26「本当に貴方たちは音葉ちゃんが大好きなのね」
喪うのがこれほど怖いとは思わなかった。
音葉が行方不明になってから二日が経った。
この間に真也さんはショックのあまり寝込んでしまうのと留衣が泣き続けている。
よほど音葉の傍を離れたことを後悔しているのだろう。
泣き続ける妹を慰める術を持たない俺は呆然と立ち尽くすだけだ。
「留衣」
「私が……離れなければ……こんなことには……!」
枯れることの知らない涙が頬をつたい目がパンパンに腫れている。
多少そのことに呆れながらも俺は留衣があの日以来彼女が学校に行っていないことを思い出す。
「……泣いても音葉は戻らない
それよりも学校に行って学生の職務を……」
「ふざけないでよ!!!
音葉が消えた学校に行けというの!?」
指摘すれば眼光を鋭くして俺を睨み付ける。
内心は驚きながらも表に出さないようにして黙って留衣の言い分に耳を向ける。
「音葉は底抜けなまでにお人好しで世話好きな子よ
温かくて和やかな空間を無意識に造り上げて色々な人達の話を聞いてくれるのよ
だけど、あの子は甘えさせることを知っていても自分が甘えることは知らない」
「……」
「なのに……!
ずっと傍にいた私よりも兄さんには甘えているし弱さだって見せているわ!!」
「それは……兄のように想っているからだ」
留衣の悲痛な叫びを遮るように言うが情けないことに声が少し震えてしまう。
自分の言葉に自分で傷つくなど自分でも滑稽だと思うが留衣は気付かないのかそれともムキになっているのか言葉を重ねる。
「本気でそう思っているなら馬鹿よ!」
「……」
「音葉は自分の気持ちに鈍感だけて無意識のうちに行動でしめすのよ!?
あれだけ頼られているのに……!」
「留衣、落ち着きなさい」
そう言って興奮する留衣を止めたのは母 沙耶だった。
実子と同じ(もしくはそれ以上に)可愛がっていた音葉が行方不明なのだから母さんの表情も憔悴しきっていたが娘を止める。
「留佳に言っても音葉ちゃんが戻るわけじゃないでしょ?」
「……」
「……自分の気持ちに気付かない兄さんに少しでも音葉を預けようと思った私が馬鹿だったよ!!
誰よりも音葉を可愛がって慈しむように見守っているのに……!」
留衣は俺を怒鳴り付けてからリビングを出る。
おそらく自室に帰ったのだろう。
母さんは留衣の行動に呆れたのか溜め息をつく。
「あの子もどうしたものか……」
「留衣は音葉が好きだから」
「それは貴方もでしょ?留佳」
母さんにそう言われて俺は息を飲む。
確かに俺は音葉が好きだ。
だけど留衣のような純粋な好きなんかじゃない。
もっと暗い感情の入り混じる“好き”なんだ。
少し留衣が羨ましく思う。
溜め息をつく母さんがクスクスと笑っている。
「……何か?」
「本当に貴方たちは音葉ちゃんが大好きなのね」
「……」
「留佳、私ね貴方がずっと心配だったの」
「は?」
訝しげに聞けば母さんはますます笑う。
そして笑顔で語る。
「留佳って留衣と違って文句も我が儘も言わないから“我慢してないかな?”とか思ったの
しかも、小さい頃から無表情で母親の私でさえ留佳の笑顔を見たことないのよ?」
知ってた?貴方いつも難しい表情をしているのを、
と母さんに言われ眉間にシワが寄るのが分かる。
正直何も覚えていない。
「留衣はにこにこと愛想がいいからそれと比べると結構不安だったの」
「……」
「でもね、小さい頃から音葉ちゃんには笑いかけていたのよ
あまり会うことのない貴方たちだけど留佳って音葉ちゃんの頭を撫でて音葉ちゃんが嬉しそうに笑うと満足そうに笑うの」
「……記憶にない」
「ふふ、記憶に無くても今だって時々しているでしょ?」
図星。
どうやら母さんは俺の母さんらしい。
よく子供を観察している。
「自分の息子に言うのもなんだけど……」
「??」
「音葉ちゃんをお願い
早苗が唯一残した存在だからね」
そう言って母さんは小さく微笑んでからリビングから去る。
母さんからすれば親友を亡くしその娘さえも行方不明なのだから……。
「……心配なのか」
そう思える母さんと留衣が羨ましいと思う。
別に心配していないわけじゃない。
むしろ心配を通り越して気が狂いそうだ。
それ以上に犯人が分かっていても動けない自分に腹が立つ。
犯人、音葉が行方不明になった次の日から学校に現れなくなった人物。
「……如月真夏、お前は音葉をどうする気だ」
この時俺は知らなかった。
音葉が如月家のせいで真夏の婚約者にされていることを。
知るのは次の日の夜、真也さんが我が家にきたときだった。




