誰彼探検隊結成
――ここは、楽園だ。
「次は私だ。もうすぐ、わたしも殺される……みんな、死ぬんだ」
(それでも、最後まで信じるんだ。これは、だれかを信じる戦いなんだよ。言ってたじゃないか)
「もう、だれも信用できない……だれも、信じたくない……」
(どれだけだれかを信じるのがくるしくても、それでも独りでは、生きられないから――だから、いっしょに信じよう。この戦いを乗り越えて――明日を夢見ようよ!)
それは、誰を信じるかの戦い。誰を疑い、誰を信じ抜くと決めるか――自己との戦いだ。
躊躇いを飲み干して、彼女は駆け出す。たった独りの――殺人者を殺す為に。
『へっへー、またまたわたしのかち! これでなんどめかな~!?』
カサをもって笑うあのコを思い出すだけでぼくは、むかむかした。林の中へ入って行く。かさかさと落ち葉をふみしめる音が林の中でしずかにひびく。
大して手入れのされていない林の中は草木がおいしげってて、とても暗かった。しめったカビくさいニオイがしてきて、くさりかけの落ち葉があちこちにある。
いごこちのわるいしずかさにぼくはきんちょうして、およびごしになった。なんとなく、ひっそりとしのびあしであるく。
羽虫をはらいながらおくにすすんで行くと、血とアブラのニオイがした。クサイ……。
いったい、おくのほうになにがあるんだろう? どうして……まさか……? イヤな予感がして、ぼくは走った。
そして――――……。
「うぁ~っ! 原稿のネタ思い付かねー!!」
開いた窓の前に立ち、外に向かって叫ぶ1人の青年。教室を出てすぐの廊下の通りでやらかした青年に対し、廊下を溜まり場にする周りの生徒が寒いから閉めろと言いたげにじろじろ視線を送る。
そんな中、悠々とした足取りで校内を闊歩する1人の少女、鳩羽菖蒲は背後から忍び寄るように青年の許へ歩み寄った。
「1人で何を叫んでるんだよ」
「おわっ! ……なんだ、オメーか」
腰に両手をつき、半眼の半笑いで彼の背中から声をかけた鳩羽は、その彼――イラスト部に所属する部員、山鳩緑を見下ろすような目付きで見上げる。
ややクセっ毛混じりの黒髪に瞳孔の周りが灰色がかったヘーゼル色の眸を持ち、浅黒い肌に男性的な顔立ち、180センチほどある背丈や程良く筋肉の付いた均整のとれた肉体は所属する部活を違えているような印象を持たせるだろう。
髪型はウルフカットで、アシンメトリーに分けた前髪には銀灰色のメッシュを入れており、襟足は背中にかかるまで伸ばし、束ねている。その後ろ髪はサラサラのストレートでシュッと一束の稲穂のように一筋伸びていた。
細長い睫毛を持つ目は切れ長でツリ目の奥二重だが、虹彩の四方から瞳孔に向けて鮮やかな青が牙のように伸びている。相変わらず綺麗な眸だな、と囁くように彼女は独語を呟いた。
「ハッハッハ、原稿は片付いたかね、グリーンクン?」
鳩羽は芝居がかった笑い方をしつつ、カーディガンのポケットに両手を突っ込んで仁王立ちしている。
襟や袖口、裾などにミント色のラインが入った黒に近い紺地のセーラー服。鮮やかなブルーのスカーフを結び、グレーのカーディガンを羽織っていた。下は無地の紺色のプリーツスカートに紺のハイソックス、黒のローファーだ。
Vラインカーデの襟口にはメタリックな光沢を放つ白銀色のヘアピンが留められており、ヘアピン同様白銀色の指輪を紐に通し、周りから見えないよう首から提げている。
葡萄色の髪は前から後ろにかけて毛先に細かい段の入ったボブカットで、日本だとありふれたライトブラウンの瞳はぱっちりとした二重でお人形さんのようにくりくりしている。
細長い睫毛、鼻筋の整った小さな小鼻、桜桃色の薄い唇、色白の肌を持ち、顔の輪郭は逆三角形で首も細い。
身長は156センチほどだろうか、肌の白さは透明度がないせいか病弱な印象を与え、それを裏付けるように体型は痩せぎすで撫で肩だ。
角ばった手の指先は細長くネイルさえなければ爪の下の赤が映えて見えるだろう。指と言えば、指輪は彼女の細長い指に合わない大きめの物で四角く角ばっていた。
足首は細く足は小さいが、太腿は肉付きが良く脚のシルエットは逆三角的だ。爪先はラウンドのフレンチネイルで左は黒と白、右は黒、赤、白と先端部分がアシンメトリーだった。
世間一般の話を持ち出せば、細身で可憐なその容姿は同性には好感を持たれやすそうだが、その細さや愛らしいお人形さんの様な硬質的な雰囲気は異性には近寄り難い印象を出している。
「イ、イヤ、ソレガデスネ……あっ、俺用があったんだった!」
「まてい! 取引をしようじゃないか、あんぽんたん」
鳩羽は背中を向いた彼の襟首を掴んで思い切り引っ張る。苦しそうに首元へ手を当てた山鳩は、顔を歪めて鳩羽を睨み付けた。
「私はキミに短編シナリオと下描きを用意する。キミはそれを絵に描き起こすだけでよろしい。その代わり――浮いた時間は、私の為に使いなさい」
ふふんっと勝気な微笑を口許に浮かべる鳩羽を見おろし、山鳩は迷うように眸を逸らす。
彼が視線を彷徨わせ、後頭部を大きくゴツゴツとした手で掻きながら、口許を泳がせていると、鳩羽がびしっと人差し指を突き立てる。
「一枚絵の色塗りも代行しよう」
「任せた」
即答だった。色塗りが一に嫌い二に苦手とのたまう彼は彼女の人差し指を握る。
彼女は「なんでイラスト部入ったんだね……?」とじとーっとした目で見返しつつも、コホンと咳をして話の体勢を戻す。
「前部長がいなくなってから、見るからにやる気を失くしたキミには、この際描くことの魅力でも体感してもらいたいところだが――それはまあ、置いといて」
「うぐっ……カ、カンケーねえだろっ! 用件はなんだよ!」
「ふふーん? まぁいいや。個人的な用事をこなしていたんだけれど、ちょっと行き詰ってね。キミには私のお手伝いをしてもらいたいんだ」
「いーけど、俺頭脳労働できねーぞ」
「うん、知ってる。何年部員やってきたと思ってるんだい?」
「たった1年と半年だろーが」
「アハハ。今9月だから、そうだね、ちょうど半年だ。仲良くなるには時間なんていらないね」
にっこりニコニコする鳩羽に「……うさんくせえ」と山鳩の本音がぽろっと零れる。鳩羽がにやぁと笑ってきたので、山鳩はぎょっとした顔で数歩引き下がる。
「ブキミなんだよそのツラ!」
「胡散臭いって言ったから、リクエストにお応えしようと思ったのに」
黒緑を真似するようにぷっくりと頬をふくらませる鳩羽だったが、山鳩の眼差しは木枯らしよりも冷たく肌に突き刺さしてくる。
「そんな眼で見ないでよ、てれるなぁ」
「クロはともかく、おめーにゃあ、ゼッタイ、似合わねぇ」
山鳩にビシッと指を指し返され、頭を掻くふりをしていた鳩羽はポッケに両手を突っ込み直し、山鳩を見上げてぺろっと赤い舌を出した。
「それじゃ山坊、よろしく頼んだよ」
「てめえが言うな!」
「忠犬だねぇ……」
くっくっくと喉を鳴らすように笑う鳩羽は「じゃあ山さん、私と共に行こうじゃないか。放課後、時間空けとけよ」どんっと山鳩の腕を小突き、ポッケに両手を入れ直すなり軽快なステップを交わして去って行く。
「ったく、アイツはホンット、タチのワリィ……」
苛立ち紛れにがしがしと頭を掻きむしった山鳩は、ふと思い出したように窓の景色に目を遣る。瞼の裏のあの人もまた、人を喰ったような笑みで笑っていた。
『山坊、行くよ』
『ハッ、ハイッ!』
『忠犬ヤマ公いってらっしゃーい』
『うっせえだまれっ!』
『仲良しだねえ』
濡羽色の長髪を靡かせ、常に背筋を伸ばして凛々しい姿勢で闊歩する彼女。何時見ても彼女には孤高な自信が付き添っていて、彼女のカリスマ性は多くの生徒を惹き付けた。
『ソレだけは無いッス!』
「……センパイ」
ぽつり、とひどく寂しげな眸をして、彼は窓から広がる景色を見つめる。雨の日に打ち捨てられた子犬のように、心細げで物憂げな横顔だった。
誰も居ない静まり返った教室は、夕陽に照らされて危うい輝きを放っている。黒い影を落とし込んだこの小さくて狭い世界は、深い闇に包まれていた。
「……ねえ、幽霊っていると思う?」
(現にいるぞ!)
「……まーね」
くすっと鳩羽は口許に嫋やかな微笑を浮かべる。彼女の目の前、空気中にぷかぷかと浮いているのは、見掛けは小学生ぐらいの年頃の少年だ。
柔らかで明るい狐色の髪に亜麻色の眸、目鼻立ちがはっきりとした女性的な顔立ちの美少年は、パステルトーンのブルーパーカーにモスグリーンの半ズボン姿でにこにこと笑っている。
レモンイエローのスニーカーは新品同様の眩しさを放ち、肌はぷるぷると光沢を帯びていて、女性が羨む美肌ぶりであった。
「……あの日。太陽がアスファルトをじりじりと照り付けていた、あの夏の日。……私は、貴方の死を知らされた」
(……。死人生活も案外、そう捨てたものじゃないよ。キミといっしょにいられるしね!)
にっかーと向日葵が咲いたような笑顔でさらっと言ってくる少年に、鳩羽は自嘲めいた笑みを口端に浮かべるだけだ。自虐的な眼差しを空へと投げかけるその瞳は見るも痛々しく無残だった。
「暑い、暑い夏だったよ。なのに、報せを聞いた途端、全身から汗が引いた。
30度越えの陽射しが肌を焦がしているのに、びっしょりと汗が吹き出していたはずなのに、すっと汗が引いた、私は寒気だけを感じたんだ――あの瞬間」
(……ずっと会ってなかった。小学校何年生だったか、そんなのも覚えてないぐらい、遠い日の想い出だ)
「うん……だから、私は会いに行かなかった。そんな罰当たりに会いに来たのは、幽霊のキミだ。最初、私は怒られるのかと思ってた」
(センサイだなー。ボクがそんなコトするハズないじゃんか! 会いたかったんだよ、ただキミに)
『死んだはずだ……あ、そうか、幽霊……?』
「……キミは、――――――――――――――の1つだったのか?」
少年はただ困ったように眉尻を下げて微笑むだけだった。そうやって鳩羽が床に視線を落とした頃――ガラガラと音を立てて、引き戸が開く。
窓から映るオレンジ色の木々がさらさらと冷たくなってきた風に揺られ、木の葉が茜色に染まる。キラキラとした光が入口に立っていた山鳩の顔を撫で上げ、彼は咄嗟に手を翳した。
黄昏の光に眩しさを覚える彼の影の動きを目で追っていた彼女は、組んでいた両腕を下ろし、教室後方の壁に立てかけられた白塗りの棚から降りると、涼やかな顔で片手を挙げる。
「よぉ、パシリ」
「くたばれファッキュー」
「女の子に言うコトバじゃないなぁ」
「うるせえスケルトン。んで、俺はなにすりゃいいんだ。なんにも聞いてねーぞ」
両腕を組んで偉そうにふんぞり返る山鳩から目を逸らし、鳩羽は黒板を見据えながら物語る。
「好きでこんなもやしじゃないのに……っとと、本題言い忘れてたね。3年の先輩の動向について探りたいと思うんだ」
「ドーコーも何も休みなだけだろ」
「お見舞いに行っても柔らかな物腰で丁寧に門前払い、担任教諭を訪ねても病気の一点張り、同じクラスの上級生の証言によると休んだのは夏休み前だって言うのに未だに1回も学校に来ない」
「だからって、他のウワサ好きな野次馬ドモと同じよーに今のウルセエ事件と結びつけんのか?」
「何を根拠にって? ないよ、そんなの。言っただろう、手詰まりだって。……今はネットでも人の口でも、火の無いところに煙は立たないを信じて突っ切るしかないのさ」
両手を広げ、肩を竦める鳩羽の芝居がかった仕草に眉を顰めながら、山鳩は自分のうなじに手の平を当て渋々と言った調子で顎を引く。
『……れで、部活は決まりそう?』
「あれ……黒緑の声だ。今は部活動時間だろうに、不自然だな」
「まーた、神経質がハジマったぜ」
顔を背いてけっと吐き捨てるように言った山鳩を流し、鳩羽は山鳩を脇に押し遣って引き戸に両手をかけて廊下を覗く。
そこには2人組で行動する女子生徒と男子生徒の姿があった。どうやら校内を案内している様子だ。鳩羽はその2人に見覚えがあった。
「黒緑……と、転入生の」
「田中始くんだよ。失礼じゃない、ハトちゃん」
「それもそうだ、悪いね、転入生。私は鳩羽菖蒲だ」
「気にしないでくれ、女子生徒さん」
凛々しく伸ばした背は違和感がなく、艶々とした黒髪はサラサラと真っ直ぐ伸びていて、昔ながらの四角い黒縁眼鏡は生真面目な印象を与え、しっかりと校則通りに着こなす姿はやはり品行方正な匂いを纏わせる。
細いが力強い一字眉に切れ長の下三白眼、小麦色に焼けた肌に薄い唇、襟足はうなじを覆う長さで女性的だが、意志の強い眸がイメージを塗り替える。
身長は170センチほどだろうか、体格や骨格には目立った特徴は見当たらず、中肉中背と言ったところだ。
彼は前の学校の制服を着ている。薄いブルーのワイシャツに紫のエンブレムがついたグレーのブレザーを羽織り、スコットランドフォーエバーのタータンチェックのグレータイを締め、タイと同柄のスラックスに紺のソックス、黒い革靴を履いている。
『…………』
「ふ、ふたりともー?」
「ヒヒ、冗談さ。田中君、ごめんね?」
「……たしか、君はニュースでやってるあの事件に興味があるんだったな」
「ん? それはそうだけど、どうして知ってるんだ?」
「僕も気にしていたからだ。だから、耳にすんなり入ってきたらしい。黒緑さん、部活動の紹介をしてくれてありがとう。もう大丈夫だ」
「ええ、それならいいんだけど……ハトちゃん、あんまりヒドイマネしないでよ~」
「あんたは私を何だと思っとるんだ」
「サディストの愉快犯だろ」
「りっくんには負けますよーだ」
べーっと山鳩に舌を出した鳩羽は、田中の胡乱な眼差しに気付き、慌てて舌を引っ込めてニコッと笑う。疑惑の色が強まった。
「あちゃー、手遅れだったか。それで田中君、よかったら私の調査に付き合わない?」
「はっ!? おい鳩羽、正気か?」
「正気じゃなかったらどうする?」
「逃げる」
「だったら私の手記も持って行っておくれよ、次の探索者は君なんだ。それで――田中君、どうかな?」
「……面白そうだ。僕は興味本位だが、それでよかったら是非」
「よし決定! チーム三バカトリオの結成だ!」
「三とトリオが重複している。それと、僕はバカじゃない。くれぐれも気を付けてくれたまえ」
「……了解」
ガラス玉のような瞳を丸くし、きょとんとした顔の鳩羽だったが、メガネのフレームをクイッと持ち上げて言う田中を見つめた後、ニッカリと笑って軽い敬礼のポーズを作った。
「……俺、アイツとやってる気しねぇんだけど」
「絶対聞こえてるから。そういうの、口に出すモノじゃないよ」
「おめーが言うか」
「私は用法要領守って服用しております」
山鳩だけに向けるその顔は、いたずらっこの笑顔そのもの。山鳩は顔を背け、ハァと陰鬱に溜息を吐くのだった。
彼女が帰路に就いた頃には、小雨が降っていた。寒さに左手を袖の中へ引っ込めるも、右手は傘の取っ手をクルクルと回し遊んでいる。回る青空を見て少年がはしゃいだ。
『い~し~やぁ~きぃ~もぉ~』
頭の中で、ホクホクと立ち上る湯気に蜜のように甘く黄色い芋の断面が浮かび上がる。だが、見える範囲に屋台は見当たらない。
しかし少年は声を聞いた途端、目をきらきらと煌めかせて彼女の前に回り込む。両手を広げ、とおせんぼと言いたげなポーズに彼女の顔から辟易とした様子が浮かんだ。
(ヤキイモ、たべたーい! ねねっ、たべよーよー!)
「いーや」
彼女は少年を避けてたったっと歩いていく。少年は両拳を挙げながら、彼女の後を着いて行く。
(ヤキイモおいしーのにー)
「おいしくない」
彼女は両手をピーコートのポケットに突っ込みながら若干顔を俯かせ、ぼやくように呟く。
夕立の中、彼女はむっつりと黙り込んで傘を差して歩いている。駐車場を横切り、左右を見遣って車を確認した後、道路を渡る。住宅街を進んで行くと赤い屋根が見えてきた。
(あれ? にーとさんがいるよっ!)
「父さんたちにいつも言われてるんだから、ほっといてやりな。本人いわく『充電期間中だ』」
坂道を下って行くと家が目の前に見えてくる。ベランダでは手摺に凭れ掛かりながら、煙草を吸う若い男性の後姿が見えた。
「おっ? おかえりー」
振り返った彼は手摺に掴まり、右手の煙草を軽く振る。くすんだ空の色をした煙が緩やかな楕円を描く。そこで彼女は空を見上げる。雨はもう止んでいた。
「ただいま!」
傘を閉じた彼女はニコリと笑いかけ、手を振り返す。少年もにこっと笑いながら手を振る。
(ただいまー!)
「……おかえり」
代わりに彼女が小さく呟くように言って家の中へ入って行く。少年は首を傾げながら入って行った。