6「本人の意思は無視ですか!?」
「で?我が家に来たと?」
「申し訳ありません……」
「……」
またかと言う口調の留衣とまたかと言う視線の留佳先輩。
その二人の前で土下座している私。
別に私のせいじゃないと思うけど根が真面目な私は万年新婚夫婦の代わりに謝ってしまう。
ほんと、何であんな薄情夫婦から私が産まれたんだろう?
「自由奔放な両親からお前が産まれたんだ?」
「兄さん、思ってても言ったら駄目」
抑揚のない声音で私の心のなかを代弁してくれる留佳先輩が神様に見えたのは私だけかな?
すると私の後ろからクスクスと笑い声がしてくる。
振り返ると漆黒の髪の見目麗しい奥様がいらっしゃられた。
優しげに目を細めた奥様は女神の如く美しい……
美しいのだけれど焔のように苛烈で氷のように鋭利さを纏っている。
いつもはポーカーフェイスな留佳先輩でさえ口許をひきつらせている。
「……音葉ちゃん」
「は、はひぃ!」
あまりの恐怖から下を噛むけど勢いよく立ち上がり真っ直ぐに背筋を伸ばす。
そんな私ににこりと笑う奥様。
目が笑っていませんよ!!
「あの馬鹿夫婦は?」
「……旅行です」
「そう
……音葉ちゃんを置いて?」
「……はい」
「行き先わかるかしら?」
「……温泉だったと思います
一泊してくると」
「へぇ……」
何やら納得される奥様。
警察に尋問されている犯罪者な気分ってこんなのかな?と思っていると「チッ」と舌打ちが聞こえてくる。
「あの馬鹿夫婦
いい加減親だって自覚持てよな……」
「お母さん……音葉が気絶しかけてるから落ち着いて」
「あら、ごめんね音葉ちゃん」
「……いいえ」
留衣の一声で優しげな奥様に戻る。
優しげだけど先程の恐怖のせいで全身が痙攣しているのが分かってしまう。
見目麗しい奥様こと西木沙耶さん。
留佳先輩と留衣のお母さんで私の母の高校時代からの親友でご近所に住んでいる。
留衣の整った容姿は沙耶さん譲り。
普段は優しい人なんだけど時々……いや、1ヶ月に2回私の両親が私を西木家に預けるときになると女神から一転、鬼女となる。
別に預けられるのが迷惑ではないらしい。
ただ、娘を置いて旅行に行く馬鹿夫婦が許せないらしい。
「全く!いい加減にしなさいよね!
音葉ちゃんが我が家に来るのは全財産はたいてでも歓迎するけど普通娘を置いていく!?」
ねえ!?と小首を傾げながらも夕食の準備をしていく沙耶さん。
全財産はたいてでも歓迎はおかしいと思うなんて今の私にはツッコめないので苦笑で止めておく。
そんな私を沙耶さんは少しだけ眉を眉間によせる。
「いっそのこと我が家で暮らす?」
「あ、それいい!」
沙耶さんの爆弾発言に留衣が嬉しそうに参戦する。
「総一さんも馬鹿夫婦には呆れてたからいい機会じゃない!
私音葉ちゃんが我が家に来てくれたらいいなって前から思ってたのよ!」
「家近いしいいと思う!
私は賛成!兄さんは?」
「……どっちでもいい」
「じゃあ、兄さんは賛成ね?」
「留佳が了承しているなら後は早苗達に聞かないとね!」
ルンルン気分で夕食を並べていく沙耶さんと留衣。
両親に了承をとる前に言いたいことが一つ。
本人の意思は無視ですか!?
このあと西木家の大黒柱たる西木総一さんも加わり私は必死で止めたのは言うまでもないでしょう。