作るなら、そのまえに少しは腹ごしらえしとけ。どうせろくに喰ってねぇんだろうが」

 サイアスの言うとおり、夕べの夜から何も口にしていない。言われて初めて、彼女は思い出したように空腹感を覚えた。

「頂きます」

 両手で大事そうに受け取って、端っこをちょっとだけ囓ってみる。焼き加減は申し分無い出来だったが、生地が幾分粉っぽいように思えた。続けて口にしていると、具も少し味付けが濃いように思える。ほとんど経験の無い料理だったからと言い訳するのではないが、マリーアン本人にすればとても美味しいとは言い難かった。

 食べさせてしまった後でこんな失敗に気付くとは、まさに赤面の思いだ。

「……あの、サイアス様」

「何だ」

 マリーアンのほうを見ずにサイアスがぶっきらぼうに言う。なんだか言い出しづらくなってしまったが、彼女は心を決めて言った。

「あまり無理して召し上がって頂かなくとも、わたくしは……」

 サイアスが味音痴とは思えないし、むしろ舌は肥えているはずである。自分でもわかるような雑味が彼に見破れないわけがないのだ。

 だが、サイアスはマリーアンの言葉の意味がわからないといった顔をした。そのことが余計に彼女の申し訳なさを煽った。

「ですから、今回のフィ・ドマは、その。どうやら失敗しているようで。夕べ味見をしたときに、気付かなかったのはわたくしの落ち度でございますから、無理に召し上がられなくとも気になどいたしませんし、いいえ、むしろわたくしが悪いわけで……」

 しどろもどろになったマリーアンは、気が急いて自分でも混乱してしまっている。サイアスはフィ・ドマを食べながら黙って聞いていたが、彼女が言葉を失ったところで言った。

「ああなんだ。 そんなことか」

 それだけ言うと、彼は紅茶のカップを口へと運んだ。

「そんなことって」

 マリーアンにとっては猛省するに足るだけの失態である。最後の一切れを飲み込んで、サイアスはソースの付いた指を舐めながら言った。

「お前さんのしくじった料理なんて、滅多に喰えねぇからな。たまには悪くねぇさ」

「サ、サイアス様っ!」

 頬が熱くなるのを感じた。怒ったように声をあげたのは、気恥ずかしさのせいだろう。

「まずくて喰えねぇってんなら、それよこせ」

 マリーアンの手から彼女のフィ・ドマをかすめ取った。

「あっ! そ、それは食べかけですので」

 慌てて取り戻そうとするが、囓りかけのそれはすでにサイアスの口の中へと収まっていた。彼女は怒る気もなくなり、もう、と呟いて俯いてしまう。

 マリーアンはむず痒い嬉しさが胸に込み上げるのを感じた。こういう大した意味もない言葉のやり取りが、彼女にとっては掛け替えのない時間。

「でも、チェスカニーテ様には申し訳ないことをしました」

 これと同じものを既に渡してきてしまったことを思い、マリーアンは頬に手を当て目を伏せた。サイアスは少しも気にせずに言う。

「あいつにゃ勿体ねぇくらいだ。 あいつは黙ってりゃ、雑草でも旨いって喰うから心配ねぇさ」

 それを聞いたマリーアンは両手を腰に当てて、困ったように言った。

「またそのような仰りようを。ですからサイアスさまは……」

「でりかしぃがねぇってんだろう? 言われても持つ気はねぇけどな」

 マリーアンから奪ったフィ・ドマが胃袋に落ちていく。

「そういやぁ、おまえさんに言っとかなきゃならねぇことがある」

 食べ終えたトレイを返しながらサイアスは思いだしたように言った。マリーアンは受け取りながら、くすっと笑う。

「ありがとうございます」

「まだ言ってねぇぜ?」

 返事に先を越されたサイアスは、おかしなものを見るように言ったが、マリーアンは優しい表情になった。

「アシュカ様のことでしょう? 背中を押して下さって、ありがとうございます」

 そこまでわかるものなのか。日頃のアシュカを見ていれば、ある程度は予想がつくかも知れないが、マリーアンがどれほど彼女を見守っているのかが伺える。

「まあ、こればっかりは立場だの状況だのと言ってもしかたねぇしな」

「ええ」

 マリーアンが礼を言ったのはサイアスのこういう考え方に対してだ。 今アシュカがひとりで庁舎へ行くということの結果は目に見えている。

 それにサイアスが明け方近くまで捜して見つからなかったという事実が、彼女が行ったところで変わるわけでもないが、だからといって彼女の想いを押さえつけてもいたずらに傷つけるだけだろう。

 自分の目で確かめなければ、とても抑えられない想いもあるのだ。

「でもやはりサッシュ様は……」

「跡形もねぇ。 死体も出てねぇから、いまは何とも言えねぇがな」

「そうですか。無事でいることを祈ります」

 いつもは決まり事にうるさいマリーアンも、今回はアシュカに口うるさく言うつもりは無かった。心の一番やわらかいところで、彼女の気持ちがわかるからだ。

 居なくなってしまったこと、認めたくない別れを目の前にした気持ちがわかるから。

「サイアス様、お怪我の具合はいかがです?」

 話を切り替えて、彼女は自分に心配できる相手を気遣った。

「あぁ? べつに気にするほどのもんじゃねぇよ。どっかの女が無理やり縛ってくれたおかげで痒くてしゃあねぇがな」

 サイアスの皮肉にマリーアンはムッと口を尖らせるが、すぐに涼しい顔をして言う。

「ええそうですか。 じゃあ、その女性がコートの修繕なんて余計なことをしなければ、さぞや風通しがよくなることでしょうね」

 しまった。そう言えばコートは前以上にボロボロになっていた。正直、無精な自分があの状態から仕立て直すなど出来るはずもない。

「女ってやつぁ」

「その女めは感謝の言葉が聞きとうございます」

 だめだ。今回は完全に彼女に分がある。

「ドウモ・オセワニナリマス」

 ものすごく嫌々なのが伝わってきたが、マリーアンはひとまずこれで満足しておく。

「いえいえ、どういたしまして。 それでは、わたくしは食事の支度を始めますので」

 頭を下げて、マリーアンは部屋を出た。ひと心地ついたサイアスは、顔に被っている前髪を両手で大きく掻き上げながら天井を仰いだ。

 ――――――― まったく、おかしなもんだぜ。

 目を閉じると、闇の中で天雫のざわめきだけが聞こえてくる。

 今日の雨は、とても止みそうな気配はない。

 昼食時になって、雨はいっそう強く降り始めた。

 アシュカは泥にまみれ、ずぶ濡れで帰ってきたが、マリーアンは予め沸かしておいた風呂に黙って入らせた。

 アシュカが苦しんでいることはすぐにわかった。サイアスの言った『跡形もない』の意味を目の当たりにした彼女が、明るく振る舞えるはずもない。おそらく、アシュカは自分に降りかかっている現実の痛みすら、正確に感じ取れていない状態だろう。

 ふたりは会話らしい言葉は交わさず、マリーアンも落ち込んだ子供を見守るように、努めて平常通りの態度を貫いた。それが彼女に出来る精一杯の優しさだったのだ。

 まだ一日は半分も残っているというのに、邸の中は夜のような静けさに包まれていた。

 掃除が追いついていない食堂を避けて、昼食は居間に用意された。全員が呼ばれたが実際に席に着いたのはサイアスとアシュカのふたりだけだ。

 テーブルの上には、パンとスータ、そして少量のサラダが並べられている。

 サイアスはアシュカに何も言わなかったし、彼女もサイアスと目を合わせない。

 あの現場を目の当たりにして、彼女にも事の深刻さがわかったのだろう。だからこそ、サイアスはいちいちそれを口にはしないのだ。

 べつに、自分が首を突っ込む話題でもないとも思っていた。

 黙々と食べるふたりの沈黙を破るように、マリーアンが居間へと姿を現した。

「チェシーのヤツは?」

 空気の流れに乗って、サイアスが訊いた。マリーアンはそっと扉を閉めながら言う。

「ギュスタレイド様の部屋です。お食事を運んで参りました」

 様子を見に行ったわけではないが、サイアスはその言葉で納得した。彼女を思えば、いまは揃って食事をするなんてことは頭にもないだろう。

「お味はいかがですか? 慣れないお台所で、すこし手間取ってしまって」

 マリーアンがにっこりと微笑んだ。

「なんか、珍しいもんが入ってんな」

 サイアスがスプーンですくい上げたのは、『ジハール』という香草の一種だ。高価な嗜好品なので、現在のアシュカの邸ではまず料理に使われることはない。

「そうなんですよ。 チェスカニーテ様が食料庫のものは何でも使ってもよいと仰ったので入れてみましたっ!」

 わかってもらえたのが嬉しかったのか、マリーアンは手を合わせて声の調子を上げた。

 ―――――――― なるほど。 まあ、ギュスターやチェシーにとってみれば、出し惜しみするほどのもんじゃねぇからな。

 今日のスータについて聞かれてもいないことを一人で解説するマリーアンと、食事を続けながら相槌を打っているサイアスの姿を、アシュカは遠くに感じていた。 時折、互いに冗談や皮肉を言い合って笑っているふたりが、自分から離れてしまっているような違和感。

 自分が落ち込んでも周囲は全くそれに触れない。自分だけが取り残されてしまったような気持ちだ。 マリーアンの優しい笑顔や、いつも通りのサイアスの表情が堪らなく痛い。

 かちゃり、と音がして、アシュカのスプーンが置かれた。

 会話が中断されて、マリーアンがアシュカを見る。

「どうされましたか? まだ、お代わりは沢山ございますが」

 明らかにアシュカの機嫌がよくないのを感じて、マリーアンは対応に困った。差し障りのなさそうな言葉はあっても、それ以上のものは出てこない。

 アシュカはじっとテーブルの上に目を落としたまま、誰にとなく言った。

「どうして、何も訊かないんだ?」

 この台詞を耳障りに感じたのは、サイアスだ。

「あ? なに言ってやがる」

 言いたいことの半分は察しがつくが、わかってやる気になれない。しかしアシュカは思わず立ち上がり、険しく眉を寄せた。

「サッシュのことだ。 マリーアンも今朝、私がどこに行ってたか知っているんだろう? なら、どうして何も訊かない。サッシュのことが、気にならないのか!?」

 何に怒っているのだろう。自分が何に苛立ち、どうして欲しいのかさえわからない。

「アシュカ様」

 悲しそうに呟き、マリーアンは俯いて小さくなった。

「おい、嬢ちゃんよ。 その辺にしときな」

 ―――――――― 知ってるから、訊けねぇこともあるんだぜ。

 マリーアンを庇うわけではないが、これ以上情けない姿をさらされると、せっかくの食事が不味くなる。

 アシュカの目が今度はサイアスの方を向く。

「サイアス、何で言ってくれなかったんだ。あんな、あんな状態になってるなら……」

 言いながら、アシュカは苦しそうに目を閉じて首を振った。網膜に焼き付いた瓦礫の山と運び出される遺体の群が甦る。

 サイアスは溜息をついて、やれやれと口を開いた。

「俺が何を言っても、納得しねぇだろうが」

「そうですよ。だからサイアス様も、アシュカ様を黙って行かせてくださったのですよ?」

 わかっている。そんなことはアシュカにも痛いほどによくわかる。だが、彼女の胸の中で黒く濁った不安と苦しさが、そんな優しい言葉も押しつけにすり替えてしまうのだ。

「へぇ、ふたりとも私の事を気遣ってくれたんだ。どうせ落ち込んでるだろうからって、訊かないようにしてくれてたんだ?」

 嫌な言いかたなのは、自分でもよくわかっていた。だが、一度 口から出してしまうともう抑えることは出来ない。

「私はてっきり、ふたりにとってはサッシュの事なんか、もう済んだことになってるのかと思った」

「アシュカ様っ!」

 あまりに子供じみた言いぐさに、マリーアンが叱咤するように声をあげた。

「なぁにマリーアン? あなたはいいわよね、サイアスは無事だったんだから。安心して同情も出来るわよねぇ」

 この言葉を聞いたマリーアンは、腹立たしさよりも情けなさに胸を詰まらせた。

「ご自分が、なにを仰っておられるか、わかっておいでですか?」

 沈み込んだ声で彼女は主人を見つめる。 瞳の憂いが、アシュカの熱を奪った。

「サッシュ様のことを、信じておられないのですかっ!」

 不安や疑念は、不信からやってくる。 当て所のない気持ちの原因を言い当てられた気がした。だが、たとえ誰の口から語られたとしても、それを認めることはできない。

「信じてるっ! サッシュは『大丈夫だ』って言った。そう、言ったんだから」

 まるで自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。そのたびに痛みが増し、声もなく涙が溢れてきた。隠すように俯いて、手の甲でしきりに滴を拭き取る。

「……絶対に、サッシュは帰ってくる」

 マリーアンは言葉を失った。ここまでアシュカが弱々しく見えたことはもう何年もなかったから。いまアシュカにあるのは信じる想いではなく、信じているはずだという重圧。

 本当にサッシュを想っているから、無理に不安な感情を押し殺そうとしている。すこしでも不安を感じることが、サッシュに対する自分の気持ちを否定することに思えるのだ。

 何と声をかけて良いかわからず立ちつくすマリーアンの隣で、サイアスがテーブルに頬杖をついたまま言う。

「おい嬢ちゃん」

 マリーアンがサイアスを見た。アシュカも、前髪に隠れた向こう側でちゃんと言葉に耳を傾けているはずだ。だが彼の口から出たのは、たった一言の言葉。

「泣くなら、独りで泣きな」

 マリーアンもアシュカも息を呑んだ。マリーアンが何かを言うより早く、まるで逃げ出すようにアシュカは部屋を飛び出していく。

「サイアス様、いまの仰りようはあまりにも!」

「なんだ?」

 まるで敵対するように、サイアスが言葉を遮った。彼の眼差しの真剣さに身を退くが、なんとか踏みとどまって言葉を続ける。

「辛いのはアシュカ様なのですよ! それなのに思いやりがなさすぎますっ!」

 それを聞いたサイアスは、くだらねぇとでも言いたげに鼻を鳴らした。

「いいか女、これだけは言っとくぞ。最悪の場合サッシュのやつは死んでるかもしれん。だがな、それを乗り越えるのはアシュカであって、おまえさんじゃない。おまえさんがどんなに同情しても身代わりになんぞなれやしねぇんだ」

「だからと言って、わざわざ傷つけるような言い方をなさらなくてもっ!」

「大丈夫、安心しろ、信じて待て。そんな根拠のねぇ戯言を吐いて状況が変わるなら、いくらでも吐けばいいさ。だが、どんなに残酷な現実でも最後はあいつ自身が選んで乗り越えなけりゃならん。都合のいい逃げ場所を用意してやれば人間は弱くなるだけだ」

 特別なことは言っていない。甘えるというのは、その場で甘んじるということだから。

「口先だけの覚悟なら、ガキにだって吐ける……」

 逃げずに真っ直ぐ。それが信じると言うことだ。自分の気持ちを疑うのが間違いではなく、信じる振りだけで現実から目を逸らすことが間違い。

 でも、それでも。

「誰もが、サイアス様のように割り切れるわけではないんです。誰かが本当に苦しいときや辛いときは、誰だって支えたい、支えて欲しいと思うんですっ! その気持ちがお分かりにならないのなら、サイアス様は間違っておられます!」

 うまく言葉にはできないが、マリーアンは違うと言いたかった。サイアスの口から、まったく優しさも思いやりもない、それどころか感情すらこもっていない言葉が並べられていることが悲しくてならなかった。 心の染みが溢れ、彼女の目にも涙が込み上げる。

「出過ぎた真似でした、申し訳ございません。ご用の際はお呼び付け下さい」

 形だけ頭を下げて、彼女は足早に扉の向こうへと去った。

 出てすぐに、マリーアンは扉を背にして口を押さえて嗚咽を飲み込もうと必死になる。こぼれ落ちる涙が、つま先をじっとりと濡らしていた。

 部屋に残されたサイアスは、冷えてしまったスータを一口啜る。わずかだが、塩気が強くなったように感じた。

 ――――――― その気持ちがお分かりにならないのなら、サイアス様は間違っておられます!

 マリーアンが言い残した言葉が頭の中に響き渡った。

「ああ、わからねぇさ」

 ――――――― なんで泣く。

 雨がガラス窓を叩く。ばらばらと悲しみの欠片をばらまくように。



 夕暮れ時になり、夕食の下ごしらえを終えたマリーアンは、ギュスタレイドの部屋を目指して廊下を歩いていた。

 あれからアシュカは部屋に閉じこもりっきりで一度も外には出てこず、昼食のあとで邸を出ていってしまったサイアスとも顔を合わせていない。

 扉の前に立ち、身を正してから二回ノックした。すぐに返事があったのでマリーアンは部屋の中へと足を踏み入れる。

「失礼いたします」

「マリーアンさん、どうしたの?」

 いつもの調子で言うチェスカニーテだったが、その顔に色濃く疲労が浮かんでいることは誰の目にも明らかだ。

「あの、よろしければわたくしが代わりますので、少しお休みになって下さい」

 この申し出にチェスカニーテは嬉しそうに笑顔をつくったが、首を縦に振ることはなかった。

「ありがとう、でも大丈夫。無理はしないし、出来ない理由もあるし」

 そう言ってチェスカニーテは腹部に手を当てる。事情を知らないマリーアンは、その言葉をそのまま受け止めるしかなかった。

 表情がやや元気になって、チェスカニーテは笑う。

「それにね、あたしも少しはこの人のために成りたいの」

 彼女はベッドの上で昏々と眠り続ける夫の手を握りしめた。

「考えてみると、あたしはずっと頼りっぱなしだったのよね」

 アルフォンソと戦っていたギュスタレイドの姿が思い起こされる。

「あの時だって、なんにも出来なかった。やっぱりこの人の足を引っ張るだけだった。当たり前よね、だって『何か』ができるほど、あたしは努力してこなかったんだもの。嫌なことも、辛いことも全部この人に押しつけて、あたしはただ膝の上で甘えてた」

 再びマリーアンの方を向いた彼女の顔は、幼さが抜け落ちて落ち着きがあった。

「どっちか一方がなんて、おかしいわよね? 夫婦なのに」

 マリーアンは答えない。これが質問でないことはわかっていたから。

 チェスカニーテはギュスタレイドの頬を優しく撫でながら、寂しそうに言う。

「夫婦なのに……」

 後悔があるのだろう。彼女だからこそ感じる苦しさもあるはずだ。マリーアンには、もう何も言う言葉はなかった。それが自分の中にはないことを知った。

「それで? マリーアンさんは何を悩んでるの?」

「え」

 突然 切り替えされて、マリーアンは戸惑った。自分の顔にでも出ていたのかと、彼女は頬に手を当てながら言う。

「おわかりになりましたか?」

「もうバレバレ。ついでに言っとくと、ぜぇったいサイアスさんのことっ!」

 ぐうの音も出ない。まさしくその通りなのだから。

「……はい。すこし、余計なことを言い過ぎてしまいました」

 肩を落として、マリーアンが力無く言った。

「なに、マリーアンさんが喧嘩したの? めっずらしぃ~」

 まるで希少動物でも見るような、好奇の視線でチェスカニーテは彼女を覗き込んだ。

「け、喧嘩というほどのことではっ! ただ、嫌な思いをさせたことだけは確かです」

 後悔先に立たず。一番、嫌われたくない相手に、自分ごときがあろう事か間違っているとまで言い切ってしまったのだ。しかしマリーアンは、想いの先にある人だからこそ黙って居られなかった。

 サイアスの言葉が正しいとすれば、彼は誰にも頼らずに生きられると言うことになる。

 それはあまりに悲しいことだから。

「ねぇマリーアンさん、サイアスさんは平気そうだったでしょ。あたしたちが聞いたらきつく感じるようなことでも、当然だって顔して言うじゃない?」

 その通りだ。さすがはギュスタレイドに近づくまで、サイアスを想っていた事はある。チェスカニーテにはマリーアンとは違った見方があるのだろう。

「けど、わかってるんだよ。サイアスさんはね、それが誰にとっても当然じゃない事も、その考え方が人を幸せにしないことも、ちゃんとわかってるんだよ?」

 チェスカニーテの思いやるような口調は、サイアスではなくマリーアンを擁護するために使われていた。

 その気持ちを受けて、マリーアンは真剣な面持ちで頷いた。

「ええ、それはわかります。サイアス様の仰られたことは、もっともだと思える部分も確かにありました。あの方はそれを身をもって示しておられますから」

 後悔は消えないが、少しだけマリーアンは胸が軽くなる。

「でも、あまりに孤独であろうとしているようで」

 気がかりなのは、そこだ。おそらくそんなサイアスの態度がぎゅっと胸を締め付ける。

 チェスカニーテは頷きながらベッドにある夫の顔を見つめた。

「この人が、前に言ってたわ。『サイアスは幸も不幸も感じない。ありのままの現実が当たり前すぎて、自分の置かれている状況に、いちいち意味をつけたりはしない』って。だから平気なんだと思う。自分の幸福も求めないし、不幸も厭わないからね」

 マリーアンが悲しいと思うのは、そういうことなのだろう。

「きっと、サイアスさんもわかってるのよ。ただ、その意味を認めないだけ」

 息をついて、チェスカニーテは冗談半分な明るい調子になった。

「だからあたしもフラれちゃったんだし。たぶん、サイアスさんに幸せになりたいって思わせられるのは、世界に一人だけなんだろうなぁ」

 それが自分でないことは、マリーアンには言われずともわかった。彼女が言っている人物が誰なのかも、もうマリーアンは知っている。

 チェスカニーテが、しまった、と口に手を当ててマリーアンを見上げた。

「ご、ごめんなさい。あたし、余計なことを」

 マリーアンは、微笑んで首を横に振った。

「いいんです。わかっていたことですから」

「じゃあ、あたしが悩みの相談に乗ろうだなんて、ちょっとお節介だった?」

 これにも、マリーアンは優しい笑顔で返す。

「いいえ。わたくしの気持ちをわかって下さる方がいて、嬉しかったです」

 そう。彼女がサイアスに言った支え合うとは、つまりこういうことなのだ。

 チェスカニーテも、この話題での心配事が解消されて嬉しそうだった。だが、すぐにまた悩むような面持ちになる。

「それじゃあ、あとはアシュカさんだけね」

 話しの流れや雰囲気から察しているだけだろうが、そんな事までわかっているとは。

「アシュカ様のことは、わたくしにお任せ下さい。もう、大丈夫ですから」

 サイアスにはサイアスの言葉とやり方があるように、自分には自分のやり方がある。

「それではチェスカニーテ様、本当にご無理はなさらないようにしてくださいませ」

「うん」

 丁寧に頭を下げて、マリーアンは部屋を後にした。

 それを見送ったチェスカニーテは、愛しい夫の静かな寝顔を潤んだ眼で見つめる。

「サイアスさんのことは、もう振り切れてるから怒らないでね?」

 あの頃の想いは今のチェスカニーテとギュスタレイドを育てた糧。

 ふふっと笑って、彼女は一言も返さないギュスタレイドの髪を指先で整えた。

「きっとあの人から見れば、あたし達は何にでも意味をつけたがってるだけなんだろうね」

 自分たちからすれば、それは当たり前のことだ。サイアスはこの当たり前を除外して物事を考える。個人的な感情も含めて、律のような正義を求めるギュスタレイドと、それを排除して現実の有り様だけを見つめるサイアスのふたりが、昔から水と油のような関係であることは、自然と納得がいった。

「正直言うとね、あたしは本当にあなたを選んで、あなたに選ばれてよかったと思ってるのよ。サイアスさんを好きになることは出来ても、あたしにはあの人を愛することはできなかったと思うから」

 自分の存在を大切に思う気持ちがあるギュスタレイドのほうが、人としては正しいのではないかと思う。贔屓かも知れないが、だからこそチェスカニーテはこの男と一緒に人生を歩むことを幸せと感じるのだ。

 たぶん今のサイアスにはそれが無い。本人の自覚もないところで、隣りに隙間はない。



 マリーアンはチェスカニーテのもとを後に、アシュカの部屋へと向かっていた。

 やはり戸を叩くことに多少の迷いはあったが、深呼吸してノックする。

 一度では反応がなかったので、二度、三度と繰り返すと、か細い声が返ってきた。

「……誰? マリーアン?」

「はい。すこし、お時間よろしいでしょうか」

 マリーアンが言うと、やや考えるような間があいて。

「いいわよ、入って」

 と、お許しと鍵が開く音がした。扉を開くと、鎧戸の閉められた室内は蝋燭の灯りだけが支配している。

「失礼いたします」

「あまり畏まらなくていい。今は私とマリーアンだけだから」

 暗がりに見たアシュカの顔は、泣きはらした目に眠気が差していた。

「アシュカ様、サイアス様が仰ったことなのですが……」

「ごめん、マリーアン。 私も、馬鹿みたいだった」

 言葉を遮って、アシュカは前髪を掻き上げながら言った。

「信じるのは当たり前。でも、待つだけじゃ私らしくない」

 マリーアンがきょとんとした表情でアシュカを見つめていた。その視線に悪戯っぽい微笑みで返して、アシュカは言う。

「サッシュがどうして居なくなったのか、いったい何が起こっているのか。それを確かめなくちゃ何も始まらないわ。なのに自分だけ辛い思いをしてるって勝手に決めつけて本当に馬鹿みたいだ。サイアスにああも言わせなくちゃ気付かないなんてね」

 何も訊かず、何も言わなかったマリーアンも、サッシュや自分を心配して胸を痛めていたはずだ。

 それに、結果的にはサイアスは無事だったが、彼女も一時今の自分と同じ痛みを感じていたことに違いはないのに。

「確かにまだサッシュが居なくなったなんて実感がないし、帰ってこないかもなんて思いたくもない。だけど、目を閉じて耳を塞いでたって、何も変わりはしないから」

 傷ついた心が癒えたわけではない。それでも彼女は迷うことを捨てたのだ。

「そうですね。ええ、わたくしもそう思います」

 マリーアンは優しく頷いた。散々泣いて、踏ん切りがついたのか。立ち直ったわけではないが、彼女はすくなくとも蹲ったままで居ることはやめたのだろう。

 いずれにせよ、今のアシュカに薄曇った陰惨さはなかった。

 現実を受け入れるという壁を、彼女は見事に越えてみせたのだ。

 ――――――― 最後はあいつ自身が選んで乗り越えなけりゃならん。

 サイアスの言葉が頭の中で別の響きを持って浮かび上がった。

 現実逃避の千の味方より、それに立ち向かう一人の自分こそが道を切り開く。あの時自分がアシュカに優しい言葉を与え続けていたら、ずっと傍にいて慰め続けていたら、彼女はこれほどまで早くひとりで立ち上がれただろうかとマリーアンは思った。

 アシュカは、じっとマリーアンの目を見る。

「たぶんこのさき私は、ルールを破ることになる。そのことであなたや周りの人達に迷惑をかけると思うけど、あなただけにはわかっていて貰いたいの。これは私がやらなくてはならないことだって」

 その言葉には、サッシュを捜しに行く、事件の真相を解きに行くという意味が含まれていた。十年前とは違い、自分の判断で目の前の問題に立ち向かおうとしているのだ。

「アシュカ様が、自ら赴かれねばならないのですか?」

 答えはわかっている。だが、彼女の身を誰よりも案ずる者からすれば、そういった事こそサイアス達の領分だと言いたいのだ。

 そんなマリーアンの気持ちを理解した上で、アシュカはそれでも首を振る。

「ああ。事がこの王都だけで終わるならそれもできる。でも、今回の事はそれだけじゃ絶対に終わりはしないから、私も隠れているわけにはいかないの」

 これは予感だった。神々の標本、サッシュの失踪、すべてが十年前の事件に繋がっている気がした。そして法王庁の、リンサイアの闇の歴史そのものにも。

 昨夜のことで終わるはずがない。今回のことは始まりにすぎないのだ。

 いつまでも、今日の受けた傷を痛がって立ち止まっているわけにはいかない。

「お願い、マリーアン。これから何があっても、私を許して」

 安易に返事を出来ることではない。だが、もうアシュカが決めてしまっていることだ。何を言っても、それが覆らないこともマリーアンにはわかっている。

「わかりました。わたくしは、あなた様に従う者。それでなくともアシュカ様のお気持ちに応えとうございます」

 心配や不安は抑え込んで、マリーアンはできるだけ胸を張って礼をした。

 やっと、実感した。支え合うというのは、躓き立ち止まった者を慰めてやることではなく、立ち上がり進もうとする人間の背中を押してやることだ。前だけを見ていられるように。

 顔を上げたマリーアンの目に、ホッとしたアシュカの顔がうつった。

「ありがとう。でもホントのこと言うとね、格好いいこと言ってても、早くサッシュに会いたいからなの。離れてるのが辛いから」

 彼女の勇気はそこから始まっている。掛け替えのない想いをもって、すべてを乗り越えて行こうとしているのだ。マリーアンはアシュカの唇に人差し指を当てて言う。

「仰らなくてもいいですよ。わかっておりますから」

 くすっと笑って、彼女はアシュカを見た。その表情に、つられてアシュカも笑う。

 これからどんなに離れていても、マリーアンはアシュカの支えになるだろう。

 生死さえもわからぬサッシュ・エスメライトが、彼女の支えになっているように。

「いま、サイアスは?」

「お昼に出かけられて、まだ戻っておられません」

 サイアスにも伝えねばならない。そして話し合う必要がある。

「そうか」

「戻られましたらお呼びいたしますね。たぶん、夕食までには戻られると思いますので」

 その言い方は本人が聞いたら毒づくところだろうが、確かに的を射ていた。

「ははは。さすがマリーアン、あいつのことがよくわかってるわね」

「か、からかわないで下さいっ!」

 不意をつかれた彼女は、赤面して両手を振り上げた。まさかアシュカの口からこんな言葉が出てくるとは。

「それでは、夕食に取りかかりますので、わたくしはこれで」

 動揺を隠し切れぬまま、足早にマリーアンは部屋を立ち去った。

 残ったアシュカは、キリキリと針金で心臓を締め付けられるような想いを感じながら、それでも真っ直ぐに進もうと決めていた。その先に必ず光明があると信じて。

 これからは、もう『日常』という安定にしがみついてはいられないのだから。

 そして彼女の小さな決意は、彼女の言葉通り大きな変化を生むことになるのだった。



 法王庁舎は、悲しみの嗚咽と慟哭が渦巻いていた。この日、一日で集められた遺体が身元の確認も含めて大聖堂の一角に集められている。避難していた患者達の中にも集められた遺体に知人を見つけた者が少なくなかった。

 それは病院で働く医者や看護士達も例外ではなく、その建物は病院という役割から、この日だけは葬送曲を奏でる大聖堂の姿に立ち戻っている。

 思えば十年前の事件のあとも、ここには数知れぬ悲しみが運び込まれたものだ。

 その場所に、ずぶ濡れの男が現れた。彼は巨体に無数の傷跡を示し、銀の髪に雨粒を滴らせている。紅く燃えたつ瞳が冷え切った彼の肉体とは対照的に力強く見えた。

 サイアス・クーガーだ。昼食の後、崩れた礼拝堂の撤去状況を見に戻り、雨が原因で作業が中断されたあと、この大聖堂へと足を向けたのだ。

 彼は大聖堂に入るなり、鼻をつく香の薫りに胸を詰まらせた。

 死臭を紛らわせるために焚かれた香の濃度が、集められた遺体の量と物語っている。

 どこからともなく、死者を弔う祈りの句が聞こえてきた。司祭が信者達と一緒に句を斉唱しているのだろう。

 異様な風体をしたサイアスの出現に、人々の反応はふた通りだった。怯えたようすで離れて行くか、まるで眼中になく遺体を前に泣き伏したままか。

 規則的に並べられた木棺を、サイアスは順を追って見ていった。 なかは花や布で覆い尽くされ、窓から辛うじて顔や一部だけが覗いた状態のものが殆どだ。理由はおそらく、あまりにバラバラで遺体を整形することも出来なかったからだろう。

 中には、両腕が左腕の遺体まで見受けられた。遺族の心情を優先できるような状況ではないのだろう。遺体をひとつずつ綺麗に処置していたら、後の方は腐乱してしまうのが関の山だ。

 サッシュと会ったときに訓練をしていた若者の姿も数多くあった。そうした遺体の周囲には、あの夜に夜警に出なかった交代要員の者達が群をなし、妻や恋人、家族達が棺にしがみついて声をあげている。

 そうした負の感情が支配する場所を、サイアスは黙って通り抜けていった。

 べつになにかを探しにきたわけではない。ただ、確認しておきたかったのだ。自分が負けたことによって犠牲になった者達の死顔。そのすべてを記憶しておくために。

 ひとつの棺を通り過ぎようとしたとき、サイアスの心臓が嫌な音を立てた。

 棺に収まっていたのはジュオンだった。そしてその前で取り乱しもせず黙って手を合わせているのは、十年前に助けた彼の母の姿。

 サイアスの気配に気付いた彼女は、目を開いて彼に向き直った。

「お久しぶりでございますサイアス様。あの時は息子共々、本当にお世話になりました」

 深々と頭を下げる。サイアスは何も言わなかった。母は息子の亡骸を見下ろして静かな口調で語り出す。

「再びあなた様とお会いして、昨日もこの子は大変に喜んでおりました。また、飴玉を頂いたそうで、お守りだと言って懐に忍ばせていましたよ」

 そう言って微かに笑うが、その表情は抜け殻のように空虚なものだった。

「役にたたねぇお守りだったな」

 居心地が悪そうに、サイアスは彼女の姿から目を逸らす。 後ろめたい気持ちがあったからではない。同情もできないし、慰めようという気にもならない自分が彼女に何かを言うことは出来ないという正直な気持ちからだ。

「そう仰らないで下さいな。この子も私も、サイアス様がこうして来て下さっただけで充分なのです。本当なら、十年前に消えていた命ですものね」

 彼女はまたサイアスに向かって深々と頭を下げた。

 本心ではないだろう。こう言って、自分を納得させようとしているだけだ。

 サイアスにしても、ここで母親にこんな礼を言われるために二人を助けたのではない。ましてやこんな死に方をさせるためであるはずがないのだ。

 しかし、それを口にしたところで意味はない。ただ、伝えておくべき言葉があるのに気付く。彼女がどう感じるかは別として、これだけは言っておかなければ成らない。

「ひとつだけ。ジュオンは最後に、おまえさんの事を呼んでたぜ」

 死にたくないと泣きながらではあったが。 母親は驚いたように顔を上げた。しばらくサイアスをじっと見つめたあと、ふと視線を我が子へ向ける。

「そうですか。サイアス様が、この子の最期を。なら、それだけで本望だったでしょう」

 死人のことを、勝手に決める。それは残された者達の特権であり、そうだからこそ乗り越えていけることもあるのだ。

 だが、それが出来ない者も間違いなく居る。あるいは死者の気持ちと自分の感情をすり替えて語る人間も。

「ダンナ、ダンナじゃねぇですかっ!」

 女性とのやり取りを見つけて、少し離れた棺の所から男が駆けてきた。

 どうやら、昨晩塩の花亭に集まっていた御者連中のひとりらしい。

「いったい何があったんです? ダンナに頼まれたって男が来て、エニーのヤツが死んだっていうじゃねぇですか。それで俺達が来てみたら……」

 そこで言葉が途切れた。サイアスは男について、エニーの棺の前に立つ。

「サイアスさん」

 周囲から口々に自分の名を呼ぶ声が挙がった。棺の窓からはやや血の気が失せたエニーの顔が覗いている。おそらく彼らは知らないだろうが、この棺は実は半分しか使われていないのだ。エニーの身体は、腹部で分断されていたのだから。

 少年の無惨な姿を思い出し、サイアスは奥歯を噛みしめた。こぼれ落ちた彼の臓物は、おそらくそのままゴミと一緒に焼却場おくりだろう。

 棺を取り囲む男達のなかに塩の花亭の看板娘の姿があった。エニーの亡骸を見つめて何か話しかけている。

「ねぇエニー、今度はいつ話を聞かせてくれるの? もう怖い話しは嫌よ、嘘だってわかってても夜眠れなくなっちゃうから」

 薄笑いを浮かべながらぶつぶつと呟く娘の肩を、店の主人である父親が優しく抱きしめていた。サイアスが近づくと、男は無言で一歩道を譲って頭を下げる。

 動こうとせず、娘はサイアスに背を向けたまま冷たい口調で言った。

「来ないで」

 父親も周囲も驚かされたが、サイアスだけは眉ひとつ動かさない。ただ、少女と距離を置いて立ち止まった。

 彼女は振り返り、頭三つ分 背丈の違う大男を睨み上げる。

「あなたには、エニーに近づいて欲しくないの」

「何を言うんだホリィ! わざわざ来て下さったのに!」

 父親は娘を叱りつけるように言ったが、それを制したのはサイアスだった。

「気にするな、この嬢ちゃんにも言いてぇことはあるさ」

 そう言って軽く口端を持ち上げ、促すように少女の方に手を差し出す。

「続けな」

 表情どころか顔色さえ変わらないことが憎くてたまらず、ホリィと呼ばれた少女はいっそう強い眼光をサイアスに向けた。

「あなたを呼びに、警護隊の人が来たわ。それでみんなが出ていって、エニーは待ってろって言われたのに、あなたの為に真っ先に飛び出していった」

 少女の目に憂いが宿り、それはエニーの棺へと向けられる。

「大変なことになってるのは私にだってわかった。だから私はエニーを止めたの。 なのに『サイアスさんが待ってるから』って」

 誰も一言も発しない。周囲のざわめきの中で、ここだけが切り取られたように静かだ。ホリィが再び責め立てるようにサイアスを見た。

「あなただって、知ってたはずでしょっ? それなのにどうしてエニーに危険な場所に行かせたの。あなたはどうして、エニーを助けてくれなかったのっ!? あなたは、あなたは英雄なんて呼ばれてるくせに!」

 英雄。それがどれほどの価値を持つ称号なのか。たとえ無理やりに意味を押しつけられただけの言葉に過ぎなくとも、それを冷静に理解できるのは夢を見ない大人だけだ。

 少女は拳を振り上げて、サイアスの胸に飛び込んだ。何度も、何度も握った手を叩きつけ、涙でサイアスの濡れた身体を更に染める。

「英雄なんでしょ! だったら助けてよっ。エニーを返してっ!」

 無茶苦茶なことを言い涙を散らす少女を、誰も止められなかった。彼女をサイアスから引き離すのは容易いが、どうしても動き出せなかったのだ。

 力の限り叩き続け、ついに悲しみが心を割った。彼女は両手をずるずると降ろして、溢れた涙が身動きすら出来ないほどに彼女を苦しめる。しゃくり上げ、呻き声のような嗚咽だけが止め処なく流れ出した。

「……申し訳、ございません」

 立ちつくしている我が子を、父親がようやくサイアスの身体からそっと引き離した。

 鼻水と涙でべとべとになった少女は、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。

 誰も、それ以上は口を開かない。サイアスが悪いのではないことは百も承知だ。しかしなにを言えばいいのか、それがわからなかった。

「邪魔したな」

 サイアスが、それだけ言い放って向きを変えた。結局、少女の近さまでエニーの棺に寄ることはなかった。あるいは寄るべきではないと考えたからか。

 人を掻き分け、残りの棺を目に焼き付けながら、サイアスは大聖堂の出口へと向かう。弱々しく、脆い少女の流した涙の染みが熱く感じられた。それに反して濡れて肌に張り付く衣服が、ひどく冷たい。

 ―――――――― なんで泣く。

 見渡す限り、涙、涙、涙と慟哭の荒野が広がっている。

 ―――――――― なんで泣く。

 悲しみがわからないわけではないのだ。愛する者が死に、涙を流すのは尊く当然のことかもしれない。それを否定はしないし、それこそが死んだものが生きていた証なのだろうとも考える。

 ここで流す涙あるのが人ならば、同情も悲しみもない自分は何だ。

 ずっと昔から、繰り返してきたこと。十年前もそう、今もそうだ。

 何かが死に、それが自分の知っていた生き物だったとしても、自分が泣く理由は見つからない。死んでいった者達の無念や苦しみも、想像するのは容易いことだ。しかし、泣く理由はやはりそこにはない。

 泣くことで満足するのは、自分だけだ。

 自分の感情など、どうでもいい。必要なのはどうやって死に報いるかということだ。死んだ者が命を懸けて残したものを、どう受け継ぐかということなのだから。

 背後に気配を感じて、サイアスは振り返った。その先には、必死で自分に追いつこうとしている老人の姿があった。

 ラジゴラ。昨晩、塩の花亭に来ていたゴラ爺だ。

「まだ、なにか用か?」

 サイアスが訊くと、ゴラは息の上がった肩を上下させながら彼を見上げる。

「いや。ただ、あんたに言っておきたくなったんじゃ。あんたは間違ったことはしとらん。あの娘は、ホリィだってそれはわかっとる。ただ今は、悲しみが強すぎてそれを受け入れられんだけなんじゃよ」

「しらふだからって、らしくねぇこと言うな、おい」

 からかうように、サイアスが苦笑する。

「爺さん、ひとついいことを教えてやろう。もともとやくざな商売で喰ってきた身だ。恨まれるのも仕事のうちさ」

 いちいち気にしていられるか、とでも言いたげだったが、どこまでが彼特有の茶化しなのかはゴラにはわからない。

「だが、あんたがただの悪党なら、もとより英雄扱いなどされまい?」

「悪党も英雄も似たようなもんだろう。 呼び方はそれぞれだってことさ」

 まともに相手もせずにサイアスは立ち去ってしまった。ゴラは立ちつくしたまま、彼の言葉を反芻する。悪党も英雄も似たようなもの、その二つをひと括りに出来るのは、おそらく身をもってそう呼ばれる道を歩んできた者だけだろう。

 大聖堂の大門を抜けると、再び雨粒のヴェールが行く手に広がっていた。

 空を見上げるが、分厚い雨雲はまったく途切れる気配を見せない。

 濡れることを厭わず、サイアスは歩き出す。しばらく行ったとき、大聖堂と庁舎とを結ぶ渡り廊下から呼ぶ声がした。

「サイアス君、きみはサイアス君ではないですか?」

 雨の中で眼を細めると、渡り廊下に喪服を纏った教会者の姿が見える。

 いつも笑っているような細い目と、人の良さそうな面長の顔をした初老の男性だ。

「あんた、オルディランか?」

 あまり会いたくない人間と会ってしまった。正直、そう言わざるを得ない。

 彼の名はオルディラン・サン・ビイサシナ。かつて姉と共に王都へ上ったサイアスの身柄を引き受けた教会で、教育係をしていた男だ。

「そんなところに立っていないで、こちらの屋根のあるところへ来なさい」

 オルディランの手招きにサイアスは躊躇したが、大人しくそれに従った。近くで見る彼の顔は細かな皺に覆われており、遠目よりもずっと年老いて見えた。もう十年会っていなかったのだ、過去とのギャップの大きさは想像以上にある。

「本当に久しぶりですね。あの事件以来ですから、もう十年になりますか?」

 オルディランは、一方的に話しかけた。彼にしてみれば、英雄と呼ばれるサイアスを少しは誇りに感じる部分もあるのだろう。だがサイアスにしてみれば、小うるさく説教をされ続けた少年時代があるだけに、素直に再会を喜ぶ気にはならないのだ。

「久しぶりに会ったというのに、こんなにずぶ濡れでは」

 彼はハンカチを取り出して、サイアスの髪や頬などを拭き始めた。サイアスはそれを軽く振り払い、オルディランの顔を見下ろして首を振ってみせる。

「いらねぇよ。どうせ濡れたまま帰るんだ」

「聞き分けのないのは相変わらずですね。聞きましたよ、昨夜の一件にはまたきみが関わっているのでしょう?」

 そんな風に、サイアスの話題をいち早く聞きつけるオルディランも相変わらずだ。

「どいつもこいつも、同じような事ばかりぬかしやがるぜ」

「誰もかれも、と言いなさい。それに私は決してきみが悪いなどと言うつもりはありませんよ。もっと人の言葉を素直に受け取るべきですね」

 オルディランが見たかつての問題児は、未だに困った習性を多分に残しているようだ。

「それで、あんたはこれから聖堂だろう? 俺に構ってる暇あんなら、さっさと行けよ」

 服装からして、教会の一員として昨夜の犠牲者の通夜に参加するのだろう。

「きみはいつまでたっても、憎まれ口ばかりですね。どうです、私と一緒に死者を弔い、慰めの心を育むつもりはありませんか?」

 サイアスに欠けている礼節と優しさを培ういい機会ではないかとオルディランは持ちかけたが、それをサイアスは笑い飛ばす。

「悪い冗談だ。畏まって他人の不幸にのっかるガラかよ。付き合ってられねぇ」

 思いやりの欠片もない言い方に、オルディランは溜息をつかされた。

「そうですか。しかし久しぶりに戻ったのです。姉上の所へは顔を出していきなさい」

 言われて、サイアスはすぐには応えなかった。そのときの少しの間はサイアスの心にさざ波が立ったことの表れだ。

「なにが姉上のところだよ、どこにも居やしねぇさ」

「きみはまだ、そんなことを言っているのですか?」

 十年前にも同じ事を言っていたのを思い出す。オルディランにとっては、その言葉がサイアスの孤独を表しているように思えてならなかった。

「まだもなにも、あんたらの言うオカルトは俺には理解できねぇな」

 吐き捨てるように言って、サイアスはまた雨の中へと入っていった。

「サイアス君、ローブを貸しますよ。濡れたままでは身体に毒です」

 オルディランが自分のローブを脱ごうとするが、サイアスは空を仰ぎながら答える。

「だから、いらねぇよ。こいつぁ俺の代わりだ」

 その言葉の意味がオルディランにはよくわからなかったが、彼の表情を見れば本当に要らないのだとわかった。

 雨はサイアスの頬を流れ、身体を伝って地に溜まる。オルディランを振り返らずに彼は歩き始めた。オルディランは雨に白む道の先にサイアスが消えるまで、じっと背中を見つめて自分の知るサイアスの幼き日を思い出していた。あの頃のような、何にでも牙を剥く粗暴さは影を潜め、代わりにすべてを脱ぎ捨てたような危うさが感じられる。オルディランは、そんなサイアスのために彼の信じる神々に、祈りを捧げずにはいられなかった。

 天より落つる涙は、王都の悲しみを洗い流すが如くに降り注ぐ。涙無き者の代わりに。



 王都の南側、街を取り囲む街璧の向こう側に小高い丘がある。小さな南門を抜け、砂利を敷き詰めた道を五分も歩くと、見えてくるのは木を組んだT字の群だ。

 樹液と色薬で白く塗られた平等と安息を示すT字は、リンサイア特有の墓標である。

 そこは地位も財とは無縁の民が眠る集合墓地。管理する者もないので、遺族が自分たちの手で花を添え、雑草を摘み、剥がれた塗装を塗り直す。

 法王庁の管理していた霊廟とは違い、こんな雨の日は訪れる者もない沈黙の場所だ。

 その墓地へ続く道で雨に濡れ、サイアスの姿は丘の上にあった。

 目の前には『アメリオ・スタミューラ。家族愛に生きる』と記された墓標がある。

 長年、手入れもされていないので、白い塗装は所々剥げて木目が顕れており、それの根本だけは草が伸び放題。絡まった蔦に咲いた花が、誰にも花を供えられぬ墓標を飾る唯一の友であった。

「こんなところに居るわけねぇだろう、オルディラン」

 気まぐれで来てみたが、やはり彼に言われたことは自分には理解できそうにない。魂というものがあったとして、こんな場所に骨と一緒にいつまでも留まっているはずがないではないか。

 十年前に、義姉アメリオとの別れは済んだ。魔導師との戦いに巻き込まれ、その中でサイアスが救えなかった命のひとつ。

 ――――――― あの時はどうなった? おまえの大好きだった『おねぇちゃん』のときはよぉ。

 昨夜、アレの吐いた言葉がサイアスの耳の奥で木霊した。

 目を閉じれば、いまでもはっきりと思い出す。アメリオの泣き叫ぶ声、彼女の流した血と涙。あんなことがなければ、結婚の決まっていた彼女は人の妻となり、人並みの幸せを得ていたはずだ。

 サイアス達の戦いがすべてを奪いとり、彼女の生命までも焼き尽くした。

 それを目の前にしても、何もできない自分がいた。

 終わってみれば、婚約者だった男も燃える民家に他人を助けに飛び込んで焼死。教会員だったその男は名誉なことに法王庁の霊廟に納まり、寄留者でしかなかったアメリオはこの墓地に埋葬されたのだ。

 魂とやらを思いやるならば、ルールなどとケチくさいことを言わずに同じ土に葬ってやればよいものを。それもせずに何が死者への敬意だ。

『天上の世界で結ばれているはず』などとぬかすなら、それこそ魂は地上にはない。

 結局は、残された者達が自分を納得させる為だけに弔うのだ。悪いと言うつもりはないが、それで死んだ者が浮かばれると勝手に決めつける神経は理解できない。

 ここへ来て、サイアスは自分の思考が頑なになるひとつの原因に、昨日みたあの不思議な夢が少なからず影響していることに気付かされた。

「……俺も、なにやってんだか」

 ――――――― 死人に会ったような気にでもなってんのか、くだらねぇ。

 馬鹿馬鹿しそうに呟いて、サイアスは夕闇の訪れた街を振り向いた。

 誰もいない丘に、自分ひとり。足下に群列するのは、ひとが生きた日の残骸だ。悼む者達が勝手に作った飾り。しかし、それでいいのだろう。

 何をしても現世で魂に届かぬなら、彼らもまた拘るまい。死んだ後の扱いなど。

 なら、すこしでも残された者の気が紛れる方がいいではないか。

 それがサイアスの目から見て、どれほど無為に見えたとしても。

 サイアスは自分に苦笑して歩き出した。ここへ来たのは、ただの気まぐれと確認だ。

 わかったことと言えば、自分が独りで歩くことを選んで失ったものは、取り戻すことなど絶対にできないということ。

 そして恩人である義姉の死を再認識してもなお、自分に泣く理由はないということだ。

 しかしその一方で、何も残っていないからこそ、これからも自分は立ち向かっていけるのだとわかる。支えられる必要はない、ただ背負って、そのまま進むだけだ。

 神々の標本を追い、今度こそ自らの手で決着をつける。

 その決意は、何も残されない孤独によってこそ迷いのない覚悟になるのだ。

 次に、サイアスがこの場所を訪れるのはいつになるだろう。もしかすると二度とないかもしれない。ひとの死を忘れなければ、その痛みを自分で背負ってさえいれば、墓を見て思い出す必要などのないのだから。

 何一つ幸はないが、彼が覚悟を薄めずにいられるのは、たぶん、そういうことだ。

 もし今アメリオがこの場所にいて、サイアスを見送っていたとしたら、彼女の目にサイアスはどう見えるのだろうか。

 きっと、あのころと同じように少し困ったような笑顔を浮かべ、黙って見守るだろう。

 失い続けながら、それでも自分でしかいられない、不器用な義弟を。



 サイアスがドミニアス邸に戻ったのは、すっかり陽が落ちてからであった。

 門をくぐって玄関まで歩くと、何やら玄関先で話している二人の姿が目に留まる。

 邸の中から顔を覗かせているのはマリーアン、そして戸口に立っているのは、裏町で出逢ったエーシュという女だ。

 この奇妙な取り合わせに、違和感と興味を覚えるサイアスに気付いて、マリーアンはエーシュの肩越しに彼の方を見た。

「あら、サイアス様。丁度よいところに」

 それに反応して、エーシュも振り返って背後に来ていたサイアスを向く。

「あ、あの、昨日はありがとうございました」

 お辞儀をして、少し緊張したようすで彼女は目を泳がせた。

「珍しいところで会うな。まあ、偶然ってこともねぇか」

 自分を捜して来た以外には考えられない。丁度よいところに、といったマリーアンの台詞からしても、何か用件をもってきたのだろう。問題はどうして居場所を知ったかだ。

「はい、こういうとき情報屋って便利ですね。どの邸かまではわからなかったけど」

 ―――――――― なるほど。御邸街に来たって事だけは筒抜けだったわけだ。まあ昨日エニーのヤツがあれだけ自慢げに話してりゃ、どこからか漏れてもおかしくないか。

「それでマルスさんの事なんですけど、明日お葬式をすることになったので、あなたにも参加して頂けないかと思って」

「俺が? やりたきゃ、勝手にやればいいだろう」

 わからないという顔をしたサイアスに、エーシュは落ちつきなくそわそわと答える。

「こんな言い方はあれですけど、そのお金を出して下さったのはあなたですし、それにあなたはマルスさんの親友だって伺ったものですから」

 サイアスの視線が、じろりとマリーアンを捉えた。彼女は、しまったと顔色を変えて誤魔化すようにそっぽを向く。

 ―――――――― またこの余計な口がペラペラと。

 一目見ただけで、玄関先で何を話し込んでいたのか容易に想像がついた。

 息を吐いて不機嫌に頭を掻きながら、サイアスは言う。

「しょうがねぇな、気が向いたら覗いてやる。場所は?」

「ここです、この紙に地図を書いておきました」

 エーシュは懐から湿ってよれた紙切れを差し出した。それをサイアスが受け取ると、彼女は彼とマリーアンとに頭を下げ。

「それじゃあ、お願いします」

 と言って傘を開いて出ていく。彼女の影が見えなくなると、マリーアンはサイアスを横目で見て口を尖らせた。

「サイアス様、しょうがない、は無いんじゃありません?」

 これはこれで、なにを怒っているのやら。

「おまえさんには関係ねぇだろう。それにあの女がいれば十分じゃねぇか。俺みてぇな野郎に冥福祈られちゃ、浮かばれるもんも浮かばれねぇよ」

 死に目にあえなかったと言うならいざ知らず、サイアスはマルスを看取り、彼の中ではそれで区切りがついている。敵の多かったマルスなだけに、参列者が少ないのかとも思ったが、それも彼の生き方あってのことなのだから、しかたがない。誰が来ずともエーシュがいれば問題はないはずだ。

「もう、またそのような不謹慎な」

 両手を腰に当てるマリーアンに、サイアスは面倒くさそうに言う。

「いいだろう。ほら、さっさとそこを退いてくれ」

 サイアスが邸の中に入ろうと足を伸ばしたとき、マリーアンが両手を広げて阻んだ。

「そんな格好でお入れするわけには参りません。お入りになられるのでしたら、水気を落としてからにしてください」

「あぁ? アシュカは入れたんじゃねぇのかよ」

 アシュカもずぶ濡れだったはずだ。納得いかずにサイアスが言ったが、マリーアンは頑として動こうとはしなかった。

「いけません。いまのサイアス様は水分が多すぎます。よく絞ってからでないと、邸に匂いがついてしまいますわ」

「てめぇ、ひとを雑巾みてぇに言うんじゃねぇよ」

 衣服のボロさをみれば、その表現があながち的はずれではないので悔しい。

「とにかく、すぐにタオルをお持ちいたしますので、入るのはそれで身体を拭いてからにしてください」

 邸を綺麗に保つのも彼女の仕事。そのうえ他人の邸となれば気の遣いようも一塩だ。

 マリーアンは足早に邸の中へ引っ込む。サイアスは改めて自分の身なりを眺めた。

 たしかに、汚れる汚れない以前に服の着心地は最悪の状態だ。

 仕方なく濡れたシャツを脱いでギュッと絞り、ずるりと解けた包帯は丸めてポケットに押し込む。雨の滴る前髪を掻き上げると、襟足を伝って不快さが背中へ流れた。

 靴とズボンからはポタポタと滴が垂れているが、それは気にせずになかに入る。

 マリーアンがまだ戻って来ないことを確認して、水たまりの足跡を廊下に残しながら彼はさっさと階段を上がって二階へと消えた。

 タオルを手に玄関ホールに戻ったマリーアンは、点々と廊下に続く小さな水たまりとサイアスの姿が消えているのを見て、髪の逆立つ思いであった。

「まったくもうっ! サイアス様はどうしてこうもがさつなのかしら」

  いまさらサイアスのいい加減さを口にしたところで始まらないが、マリーアンは自分の気遣いを無用に扱われた事が寂しくもあったのだろう。

  仕方なしに、彼女は雑巾で床を拭いてまわる事にした。

  一方、部屋に戻ったサイアスは、濡れた衣服を窓際に脱ぎ捨て、半裸の状態でベッドに倒れこんだ。肩から両足に広がる纏わりつくような疲労は、肉体よりも精神のほうに原因がありそうだったが、当人がそれを自覚する事はないだろう。

 両腕で顔を覆うようにしてサイアスはじっと眼を閉じていた。雨音が、眠気とそれを妨げると覚醒を同時に呼び起こす。思い出されるのは、様々な末路。若者達やその遺族、今までとこれからを繋ぐ動転の有り様だ。

  サッシュの顔が一瞬、瞳の奥に浮かんで消える。あれは出会ったばかりの少年の姿だ。いまにして思えば、自分が神々の標本や魔導師の事件に関ることになったのは、賞金を目当てにサッシュを追いはじめたのが始まりだ。法王庁も、アカデミーも、育ての親を殺して少女の村を壊滅させたガイアすらどうでもよかったあの頃、自分を過去の潮流に引きずり戻したのは、やはり自分自身が選んだ路だった。

  それこそ奇妙な偶然だ。おかしな縁と言っても間違いではない。

  世界の釜の底を這いまわり、暗黒の淵にも幾星霜。結局 辿りついたのは産まれた場所だった。先には自分を産み落とした歴史の陰が待っていた。

  多くは運命と形容したくなるかもしれない。しかし、そのなかで生を受けた者ならば、もはや必然と受け入れるしかないのだ。それこそ自分という存在だと納得するしかない。

  十年前、わがままな姫君を命懸けで助けだした少年と対峙したとき、彼女を引き渡せば命は保証すると言った自分にも、やはり彼は身を呈して立ち向かおうとした。

  実力差もいとわず、何度痛めつけても歯を食いしばって立ち上がってきた。

  本音を言うなら、サイアスはサッシュのあまりの非力さに呆れた。貧弱でありながら、受け入れられない現実に義憤する若さが、サイアスから見れば愚かさ以外の何ものでもなかったのである。

 ただひとつ、面白いと思った。サイアスが手加減をしても、殺しかねない弱さ。

 自分の致命的な欠陥から眼を背けて逃避行を続ける弱者が、本気でなにかを護ろうとするという不合理が、サイアスの興味を引いたのだ。

 そして、かろうじてサッシュの救いとなっていたレスタスの聖石の力によって与えられた力。 フォリエントが崇める最高神の御神体が、どういうわけで異教の民の末裔であるサッシュに力を貸すのか。

 こぼれ落ちてくる多額の賞金よりも、興味本位でサッシュと行動を共にする道を選んだことが、サイアスが在るべき場所に立ち戻る転機となったことは間違いない。

 そして誰かを想う純粋な気持ちを受け入れる好機も、おそらくアシュカやサッシュと歩んだあの日々が与えてくれた。 結局、彼はその好機から会得する事は適わなかったが。

  果たして、サッシュは無事でいるだろうかとサイアスは自問してみる。

  現実のなかに在る真実のみに価値を見出すこの男が、不思議とこの戦友に対しては、個人的な感情を加味して物を考えるという、おかしな思考傾向があるのだ。

  自分でも悪癖だと苦笑せずにはいられないが、サイアスはサッシュが死んだとは考えていない。可能性は大いにあるが、それでもそう思わないのだ。

  理由はといえば、呆れてしまうことだが、サッシュの生き抜こうとする底力は、彼が非力な少年だったころから人並みはずれていたからだ。

  根拠も信憑性もない憶測であることは十分にわかっている。それでもサイアスには、サッシュを生存を疑うに足るだけの不安材料が揃わないのだ。もちろん、ただ生きていると盲信して待つのは具の骨頂だが、この確信めいた生存思考はサッシュという人間のもつ、単純で未完成ではあるが一直線な生きざまが、サイアスに大きな影響を与えたことを示しているだろう。

  あれは馬鹿がつくほどに、自分の願いに忠実だった。実力もないくせに、願いにだけは曲がらずに突き進む、そんな勇気を持っていた。

  十年前にこう言ったのは、サッシュだ。

 ――――――― あんたに勝てるかが勝負じゃない。あいつを護れりゃ俺の勝ちなのさ。

  言っていることは間違いだった。サッシュが自分と初めて対峙したあのとき、勝利しなければ彼もアシュカも捕えられ、おそらく王都に戻ったあとふたりの命は潰えただろう。是が非でも勝たなければならない状況だったのだから。

  若く無知であるが故に、そうした当たり前を見落とした事には目を瞑るとして、サイアスには少年の純粋な覚悟が強く印象に刻まれた。

  これは自分に抜け落ちたものを持っている、あのときそう思った。

  だからサッシュを助け、ついでにアシュカをベイオグリフで匿いながら旅をしたのだ。

  他愛のない昔を思い出しているうちに、サイアスは朧にオリヴィアを想っていた。彼自身がそのことを強く感じたとき、ぷつりと記憶の糸を切ったのは食事に呼びに来たマリーアンの声だった。



  食卓に着いたのはサイアスとアシュカ、そしてギュスタレイドの看護をマリーアンと交代させられたチェスカニーテの三人だった。

 チェスカニーテ自身は昼食同様にギュスタレイドの部屋で済ませると言ったのだが、アシュカを呼びに行った際に彼女が身籠っていると知ったマリーアンは、強行にチェスカニーテから看護の椅子を奪いとったのである。

 少なくとも、サイアスに言わせればそういうことだ。

「ギュスターの様子はどう?」

 アシュカがチェスカニーテに訊くと、彼女は嬉しそうに答える。

「うん、もう大丈夫みたい。法術って凄いね。まだ目は覚まさないみたいだけど」

 笑うチェスカニーテに、料理を口に運びながらサイアスが言った。

「血が足りねぇからな。傷は法術で治せるが、血液は物理的に足してやらなきゃどうにもならねぇのさ。まあ油断しねぇことだな」

「輸血を頑として断ったやつが、なにを偉そうに」

 アシュカが冷ややかな視線をサイアスに送った。

「へっ。俺の血があの野郎の中で渦巻くかと思うと、気色悪くって輸血なんかできるか」

 そう言って不愉快そうに料理を口に詰め込むが、サイアスの本心は別の所にあるのだ。『狂気の杯』と呼ばれた、あのエンチャンスメントから生みだされた自分の体液を注入して、ギュスタレイドにどのような影響が現れないともかぎらない。

 それを、サイアスは危惧したのだ。

 彼の気も知らず、アシュカはチェスカニーテに話しを戻した。

「それじゃあ、かなり良くは成っているんだな?」

「うん、随分落ち着いて、顔色もよくなってきたよ」

 彼女の顔には笑顔が浮かんでいたが、それも心労と肉体的な疲労とに色あせていた。

「あなたは顔色が良くないわよ、少しは休まないと」

 アシュカの心配そうな顔に、チェスカニーテは小さく頷く。

「マリーアンさんが代わってくれたから、食べ終わったら少し寝るね」

「そのほうがいい。あなたも、いまは大切な身体なんだから」

 このやりとりを見ていたサイアスが、口の中の物を丸飲みしてアシュカに言った。

「なんだ、その意味ありげな言い回しは」

 アシュカはサイアスを横目に見る。チェスカニーテが、小声で彼女に訊いた。

「(ねぇサイアスさんにも言っといた方がいいかな?)」

 だがアシュカは、まるでとんでもないと言いたげに彼女に耳打ちし返す。

「(まさか。こいつに言ったところで、どうせ嫌みのひとつも言われてお終いよ。それにわざわざからかうネタをあげるような真似をしなくてもいいわ)」

 いささか酷な言われようだが、これも仕方がない。サイアスの日頃の言動を見ていれば、むしろ正常な判断だと言わざるを得ないだろう。ましてや昼間彼に乙女心をいたく傷つけられたアシュカの心情を思えば、これくらいのことを言う権利はあるのだ。

「なにヒソヒソやってんだ。言いたくなけりゃ、べつにかまわねぇんだぜ」

 目のまえで露骨に声を潜められるのは、やはり面白くない。だいいち、彼もそれほど興味があるわけではないのだ。サイアスの呆れ顔を見て、チェスカニーテは何だか悪いことをしている気になってしまう。

「あのね、あたし」

「待ちなさいってっ!」

 言いかけた彼女を止めたのは、アシュカだった。キッとサイアスに鋭い視線を送る。

 ―――――――― おいおい、何にも訊く前から睨むんじゃねぇ。

「サイアス、あんた絶対に茶化さない?」

「内容しだいだが、まあそういうことにしといてやる」

 ここまで勿体つけられると、逆に聞く気が失せてくる。適当に頷いて見せ、サイアスはまた一口、野菜の炒め物を頬張った。

 その片手間な反応にしっくりこないものを感じつつ、アシュカはチェスカニーテ自身の気持ちも汲んで、彼女に頷いた。

 チェスカニーテはサイアスを見ながら、少し照れた様子で言う。

「あたしね、お腹に赤ちゃんがいるの」

 サイアスは口に野菜炒めを入れたまま固まった。なんだかぎこちない表情でチェスカニーテを見つめている。

 しばしの沈黙のあと、サイアスの頬がぴくぴくと震え、次の瞬間。

「っぶ。ははははははっ!!」

 凄まじい笑い声が部屋中に撒き散らされた。

「サイアスっ!」

 茶化すなと言ったのに、こんな馬鹿笑いをされたのでは堪らない。

 角を出すアシュカに、サイアスは片腹を抑えて背を丸めた状態で息苦しそうに言う。

「だってよ、チェシーが母親になるってだけでも恐ろしいのに、あのギュスターの奴が親父になるんだぜ? こいつはもう、笑うしかねぇだろう!?」

 アシュカはこれを見て、どこをどうすれば笑い話なのかと頭を痛めたが、サイアスは実に愉快そうに腹を抱えている。

「チェシーはまだしも、ギュスターの奴が親父か。悪い冗談としか思えねぇ!」

「当たり前だろう、夫婦なんだ。彼女が身籠もれば彼も親になる」

 わざわざこんな事を説明している自分が情けない。しかし、もっと情けないおもいをしているのは、他ならぬ当事者のチェスカニーテだ。

「……そ、そんなにおかしいかな?」

 悲しそうな顔で、サイアスを見る。サイアスは目尻に浮かんだ涙を拭いながら言う。

「ああ、おかしいねぇ。だいたい、おまえとギュスターの子供だろう? どんなやつが産まれてくるのか目に浮かぶぜ。おい、まだどっちなのかはわからねぇのか?」

 男か、女か、と言うことだろう。身を乗りだしてサイアスが訊いてきた。

 眼をぱちくりさせながらチェスカニーテは首を振るが、それまでの何だか沈むような感じが無くなるのを感じる。サイアスが大笑いしていたのは、きっと馬鹿にしているからではない。単純に、ふたりの間に子供が出来たという事実が楽しくて、色々な想像を巡らせて吹き出したのだ。彼なりに、子供のことを喜んでくれているのだということが、話し方や身振りなどから伝わってくる。

「あたしはね、男の子がいいな。お父さんに似て、強く育って貰いたい」

 母の顔で夢を語る彼女に、その夫の古くからの友人は苦い顔で告げた。

「……女でアレに似たら悲惨だぜ。堅物すぎてまず相手にされねぇ。まあ逆に男でおまえに似てもつれぇか、ボケ過ぎた男ってのはかなり痛てぇからな」

「あのなサイアス、もうすこしマシな発想は出来ないのか? さっきから聞いていれば悪い方にばかりもっていく」

 アシュカが口を挟んだので、サイアスは眉を持ち上げて彼女に言う。

「じゃあ、お前はどう思うんだよ」

 聞き返されて、アシュカは考えるように腕を組んだ。

「そうだなぁ。男だとして、顔立ちと背丈はギュスタレイドに似ていて、でも口元だけチェスカニーテのほうがいいな。それから人格はかの英雄ロークシューナのように……」

「馬鹿かおまえ」

 際限なく条件が提示されそうだったので、サイアスは途中で割り込んだ。

「こいつと、アレのガキだぞ。そんな他人が出来上がるわけねぇだろうが」

 チェスカニーテと、ギュスタレイドのいる二階を交互に指さして、サイアスが言った。それを聞いたアシュカはムッとした顔を見せたあと、チェスカニーテに笑顔で言う。

「ですって。よかったわねぇ、子供は両親に似るものだから、間違っても『こんなの』が産まれる心配はないわよ」

 そう言って、彼女はサイアスを指さす。どういう顔をして良いかわからず、チェスカニーテはぎこちない笑顔で、頷くことさえ出来なかった。

「野郎」

 サイアスはぎりっと奥歯を鳴らして口を噤んだ。自分のグラスに乱暴にワインを注ぎ、飲み干してから、すこし言いづらそうに言う。

「だがまあ、なんだ。よかったじゃねぇか。欲しかったんだろう、ガキ」

 この様子に、アシュカとチェスカニーテは顔を見合わせて、くすりと笑った。チェスカニーテは大きく頷いて見せる。

「うん。サイアスさんも、結婚したら絶対に欲しくなるよっ!」

 サイアスが一瞬、ぎょっとしたのが見ていて愉快だった。彼はすぐに首を振って否定する。

「ガキは気にいらねぇ。やかましくて馬鹿で、おまけに臭いからな」

「でも、それだって親に似るんじゃないのか?」

 アシュカがからかうと、サイアスはまたワインを注いで口に運びながら言い捨てた。

「これだから女も気にいらねぇんだ」

 これで話しが流れると思った途端、チェスカニーテがぽんと両手を叩いて言う。

「マリーアンさんとだったら、すぐにでも子供作れると思うよっ!」

 ぶっ、と口に含んだワインが霧状に吐き出された。

 咳き込むサイアスの隣で、料理を喉に詰まらせかけたアシュカが言う。

「チ、チェスカニーテ、あんまり驚かせないでよ」

「え~? でも、ぜったい可愛い子が産まれると思うんだけどなぁ」

 つまらなさそうに口を尖らせる彼女を、サイアスは口元を手の甲で拭いながら睨んだ。

 ―――――――― そういう問題じゃねぇだろ。

「まあ、こいつの天然に付き合ってても埒があかねぇ。それよりアシュカ、もう用意はできてんのか?」

「え?」

 問われたアシュカは、何の気構えもなく拍子抜けした声をあげた。

「何だよ、俺ぁてっきり旅の支度が出来上がってる物と思ったがな」

 アシュカは驚きに目を丸くする。確かに支度に取りかかりはした。マリーアンと話したあとに、ここへ来るときにもってきた鞄のひとつに大まかな荷物は詰めてある。

 だがそれをどうしてサイアスが知り得ようか。

「サイアス、あなたどうして」

「おまえさんがただ泣きじゃくってるだけの小娘なんだったら、十年前からサッシュもあの女もこんなに苦労しちゃいねぇだろうからな」

 お見通しか。アシュカはふっと微笑んだ。きっとサイアスに言わせれば、自分たちはなにも成長していないのだろう。

「アシュカさん、またどこか行くの?」

 チェスカニーテが、話しの流れから察して彼女に訊いた。アシュカは、すこし寂しそうに頷いて答える。

「ああ。サッシュを捜しにね。ここにいると、たぶん私は甘えてしまうから」

 不安そうに見つめるチェスカニーテに、サイアスがいつもの軽い調子で言った。

「なに、心配はいらねぇさ。なにもひとりで行くわけじゃねぇ、俺も一緒だからよ」

「ごめんなさい、アシュカさん。あたし……」

 突然 謝れたアシュカは、それこそ意識に取っかかりを見つけられない。

「アシュカさんが助けに戻ってくれたから、あの人は助かったの。だけど、そのせいでアシュカさんはサッシュさんと会えないままで」

 悲しそうにチェスカニーテが弱々しい声で言った。アシュカはそんな彼女を包むように優しい笑顔を向ける。

「なに言ってるの。サッシュは必ず無事でいるわ。それにギュスターの方が大変だったじゃない。あなたこそ、よくがんばったわね」

 後悔が無かったわけではない。だが、あのときすぐに庁舎へ向かったからといって、サッシュと巡り会えたかどうかは良くて五分五分だ。それよりもギュスタレイドの命を救うに至ったことの方を自分でも評価するべきだろう。

 サイアスがふたりを見て、会話の隙間に滑る込むようにして口を開いた。

「とりあえずは、だ。ギュスターが目を覚ますまではここにいるけどな」

「どうして? 出来るだけ早いほうが……」

 アシュカが急いた心をそのまま言葉にしたが、実際はそうもいかないのだ。

「まあ、早いに越したことはねぇんだが、ここに残って『後始末』ってやつを頼めるのは悔しいがギュスターだけだ。それに出発するにしても当てはあるのか? 何が起きてるのかさえ怪しい状態なんだぜ」

 確かにそうだった。捜すにしても、それが国内なのか国外なのか、いったいどういう経緯で今回の事件に至ったのかが不明確な以上、手がかりが無いに等しいではないか。

「確かに、道成にというわけにも行かないな。危険も増すし」

 アシュカが納得したのを見て、サイアスは口の片方を持ち上げて言った。

「そう言うことだ。急ぎたい気もわからなくはねぇが、焦ってもしかたねぇのさ」

 実際のところ、サイアスには心当たりがあった。サッシュの居場所、というわけではないのだが、そこに至るやも知れないものが。それを思ったとき、サイアスはまた別のことを思い出した。昨晩、敵方が宝物庫から盗み出していた指輪のような物だ。

「話しは変わるがアシュカ、法王庁の宝物庫に指輪はあったか?」

「指輪? え~と、それなら確か……」

 思い出すように彼女の視線が一旦 上へと導かれ、すぐに戻って来る。

「姉上の婚約の義に使われた『バリオードの輪』と、母上の誕生日にアスタリア王から送られた『サイクラムラの五法輪』が収められていたはずだ。ほかにも幾つかあるが」

「おまえの知るなかに『鍵』って呼ばれるようなものは?」

 ―――――――― ミシュア、行くぞ。『鍵』は手に入れた。

 あのとき、確かに男は指輪を『鍵』と形容した。単に何かの鍵を握る存在、というだけなのかも知れないが、妙に引っかかるのだ。

「いや、私の記憶にはないな。すまない」

 頭を悩ませた後で、アシュカはそう言って声のトーンを落とした。

「いいさ、気にするな。ただ敵が宝物庫を襲った理由は、それが目的だったみてぇなんでな」

 ギュスタレイドが目を覚ましたら彼にも訊いてみる必要もあるが、それも今は不可能な話しだ。

「それじゃあ、ヤツらの目的は庁舎にあったと言うことなのか?」

「何とも言えねぇが、あれは……」

 サイアスが言いかけたとき、チェスカニーテが椅子を鳴らして立ち上がった。

「あ、あたし部屋に戻るね、あんまり聞いちゃまずいみたいだし」

 そうか。確かにそのほうがいいだろう。首を突っ込んで得する内容ではない。

「ああ、じゃあな」

 サイアスが告げアシュカが頷いて見せると、彼女は部屋を後にした。

 足音が消えるのを待って、サイアスは会話を再会する。

「あれは、そういうことだろうな。おまえのほうはどうだ。敵のひとりとやり合ったんだろう? なにか思いあたらねぇか」

 訊かれたアシュカは、昨日のことをもう一度よく思い出しながらサイアスに話した。

 邸についてからのことから始まって、マリーアンが駆け込んできたことや裏門から抜け出して、あのエーヴェン・ブラウという男と戦ったこと。

 そして庁舎から火の手が上がり……。

「あっ」

 そこまで来たとき、アシュカはひとつ思い当たることに気がついた。

「あのとき、エーヴェンは私に『エスメライト隊長殿が乱心された結果だ』って言ったんだ。そのあと、私を殺そうとするわけでもなく『エスメライトのやつがいないんじゃ、あんたを生け捕りにする理由がねぇ』って、大人しく去っていった」

 そういうことか。サッシュが火を放ったというのは、べつにおかしなことではない。サッシュがひとりで窮地に立っていたなら、わざと火の手を出してでも、誰かに伝えようとしたはずだ。面白いのは、アシュカを生け捕りにしようとしていたという事実。

「つまり、指輪以外にも目的があったって事か。しかも、そいつはどうやらサッシュのやつと関係があるみてぇだな」

 人質をとって何かを成す。そのときサッシュがすでに庁舎で敵と戦っていたならば、相手にしてみればそこで彼の足を止めるようなことをする必要はない。仮にサッシュが戦闘を有利に展開しており、その足止めにアシュカを浚おうとしたのなら、今朝に至るあの惨状は説明がつかないからだ。

「でも、サッシュにいったい何があるって言うんだ?」

 アシュカが神妙な面持ちで訊くが、サイアスにはその結論に至るだけの材料はない。だが、感覚的なある種の『匂い』のようなものだけは強く感じた。

「とにかくだ。いまの話しじゃ、敵はサッシュを捕らえたり、殺したりは出来てねぇと見てまず間違いない。瓦礫の下から潰れたあいつが出てこなけりゃ、運よく逃げのびてる可能性も高くなるってことだ」

 サイアスが言うと、アシュカの表情に希望の色が輝いた。楽観は出来ないが、可能性を口にするくらいは問題ないだろう。サイアスはグラスに並々とボトルが空になるまでワインを注ぎ、それを片手に席を立った。

「あと少し知りてぇことがあるんだが、その辺はおまえよりもギュスターの方が詳しいんでな。庁舎の遺体の収容作業が終わるまでに目を覚ましてくれるといいが」

 遺体の収容作業、それはつまり崩れた礼拝堂の撤去作業が終わることも意味している。そこでサッシュの遺体が見つからなければ、いよいよ捜しに出る材料が整うのだ。

「チェスカニーテがついていれば、たぶん大丈夫よ」

 アシュカが微笑んでいった。サイアスは頷きもせず、鼻を鳴らして笑う。

「まあ、そう願うさ」

 片手にグラスを揺らして、サイアスも部屋を出ていった。残されたアシュカは、遅れ気味だった食事を再開しながらふと思う。

 サイアスがギュスタレイドの方が詳しいと言ったこと。あれは本当に言葉通りなのだろうか。もしかすると、アカデミーや法王庁に関係すること、あるいはサッシュ自身に関することで、自分を気遣って訊かなかっただけなのではないだろうか、と。

 自分でもギュスタレイドでもわかる話なら、どちらに訊いても彼にとっては同じだ。

「まさかね」

 過ぎた勘ぐりだと苦笑いして、アシュカは食事に手をのばし始める。

 しかし、その思いつきは的はずれではなかった。サイアスが彼女に問わず、ギュスタレイドに回すことにしたのは、会話の中で嗅ぎ取った法王庁に関係する三つの言葉だ。

『サッシュ・エスメライト』『アカデミー』『鍵と呼ばれる指輪』

 この三つをつなぐものは今はまだ霞の中。しかし、なにかの共通点を見いだせれば、それは大きな前進に繋がるだろう。

 だから、サイアスはアシュカには訊かなかったのだ。出来るだけ第三者的に、私情を排してことに当たれる人間に訊いた方が、余計な雑音に惑わされずに済む。

 否応なく人を虜にする、希望という名の雑音に。



 こつこつと、時計の中で嘴を立てる音がする。風呂上がりの肌に銀の濡れ髪は乱雑にへばりついていた。裸の上半身をベッドに投げ出し、生乾きのズボンが暖まった身体をひんやりと冷やしていく。

 サイアスは何も考えずに、ただベッドの上で天井を見つめていた。静かに流れる空気のなかで、からくり時計の嘴だけが一定のリズムで刻まれている。

 明るさをおさえたランプの炎が、眠りでも静寂でもない空間を作りだし、サイアスはそのなかで独り、身体から吐き出される熱気がシーツを濡らしていくのを感じていた。

 湯船に浸かって筋肉をほぐしたのは、それこそ数週間ぶりだ。アシュカの邸に着いた夜はシャワーだけを浴びて済ませてしまったので、全身を温かい湯に染み込ませたのは本当に久しぶりで、どことなく懐かしい気持ちにさせる。

 ――――――― あいつも、風呂は好きだったな。

 オリヴィアを思い出す。砂漠の民として育った彼女は、水浴びも珍しく、湯浴みなどそれこそ年中行事のひとつであった。

 サイアスを追ってリンサイアへと来た彼女はあまりに水が豊かなので驚いたことだろう。その証拠に、サイアス達と行動を共にするようになってからの彼女は、それこそ暇を見つけてはベイオグリフの陸動艦の風呂場に入り浸っていた。

 そういえば、湯船に長時間浸かりすぎてふらふらになりながら出てきたことが何度もあった。そんなときは大笑いしすぎて、あとで手痛い怒りをかったが。

 さすがに、オリヴィアの風呂を覗こうとするほど愚かな挑戦者は、サイアスの部下には居なかった。そういう意味では、彼女と一緒に入っていたアシュカも同様にそうした悪辣な被害には遭っていないが、逆にサイアスとサッシュが覗かれたことならあった。

 ふたりが潜入先での夜を徹した戦いを終えて帰還したとき、艦で待っていた部下達が食事と風呂を用意してくれていたのだ。大浴場の湯船に浸かって、ふたりが一晩の汚れと疲労を洗い流していると、突然浴室の扉が開いて笑い声と共に、布一枚に身を包んだオリヴィアとアシュカが現れたのである。

 ――――――― 凍ったな。あんときゃあ、さすがのアサルトも白くなってやがった。

 アシュカが絹を引き裂くような悲鳴を上げ、サッシュは顔を真っ赤にしながらわけのわからない弁解を始め、オリヴィアはアシュカを庇うようにして立ちながら、怒りに額の血管を浮き立たせて、どこから取り出したのか手榴弾を握り締めて言った。

 ――――――― サイアス、アンタの悪巧みかい。

 あのとき、返答次第では間違いなく彼女はそれを使っていたに違いない。

 ――――――― あのな。言っとくが、いま風呂を覗いてんのはてめぇらのほうだぜ。

 呆れて物もいえない。彼女たちが逃げ出した後で聞いた話では、サイアスたちの労をねぎらうために部下が用意した風呂や食事は、すべて彼女たちは自分たちのために用意してもらっていたものと勘違いしていたのだという。自分勝手というか、功労者のことなどどうでもよいという、考えが露骨に伺えてサッシュは落ち込むほどだった。

 さらにオリヴィアはあろうことか裸を見られたと声高に主張し、艦内に女性用の浴室を増築する事を要求したのだ。

 仕方なしに、サイアスは物置として使用されていた一画を改造し、たった二人の女性搭乗員のために専用浴室を造らざるを得なかったのである。

 あまりに馬鹿らしい思い出に、サイアスはベッドの上で苦笑いを浮かべた。独りきりでいるとき、こうした他愛ないことを思うのは、それが自分の心に空いた隙間を埋めてくれるからだということには気付かずに。

 嘴の音に、サイアスは時計に目をやった。もう、今日が過ぎてしまっている。

 アシュカはもう眠っただろうか。チェスカニーテのやつは、なぜか居眠りしている姿しか想像できない。マリーアンは、まだギュスタレイドの看病だろうか。

 扉の向こうに、人の気配がした。ノックをされる前に、すでに誰だかも見当がつく。

「入れよ、鍵はかけてねぇ」

 驚いたように息を呑む音が聞こえた。

 そのあと、恐る恐る扉が開かれ、マリーアンが姿を現した。サイアスは、やっぱりなと呟いてベッドから起き上がる。

「し、失礼いたします」

 頭を下げたマリーアンはサイアスを見るなり、きゃっと短く声をあげて顔を手で覆いながらそっぽを向いた。

「サ、サイアス様、何か着て下さいませっ!」

「あぁ? 着てるじゃねぇかよ」

 呆れたようにサイアスが言う。上半身は裸だが、それ以外はいつもと変わらない。

 ズボンを履いてないよりはずっとマシだと思うのだが。

「下じゃありません、上もですっ!」

「あのな、十三、四のガキじゃあるまいし、いちいち若作りな反応するんじゃねぇよ。それに昼間も見てるじゃねぇか」

 頭を掻きながら、サイアスは部屋の窓辺に干されたシャツに手をかける。

「あ、あの時は手当の為でしたので。だいいち、どうして裸で寝ておられるんですかっ!」

 なんで自分が部屋で自由にしていて怒られるのか。そのことはあえて考えないようにして、サイアスはシャツに身体を滑り込ませた。目の前で、頬を朱に染めて視線のやり場に困っている三十路前の彼女を哀れに思ったからだ。

 もっとも、予想しない格好で出迎えられて戸惑ったというのが本心だろうが。

「それで、何のようだ」

「コートの修繕が終わりましたので、届けに参りました」

 そう言って、彼女は両手で抱きかかえていた白いロングコートを差し出す。

「ああ、すまねぇな」

 受け取りながら、サイアスは血や汚れ染みまでもが綺麗になくなっているのに驚いた。随分と手をかけてくれたようだ。

 一方のマリーアンは、そんなサイアスの表情を見て満足そうだった。

「少し裏側から継ぎを当てた部分がありますが、外からは気にならないと思いますので」

「かまわねぇよ、これだけで十分すぎる。それより、まだチェシーのところか?」

 あえてギュスタレイドの、とは言わない。それを嫌がるのは、おそらく彼女だから。

「ええ、チェスカニーテ様はギュスタレイド様の隣で眠ってしまわれたので、わたくしが代わりに」

 ―――――――― やっぱり居眠りこきやがったか。

「ふたり分の面倒じゃ、たまらねぇなあんたも」

 サイアスが言うと、マリーアンはくすっと笑って答えた。

「そうでもありませんよ。サイアス様おひとりよりも、ずっと手はかかりません」

「……そいつは結構」

 突っかからずに、サイアスも彼女の冗談を素直に笑うことにした。冗談ならばだが。

「サイアス様、お怪我の具合はいかがですか? 換えの包帯を用意しましょうか」

 心配そうな面持ちで話題を変えたマリーアンに、サイアスは首を振ってみせた。

「いいや、必要ねぇさ。もう傷口も塞がったし、放っておいても大丈夫だ」

「そうですか」

 答えつつも、マリーアンは他にできることはないものかと探していた。しかし、彼女が次を見つけるよりも先にサイアスが会話を再開する。

「アシュカのことを、おまえさんがよく許したもんだな」

 実を言うと少し気にかかっていたのだ。アシュカが旅に出るとして、彼女は立場的に割を喰うだけでなく個人感情の上でも一番 苦労をするはず。

 普段の口うるさい彼女を見ていると、笑って許すなどと言うことは想像できないのだ。

「それとも、アシュカのヤツがよっぽど拝み倒したのか」

 思わず言葉に出してしまったのを、マリーアンは聞き逃さなかった。

「ま。サイアス様はわたくしのことを、いったいどのような目で見ておられるのです!」

 失礼な、と言いたそうにつんと横を向く彼女に、サイアスは口を歪めて首を振る。

「そんな態度だからな。見られ方も偏るさ」

 他人様の態度をとやかく言えるような男ではないくせに、言うことだけは言う。

 マリーアンは腿のあたりで手を組んで、目を伏せて憂いを含んだ表情になった。

「わたくしは、アシュカ様に従う者でございます。ですから、あの方の決定に異を唱えるようなことはできません。ただ、精一杯それをお助けするだけです」

 言葉の三分の一は本心で無いとサイアスは感じた。

「立場だから従うのか? それに、おまえさんがこんな時間にわざわざコートを渡すためだけに来るなんてありえねえだろ」

 痛いところをつかれて、マリーアンは視線を横へ流す。顔を少し上げると、サイアスの真剣な眼差しがそこに在った。何もかも、見通されてしまうような眼だ。

「……いえ」

 マリーアンは自分の言葉を少し否定した。もっともらしい言葉ではなく本心を言おう。そしてサイアスに、本当の事を伝えよう。

「サイアスさま、本当は、わたくしも一緒に行きとうございます。どうか、おふたりの行く道にわたくしも加えて下さいませ!」

 そうだ。それが本音なのだ。マリーアンの真っ直ぐな気持ちを受け止め、サイアスはじっと黙って彼女を見つめたあと、静かに首を横に振った。

「無理だな」

 危険、それだけではない様々な柵が、彼女が来ることを拒んでいる。これからの旅は限られた人間しか立ち入ることの出来ない渓谷なのだ。

 断られたことで、マリーアンにはやっぱりという気持ちだけが残った。自分の願いが適うものでないことは、口にする前からわかっていたことだから。

「そう言われると思ってました。ですから、願いが適わないことならせめてこの場所で、わたくしに出来ることを全うすべきだと決めたんです」

 想いと諦めの混ざった言葉で微笑んだ彼女は、どこか寂しそうだった。

 一緒に行きたいと願うのはたぶん、アシュカが心配だからというだけではないはずだ。彼女の旅立ちをすぐに納得できたのも、おそらく自分自身もそうしたと思うから。

「お願いいたします、サイアス様。アシュカ様を、どうか、どうか無事に」

 マリーアンは彼の眼を見つめたあと、深く深く頭を下げた。

 彼女が部屋に来たときから、サイアスは自分の言うべき言葉を既に見つけていた。

「安心しな。俺がいる」

 根拠など無い。だが、マリーアンだから、この言葉でいいのだ。それでいい。

 嬉しそうに、彼女は顔を上げた。アシュカのことを引き受けてもらえたこと、そして自分の気持ちを汲んでくれたことが、何よりも嬉しい。

「では、わたくしは部屋に戻りますので」

 マリーアンはいつもの優しい彼女の声で、サイアスの耳を包んだ。

「おやすみなさいませ」

 向けられる笑顔の中に、何かの結末と新しい感情を見る。

「ああ、じゃあな」

 出ていく彼女の背中は手を伸ばすには遠く、それ以前に向こう側の存在。

 再び、サイアスは独り。

 誰かが背中を押すのがわかる。たった四日の安息が、サイアスを置き去りにしていく。

 休まるとき、何の苦しみもない日々は帰らない。

 誰かが背中を押す。まだ早い。だが、もうすぐだ。

 夜は更けて、夜明けには変化が訪れるだろう。

 何かが変わってしまうのは、いつだって突然で、なんの用意もないうちにだ。



 これが翌朝ギュスタレイドが目覚めるまでの事のあらましである。


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