The little Harmonia villagers αʹ【選択肢1・3】
選択肢1と3は冒頭の細部が異なるだけで大まかな流れは共通の為、同じ選択肢の扱いとしてここでは【村人のカード】を選んだ扱いになります。
「アルテミスが1? アポロンが1じゃないんだ」
「テキトーに有名な神からパクっただけじゃね? つか、なんでアポロンが出てくるんだ?」
「話によっては双子だからだ。2人はローマ神話だと兄妹、ギリシャ神話だと姉弟だった覚えがある。
アポロンを象徴する数字は解釈次第だが、僕のイメージとしては数多くあるな。1,2,3,4,6,7と僕が思うだけでもこれだけある」
「じゃあ、アポロンが2かもしれないね?」
「アポロンは1ってほうがしっくりきますねぇ……」
「オレは村人だよーん?」
「私は部屋に置いてきたけど、カードは村人だったよ」
「お、おれも村人でしたよぉ……!」
村人のカードは【――村人――】とだけ載っている。番号は記載されていない。
カードの背景はアルテミスと同じく森の中で、両手を背中に回した黒いシルエットの人間とシンプルなデザインだった。
番号の無い側は黒く塗り潰されていて、何の絵が載っているかは判りそうにない。ただ、黒く塗り潰した上に赤い文字で何か書かれているが、下地の色で読み取れない。
「それと、こんなのも入ってたんだけど、みんな同じの書いてあったかい?」
海松が差し出したのは一枚の便箋だ。便箋には見慣れたフォントで赤い文章が並んでいる。
【あなたがたは役者です。あなたがたが舞台の幕を閉じるには喜劇を進めなくてはならず、舞台を降りるには役が役に応じた務めを果たさなくてはなりません】
「わっけわかんねーな……」
「僕も同じ村人だった。内容もそっくりそのままだ」
「ボクはカードなんて無かったよ。トリボロスはどうだい?」
「見た事もねぇ」
「……テグスはどうだ?」
「俺は……言えません」
「えっ? 言えない? どうして?」
「どうしても……だから」
「……俺もだな。ワリィけど、言えねぇ」
「そんな……!! やましいコトでもあった? 後ろ暗いコトでものってたって言うの?」
「落ち着け。何をそんなに追い立てる?」
「だって! こんなときに言えない情報なんて、ロクでもないに決まってるよ!」
「言うも言えないも何もカードだけだろう? それとも――カード以外のモノでも紛れてたか?」
『…………』
沈黙が広がる。図星を突かれたように黙り込んだ菜種に対し、田中は冷静な面立ちで指摘する。
「その様子だと、そうらしいな。一体何が入っていた?」
「……これだよ」
菜種が差し出したのは、一枚の便箋だ。便箋には見慣れたフォントで赤い文章が並んでいる。
【あなたはアルテミスの担い手。属性はカオス。役目は狩猟。あなたには監視役の白き鴉が目に見え、鴉を狩る事が可能です】
「やっぱ意味わかんねぇな」
「でしょ? 気味が悪くって……だけど、これでぼくのシロは証明されたね」
「シロ? シロってなにがよ、鶸柚ちゃん」
「バカ言わないでよ。役を演じなきゃ帰れないんでしょ? こんなの用意する誘拐犯だよ? 悪趣味なサプライズに決まってんじゃんか」
「だとしたら、全員の部屋を確認する必要がある」
「な、なんでだよ?」
「もし僕達の不和を狙っているのなら、誰かが不利に陥るような役が用意されている事だろう。
そうすれば僕たちが危うい。向こうの思惑を探る為にも情報公開が必要だ」
「も、黙秘権! プライバシーの権利だ!」
「申し訳ないが、お断りだ。カードを出すつもりがないのなら、簡易的なボディチェックもさせてもらおう」
「それはやりすぎだと思うんだけど……」
「何とでも言え。ただし、僕は疑わせてもらう。誘拐犯の仲間が僕達の中に混ざっていないとも言い切れない。やはり検査は必要だったんだ」
「こういうのはやりたくないけど、ぼくも賛成。隠すってやましくなきゃしないよね」
「オッチャンはなるべーく平和に穏便にいきたいんで……一時の不自由だ、ガマンしてくれよ?」
「わ、私、ボディチェックとクローゼットは絶対嫌だから。断るよ!」
「あっ……それもそうだった」
「君は鶸柚と相互にすればいいだろう」
「いや、その、それはダメ。ゼッタイダメ。やっぱり止めようよ!」
「は? なにを急に。不味い事でもあるのか?」
「な、ないけどあるっていうか、ぼくは悪くないんだけど……とにかく反対!」
「俺だって嫌だからな! 個室ってのはプライベートな空間なんだぞ!」
「ボクはどっちでもいいよ」
「オレもいいよーん」
「明かしたくありません、プライバシーの権利です……」
「俺は構いません」
ボディチェック、家探し、どちらも拒否する者が10人の内、4人も居た事、加えて中立派でも出来れば遠慮したいと消極的否定を掲げる者が現れた事で話は流れた。
それどころか、「何でもかんでも疑うほうが怪しい」とかえって田中が疑惑の槍玉に挙げられる事となり、いつのまにやら、全体の雰囲気は急激に悪化していた。
『………………』
ひたすら、ぎすぎすとした胃腸に悪い空気が流れている。重圧的な沈黙が場を支配する中、トリボロスが席を立った。彼が真っ直ぐに向かったのは食堂の出入り口だ。
「待つんだ! まだ話は終わっていないぞ!」
田中の制止も振り切り、彼は食堂を出て行く。追いかけようとする田中の腕を引いたのはアレックスだった。
「多分、どうにもならないよ。あとでボクが伝えておくから、今は本題に戻ろう」
田中は何度も席とドアに視線を泳がせ、未練の残った動きで渋々着席する。アレックスが咳払いをすると、彼はニコリと笑って何事もなかったように話を戻した。
「それで、朝昼夜はみんないっしょに食事を摂る、23時以降は出歩かずに就寝する、洗濯は各自でやる、掃除は班に分けて行う、ひとまず共同生活のルールはそれでいいかな?」
「え~、そんなに早く寝ないといけないの?」
「困りますぅ……それに生活って、そんなに滞在したくありません……」
「共同軟禁って言えばいいのかしらん。ハハ、厭だろそんなん? あたしだってそうだ」
「……………」
「よいこはルールを守って早寝早起きだって。オジサンもさぁ、我慢してんのよ? ホントは朝8時なんて言わずにグースカ寝て休日気分を満喫したいってのに……ねえ、やっぱ止めないかいオニーチャン」
「いけないよ、海松。もっと自分の身体を大事にしなくちゃいけない。なあ?」
「へぇ~い。と言うワケで、みんなもやろか!」
「テグス……大丈夫か?」
「がんばるけど……すごくねむい……」
「まだ4時だね。午前か午後か分からないけど」
「ケータイでもそうだよ。午後4時12分」
「窓がないと実感が湧きません」
「早く帰りたいです……」
「茶雀君。なにか飲む?」
「いえ、大丈夫です……」
「おっ、そうだな、俺もノド渇いたぜ。俺、ココア。テグスは何にする?」
「俺は珈琲がいいなぁ、今寝ちゃうと、朝起きれないし……ごほっ、ゴホゴホッ」
「そうだった、カゼグスリ飲まねえとな。軽く何か作ってやるよ。冷蔵庫、何あんだろな~」
「これから作るなら、ココア冷めそうだし後で自分で淹れてね」
「オメーなあ……!」
「茶雀君、ホントにいらない? 菜種はどう? テグス君はミルクとお砂糖いる? 他の人たちはどうですかー?」
「あの、水で……」
「ぼくはカフェオレ。お砂糖たっぷりね」
「はっ、はははっはい、おねがいします」
「ボクは自分で淹れるよ。なにか足りないと思ってたらそうだ、紅茶だったんだ」
「オレは炭酸でヨロシク~。なかったら作ってねー」
「ムリです」
「オッサンはブラックコーヒーで。酒場があってよかったわぁ~後で呑むっきゃねえな!」
「こんな状況だと飲みたくもなるね。ワインがあれば摘まもうかな」
「アレックスがワイン持ったら、王子様みたい」
「はは、そうかな。ちょっと恥ずかしいよ」
「田中君は? カルマ君、大丈夫?」
「必要ない」
「はい、俺はだいじょうぶです」
「珈琲2杯に水、カフェオレ1杯ずつ。これでいいかな?」
全員が肯いたので、鳩羽はアレックスと共に厨房へ移動する。中では山鳩が調理道具や冷蔵庫の中を調べていたところだった。
「日本の水は好いよね。ボクも日本に住みたいよ」
「避暑だっけ。って、そんな季節でもないか」
「ソレを言うなら秋休み、かな? 日本の学校には秋休みってあるのかい?」
「ううん、ないよ。試験休みならあるけど。高校からだね」
「そういえばボクにも日本人の友だちがいるんだけどね、彼が――」
アレックスは紅茶を探しているようだ。鳩羽も手伝っていると、紅茶が見付かったと声が上がる。
鳩羽がそちらの方を向くと、アレックスは落胆した表情をしていた。どうしたのかと聞くと、自分好みの紅茶がなかったらしい。
「あはは……しょうがないよ。あっただけ、ラッキーだったんだよ」
「うん、そうだね……」
悄然とした様子のアレックスに思わず鳩羽は笑い、アレックスから笑わないでくれよと言いたげな困り顔で見つめられる事となる。
「おーい、持って来たよ~」
「おっ、待ってました! オッチャンノド渇いてね~、もうしょうがないったらありゃしなかった!」
「ドリップだったよ。私、インスタントしか淹れた事ないから変に緊張しちゃった」
「いやあ、女子高生に淹れてもらえるなんて文化祭のサ店ぐらいだからね! どんなコーヒーでもウマいに決まってる!」
「少々不味かろうが愛嬌で許されるな。男とは違う」
「……茶雀君、どうぞ。テグス君はこっち、菜種はこれね」
不器用なフォローか共感か感想なのか、嫌味な田中のコメントもスルーした鳩羽はニコリと笑って他の人たちに飲み物を差し出した。
「おじさんがテンションたかすぎてキモすぎるんだけど……ぼく的にありえない」
「あっ、あああんまりっ、そ、そういうのは……どうかと、です……」
「お、おう、うん、わかったから落ち着け、少年……」
勢いよく口を開き、盛大にどもったテグスを見て海松は驚いた表情をしつつ、困惑気に宥める。テグスはしゅんと縮こまった顔と姿勢で耳まで真っ赤だった。
(空気がさっきとはちがうカンジにびみょーだねぇ……)
しみじみと言う少年の感想を聞いた鳩羽は声を明るくして、海松にツッコミを入れる。
「ところで、食事当番を決めないといけないよ、みんな」
「別に食べたいように食べればいいと思うけど。ぼくはそうしたいし」
「個食はよくないな。これからみんなで仲良くするなら、修学旅行のカレーみたいな行事は必須だよ」
「アレックス、それを言うならイベント」
「ぼくはそういうことしなくていいと思う。だって、強制したって仲良くなれるものじゃないでしょ?」
「それはそうなんだけど……少し切り込んだ話をするけど、いいかな?」
「僕は君の意見を聞きたい。いいな?」
田中が他の顔ぶれを見渡して聞いてくるので、特に反対も無かった者達は抵抗なく頷いた。山鳩は顔を背け、菜種はカップに手を伸ばし、カフェオレを飲んでいる。
「ボクたちは同じ被害者だ。だけど、ソレ以外の共通点は持ち合わせていないだろう? 一部の人たちなら持っているけど、全員じゃない。
グループで仲良くなるのは良いけど、連携をとれないようじゃ脱出の機会があっても上手くいかないかもしれないだろう?」
「動きがモタつくのは避けたいね。災害時のルールを作っておくのも大事じゃない?」
「うん、ハトが言うようにボクもそう考えた。それに――ドコの馬の骨とも分からない、今はそんな状態だ」
『………………』
思い出したように他の者達の顔を見渡す者、今更だと言わんばかりに溜息を吐く者、微動だにしない者などアレックスの発言ひとつにも各々の個性が出ている。
「だから、みんなはお互いを知り合うべきだと思うんだ。だから、こうやってぎょ、イベントをみんなで熟していけば、自然と仲良くなれるんじゃないかって思ったんだけど……ごめんね、ボクってこういうコトは得意じゃないみたいだ」
「ゆ、誘導されてるみたいなのも、それはそれで怖いと思います……」
「茶雀、ありがとう。茶雀はボクの不甲斐なさを許してくれるんだね」
「えっ……」
アレックスがにこやかに笑いかけてきたので、茶雀は戸惑ったように顔を俯かせる。一方、菜種は冷めた顔だ。
「分からないからこそ、一定の距離を保つべきだよ。だって危ないじゃん? もしヤバイのが混じってたらさ。ぼくは交通事故に遭うのはゴメンだよ」
「うーん、もしそんな人が居たら、この状況で既に詰んでると思うけど? 暗い事ばかり考えてもどうにもならないし、みんな良い人だって考えた方がよくない?」
「ハト、きみの考えは甘いんだよ。だったら、仲良くしなくたっていいじゃん。ホントにみんなが安全な人なら、だけど。危険かもしれないから、手探りで調べあうってハナシでしょ、要は」
「? 其れの何処が悪いんだ。当然の対処だろう」
「ぼくはそれが気に喰わないって言ってんの! このカタブツ!」
「は? 子供のような駄々をこねるな。今のこの状況がどれほど危険に満ちているのか、君は少しも理解していないのか?」
話し合いが言い合いに発展したところで、何だ何だと厨房から山鳩が顔を出しに来る。きょとんとした顔からするに事態を把握していない様子だ。
「す、すみません、すみません、おれが悪かったですから、ケンカは止して下さい……」
「茶雀君、大丈夫だから。キミは悪くないよ。それとふたりとも、議論はいいけど、煽り合いは止しなさい。対立したって良い事は何もないでしょう?」
「そうかな? もし田中が自治大好きさんのふりして、みんなの警戒心煽ってたとしたらどうするの? 危ないひとかもしれないよ?」
「何だと? 其れを言ったら、君が2枚目のカードを持っていないとどうして言える? もしかしたら、カードの数はバラバラに配られていて、君が変装用のカードを持っているかもしれない」
「可能性だけは否定できねーよな。そりゃ、可能性だけは。バッカバカしいハナシしてねぇで、少しは他人を信じるぐらいしろよ」
「っ――きみたちは良いよね! だってさ、みんな知らない人ばかりなのに、山鳩も田中もハトもテグスもお互いを知ってるんだ。4人で何か企んでいたとしても、そんなに居たら隠し通せるんだもの!」
バンッと両手をテーブルに打ち付けた菜種は席を立ち、糾弾するように山鳩を指差して怒鳴り出す。田中は冷ややかな目で菜種を見返し、両腕を組んだまま、シニカルに指摘する。
「まるで事実を語っているような語り口は止めたほうがいい。詐欺師の常套手段だ」
「なっ……!? このぼくを詐欺師だって!? 詐欺師はどっちだ、カタブツインテリイヤミメガネっ!!」
「だからテメーら落ち着けよ! 黙って人のハナシ聞けつってんだ!」
続いてバンッとテーブルを叩いたのは山鳩だ。片手でテーブルを叩き、イラついた表情で放つ言葉は火に油を注ぐ。
「横からしゃしゃり出ないでくれる? きみは彼の仲間だろ!」
「はあ!? 冗談じゃねーよ! 田中は転校してきたばっかで、仲間どころかほぼ初対面だっつーの!」
「ああ。僕と彼は仲間じゃないし、他もそうだ。テグス君などは初めて見た顔だ」
「私もそうだよ、と言っても信じてくれるかは別か」
「そうだよ、きみたちが口裏合わせてるって否定できないし」
「だからその、否定出来ないって言うのは何なんの? そんなの当たり前でしょ。どんなに親しい人だって、全てを打ち明けてくれるわけじゃない。
だから、否定出来ない可能性なんて当たり前なの。だけど、私たちはそれを無視して生きてる。そんなの気にしたってしょうがないから。違うか?」
「……でも、わからないじゃん」
「ああもう苛々してきた、そういう非論理的な思考は好きじゃないんだよ。感情論も良いけど、少しは場を弁えてくれないか」
「お、おい、ハトまでキレんなよ」
「キレてない。私は冷静に話し合おうって提案してるんだ。それをなに? 信じられない? 信じるのはこれからでしょ? ていうか、お互いを信じないで如何するって言うの? 疑心暗鬼生活を続けてムード最悪にする気? やだよそんな陰気くさい! 私はそれが嫌だからみんなと仲良くしようって言ってんの!」
「だ、だったら、カードを見せてよ。そもそも、カードを見せてくれたら、ぼくだって疑わずに済んだんだ」
「嘘吐け。内心に閉じ込めておいた不安定な感情を引き出されただけでしょ?」
「そっちだって決め付けてるじゃん! 一致団結してぼく虐めに奔走して……なに? なんなの? ぼくが悪いって言うの?」
「んな被害者ヅラすんなよ、被害者はここに連れてこられた全員だろ?」
「もうきみたちとは何話しても無意味だね、ぼくは帰るよ」
「おい、逃げんなよ!」
「ばっ――」
菜種はその言葉が引き金になったのか、山鳩を強く睨み付けると、苛立たしげに席を立って食堂を出て行った。
「…………い、いやぁ、最近の子達は、元気イッパイよね~」
ずしん、と空気が一気に重たくなる。海松は閉口し、珈琲を啜った。口論の最中、彼は動かず、いつもの表情で額から冷や汗を流していた。
アレックスは真剣な顔で口論の流れを見守り、テグスは顔面蒼白で菜種と鳩羽たちの顔を交互に見続けて右往左往し、茶雀は気まずそうな顔で口論が終わっても自分の膝を見続け、田中は煽りを受けた時以外は表情を変える事無く、感情に呑まれていた鳩羽は食堂の扉を厳しい顔で見つめ、そして山鳩は「めんどくせぇ」と独り言と共に溜息を吐いた。
「……どうして、止めなかったんですか」
静かに席を立った彼女はアレックスを見下ろして責めるように問いかける。
「お嬢ちゃん、あの勢いじゃ関係者以外立ち入り禁止ってモンだよ、ムチャ言ってやんな」
「でも私はっ――! ……私は、まずいと思って……」
(うん、アヤメちゃんはみんなとなかよくしたかったんだよね)
「は、腹の探り合いだってしたけりゃすればいいんですよ。だけど、歩み寄らない事には何も始まらないじゃないですか。
最初はそうやって不安や恐怖もあるだろうけど、そういうのを上手く共有していけば、本当に仲良くなっちゃえば、そんなの関係なくて……そうしたかったのに」
鳩羽は顔を背け、項垂れる。彼女は右手で左腕を掴み、しょんぼりとした顔で立ち尽くした。
「――多かれ少なかれ、みんな似たような疑心や不安は持ってたんじゃないか?」
アレックスは両手を重ね合わせ、テーブルに置いたまま、沈着冷静な様子で疑問を投げかける。
先程までの愛想の良さは何処にもなく、そこにあるのは上に立つ者としての眼差しと姿勢だけだ。脈略の無いようで、ピシャリと軸を打ち付けた彼の発言は、そこに居た全員の口を閉じさせた。
「ボクはソレを隠し続けるコトが良いとは思わなかった。だけど、ハトの考えもよく解るよ。ただ、ボクとは考えが違っただけ、そうじゃないのかな」
口調は柔和だが、否と言わせない意志の強さが眸には垣間見え、今や脊髄反射に逆らってしていた天邪鬼な者達ですらも肯定するような沈黙を出している。
だが、彼はそんな彼らを一目見渡すと――にこっと、優しげに笑った。
「ボクはそういうココロを無視してふるまうよりも、明瞭化させたほうがいいんじゃないかって思ってたんだ」
「オッサンもそうよ! うん! そのとーり! 愚痴も言い合ってスッキリしたんじゃないの~?」
アレックスが元の笑顔を取り戻し、態度を軟化させるなり、海松が後追いで賛同する。その明朗な声はこの空気の中だと浮いていたが、テグスの顔の向きが漸く固定される程度には何かを軽くさせた。
「……やっぱり、表面切って堂々と険悪の仲になるくらいだったら、表だけでも仲良くしようってスタンスで居た方が良かったと私は思うけど。
だって、悲しみを掻き消す為に笑顔を作ってたら何時の間にか、ホントに笑えるようになってたっていうのが人間でしょ?」
「その逆もあるよ。だから、こういうのは話してもキリがない。違うかな?」
「……そうだけど」
「ごめんね、ハト。次からはもっとみんなの意見を聞いてからにするよ。でも、ハトのようにしっかり自分の考えを持ってる人がいるって分かってよかった」
アレックスはにっこりと笑っている。茶雀は「頼もしいひとがたくさんいるんですね」と、おどおどした姿勢と表情で呟いた。
(話を強引に打ち切った……寡黙気味であまり思考開示をしない人間の口を割る事が狙いだったのか?)
(アヤメちゃん、恐いことかんがえてる……? アレックスさん、いいひとだとおもうのになぁ……)
(後ろからバッサリ斬られるのは御免だ。殺人者だとか言う物騒な役名が混じっている以上、ここでの疑心暗鬼は不穏すぎる。
アレックスのように何れ起こる事だと解釈するのが普通であれば、手引きした人間がいると考えるのもまた妥当だ。
不和を起こしていれば、誰かしら怪しく見えてくるもの、疑心暗鬼を誘発し、自分の不審さを掻き消すのではなく全体を不信的な雰囲気に誘導する事で相対的に信用を上げるプランだってあるだろう……木を隠すには森の中、油断は出来ないな)
「鶸柚もカッとなってあるコトないコト言っちゃったんじゃないかな」
「あーあるある。怒ったときって話膨らませちまう時あるよな」
「か、隠してた本心を暴露するときでもありますけど……」
「オメーさ、なんで水差すんだよ、イチイチ」
「す、すみません……」
「すごくイジメっこっぽいよ」
「なんだよテグス~。ワリィの俺じゃねーし」
「もう、だから反感もたれるんだよ、お前は」
「へいへーい。……あ! メシ!」
「焦げ臭い匂いしてる!?」
テグスが今気が付いたように声を上げ、大慌てで山鳩が厨房へ飛び込んで行く。残った面子は可笑しそうに笑い出した。
「にーちゃんには助けられちまったな、坊ちゃん」
「……その呼び方、やめてくれるとうれしいんだけどな」
アレックスが穏やかな苦笑いで海松に苦言を呈する。その優しい声は海松に届かなかったらしく、「そのうちな!」と大声と背中の張り手が返って来ただけだった。
「ふわあ~。はー、よく寝たぁ~!」
「……もしかしてオシロサマ、目を開けて寝てたの?」
「うん、そうだよ! みんなピリピリしちゃって、眠くなってきたっていうかぁ、オレシリアスニガテでさぁ、寝ちゃうんだよねぇ~」
「ず、図太すぎるだろ最近の若者……」
「例外と僕達を一括りにするのは止めてもらいたい」
「道理で動かなかったんだ」
「あら? あれれ? 気付いてたの、アレちゃん」
「気になりはしてたかな。それとカルマ、ホントに大丈夫?」
「すみません。あまり調子が良くないもので……少し休んだら良くなると思いますから。食事当番は好きにしてください」
「じゃ、解散といこうか~」
「なんでだよ! もう少しオッサンたちと語り合おうぜ若造!」
「はいはいほーい。じゃあ、カルマはオレとタッグね。サポートサポート」
「申し訳ないんだけれど、公平を期すためにジャンケンにしたいんだ」
「アララ、そんなに人が信用デキナイ?」
「信じてるよ。だから、こうするんだ」
(信じてるひとが信じられなくなるほうが、よっぽど辛くて悲しいよね。うん、ボクもアレックスにさんせー!)
(アレックスに懐いてる……)
(じぇらしー? ねね、じぇらしーなった?)
「オシロサマ、子供じゃないんだから人の揚げ足とってないで協力してください」
「ハトちゃん、オレまだ未成年だよ~?」
「見えない。と言うか、中学生以上で子供ぶる子供が居て堪るか。子供は大人ぶってナンボでしょう」
「それ、子供が言うセリフじゃないってオッサン思うな」
(それにぶりっこ系だってわすれてるとおもいまーす!)
「ええい……あ、山鳩、おかえりー。どうだった?」
「ワリィ、やっぱ焦げてた。焦げてたのは俺が食うから、他は少し冷めてるけど、まぁ気にすんな」
「そんな、作ってもらったのに悪いよ。ここはオタオタしてた海松に責任を取ってもらおう」
「ええーオッサンそんなの食したくなーい、オジサングルメー」
「はは、冗談だよ。彼らの口論を止めなかったボクがいけないし、ボクがもらおう。いいよね、山鳩?」
「イヤイヤ、人に焦げたのなんか食べさせられっかよ。俺が食うって」
「じゃあ、ジャンケンだ。賞品は焦げた食事だね」
「なんだその勝ちたくねえジャンケン……作ったの俺だけど」
「日本人の美徳は今どうでもいいから、ちゃっちゃと食べよう。茶雀君がさっきからソワソワしてる」
「えっ!? あ、そんな事ないですよ、おれちゃんと待てますから……!」
「なにを力説してんだ、なにを。じゃあ、俺が食うからな」
「ボクがいただくよ?」
キョトンとした笑顔に山鳩は一切引く気のない姿勢を感じ取り、黒い前掛けを外しながら「しょうがねーな、まずくっても文句言うなよ」と折れた。
「わぁ、美味しそう……! りょっくん、ありがとう」
「いただきますは忘れんなよ。調理者を敬え、俺を敬え」
山鳩はお礼を言われてドヤ顔で調子に乗る。だが鳩羽がへっと笑ってやるとかくもその余裕は崩れ去った。
「いたっ! 山鳩~! 頭に響くから止めろ~!!」
「ざまあー」
額をデコピンされた鳩羽は、赤くなった額を摩って目を瞑る。山鳩は腰に手を当てトレイを挟み、にやにや笑った。
メニューはチキンライスにワカメの御味噌汁だ。食料は豊富に揃っているものの、何となく不安感があるからと言う理由であまり食料を使わない事に決めたらしい。
茶雀は無言で残念がっていたので、小食だからと鳩羽が食事を分け、第二次遠慮合戦を繰り広げたものの、外野の山鳩が「まどろっこしいんだよテメーら!!」切れて有耶無耶になった。
アレックスは2人に食事を持って行くと言って聞かず、菜種とトリボロスの部屋へ向かって行った。
「よくこんな人数分、この短時間で作れたね」
「オメーらは話し合いに夢中だったろうけど、けっこう時間経ってるぜ? 厨房のは業務用だったしな」
「一気にたくさん作れるんですねぇ……!」
「オメー、その顔こえーよ……」
「すみません……」
「こら! 茶雀君、気にしないでね。私の友だちなら好みのタイプだって言ってるから」
「だいじょうぶですよ、自分の事は自分が一番分かってますから……」
「そうかなぁ、目の隈さえなければ素敵だと思うけど」
「え、あ、え、そ、その、ありえないですけど、お世辞ありがとうございます」
「キョドりすぎだろオイ。つか失礼だろ」
「えっ? あっ、す、すみません! 変な事言いました……」
「ううん。気にしないで。でもひとつ言っとく。さっきの本心だから」
鳩羽が真顔で茶雀を口説いている(?)と、5分後、何故かアレックスは菜種を伴い食堂に戻ってきた。
無論、その手には食事の載ったプレートが置いてある。隣の菜種はふてくされたようにそっぽを向いていた。
「やあ、連れ戻してきちゃったよ」
「きちゃったよ、じゃねーよ。どういうつもりだ? 俺はもうケンカはハラ一杯だぞ」
「ぼくだってしたくてしたんじゃ……」
「菜種」
「なれなれしく呼ばないでよ」
「鶸柚。言いたいコトがあったんだろう?」
「……ぼくはわるくないから」
ピリッと空気が乾く。だが、アレックスはニコニコと「それじゃあ、ボクたちも悪くないと思って良いね」と軽快に告げた。
「えっ……な、なにそれ。いみわかんないんだけど」
「そのままの意味さ。量が少なかったら、ボクのチキンライス食べるかい? アレだよ」
「いらないよあんなの! コゲコゲでおこげ通り越してるし!」
「どうしてご飯の量が減ってるんですかぁ?」
「そ、それは……アレックスが食べたからだよ」
「うん。美味しそうだったからついね」
「悪びれる気ゼロの笑顔だな……」
「だから、俺のやるって言ってるのに」
「はは、食べ盛りの男子高校生からは取れないよ」
「田中さん、ハトさん、仲直り、したほうがよろしいんじゃあないでしょうか……」
「……よかったら、すこし食べる?」
「……うん」
「…………喧嘩したつもりは元からない。意見の食い違いに過ぎないだろう」
「おいおい、田中坊ちゃん……」
「失礼な呼称は感心しないな」
「田中君、食器取って来て」
「どうして僕が……」
「ケンカしたつもり、ないんだよね?」
「勘違いしないでくれ、脈略が理解出来なかったから聞いただけだ」
田中はそれだけ言うと席を立って厨房へ入り込む。手の平を胸に置いたテグスはほっとしたように息を吐いた。
茶雀は空になった食器を悲しそうに見つめている。テグスはご飯がまだ入った自分の食器と茶雀の食器を忙しなく見遣っていた。
「どうしたんだよ、冷めるぜ?」
「あ、うん、そうだよね……」
何故か意気消沈とした様子でテグスはもぐもぐとご飯を詰め込み出す。しかしすぐに喉に詰まらせて、山鳩から介抱してもらっていた。
「茶雀クン、オレの食う?」
「いただきます! ……あっ、いいんですか?」
「ははははっ! 面白いコメントだね、いいよいいよ。餌付けしたげる」
「わーい」
うれしそうにニコニコスマイルの茶雀に、その場にいたオシロサマとアレックスを除く全員がぽかーんとした顔で彼を見ていた。
厨房から帰って来た田中が食器を鳩羽に渡したところで、空気は元通りの流れを見せる。鳩羽が菜種の分を御椀によそって渡し、空いた席に座り直した菜種はガツガツ食べ出す。
「おー、気持ちいい食べっぷり」
「オメーが食べなさすぎなんだよ」
「テグス君がいるからいいんだよ。ねー?」
こ、こくんっと急いでテグスが肯く。鳩羽の悪戯っ子な笑顔に山鳩は頬杖をついて溜息を吐き、食べ終わった食器を運ぶ。
「つか、オシロー。オメー、食う気ねぇなら最初から言えよ」
「んー、言いそびれちゃってねぇ。空気的にオレサマ信用してないから食えないよ発言はアウトっしょー?」
「言ってるじゃねーか、今」
「毒なんか入ってないけど」
「あーそう、じゃ、ソレが言えるキミはアレちゃんに毒味してもらったんだ?」
「っ!」
「言いがかりを付けるのは止してもらえないかな。まだ何も起こってないのに気が早いよ」
「まだ、でしょ? オレはさっきの田中クンの意見に賛成だったんだよねぇ、部屋を見てもらいたくない人もいるからさ? 中立ってコトにしてあげたけどォー?」
「……」
山鳩は先程までの表情とは打って変わり、嫌悪感を滲ませた顔で菜種を見ている。菜種は誰からも目を逸らしており、スプーンを持つ手は止まっていた。
「オシロサマ、だったか。君がどう思おうと勝手だが、僕の知った事ではない。不和を起こす行為が愉快だという気性を持っているなら、カップ麺なり冷凍食品なりで凌いで出て行ってくれたまえ」
「ハハ、た・ま・えー? 冗談だよ、オレは皆とオトモダチになりたくてしょうがないの~。
キミたちもキミたちで早合点が過ぎるよねぇ、オレは食材に毒が混じってるかもしれないって言いたかっただけなのに、山鳩クンが毒を入れたなんてソンナソンナ……あぁ、キミは思ってたんだっけね?」
「あ、アレックスが……ぼくがあんな発言した後で食事なんか持ってくるから、しかも笑顔で、だから、なにかあるかもしれないって思っただけで、べつにそんな……」
すっかり萎縮してしまった菜種はだんだんと声量も落としていく。反対にオシロサマは生き生きとした笑顔で楽しそうに菜種を追い詰める。
「声が小さいよぉ? どうしたのかなぁ? ニャハハハー?」
「弱い者虐めは止せ」
「弱い者じゃないしっ! そういうの言わないでくれる!?」
「……」
田中は不機嫌そうに眉を顰めて黙り込む。ムキになって叫んだ菜種は、その表情を見てはっと我に返り、気まずそうに唇を引き結んだ。
「うーんと、よくわからないな。悪いのはボクだろう? どうして彼女が責められないといけないんだね?
山鳩には申し訳ないと思ってるよ。だけど、みんなを誤解させるような発言は詫びて欲しいかな」
「アレレー? ソレってオレのコト? オレノコトー?」
「うん。ダメかな?」
「ウフフフ、いいよー、みんなごっめーん! オレのせいでカンチガイさせちゃったね! まさかみんながそっちを疑うなんて思ってもみなかったからさ! どうしてなのかな? どうしてなのかな?」
「ソレもキミのカンチガイだよ。それに彼女は何も言ってなかった。彼女が悪いという方向へ誘発させるのは、止めてもらえないか」
柔和だった口調がほんの一瞬、真剣味を帯びてズシリと重たくなる。対するオシロサマはニコリと笑い返し、「オレは純粋に気になったから、聞いただけだよー?」と無邪気に弁解した。
「そういうコトらしい。山鳩、気分を害させたようですまないね。ボクのせいだ。責めるならボクを……」
「うるせえよ。あんたの謝罪なんかどうでもいい。悪くないヤツから言われても、強制したみてぇでムナクソ悪くなるだけだ」
「そうか、ごめんね」
「だから、うるせえよ。俺は別にいいから。食事当番だってやってもいいよ。でもな、ソイツにだけは作らねえから」
「……ぼく、やっぱりお邪魔みたいだから帰るよ」
「鶸柚さん。まだ残ってますよ、ゴハン」
「あげる。それじゃ」
菜種は走り去るように食堂を出て行った。全員が山鳩を見て押し黙ると、山鳩がテーブルの脚を蹴り飛ばす。
ひっと竦み上がる声が響き、鳩羽も息を呑む。思わずその場にいる全員が山鳩を凝視すると、山鳩は顔を真っ赤にして叫びだした。
「なんだよ、俺がワリィのかよッ!? 疑ってきたのはアイツじゃねーか! 人の食事に、毒を入れたなんて言いやがって!! 俺はッ、俺は悪くねぇッ……!!」
テグスや鳩羽達も怯えを拭いきれない。その表情に、眼差しに耐えかねてか、山鳩は席を立とうと腰を上げる。このままでは、二の舞だ。
「山鳩、落ち着けって、私たちは何もそんなふうに思って……!」
「おれ、美味しくゴハンが食べたいです」
「あ!?」
「だから山鳩さん、おれは美味しくゴハンが食べたいんです」
茶雀は無表情で山鳩を見つめる。頭に血が上っていたらしい山鳩は、感情のぶつけ所を失くし、戸惑いを表わすかのように立ちすくんだ。
「埃が立ちますよ。ゴハンは美味しく食べるものですよ?」
「……今、そういう話じゃないだろ……」
「なんでですか? 今は食事のお時間ですよ?」
「そ、そうね、茶雀もイイコト言うねぇ! オッサンもコーヒーおかわりしたいし、そう何度もマジメなヤツはどうかと思うしなぁアレックス!」
海松はアレックスの下まで行き、アレックスの背中をバンバン叩き出す。
「痛いよ、海松。食事中に席を立つのはマナー違反だって習わなかったのかい?」
「おう、言ってくれるじゃないのアレちゃん!」
「ミル貝って呼んでもいいかな?」
「はっはー、冗談に決まってるだろ、もう!」
「もちろん、冗談さ」
アレックスはニッコリ笑い、海松の背中をバンッと叩き返す。「お、おうふ……」と海松が痛そうに咳き込んだ。
「さ、みんな、とりあえず食べよう。食事当番を決めるのは、それからだ」
アレックスが笑いかけ、それを皮切りに全員が食事を再開し出した。
ここまでよんでくださってありがとうございました!