第三幕:補欠入試の後で二人目が変身しました、なう
今、俺は両親の私室にいる。
あの騒動の後、宮殿に連れ戻された俺は黙って抜け出したことを両親に叱られた。
ただ、俺に対しては二人とも優しく諭すような叱り方だったが。
そういえば……。
「俺、地球にいる間は何回か健康診断を受けたし、大怪我した時もレントゲン写真撮られたんだけど、改造人間ならその時にバレる筈なんじゃ」
「お前を戦闘形態に変えるための機能はな、改造人間であることを隠してくれる。つまり、改造人間だと気づかれそうな事態が発生すると変身機能が限定的に作用して擬態してくれるのだよ。血だって採血時には濾過して普通の人間のそれにしてくれるぞ。ちなみに体調を崩して傷病者に見せかけるオート仮病機能も兼ねている」
なるほど。
隠蔽工作してくれたってわけか。
道理で改造人間のくせに一か月近くも入院する羽目になったわけだ。
「後、お前が大怪我した件だが、エルザから聞いた限りアレは即死物だったそうだ」
「そういえば、病院でも奇跡って言われたっけ。入院やら退院後の事情聴取やらで入試どころじゃなくなったんだ。あの事故のせいで」
「アレは事故というより事件と言った方がいいのではないか?」
少し渋い顔をしながら父さんがツッコミを入れてきた。
まあ、あの規模だと確かに事件と言った方がいいかもしれないけど。
「エルザからこっちにも学校はあるって聞いたから、一年は浪人して勉強した方がいいのかな? 入学式をいつやるかは日本と同じだし」
「その心配はないわ。今年は定員割れがあったからギリギリまで補欠入試を受け付けているところがあるの」
今年一年は浪人だと思っていた矢先、母さんが口を開いた。
どうも父さんも知っていたらしく、驚いていない。
どこの学校なんだろうか?
「で、どこが募集してるの?」
「この帝都内にあるマーブルドラグーン学院よ」
「帝国初の私立学校法人か…。構成は幼年部、初等部、中等部、高等部、大学に大学院、別個に短大と専門学校も所有、ねぇ」
「偏差値自体は最高とはいきませんが、その校風と環境、充実した設備から国外でも高い評価を受けています」
ここは俺にあてがわれた自室。
趣味の品とかはこの部屋からしか入れない隠し部屋に置いてあるとエルザから聞いた。
執務やらなんやらが立て込んで仕事に戻った両親の代わりに、俺は第四皇子、つまり弟であるシャハルからマーブルドラグーン学院について教えてもらっている。
第一皇子のラズワード兄さんに第二皇子のソラキ兄さん、第一皇女のリーリオ姉さんも仕事で忙しいので、必然的にシャハルに説明役が回ってしまったのだ(名前は両親に教えてもらった)。
兄の欲目入りで言わせてもらうなら、シャハルは中々手際がいいし、説明も丁寧ときている。
入学希望者用のパンフレットまで用意してくれているのは本当に有り難い。
「シャハルもそこに通ってるの?」
「はい。今度から中等部の一年生です。主観ですけど、いいところですよ! 入学すればソウイチ兄様も気に入るはずです!」
「期待させてもらうね。でも、まずは入試に合格しないと。そういえば、アカルカとモエは?」
「二人とも部屋で待機させてます。流石にまだ初等部の二人は説明役には不向きですから」
それもそうか。
というか、アカルカとモエを趣味用の部屋に入れるのはもう少し先になりそうだ。
シャハルは大丈夫だろうけど。
「にしても、俺だけじゃなくてソラキ兄さんやモエも日本語由来の名前なんだな」
「? ソラキ兄様の名前は地球のとある国の神話に出てくる、『イカロス』にちなんでいて、イカロスのアルファベットのアナグラムなんですよ。それ以外にも僕たちの名前は地球にある複数の言語が由来だと父様から聞きました。ちなみにモエはハワイ語で『夢』だそうです」
「ギリシャ神話とハワイ由来だったのか。それにしたって不思議な話だよな。わざわざ地球にちなんだ名前で揃えてるんだから」
「父様と母様は昔から時々二人で地球にお忍びで旅行していたそうです。その影響でしょうね。ただ、アメリカへ行くことは周りから止められていたとか」
「何で?」
「僕も気になって宰相に聞いたことがあります。『ハリケーン』という災害に遭遇したら喜び勇んで間近に接近するのが目に見えていたから、と言われました」
あの時の父さんのノリを考えるとあり得るって思えちゃうのが怖いな。
次の日、マーブルドラグーン学院高等部の職員室。
俺は補欠入試の真っただ中(とはいっても最後の科目だけど)。
リーリオ姉さんの使い古しの参考書を手に一夜漬けで勉強したおかげか、微妙にはかどった。
職員室では、俺を含め六人が補欠入試を受けている。
いかにもな日本人が二人、残りの三人は混血なのか複数の人種の特徴が出ているな。
「試験中はあまり周りをジロジロ見ない方がいいよ。誤解を招くし、何より他の入試者をチラチラ見るのは失礼だからね」
「あ、はい……」
監視係の教員に注意されてしまった。
まあ、常識的な行動だよね。
それから更に数分後、補欠入試が終わった。
終わった直後に監視係以外の職員が採点を始める。
そんなに定員割れが嫌なのかな?
「ねえ」
「……何?」
他の受験生の内、金髪で細目の男に話しかけられた。
「君、ザビーネッツ人?」
「昨日まで地球の日本にいたけどな。そういうお前は?」
「アメリカ生まれの日本育ち。親が日本好きで、小さいころの日本に来てから僕もこの間まで日本にいたんだ」
「日本じゃエトランゼだった者同士ってことか。俺はソウイチ・アンベルテュール。日本じゃ阿武壮一名義だったけど」
「僕はここでもエトランゼだけどね。あ、僕はオーガスト・クレイトン。分かりづらいと思うけど母方が華人だから、その遺伝で細目なんだ」
きっと早い段階で友達が欲しかったのだろうか?
聞きもしないのに出生とかを話してくれた。
……まあ、秀児と次元をまたいで離れたから気持ちは分かるが。
「そういえばオーガストは何でこっちで補欠入試受けたん?」
「向こうで事件起しちゃってね。ここだから言えるけど、子供使って当たりや屋ってた奴をコンクリートブロックで殴って意識不明の重体にしちゃったんだ。ほとぼり冷めるまで僕だけでもアメリカに戻ろうかって話になった時に、両親の知り合いがいきなり現れて、その人に言われるがままにここに来ちゃったってわけ」
なるほどなー。
人懐っこい顔して結構な武闘派だな。
「俺も向こうじゃ相当無茶したんだよな。里子を虐待してた夫婦を闇討ちして後遺症付きの怪我を負わせたことあったし」
「そうなんだー」
オーガストも俺が自分と似たような奴と知って安堵しているようだ。
それから十分以上は何とも血生臭い話題で盛り上がったが、突如として銀髪の女に注意されてしまった。
「先生たちが引いてるわよ。もう少しおとなしい話題にした方がいいわ」
「……うん」
オーガストが返事をしたのに合わせるように俺も頷いた。
分かってくれたからよし、と言いたげに表情が柔らかくなった女の銀髪は、どちらかというといぶし銀といった感じの色合いのような気がする。
「僕はオーガスト・クレイトン」
「俺はソウイチ・アンベルテュール。日本にいたころは阿武壮一。お前は?」
「綿引菜苗よ。さっきから私の髪が気になってるみたいだけど、この色合いは突然変異だって両親から聞いたわ」
突然変異か。
それにしてもいぶし銀ってのも中々奇麗だな。
「なんか奇麗だよな」
「ソウイチもやっぱりそう思う?」
褒められたのが素直に嬉しいのか、菜苗は結構力を入れてバシバシ俺の肩を叩いた。
結構響くけど、俺って改造人間だからノーダメージ。
「うっかり力入れちゃったけど、大丈夫?」
「ノーダメージ。俺、改造人間だから」
「「ソウイチも!?」」
? なんでオーガストまでビックリしてんのよ。
あ、もしかして……。
「二人も改造人間?」
二人の答えはあまりにも予想通りだった。
「そうなの! 昔から変に力が強かったから親を問いただしたらやっと教えてくれたの!」
「僕も。なんか家族旅行中に何処かの偉い人の子供を狙ったテロの巻き添えで」
「私の時と同じじゃない!」
巻き添えで、ねぇ……。
まさかとは思うけどさぁ。
「二人とも、時間かかってもいいから親にどこの国で大怪我したか聞いてくれないか? ちょっと気になったから」
「それぐらいならいいけど」
「私も問題ないわ」
そして採点が終わり、今日補欠入試を受けた俺達六人全員が合格と相成った。
それからすぐに制服の採寸。
採寸が終わった順に帰れるので、真っ先に採寸を終えた俺はそのまま敷地内を歩いて正門へと向かっていた。
その途中で昨日ぶっ飛ばした連中の仲間と思しき集団に囲まれたが。
「またか……。着甲!」
遠慮なしに変身。
ぶっ飛ばすとするか。
そう思っていたら俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、菜苗がいた。
「菜苗!?」
「その恰好どうしたの!? それ以前にこいつら誰?」
「敵だ! 戦えるなら手伝って。無理なら非難して。ちなみにこの姿は変身機能の産物。もしも俺と一緒に改造された人なら、菜苗にも変身機能解禁のお知らせが視界に入るはずだ!」
敵をぶっ飛ばしながら菜苗に適当な説明をする。
戦闘中だから詳細な説明は無理。
敵の攻撃をあしらいながら、菜苗は俺が言ったことにハッとなって牽制のようにポーズを決めて何かを叫んだ。
「着甲!」
菜苗が俺と同じ掛け声で変身。
なんというか、闘牛士の格好ぽい衣装の鎧を着て、角のついた帽子被って仮面をつけているだけにしか見えない。
髪もめちゃくちゃ煌びやかな金髪に代わっている、というか金メッキでもしたようにテカっている。
「なんで、俺と同じ掛け声だったの?」
「いいのが思いつかなかったの」
さいですか。
こんな会話しながら戦うとかすごい舐めプな気がする。
まあ、それでも取り囲んできた連中をあっさりと全員叩きのめせてしまった。
俺たちが強すぎるのだろうか?
「こいつら何がしたかったんだろうな?」
「私に聞かれても」
それもそうだよな。
手がかりがあればいいんだけどなぁ。
夜。
宮殿の一角にある俺の部屋。
考古学者である一方、大学で考古学の講師もしているラズワード兄さんがいる。
昨日今日と襲撃してきた連中に関して心当たりがあるとかで調べ物の合間を縫ってわざわざ来てくれた。
「お前が地球に送られた経緯は、もう知っているな?」
「エルザから聞いた。ひょっとして、あいつらって民衆院の元重鎮共の子飼いだった奴ら?」
「あいつらの子飼いは内戦で既に全滅している。昨日今日とお前を襲った連中は、多分ギスカヴィル第二期本家との繋がりがあった奴らに雇われたんだろう」
「ギスカヴィル第二期本家?」
何だそりゃ?
そう思っていたらラズワード兄さんが説明してくれた。
「帝国の名門貴族の一つ、ギスカヴィル家の最初の本家の血筋が途絶えた時に、分家の中で最も権力を持っていた男が強引に本家当主の座に就いた。ところがその男が家督を実施の誰かに継がせようと思った矢先、時期的には内戦中に全員死亡し、別の分家が本家を引き継ぐことになった。だから第二期だ」
「今のギスカヴィル家の本家は第三期か……。にしてもなんで第二期本家は全滅したん?」
ウルトラマンや仮面ライダーじゃあるまいし。
しかし、全滅とは穏やかじゃないね。
これに関してもラズワード兄さんはきちんと説明してくれた。
「本家当主夫妻は惨殺。帝都にある屋敷を離れてて難を逃れた子女も、内戦が起きる前に事故死した一名を除いて内戦中の混乱の最中に皆殺しにされた」
「なんとまあ。何か恨みでも買っていたとしか思えないね」
何とも血生臭い話になってきた。
「実際に方々から恨みを買っていたからな。先に事故死した一名だけはまともな奴だったが。問題は第二期本家の連中がなぜ殺されたかだ」
「何かマズイ真似でもしたとか?」
相当ヤバい真似でもしないとそんな目には遭わないだろうに。
逆に言えば、そうなって当然のことをしたってわけだけど。
「お前が改造人間になるきっかけとなった事件、アレやそれまでに起きた暗殺未遂事件に関して正体を隠しつつ一家総出であの老害どもに協力していたのが発覚したのさ。だから親父の勅命で軍の特殊部隊が始末したってわけ」
「そういうことか……。でも何でそんな馬鹿な真似を」
真性の大馬鹿だな。
なんて言えばいいのか。
「生まれた時から皇太子になるのが確定していたお前が邪魔だったからだ。息子の内の誰かをリーリオの婿にして、皇位に興味がない俺たちや、継承権を放棄したリーリオに代わって皇位をその手にと思ってた矢先にお前が生まれたもんだから焦ったのさ」
「その結果が大量殺人か。裁判無しで殺したくもなるわな」
むしろ裁判無しで殺すように特殊部隊に命令した父さんに感謝したい。
実際、ラズワード兄さんも同意見なのか力強く首を縦に振ってるし。
「そういうクズ集団だったが、子飼いになって得をしてた連中も多くてな。一部は裏社会に逃げ込んで組織化しやがった」
「昨日今日と襲い掛かってきた奴らの上がそいつらってわけね」
「分かってくれて何より」
「殺していいの?」
なんかもう殺したい。
というか殺さないといけない気がする。
「正当防衛どうこう以前に第一級駆除指定されてるからな。道を歩いてる時にさしても誰も文句は言わない」
「情報提供、ありがとう」
ギスカヴィル第二期本家の亡霊か……。
上等。
全員殺す!
とりあえず、最初の敵の名前を出せた。
作品を通しての敵って訳ではないのでそこまで長持ちしないですけど。