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アーク・ノヴァ――天球の音楽――  作者: 道詠
鹿砦の罠
8/19

ヘンペルのカラス X【防御する】→【選択肢1】

【だれか、たすけて】


「う……ぜったい、生きてやる……」

(どうして? 外にはヒトゴロシがいるんだよ! あんなにもキミにヒドイことしてきたひとたちなのに!)

「……だからって、だれも信じないで居続けたら、ひとは生きられないよ」

(それは……そうだろうけど。でも、だからってあの人たちを信じなくたっていいじゃないか)

「でも、この世界にいるのは、あの人たちだけだよ」

(裏切られたらどうする? ホントに殺されちゃうかもしれないのに!)

「……ま、人生ってさ、そういうものじゃん? それでも笑い飛ばして生きていくしかないし、そうでないと負け犬人生全うするだけだよね」

 今にも掻き消されてしまいそうな弱弱しい声を紡いでいた鳩羽は空元気で笑い飛ばし、クローゼットの前に立つ。そして、とんでもない過ちに気が付いてしまう。


「……クローゼット、退かす力、残ってない……」


(う、う、う……うっそぉぉおおおおおおーっ!?)

(あ、やばい、これもう詰んでる、終わってる、私死ぬべ……げへへ、ぐへへ……)

 緩やかな絶望感に膝がかくんと崩れ落ち、床に手をついた鳩羽は正気でない笑い声を零した。

(ゆ、ゆうれいになればこわくないよ! ボクといっしょになろうよ!)

 鳩羽は抗いがたい誘惑に耳を寄せながらも、まだいけるまだなんかあるってと自分に言い聞かせて周囲を見渡す。

(……はっ! そうだ、カベ! 私には壁先輩がいる!)

 慧眼な鳩羽は飲まず食わずと酸素欠乏で鈍化した頭を働かせ、明晰な回答を導き出す。それ即ち、壁ドン。

(うおおお!! だれかー! たすけてー! こっからだせやおらー!!)

(あやめちゃん! なにしてるの!? アホの子じゃなくてクレイジーだよ!?)

 両側の壁にドンドンノックする事、数十分。床に倒れて死に体の鳩羽は、声を出す気力も残っていなかった。

『おい、ハト! 大丈夫かー!? 応答なかったら、ドアぶっ壊すぞドア!』

 震えた腕を懸命に伸ばす鳩羽だが、唇が動かない。くた、と力尽きたように腕が落ちる。そうして、彼女の意識はシャットダウンした。


【ドガンッ!!】


「……んあ?」

「お、目ぇ覚めた? よかったねー、とんでもないアホの子で済んで! これで死んでたらお笑い草だよ、あははは!」

 オシロサマは笑いながら、鳩羽に水を差し出してくる。掠れた声の鳩羽は喜んで水を受け取り、飲んでから毒の心配をしたが、諦めた。喉の渇きは毒ですら構わない、と思う程液体に飢えていた。

「……え? なにこれうで?」

「点滴。それくらいなら、オレにも出来るからね。ま、心配しなくていいよ。もしキミが死んだら、疑いがかかるのはオレだから」

「……他の人は、点滴も出来ない?」

「そ。だから、オレは命の恩人だね」

 オシロサマは胡散臭い満面の笑顔を浮かべているので、彼女は頬を引き攣らせながらお礼を言った。

「どういたしましてー?」

 どうやらここは医務室のようだ。医務室のベッドで寝ていた彼女は、自分が点滴を打たれている事、オシロサマが助けてくれたらしい事を把握する。

「ちなみにキミの部屋のドア、ぶっ壊れたんで。他の空き部屋使ってね。鍵ないけど」

(ピッキングすればいいんだよ!)

「あー……そうですね、困った」

「鍵の無い部屋で生活するしかないねぇ」

「内鍵のある部屋使うよ」

「えぇー、独占するつもりかい? イヤなひとだねえ、オレは書庫も食堂も自由に使いたいんだけど」

(内鍵がある部屋を調べて、そこを占拠させてもらおう。鍵の無い部屋には行きたくない)

「ドアが壊れたって……」

「体当たりしようとしたら、山鳩クン肩痛めちゃってさー。ドアに何か重たいバリケードがピッタリ引っ付いてたみたいなんだよねぇ……?」

「ど、どうやって壊したの?」

「テメエ、俺に一言もナシか!」

「ヒイッ!! え、えっとですね、その……すみませんでしたぁああー!!」

「って動くなバカ!」

「動かないと土下座出来ないですよ山鳩さん! ってあれーりー……ぐ、ぐふ……」

 土下座しようとした勢いで世界が百八十度回転し、鳩羽は顔からベッドに突っ込む。意識が朦朧としたが、10分経ったところでおさまった。

 鳩羽の顔は病人色で、血の気が引いて青白さを通り越して能面のように真っ白い。ガンガンと頭に響き、吐き気も治まっていなかったが、2人の前では「もうだいじょうぶ」と意地を張り通した。

 ただし、顔色だけは誤魔化しようがない。だからだろうか、オシロサマの彼女を見る眼差しは珍妙な動物を見る類のものだった。山鳩なんかは舌打ちを打ちそうな表情である。

「このオシローじゃ信用出来ねえし、2人制で看る話になったんだよ」

「す、すまねえ……すまねえ……」

「な、泣くなよ……」

「うぅっ、泣きたくてひっぐ、泣いてるんじゃ、ひっく……」

「あーあ、泣かしたね、薄情男」

 オシロサマは鳩羽の頭にぽんっと手の平を載せ、ニッコリと笑いかける。鳩羽は恥ずかしくなって顔を俯かせ、ごしごしと目許を擦った。

「ダメだよ。目の辺りは弱いんだから。炎症だって起こしやすいんだよねぇ~」

「……すみませんでした。マジで。治療費はここ出たら支払ますんで……」

「フツーに謝れねぇのか、オメーはよ」

「……ごめんなさい」

「よし。許す」

「へっ?」

「悪かった。テグスが熱出して、付きっ切りで看病してたんだ。オメーはほっといても平気だろって思ってた。だから、悪かった」

 山鳩は両腕を組み、顔を逸らしながらぶっきらぼうに言う。彼の気まずそうな顔を見たオシロサマはにやにやと笑い、山鳩に睨まれた。対して鳩羽は素っ頓狂な声を上げ、テグスの事で頭が一杯になる。

「ええ? テグス君、だいじょうぶ?」

「もう治ったよ。他にもカルマが体調悪くしてて、原因不明なんだけどな……」

「医者が居ないからねぇ。オレが診断してみたけど、素人判断じゃあやっぱ危険だしさ?」

「カルマ君、どこが悪いか分からないって事?」

「……誤診しちゃあ困るかんね。今はどうにも出来ないトコロ」

「カルマ君になにか遭ったら、私が疑われ損じゃん! しっかり見張っておいてよ!」

「は? なにいってんだ?」

「えっ? あー、えー、うー、何でもない!」

「それなんだよねぇ、キミ、気付いてたなら言ってよ。オレも後でアレレーって思ってさぁ」

「何の話だよ?」

「彼女の部屋、もとはカルマっちの部屋でしょ? だから――」

「わーわーわーわーっ!!」

「――コドモに優しいんだねぇ」

 にっこりとオシロサマが笑う。鳩羽はすーはーと深呼吸をして、ふう、やりきったぜとイイ顔を決め込んだ。

「……カルマ君、あのとき私を庇ってくれたんだよ。たったひとりで、私なんて庇ってもメリットよりデメリットのが大きいじゃん? だから、もし私が……自滅してたと思うんだよね、きっと耐えられなかった」

「弱いね」

「よ、よ? そうかな……?」

(むしろ助けてもらった事を素直に喜べず、そうやって比較してしまう自身の冷徹漢ぶりに涙が出てきそうだが)

「他人を蹴落とせるぐらい出来ないと、きっと死ぬよ、キミじゃあ」

「おい、オメー何言ってんだ」

「アハハ、だって考えてみてごらんよ? 英雄がメンタル弱くても大量殺人を引き起こして自死するだけで済むけどさ、弱者がメンタル弱かったら利用されてポイで殺されるだけデショ?」

「……理解できねぇ」

「女が恐い理由を簡潔に述べてみたんだけど、キミにはまだ早かったみたいだねぇ」

「あ?」

「病人の前でケンカしないでよ。ったく、そうやって煽るの、クセなの? 病気なの? 死ぬ気なの?」

「そうかもねぇ~」

「……だめだ、こいつと話してると俺の頭がクルクルパーになっちまう」

「くるぽっぽー」

「ハトじゃねーよ!!」

「ハトですし」

 ね、と鳩羽は自分の事を指差してにーっと笑う。後遺症だろうねぇ、とオシロサマは笑顔でサラリと言う。山鳩は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「……帰っていいか」

「まあ、しばらくは安静にしてなよ。オレは疑われてるみたいだからー? 海松クンにお粥作ってもらうよう頼みに行ってあげるからさ」

「さっさとあっち行け、しっしっし」

「ウフフー、それじゃあね、レディ」

 山鳩に手で追い払われても、にっかーと無垢な少年のように笑ったオシロサマは、医務室を出て行く。

「ああ、そうそう――イイコトを教えたげよう。オレは囚われたか弱い素直な乙女より、強かで恐いお妃サマの方が好みかな」


「……あいつ、意味わかんねぇよな」

「うん。変な人」

「それくらいで済めばいいけどよぉ……ま、いいや。泣き虫が泣きやんだみたいだし、これで少しは休めそうだな」

 薄らと目許に隈が出来ている。鳩羽は申し訳なく思い、気付かないふりをした。

「涙は生理的現象だから、仕方ない」

「やーい泣き虫泣き虫~」

「いじめっこか! って、うおっ……」

 急に大声を出したせいか、またも眩む。ちんけなボディだぜ、と鳩羽は冷や汗を垂らしながらハードボイルド(笑)に決めた。

「あんまりムリすんなよ。つか、自分の躰虐めてやんなよな。せっかくの健康体なんだ」

「………………」

「お前は休んでろ。俺が見張っておいてやる」

「……ああ、そうするよ」

 鳩羽は沈んだ声を出し小さく頷くと、ベッドに寝転がって瞼を閉じる。人の気配がして、眠れそうになかった。


「起き掛けでゴメンだけど、海松のお爺ちゃんが調理してくれてる間、話を聞かせてもらおうか」

 戻ってきたオシロサマは紙とペンを用意して、丸椅子に座り込む。ベッドに横たわった彼女は上体を起こし、首を傾げた。

「話? 何の?」

「あんな気密性の高いコンクリ部屋で引き籠ってちゃあ、心配だからねぇ」

「……心配だったら、一度くらい訪問してくれると思うけど」

「おやぁ、拗ねた? でもね、オレが訪ねて行ってもキミ、応答なかったじゃない」

「え?」

「俺もテグスの看病の合間に何度か行ったけど、応答なかったから寝てんだろってな」

「……ごめん。本当、ごめんなさい……」

「気にするこたぁないねぇ。キミがいなくなったお蔭で、一致団結出来たワケだし」

「だからテメーはどうしてそう、嫌な言い回ししかしねぇんだよ」

「ンフフフ」

「キモイっつの。ハト、こんなのの質問になんか答えなくていいぜ」

「それじゃ、ハトポッポチャン。キミはどれぐらい時間が経ったと思う?」

 それから、彼女はオシロサマの質問に答えていく。海松の差し出した食事も摂り終えると、彼女は暫しの間、眠りに就いた。


『――飽きたんだよ。停滞しきった流れにね。彼女があのまま姿を見せなかったら、それなりに愉しめそうだったのに』

『典型的な愉快犯的発言をどうも、だ。君が誘拐犯の仲間と言うのなら、誘拐犯の知能も目に見えてるな』

『違うよ? オレは誘拐犯の仲間じゃない。愉快犯でもない。ただ、今を楽しみたいだけなんだよ、フフフ……』

『……一見日本語を喋っているようで話の通じない相手と言う時点で、最悪な人間には違いない。今すぐこの場から飛び降りて欲しいほどだ』

『ザンネン、ここは1階だよ? オレはここでお姫様の眠る姿を見ていたいんだけど、バルコニーまでキミが運んでくれるかい?』

『背後を見せたら5秒後の命が保障出来ないのでな、断らせてもらおう』

『ウンウン、そうかい。それじゃ、キミを試してあげよう。キミがオレを満足させたら、彼女は殺さない』

『そんな事をしても、僕は全員に君が殺人鬼だと言いふらしてやるだけだが』

『キミが逃げないように策を仕込んであると言っても?』

『……ハッタリだな』

『確認したね? バカだなぁ、オレから少しでも目を離すだなんて。ほうら、彼女の目と鼻の先まで来ちゃったよ。これで何時でも息の根を止められる』

『……成程。逃げられないように、とは言っていなかったな。この殺人犯め』

『フフフフ。殺人犯じゃなくて殺人者だよ。言葉は正しく使わなきゃねぇ?』

『殺人を犯した者。どちらの言葉を用いようと、差異などない。加えて君との言葉遊びには飽いているんだ』

『でも既に賽は投げられた。後は運命の女神が微笑むだけ。キミには止められないよ?』

『止めてみせろと言った舌の根が乾かぬ内に止められないと? は、付き合ってられないな』

『じゃあクエッション。オレの好きな女の子はダレでしょう?』

『……はっ? お前の?』


【まだ寝てる】

【もう起きる】


「……んー……」

 鳩羽が腕を伸ばして伸びをすると、さっとオシロサマが振り返った。鳩羽の目の前で立っていたオシロサマは、ニコリと笑いかけて鳩羽の目と鼻の先まで顔を近寄せてくる。

「おはよう、お姫様。ごきげんいかがかな?」

「サイアク。キミたちに寝顔と起きた顔を見られたし――何より、寝てる本人を前にして殺す殺さないって会話してる悪夢を見るようじゃね」

「それはそれは、カワイソウだねぇ。オレも悲しくって泣いちゃいそうだよ」

「……それはどうも」

 顔を引いたオシロサマはニコニコと田中に笑いかける。何時の間にか山鳩と交替していたのか、田中は無表情で2人を見ていた。

「そんな悪夢を見るんだったら、見張りは交替したほうがいいだろうね」

「言っておくけど、強かで恐い御妃様――だったよね?」

「ン? 何の話かな?」

「分からないならそれでいいよ。私はもう大丈夫。点滴もベッドもいらない。自分の部屋に帰る」

「それはオススメしないなぁ」

「帰るったら帰る! 田中君!」


 鳩羽が田中を連れて私室に帰ると――私室の木製の扉は、真っ二つに裂けていた。

「……ナニコレー?」

「山鳩が屋敷の裏庭にある納屋から斧を取り出しに来たんだ。それで、こうなった」

「は、ははぁ……へ、へたしたら、破片飛んできて死んでたかもってワケだな……」

「どうする。他の個室は鍵が無い。トイレは平気だが、シャワーは誰かに借りるか、浴場を使う必要があるぞ」

「……もう、我慢したほうがいいのかな」

「事態が事態なだけに有りだな」

「…………ねえ、田中君」

「もう用は無いな? 僕は行く」

「田中君!」

「……夢は夢だ」

 田中は1度足を止めたが、それだけ言うと振り返る事無く去って行った。


「……よし」

「どうしたんですかぁ?」

「ひゃっ!? ちゃ、茶雀君?」

 周囲を確認してドアを開けた筈だが、何時の間にか、茶雀が立ってこちらを覗き込んでいる。

「? なんだ。鍵、開いてたんですね。だけど、鍵がかけられないってやっぱり不安ですよねぇ……」

「あ、あはは、だれか交替してくれるとありがたいんだけどね」

「す、すみません……」

「ううん、気にしないで」

「あ、あのぉ、元気になって、よかったですねえ」

「……うん。ありがと」

 茶雀の言葉に若干目を瞬かせた鳩羽は空き部屋のドアを閉めると、食堂へ赴く。茶雀は部屋に入って行った。


 食堂には、テグス達が集まっている。トリボロスを除けば、全員親しくなっているようで会話もにぎわっていた。

(……そがいかん?)

 少年の言葉をスルーした鳩羽は、声を上げて食堂に入る。食堂に居たメンバーの視線が集まった。

「よかったぁ! ハト、無事だったんだ」

 菜種はばっと席を立ち、はしゃぐように笑って駆け寄ってくる。テグスも同じように倣ったが、椅子の脚に引っ掛けて転んだ。

「い、いたい……」

「ほら、絆創膏。消毒液はないけど、許してね」

「わっ、す、すみません! ハトさん、あ、ああああのっ!」

「さんはなくていいって言ったじゃない。菜種もありがと。カフェオレでも淹れようか?」

「病み上がりにそんなのやらせないよ。ハトは座ってて」

「は、は、ハトちゃんっ!」

「わっ? どうかした?」

「あ、あああっ、その、これっ!」

 テグスは熟した林檎にも勝るとも劣らない顔で、ぎゅっと目を瞑って両手で小さな箱を差し出す。

 バレンタインデーに本命チョコを貰った男性の気持ちに浸った鳩羽は、出来るだけ男前の笑顔(ただし本人のイメージ)を作って受け取った。

「ありがとう、テグス君。早速、開けてみていいかな?」

「たたたたっ、たいしたものじゃないけどっ」

 テグスは恥じらうように顔をうつむかせて言うと、堪え切れなくなったようでひょこっと山鳩の後ろに逃げ込んだ。ぴょんっと飛び跳ねる愛らしい兎の動きに鳩羽はくすっと微笑む。

「……ごめん、テグス」

 何故か菜種は複雑な表情で立ち尽くしていた。鳩羽が包装のリボンをとり、中を開けてみる。

 すると、箱の中にはピンクのお守りとパステルブルーの小さなクマのぬいぐるみがチェーンに繋がれて置いてあった。

「……すごい。可愛い……! ありがとう、テグス君! これ、キミが作ったの?」

 はんなりと微笑む鳩羽に山鳩の影からひょっこり顔を覗かせていたテグスは、これ以上ないくらい赤い顔を更に赤くする。

 一方の山鳩は「俺を壁代わりにすんじゃねえ、何かぶつかってる」と苦情を申し立てていた。テグスは照れくささの余り、山鳩を壁にして頭か手を打ちつけているらしい。

「壁ドンじゃなくて山ドンだね。スケールおっきいよ」

「オジョーちゃん、実はテグスちゃんったら凄いのよ。全員分お守り作ったんだから。しかも一言ずつメッセージカード付」

【みんなでいっしょになかよくでようね!】

 ファンシーなメッセージカードに一言そう書かれている。鳩羽はほっこりと頬をほころばせ、大切そうに抱き締めた。

「本当にありがとう。大切にするよ」

 テグスはぶんぶんと首を左右にふっている。髪がばっらんばっらんと振り乱れ、山鳩が「ホラー映画に出れるなソレ!」と笑うなり菜種も釣られ、海松は爆笑した。

「あははっ。テグス君、ほら、髪なおしてあげる」

 鳩羽はテグスを引き寄せると、丁寧に持っていた櫛で梳かしだす。テグスは顔を上げられないようで、ずっと顔を俯き込んで耳の熱さに参っていた。

「姉弟だねえ。オッサン、マジオジサンの気分だわ」

「……アレックス? さっきから黙ってるけど、気分悪いの?」

「……いや。カルマが心配でね」

 アレックスの表情は重たかったが、彼は気丈に笑ってみせる。そこで鳩羽は思い出した。

「そうだ、カルマ君……お見舞い行っても平気かな?」

「うん、あとで行ってあげるといい。ところでハト、部屋はどうするつもりかな」

「それが……どうしようかなって」

「だったら俺の部屋やるよ。俺、テグスと一緒の部屋でいいぜ。どうせ使ってねーしな」

「えぇー……りょっくんといっしょかぁ」

「何だとテグスゥ? 俺様と一緒じゃイヤだっつうのかおめいは~」

「じょ、じょーだんだよ、だから、その手はやめよう、な、やめようぜ?」

 テグスは両手を挙げて壁際に後ずさるが、山鳩はポキポキと鳴らしながらジリジリと歩み寄っている。

 鳩羽がしょうがないなぁと笑いながら、助け舟を出した。菜種と海松は止める気のない笑顔で眺め、アレックスは微笑ましげに見守っている。

「それだったら、テグス君の部屋のがいいよ」

「はは、山鳩はイヤだよね~」

「なんだとぉ!?」

「あはは、冗談。サンキュ、山鳩」

「じゃ、早速俺は移しに行くからここで待ってろ」

「ううん、カルマ君のお見舞い行くよ」

「あー……今、何時か判る?」

「? ……あ、そ、そうか」

「ハトはすっかり夜更かしさんになったみたいだね」

 時刻を見ると、夜時間はもうすっかり過ぎていた。聞けば、食堂に居た面子は全員、鳩羽を待っていたのだという。

「オシローのヤツ、さては伝言言わなかったな」

「あの人、何かしてないか不安でしょうがないんだけど……ぼくの杞憂かなぁ」

「気のせいじゃないだろう。あたしもあいつはちっとばかし飛び抜けてヤバイと思うぜ」

 どっちだよ、と山鳩が呆れ顔で突っ込む。海松は笑い飛ばした。全員が鳩羽の無事を確認出来たという事で、その後、飲み物を振る舞って少ししてから解散する運びとなる。


【ピピッ、ピピッ、ピピピッ!】

 目覚まし時計のアラームが鳴り、鳩羽はすかさずスイッチを止める。あれから眠れずにいた鳩羽は、海松とアレックスに付き合って全ての階の照明を消した後、私室で日記を書いていた。

 時間潰しに書き始めた日記だが、こうして振り返ってみると焦燥感が湧き起こってくる。

「まだ、なにも進展がない……」

 だというのに鳩羽の身体にはあちこちにガタがきている。あのような生活を送ったのだから、当然とも言えよう。

(相変わらず心臓も痛いし、指先も痺れて上手く書けないし、全身が気怠いし、気分は爺だし)

 と言っても前にも似たような経験はあったし、さして気にする事でもない。そう思おうとした鳩羽は日記を書き進める。

(ねーねー! ひまだよー! みんながはなしてるとき、しずかにしてたからあそぼーよー!)

「言いつけを守ったのは偉いが、此処で騒がしくされたって困るのだが」

(にゃーにゃー! うーにゃー! にゃにゃーん!)

「……わかった。構うから、人間の言葉で頼む」

(やったー! あそぼあそぼー!)

 結局、鳩羽は半日中、少年との遊びに付き合わされ、ぐったりとした朝を迎える事となる。


「おはよう。ハト、クタクタみたいだね」

「うん、つかれた……」

「おっはよー! 今日はなにしてあそぶ? 娯楽室のボドゲーって結構色んなのあるんだね。ぼく、色んなのやってみたいんだ。異論は聞きませ~ん」

「ふふ、おれも楽しみです……今日のごはん、なんですかねえ……!」

「俺はカラダ動かしてぇし、外に出てーよ……」

「まあまあ、目途も立ってない内にそんなの言ったって立派な息子も萎えるモンだぜ」

「朝から何言ってんの、不潔」

 菜種の刺々しい視線が海松に突き刺さる。せっかく機嫌が良さそうだった菜種の変化に山鳩と茶雀は辟易とした顔で海松を見た。

「朝っぱらから怒らすなよ、だりぃな」

「面倒事起こさないでくださいよぉ……」

「カルマ君、おはよう。体調悪いって聞いたけど、だいじょうぶ?」

「……ハトさんこそ、もう動いて大丈夫なのですか」

「私はもう元気だよ。すっごい元気」

「疲れきってるよ、ハトさん。ホットミルクでも飲む?」

「今寝たらなー、みんなと活動時間ズレるんだよね。ゲームも気になるし、寝たくないよ~」

「ちゃんと睡眠は摂らなきゃいけないよ、ハト。ハーブティーなら任せてくれ」

「オウイエー! 久しぶりにみんな揃ってるねぇ! クーデレトリボロスクンは元気かなぁ!」

「オシロサマ! やめなよ、そういうの! さわらぬ神に祟りなしって聞いたことない?」

「アルアルー。蛇の道もまた蛇って言うよねぇ」

 トリボロスは相変わらず、彼らの騒ぎを無視して珈琲を飲んでいる。安定のブラックだ。


「あ~、おいしかった!」

「山鳩が食事当番だと安心して食事が出来るな」

「間違いねぇな!」

「むー、ぼくだってがんばってるんだよ」

 菜種はむすっとした顔ですねる。茶雀は薬を服用していた。数週間も共同生活をしていると何時もの事なので、気にする者もいない。と言っても、彼の隈が消えたところを発見した人はまだいないのだが。

「茶雀、今日はハーブティーにしようか」

「は、はい……」

 アレックスがにこやかに笑いかけ、茶雀は緊張した顔でこくこくっと頷いて、膝の上に両手を置いて行儀よく待つ。気にしなくていいよ、と言われてもう幾日が経った事か。

「田中、今日もいっしょにあそばないの?」

「悪いが、そんな暇はない」

「むー。付き合い悪いにしたって、もっといい断り文句があると思うんだけど~」

 むすっと顔をしかめる菜種の肩をぽんぽんと叩くと、鳩羽は「いってらっしゃい」と柔和な笑顔で田中を見送る。

「田中クンもまあ、ここまできて調べるコトよく持ってるよねぇ。カンシン、カンシン」

「カルマはどう?」

「はい。今日は参加させていただきます」

「うん! 大歓迎だよ~。ハトも復帰したし、もっと楽しくなるよね。ね、アレックス?」

「うん、そうだね。どうぞ、ハト、茶雀」

「ありがとう」

 鳩羽はアレックスが淹れたハーブティーを飲む。すうっと喉を通っていって、彼女は暖かくて心地よい気分に浸る。食後に寝付けが良い飲み物とあって、うとうとしてきた。

「……おねむですか?」

 テグスがきょとんとした無垢な顔で鳩羽を見上げてくる。鳩羽はその上目遣いにこっくりと頷くが、舟半分を漕ぎながらも皆の会話を聞き取ろうと頑張っていた。

「もう、アレックスもコーヒーにしてくれたらよかったのに」

 ぷくりとほっぺたをふくらませた菜種にアレックスは「ボクは珈琲を淹れない主義なんだ」とニコニコ笑顔で言っている。海松は旨そうに珈琲を飲んでいた。

「か~、これでタバコも吸えりゃあサイコーなんだけどよォ」

「何いってんのさ、きみは隠れてこっそり吸ってるでしょ。みんなにバレてるよ」

 海松は珈琲を旨そうに飲む。しかし、カップの中は空だった。しらーっとした眼差しが海松に集まる。

 それから間もなくして全員が娯楽室に移動したが、鳩羽は睡魔が限界だったので茶雀や海松の勧めもあり、私室に帰る事にした。


「ふあー……もう限界」

 私室に着いた途端、鳩羽は我慢出来ずにベッドへ倒れ込む。くた~っと疲労が背面部を押し潰していく。

 瞼の持ち上がらない彼女が安らかな眠りに落ちるのは、そう遅くない未来の出来事だった。



 数時間後。突如、火災探知機が大声で怒鳴り出す。それまでリラックスしていた者達は、大急ぎで私室を飛び出した。

「なっ、なにがあったの!?」

「火災だよ、火災! 火元ドコか分かんねえけど!」

「外に出ないと! オッサンは腹上死以外の死に方はみっとめーん!」

 菜種があわてふためいた顔で尋ね、山鳩も叫ぶように言い返す。テグスは状況に着いて行けてないのか、山鳩に腕を引っ張られながらもキョトンとした顔だった。

「1階だ! 行くぞ!」

 すると、混乱していた面子を尻目にトリボロスが一喝し、先導するように廊下を駆け抜ける。残った彼らは大慌てで着いて行った。


【ドンドン!! ドンドンドンドン!!】

 鳩羽はドアを叩く音で目が覚め、ばっとベッドから飛び起きる。覚醒した意識は、火災報知機の警報を捉えていた。

「かっ、火事っ!!? ど、ど、えええーっ!?」

『ハト! 早く来るんだ!』

 部屋の主が起きた事に気が付いたのか、ドアを叩いていた者はハトに呼びかける。ハトは大慌てで部屋の前までやってきた。

「わっ、わかった! 今行く!」

 ドアチェーンを急いで外そうとするが、こういう時に限って上手くいかない。手許がぶれる。それは両手が小刻みに震えているからだった。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」

 耳の裏は燃えるように熱く、切迫した呼吸は浅く早い。心臓は頭の中を支配するほど激しく鼓動し木霊する。指先から暖かいものが抜けていって、爪先が冷たくて言う事を聞かない。

「ああ、もうっ……! なんでだ! なんでこんな目に遭わないといけないんだよッ!!」

 痛ましい悲鳴のような叫びを上げながら、彼女は20秒もかけてドアチェーンとロックを外す。

「やった! はやく逃げ――!」

 彼女は胸に宿る希望と共に扉を開け――そして、彼の胸元に飛び込んで顔を打ち付けた。

「おぶっ!?」

 驚いて一歩下がる彼女は、言葉を続けようとして唇を開き――そして、安らかな眠りに落ちる。

 ベージュのハンカチが彼女の鼻と口許を覆う。瞳孔を見開いた彼女はパニックを起こして両手で抗おうとするも、やがて力なく崩れ込んだ。

 彼女は両手両足を使って抵抗の意を示し、脚はドアや脚にぶつかりはしたものの、火災報知機の音で掻き消された。

 必死の抵抗も虚しく崩れ落ちる彼女を支え、抱え上げた者は彼女を室内へ運んで行く。


「……すまない、菖蒲さん」

 彼女は祈るように両手を重ね合わせ、棺桶に仕舞われるときのように綺麗な姿勢でベッドに寝かされる。

 片手で彼女の悲痛な表情を整えると、冷たい貌をした殺人犯は立ち上がり、複数の物を棄てて空気清浄器を起動させると服装を整え、音もなく部屋を出て行った。


「はあっ、はあっ、消火器持って来たよ! って、なんでまだ入ってないの!?」

「待て。backdraftの恐れがある」

「ここで消火出来ねえと、俺達全員焼死だぞ!?」

「待てい、正しくは高確率で窒息死か一酸化炭素中毒死だぞォ!?」

「落ち着け。炎に殺されたいか」

 トリボロスは低い声で静かに言い聞かせる。普段は寡黙なだけにその言葉は重たく響いた。

 既に頭から水を被ったトリボロスは濡れたタオルで口許を覆い、両手が空くようにしている。消火器を受け取ると、離れてろとハンドサインを出した。

「おい! 俺に出来る事は何だ!」

「Muttiのおっぱいでも吸いに行ってろ」

「なッ――!? てめえ――ッ!!」

「わーわー! このバカーッ!! 今は仲間割れしてるときじゃないよー! ってか、止めるのはテグスの役目でしょー!?」

 菜種が山鳩の背中に抱きついて止める。海松も「大人しく下がっとこうよ」と山鳩を引っ張る。

 騒ぐ山鳩を意に介さないトリボロスはドアノブに繋いだロープを少しずつ引っ張っていく。

「……?」

 トリボロスが眉を顰める。火は溢れ出て来ない。訝しみながらも、トリボロスは少しずつドアを開いていき、食堂の中を覗いて舌打ちをした。

 食堂の中は火災に襲われた様子はない。となると、厨房だ。厨房の扉は開いている。煙がひどく目に沁みて、物理的な意味で長居は出来そうにない。

 トリボロスは姿勢を低くし、消火器を片手にしゃがみ歩きで壁沿いに動く。後ろに下がり扉に向けて消火器を構え待ち構えていたテグスも後に続いた。

 テグスは振り向きざまに『そこでまってて』とハンドサインを送り、山鳩を睨む。睨みに弱い山鳩は蛇に睨まれた蛙のように顔を背け、硬直する。

「ど、どうしよう、ぼくたち……」

「チッ、あいつに乗るのは癪だが突入する準備だけしとこうぜ」

「ハンカチで片手使えないんじゃあ、意味ないぜ。オッサンちょいベルト持ってっから」

 山鳩たちが見よう見まねで準備をしていると、間もなくトリボロスとテグスが戻ってきた。トリボロスはタオルを脱ぎ捨て、荒々しく出て行く。

「え、ええ?」

 テグスの顔は青白く血の気が引いている。山鳩が心配した顔で近寄ると、テグスは思いきり頭を下げた。


「何が遭ったんだい!?」

「アレックス!」

 一足遅れて食堂に駆け付けたアレックスは、混乱を露わにしている。菜種がアレックスに説明しているとおよそ1分後、田中やカルマも現れた。

「きみたち、いったいどこにいたの?」

「書庫で調べ物をしていたんだ」

 いまいち納得のいかない表情の菜種だが、再度田中達に事情を説明する。

「厨房で鮭を焼いてたみたいで、その焼きすぎで煙が出て火災報知器が作動したんだよ」

「ビックリさせやがるよな、ったく」

「な、何だ、そうだったんだね……ホントに火事が起きてたら、逃げ場がないだけにどうしようって不安だったよ」

「うん、そーだよね! もう、こんなのしたのだれさー!」

「オジサン、もうこんなドッキリゴメンだって……」

「わりい。テグスがやったんだよ」

「ごっ、っごおごごごごっ! ごめんなさい……すすすすすっ、すみません……」

 テグスは誰かに言われる前から顔面蒼白でかたかたと小刻みに震えきっている。菜種はテグスに手の平を向け「だってさ」と肩を竦めて言う。

「中の様子は……げほっ! ごほっ!!」

「やっ、やめて~! 目に沁みる~!」

「す、すまない。まさか、ここまで酷いとは……よくあの中を行って止める事が出来たな」

「めっちゃ目がショボショボして痛ぇよな」

「うぅ、ごめんなさい、本当にあのひとにはなんて言ったらいいのか……」

「言ったら殴られるから、黙っとけ。あいつキレたらヤバイ系だろ」

「食堂は暫く使えそうにないけど、どうするね、我等が長さんアレックス」

「アレックスさん、食堂を放置しておいたら数日は使えなくなるかと思います。ここは空気清浄器を使うのはどうですか?」

「うん。利くかどうかわからないけど、空気清浄器を持って来よう。それでいいよね、アレックス? ドアを開けていても、窓が無いから換気は難しいだろうしさ」

「ありま。キミたち、そんなトコロで何してるんだい?」

 オシロサマはブランデー片手にぷらぷらと歩いている。オシロサマは面子を見るなり「ここのワインっておいしいよねぇ」と能天気な発言を繰り出した。

「オシロサマ! 今までどこに? っていうか、悠長な!」

「ワイン飲んでる余裕があったら批難しに来い! 死にたいのか!」

 珍しく海松が剣幕を飛ばす。にも関わらず、オシロサマはのほほ~んとした笑顔で切り返した。

「だってさ~、誤作動でしょ? でなかったら逃げ場ナッシングでみんないっしょに冥界コースっしょ? あわてたってしょうがないのさぁ~」

 全員が黙り込む。海松は無言で肩を竦めておどけたように笑い、山鳩は遠慮なく舌打ちをし、テグスは呆れかえった表情でオシロサマを見つめ、アレックスはオシロサマの心構えを感心したようにしきりに頷いた。

 能天気なオーラに当てられたか、菜種は「アホらし」と呟いて乱れた髪を手櫛で整えだす。

「それじゃ、解散といこうよ。あーあ、こんなのが起きちゃうとゲームってノリじゃないよね。テグスも気を付けてよ、ごはん食べられないじゃんか」

「もとより彼女が起きてからと言う話だったからね」

「ハトのヤツ、こんなガンガン警報鳴ってたってのにまーだ寝てんのか。しょうがねえな」

「寝かせておいてあげようよ」

「ハハ、テグスもねぼすけだもんな」

「も、もうっ……! りょっくんのばか……」

「そうそう、責任とって空気清浄器持って来てよね、テグス」

 テグスはこくこくと頷く。アレックスは「ボクも手伝うよ」と真剣な顔で申し出る。

「ヘェ? ついでだから、オレもてつだおっかー」

「オメーはいらねえよ」

「そんな冷たいコト言わずにさぁ~。オレっち、テグちゃんとも話してないし、仲良くしたいって思ってるんだよねぇ」

「そういえば名付け親だったな。テグスの本名も知らない訳か」

「まー今更って感じだし、あたしはテグスで慣れたよ」

「フヒヒ、だよねぇ、海松クン分かってるぅ~」

「うっわ笑い方恐い。もー、なんで変なヤツしかいないのー。おっさんともどもいなくなっちゃえばいいのに~」

「あたしもこやつと同じカウント!? やめてよお嬢ちゃん! オイラはこんなキッチーちゃんじゃない!」

「んふふふふ、褒められると照れますなぁ」

「……テグス、俺の傍から離れるな」

「みんないるから、へいきだとおもうよ……?」

「絶対だ。あいつら危ねぇから、俺の言う事聞け」

 テグスはためらいがちにこくんとちいさく肯く。返事に気を良くしたのか、山鳩は腰に両手を当てて誇らしげな顔でよしよしと何度も頷く。

「らってだれ入ってんの!? 流れ的にオッサンですよねえ!? いっくらテグスちゃんが可愛くったって男は守備範囲外だから!」

「庇護欲誘うタイプだもんね」

 菜種は両腕を組んでうんうんと頷く。それから、菜種は顔を上げてアレックスの方を見る。アレックスは沈んだ面立ちだった。

「それよりも……茶雀が居ない事には、誰か異議を唱えないのか」

 壁に凭れ掛かっていた田中が困惑気な表情で言うと、あっと言うように唇の形を作る者が数名。

「あー。なーんか足りないと思ってたら、あーのデッカイオドオドちゃんがいなかったのかい。

真っ先に外へ逃げ出しそうなタイプなのに、バルコニーから転落死でもしたんかねえ?」

「縁起でもない。やめてよ、海松」

「俺達は空気清浄器設置しておくからよ、他の奴らはそっち頼んだ。行くぞ、テグス」

「う、うん……」

「待ってくれ。実はボクも茶雀が気になっていたんだ」

「心配だったら言ってくれればよかったのに」

「みんながあまりにも自然だったから……ボクがヘンじゃないかと思ったんだ」

「えへへ、ごっめーん。火事じゃないことに安心してた」

「まあ居ない方が安心するけどな。目のクマ濃いしメシ以外ロクな発言しねーし。なぁ、テグス?」

「え、ええ? 居ないと心配だよ! りょっくんの薄情者!」

「じゃー、なんで言わなかったんだよ?」

「……俺のせいだもん」

 テグスはしゅんと落ち込む。菜種が「山鳩ったら話蒸し返した~」と野次を飛ばす。海松は「おいおい、いっくらカワイイコだからって道を踏み外すなよ山鳩ボーイ」と率先して茶化しに行った。

「海松さんじゃねーんだから」

「それってどういう意味!? あたしは道踏み外してねえよ! あっしはフツーのオッサンだから!」

「……あんな奴でも哀れに思えてくるな」

 田中が本格的に同情を帯びた表情になってきたところで、茶雀の捜索と空気清浄器の設置組に分かれる事となった。


「……ヤバくない?」

 一通り捜索を終えてみた結果、茶雀は見付からなかった。最初に茶雀の部屋は訪ねてみたものの、ノックをしても応答がなかったのだ。他に居ないのだとしたら、残るは茶雀の部屋だ。

「ね、ねえ、だれか他に茶雀を部屋に連れ込んだっちゅうやつぁ居ないの? 今なら見逃してあげるからさ」

「居たら申告してるよ。海松にソッチ系扱いされたくないって動機以外で隠す意味ある?」

「ちっさいのう! 男なら気にせんといかんかい! っちゅーわけで、出てきんさい。今ならチョークスリーパーで許したげるからはよ!」

「……こうなると、鳩羽も心配だな」

「でも、寝てたらかわいそうだよ。昼夜逆転しちゃってるんでしょ、寝かせておいたら?」

「こうなると、俺はハトさんが心配です」

「ゲーム、したいんだろう?」

「それはもちろん。ゲーム以外やることないし、ここ」

「用心のためだ。1人だけ逆転した生活を送っていても不便だろう」

「……なにがいいたいのかなぁ? ぼく、そこまで頭悪くないつもりだよ」

「分かってるなら、従ってくれないか」

「……ぼくはマイペースに生きたいんだけどなあ」

 右肘を左手でさする菜種ははあ、と溜息を吐く。海松は「ヒー、こんならお部屋で2人がニャンニャンしてたほうがマシだろォ」と顔色を悪くしている。

「サイッテー!!」

「その前にもう一度、茶雀の部屋を訪ねてみないか。色々あったんだ。勘違いだとしたら、今は彼女を寝かせておいてやりたい」

 全員がアレックスの提案に賛同し、もう一度茶雀の部屋の前に行く。菜種に脚を蹴られ、海松がドアを叩く事となった。

「おーい! 茶雀! 起きてるなら出てこい! お願いだから出て! オジサンそういうのマジ勘弁だから!」

 暫く叩いてみるが、応答はない。全員が溜息を吐き、諦めた顔で互いの顔を見合う。

「……いってみよっか、ハトの部屋」

「ああ……」


【キィィ……】


 と、そこで扉の開く音がし、全員がバッと茶雀の部屋を見る。そこには、寝起きで顔がむくんだ茶雀がぼへっと立っていた。

「あ、あのぉ、みなさん、どうかされましたぁ……?」

 寝起きだからか余計に舌っ足らずな茶雀の話し方に、菜種は腰が抜けてへたり込む。

「な、なんだぁー……もう、びっくりさせないでよ~!」

 菜種はぐいっと手で目頭を拭うと、茶雀に向かって怒る。だが、ちっとも迫力がない上にその顔からは安堵さえ見て取れた。

「す、すみません……?」

「なーんだ。びっくりこいたわ、オッサン。まーったく、紛らわしいったらありゃしねえ!」

「失礼したな。掻い摘んで言うとだ、ボヤ騒ぎが起こったがそれは火災警報器の誤作動だった。

しかし、その中に鳩羽と君が集まって来なかったから心配になって捜していたんだ。安眠妨害してすまなかった」

「茶雀、ホントに驚かさないでくれよ……でも、よかった。茶雀が生きていてくれて」

「ほんっとそうだよ! 無事でよかった~」

「御就寝中のところ、申し訳ありませんでした」

「は、はぁ……」

 頭がまだ回らない茶雀は、相槌を打つだけで精一杯だった。普段とは違い、長い髪を下ろしている茶雀は雰囲気が違って見えた。肌蹴た寝巻と言い、退廃的な色香を醸している。

「……ドクロ、似合いすぎだよ」

 スカルパターンズボンを見た菜種は若干顔が引き攣る。ズボンのデザインは可愛げがあるが、菜種からすると履いてる当人はおどろおどろしい。

「目のクマも薄くなってるみたいだし、よかった! 茶雀、ホントにすまなかった。それじゃ、ボクたちはこれで」

「あ、あのぉ、ハトさんは……?」

「あの子もおまえさんと同じ、寝てるんだよ。いや~、レムだかノンだか忘れたけど、すごいねえ、寝てると本気で分からないんだ」

「そうですか、安心しました。あのぉ、ご迷惑おかけしたようですみませんでした……」

 茶雀はぺこりと頭を下げ、上体を起こす間際、ウェーブがかった長髪を耳にかける。

「それじゃあ、おやすみ~」

「ゆっくり休んでください」

「はい、おやすみなさい」

 茶雀とはその場で別れ、茶雀も見つかったところで解散となった。菜種と海松は個室に戻って行き、アレックスは食堂の様子を見に行き、テグス達を手伝うつもりのようだ。


「……どうしたんだ?」

「俺は鳩羽さんの部屋を訪問する予定です」

「奇遇だな。僕もだよ。ただの事故かもしれないが、生憎と油断は禁物と言う性質なのでね」

「そうですか。それでは行きましょう」

 2人は鳩羽の部屋の前まで移動する。ドアをノックしてみるが応答はない。ドアノブを握り回してみるが、鍵がかかっている。

「田中さんの杞憂のようですね」

「テグスはあの時、打ち明けられないと話した。それでもか?」

「陽動だとして、俺1人では中に入れません」

「……彼女が疲労して休んでいたのは事実だ。僕も確証なく押し入る真似は止したい。だがやはり……」

 2人が話していると、茶雀がドアを開けてこちらにやってくる。恰好は着替えていた。

「ハトさん、お休みなのにお邪魔だと思いますよぉ……? 病み上がりですし、あんまり神経質なのはどうかと思います……」

「神経質、とはどのような意味で?」

「……? おっしゃってる意味が、よく分かりません……」

「田中さんは彼女が心配なんです」

「ああ。衰弱した彼女は恰好の手玉だ。用心深いぐらいが丁度良いと判断した」

「……その論理で言うと、田中さんも怪しいですよね」

「どういう意味だ?」

「ひぅっ! い、いえ……なんでもありませぇん……!」

 茶雀が黙りこくる。2人の沈黙も続く。だが、場は動かない。少しして、田中が停滞した空気を打ち破る。

「あの部屋は元はと言えば山鳩の部屋だ。危惧だけでは、ドアを強引に押し開ける理由にはならないだろう。

他の者達は2度目は起こらないだろうと安心しきっているようだし、鳩羽が心配だと伝えても今は寝かせてやれ言う反応は君のように想定出来る」

「ハトさんみたいに衰弱して且つお疲れになってる人を叩き起こすような真似は感心しませんよぉ? 無理矢理そうした行為をとろうと言うのであれば、おれは是が非でも止めます。彼女が可哀想だ」

 茶雀は珍しく強い語調で言い切る。敵意に満ちた視線だった。

「じゃあ、僕達はこの場で監視していろと? 疑われるのを覚悟で?」

「何もなかったら、何も疑われる事はありませんよ。現時点では、貴方方が異端であり神経質なだけです」

「心配性と言ってくれないか。僕は彼女の身の危険を心配している」

「まるで何が起こったか知ってるみたいな言い方ですね? アリバイでもご用意してあるんですか?」

「ああ、そうだったな。ここで遺体が発見されるような恐れがあれば、怪しまれるのはアリバイの無い君だものな? 寝たふりは苦肉の策か?」

「…………」

 茶雀は真っ黒い眸でじっと田中の眸を見つめている。無言の圧力が重く圧し掛かり、田中の頬に汗が伝う。

「落ち着いてください。茶雀さんは目の隈がとれていますし、顔色もよくなっている。顔もむくんでいますし、これは睡眠をとったという証言に偽りが無い証拠だと思います」

 確かに常に病人のような顔色をしていた彼の顔には、少し血色が戻っている。田中は茶雀の指先を掴む。

「……冷たいな」

「体温計でも持ってきましょうかぁ?」

「ふん。気遣いは無用だ。君が実はここの誰かと知り合いで、庇っている可能性もある」

「ふふ、凄いマグレですね!」

 茶雀はにっこりと田中に笑いかける。楽しそうに見開かれた瞳孔は、やはり黒に塗り潰された漆黒だ。

「止めましょう。今は争ってる場合ではありません。不眠症に悩まされている茶雀さんからしたら、無神経な事を話し合っていた我々が悪いと思います」

「……それもそうか。すまなかったな」

 田中は疑いを滲ませた表情で立ち去る。残ったのは、カルマと茶雀だ。まだ何かあるのか、と彼は彼の方を見遣る。


【2人が着いてこない。2人は部屋に戻ったか、何処かへ行ったのだろう】

【2人が着いてこない。まだあの場に居るのか? それならば戻らなくてはならない】


 

此処まで読んで下さってアリガトウございました。

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