12『音葉、元気?』
……誰でもいいのでこの状況の説明をお願いします。
「総一さん!」
「沙耶!」
見目麗しい美男美女が目を潤ませながら見つめあっている姿はすごく絵になっている。
…だけど、手に握られているのはとてもではないが40代の彼らには少々若い服だ。
一体誰の服なのか?
勿論、彼らの娘 留衣の……
「音葉ちゃんにはロングスカートよ!」
「いやいや!音葉ちゃんにはズボンだろ!」
……幼なじみ兼親友の私の服だった。
仲いいなと遠い目をしてもなんの現実逃避にもならず私はため息をついてから隣にたつ青年を睨む。
青年こと留佳先輩は私の視線に気づいているはずなのに明後日の方向を見て気づいていない振りをする。
今日は西木家にお邪魔してから3日目の土曜日。
留衣の提案により皆で買い物に来たのだが服屋の前を通ったときにおもむろに私を見た留佳先輩が一言。
「あれ……お前に似合いそうだな」
「はあ!?
音葉にはこっちの方が似合うわよ!
目おかしいんじゃない!?」
「何いってるの!
音葉ちゃんにはこっちでしょ!?」
「いやいや!
音葉ちゃんにはこっちの方が絶対に似合う!」
……留佳先輩の一言により西木家の方々に何らかの火が灯り急遽、私の服選びに変更になってしまった。
ちなみに留衣はご両親とは違う服屋にいっておりここにはいない。
私は若干疲れたので参加する気ゼロな留佳先輩と近くのベンチに腰をかけていた。
その間にも総一さんと沙耶さんの言い争いは続く。
「……暇だ」
「誰のせいですか!」
まぎれもなく貴方でしょうが!
何ですか!その我関せずな態度は!
色々言いたいことはあったけど心のなかに必死に止めてから私は留佳先輩を睨み付ける。
心当たり有りまくりな留佳先輩は少し苦笑いをしてから私の頭をポンポンと軽く撫でるように叩く。
“幼なじみ”だけど留佳先輩とはほとんど関わりはなかった。
でも時々思い出したかのように頭を撫でてくるその行為は覚えており、私は好きだったりする。
「……私も留佳先輩みたいなお兄さん欲しかったな」
「……」
「留佳先輩?」
急に止まった手に驚きながら私は留佳先輩を見る。
何故か先輩は目を見開いて固まっていた。
そして次には悲しげに苦笑するという高等技を見せてくれる。
「るかせ「……俺は」
「俺は留衣だけで十分だ」
「っ!!」
留佳先輩の言葉に私は“何故”か苦しくなった。
漫画とかでよく見られる表現で“胸に鋭い何かが突き刺さる”を体験したみたい。
どうやら彼にとって私は“ただの幼なじみ”らしい。
当たり前だけど妹である留衣よりは劣る存在だと彼の口から聞くと“何故”か胸が痛い。
私は“何故”か悲しみから歪んだ表情を彼に見られたくないのでうつ向く。
まだ頭に乗せられている手が温かく泣き出しそう。
あのあとなん着か留衣達に懇願され着たけど私が気に入ったものはなく何も買わずにそこ場を後にして家についた。
私は現在西木家から学校に通っているのでこの場合の家は“西木家”になる。
その2階の奥の部屋に私はお邪魔していた。
もともと客室として使っていた為布団以外は殆どものがなく殺風景。
私の服があるぐらいだった。
布団にダイブするわけもなく床においてある座布団の上に座って一息つく。
「留衣だけで十分か……
分かっているけど辛いのは“何故”かな……?」
何度でも言うけど私と西木兄妹は“幼なじみ”だが兄である留佳先輩とは殆ど共に過ごした記憶はない。
だけど私にとっては彼はお兄さんみたいな人だから思わず言ってしまっただけ。
なのに“何故か”辛いし苦しい。
負の感情に溺れそうになったときに沙耶さんに呼ばれ私は慌てて沙耶さんのところに行く。
「どうかしましたか?」
「早苗から電話よ」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまったけど沙耶さんはニコニコとしながら私に受話器を渡す。
恐る恐る受け取り私は耳に当てる。
「……もしもし」
『元気にしてる?』
「普通名前を名乗らな
……ま、そこそこ」
『本当に?』
子供である私に対して呆れるぐらいの放任主義らしくないお母さんの言葉に首を傾げる。
母 柊早苗は娘よりも病弱な夫の方が大事だといい放つ人だ。
産まれた時から二人の時間を大切にしているお母さんを見ているから特に不満はなくどちらかと言うとほっといてくれた方が私的にありがたい。
そんなお母さんが私を気にするなんて滅多にないけど一応は母親だったようだ。
私は苦笑しながら言う。
「平気
皆さん優しいし」
『そう?
何かあったらいいなさいよ』
「わかってるよ」
『本当に?』
『早苗さん
一人で音葉と話しすぎだよ』
少し拗ねた口調と共にお父さんの声が聞こえてくる。
お母さんが『あ!真也くん!』と怒っている風に話しているのを聞くとどうやらお父さんがお母さんから受話器を取り上げたらしい。
160㎝と185㎝では受話器を取り返せないのか受話器の向こうからドンドンと跳び跳ねる音が聞こえてくる。
『音葉、元気?』
「そこそこ
私よりもお父さんはどうなの?」
『んーそこそこかな?』
「確実に私のそこそこと規模が違うね」
思わずツッコむとお父さんは笑いその向こう側ではお母さんがまだ拗ねたように呻いているのが聞こえる。
一通り笑って満足したのかお父さんは少し真剣な声音で話す。
『音葉
君は僕と早苗さんの唯一の娘なんだ』
「そうじゃないと困るよ……?」
『だからね……
寂しくなったらいつでもおいで
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもここから通っていいって言っているからね?』
「……」
お父さんの言葉があまりにも意外過ぎて私は絶句してしまった。
今まで娘を置いて旅行を行っていた人物の言葉だとは思えないからだ。
だけどよくよく考えればここまで長い間両親と離れたことはない。
いつもは一泊で帰ってくる。
「……嬉しい申し出だけど大丈夫」
『そう?』
「うん、お父さんも早く元気になってね?」
『当然
音葉の成人式は見たいからね』
『ちょっと!
真也くん話しすぎ!!』
『そろそろ、早苗さんが駄々こねだしたからきるね』
「うん
お母さんも元気でね」
『音葉!何かあったら電話しなさいよ!?』
少し叫び声に近いお母さんの声を最後に電話は途絶えてしまった。
私はしばらく苦笑してから受話器を戻し部屋に戻る。
先程まで沈んでいた気持ちが浮上しているのが私にはわかったのだった。




