35「どうしてもこの人の演説が聞きたくて!」
これは生涯に渡り私が背負うべき罪と罰。
親友と兄が私を置いていったと思ってしまった単純な我が儘から始まった最悪の物語の予告。
私と音葉が高校三年になった7月の夏休みの始め。
音葉と共に県内にある有名大学の見学会にやって来た……けど、音葉はかなりご機嫌斜め。
「私の学力でこんな所入れないしそもそも就職希望だし……」
「ごめんごめん
どうしてもついて来て欲しかったの!」
そう言って私は絶賛不機嫌な親友を宥めはじめる。
就活中で忙しい音葉に無理を言ってついてきて貰ったのだけどあまりの有名大学だからか彼女の顔はひきつっている。
「……留衣の無茶苦茶な行動には慣れていたつもりなんだけどな……
本当につもりでしかなかったのね……」
「ご、ごめん!」
「ふふふ、いいのよ」
にこりと可憐に笑う音葉に何人かの男は顔を赤らめている。
でも私は恐怖できる心が凍てつく。
だって……音葉がどこぞのお嬢様みたいに礼儀正しくたおやかな時は怒る一歩手前。
丁度一年前に音葉は誘拐されてどうやらその誘拐先でぶちギレたらしい……あくまで真也さん情報ね。
その時のあまりの怒り具合に音葉の従兄 如月真夏は恐怖から押し黙ったそうだ。
ちなみに彼女の怒りは腹黒代表な真也さんでさえ平謝りする。
そんなことを解説していても音葉の怒りは収まることなく見学会が始まる。
カコンと、鹿威しの音が庭に響く。
昔ながらの日本家屋にこれまた日本庭園と呼ばれる立派な庭に一人の男が座っている。
如月由良、真也の父にして音葉の祖父。
そして如月家で唯一逮捕されなかった人だ。
悠然と座りながら彼は手元にある新聞を読む。
「相変わらずですね、如月教授」
「……君か」
突然庭から現れた人間に特に驚くことなく由良は新聞から目をはなす。
由良の視線を受けた人間は少しだけ微笑んでから彼の隣に腰をかける。
束の間の静寂。
破ったのは由良だった。
「何しに来た」
「特に用件があったわけではありません」
由良の言葉に男は即答してからおもむろにポケットから手帳を出す。
「たまには恩師の顔色を御伺いするのも必要かと思いまして」
「帰れ」
短く切り捨ててから新聞に目をやる。
そんな恩師に男は苦笑してからパタンと手帳を閉じてスーツのポケットにしまう。
「時間ですのでこれで」
「……仕事か」
「ええ、これから大学の方で演説をしないといけないので」
「ああ、遺伝子について話すのか」
「そのつもりです」
男のさらりとした答えに由良は苦笑する。
「それより留衣は他のところから推薦貰っているのにくる必要があるの?」
「どうしてもこの人の演説が聞きたくて!」
「それって誰?」
音葉の問いに私は満面な笑みで答える。
「相変わらずだ、最上くん」
「遺伝子工学のスペシャリスト、最上司教授よ!」
これは未来まで続く悲劇の始まり。
私の兄と親友に対する微かな嫉妬から始まったのだ。




