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リヴァイヴフリード  作者: 墨
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序章 その男の独り言

 鬱陶しいほどに、ここは平和だ。 俺の目にうつる景色は、というケチな条件つきだが、それがすべてに思えてしまうほど日常はグルグルと同じ場所をまわっているだけに見えて仕方がない。

リンサイア王国。それが俺の目にうつる景色の名だ。 緑と水に恵まれ、風はやさしく大地は肥沃して豊かに広がっている。

 流れ者の賞金稼ぎという身のゆえ、ひとつところに留まることはほとんどないが、時の流れが遅いと感じるのはこの国ぐらいなものだ。 隣国アスタリアも友国シェルサイドも、やれ改革だ、やれ紛争だと忙しなく移り変わっているのに、この国ときたら目先の心配は来月に控えた死者を迎える祭り『冥讃祭』の準備だけってんだからおめでたい。祭りの本番は来月の末だから例年準備が始まるのは月が変わってからなんだが、それまでの心構えってやつにこの時期ひまな連中はとくに大忙しだ。

 リンサイアの国教『天地信教』に曰く、五年に一度の冥讃祭の夜にだけ、あっち側の世界に逝っちまったヤツらと、思い出をひとつずつ交換できるらしい。互いに言い残したことや、やり残したことを伝えあえるわけだが、どの思い出を交換に出すのか、自分のこれまでを振り返って特なにもねぇヤツほど悩むわけだ。

 死んじまったヤツにそこまでかける情があるんだったら、言いてぇことや伝えてぇことのひとつぐらい、生きてるうちに言ってやれよと、俺なら思う。

 誰だっていつかはくたばるが、生きてるうちだって時間はいくらでもあったはずだ。

 だが、熱心な祭り好きの言い分じゃあ、それがなかなかできねぇんだと。 わからなくもないが、所詮は後惜しみだよな。でもまあ、それでも死んじまったヤツとの思い出の交換なんぞに気を回せるだけ、この国は平和を手に入れたって事だ。

 十年前のあの事件からこっち、他の国と同じように混乱した時期もあったが、それでも初めからこの国が持っている『豊かさ』ってやつのまえじゃ、そんな傷もすぐに過去のものになっちまうらしい。 いつも同じ場所をグルグルまわってるだけに、元に戻るのは早いわけか。

 悪いことじゃない。できればそれが、永く続けばいいとさえ思っている。俺みたいな輩は喰えない国だが、血なまぐさいのは他で十分だからな。

 だが、ひとの願いってのは天に通じない運命なのか、それとも必ずぶち壊したくなるのが人間ってものなのか。

 流れ者のこの俺が久々に、実に五年ぶりに祖国へ帰る切欠をつくってくれたのは、皮肉なことに『飯の種』だった。

 このネタが本物ならとびっきりだ。なにせ平和と繁栄を神々とやらに約束でもされていたかのようなリンサイア王国が、根底からひっくり返るかもしれなかった十年前の事件。その残骸というか、亡霊というか、過去の因縁めいたものなのだから。

 どんな国にも繰り返したくねぇ歴史ってやつがあるが、過去から学ばねぇのも人の常だ。

まあ確証は何もない。むしろ俺が手にしている情報は、いささか眉唾くさいぐらいだ。取り越し苦労ならそれでいい。俺自身にしてみても、あのときみたいな面倒なヤマは二度とごめんだ。

一緒にバカをやりあった奴らの人生も、あの事件は全部変えちまった。

 当時の俺はまだ二十歳そこそこだったが、あらためて『現実』ってやつをまざまざと見せつけられた気分だった。おかげでガラにもなく慎重になったのか、手に入れようと決めていた肝心なものを取り逃がした。 いや、失敗したんだな。

 自覚がないものだから、そのことが俺の人生にどれほど影響しているかは判らないが、今も記憶の片隅に焦げ付いているのは事実だ。 あれからもう十年になるってのに、女々しい自分に腹が立つ。

 十年前に何があったかって? まあそいつは追々話していくさ。それよりも自己紹介がまだだったよな。

 俺の名はサイアス・クーガー。 昔はリンサイアの教会やら騎士団なんぞの厄介にもなってたが、いまは酒と金だけが道連れの、ケチな浮浪者だ。

 ともかく今は仕事のついでに知った顔に会いに行こうと、リンサイア王都へ向かう山道を荷馬車の世話になっている。あいつらは元気にしているだろうか、風の噂じゃ、随分と出世したときく。まあ、相変わらずバカやってるんだろうがな。

 まだ陽は高く照り輝いているが、西の山間に沈む頃には王都に着けるだろう。

 それまで俺は、干し草の心地よい匂いの中で一眠りさせてもらうとするか……。

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