After School in the Dormitory3
真刃は僕のせいで、全ての感情を失った。
事は一年前。貴矢と真刃が王河高校に来る前に通っていた、聖玉(せいぎょく)高校での話。
貴矢は悪質なイジメにあっていた。理由など不明だが、人を苛める事に大した理由などない。そのイジメが徐々にエスカレートしだしたある日、当時このクラスの委員長だったこ黒髪の長い、美しい少女がイジメっ子たちに怒りを表した。
あなたたち貴矢君がどんな思いをしてるか分かっているの!? まあ分かってないっていうなら、死んだ方が人類のためにいいわね。でも今すぐ死ねとは言わないわ。一週間後までに反省文と貴矢君に土下座なさい。それが嫌なら、死になさい! と。
この毒舌の持ち主こそ貴矢が初めて恋をした女の子、真刃だった。この頃の真刃はクラスでも頼れる存在として一目置かれていた。本来ならば日蔭で暮らす貴矢とは無縁の存在だった彼女だが、この件により二人は知りあい、話をする仲になる。それから一週間、真刃のおかげでイジメが綺麗に無くなった貴矢と真刃は、互いに距離を縮めていったが。
宣告された一週間後。
貴矢をイジメていた男たちは全員、死んだ。全員が首を吊って、事切れた。
誰もが真刃のせいではない、と言ったが彼女は心に深いキズを負った。自分がクラスメートを死においやったという自責の念。貴矢も精一杯声を懸けたが、真刃は思いつめ精神的不安定になり、そして。
学校の屋上から、飛び降りた。
なんとか一命は取り留めたものの、還ってきた真刃は別人のようだった。笑わない、悲しまない、感じない。まるで人型のロボットのように。全ての感情を、失った。貴矢を救った、代償に。
そののち貴矢はある先輩に、王の力について教授してもらう。また彼が好きになった少女こそ、この学校の王だったという事も。彼女は王ゆえに死ねなかった。王の力、感情を犠牲にし、自身の王の力に生かされた。その真刃の感情を全て取り戻すため、貴矢と先輩は聖玉高校に存在するもう一人の王と戦うのだが……これはまた別の話である。
時は戻り、貴矢の自室のベットにて。今だ彼は好きな女の子に跨ったままである。状況はコミカルでも、話す内容はシリアスであった。
「僕を救う、か。……真刃……僕は君のためならどんなものも、捨てる覚悟がある。たとえそれが大事な友達でも、先輩でも。それに、僕の感情でも」
言いながら真刃から目を逸らす。彼女は絶対に表情を変えない。いや、変えられない。だけどそれだって、何も感じてないわけじゃない。二人で長くいる分、僕には余計にそれが感じられる。だから真刃の顔を見ることが、できない。
「あっそう」
からの頬に平手うち。
「ぎゃっ!」
「あんたが何を捨てようが、私に関係無いわ。その捨てたモノすべて、私が拾うから」
「え……」
叩れた右頬をおさえつつ、呆然と真刃を見つめる。
「だから、あんたは安心して、捨てなさい」
「……」
あの真刃がこんなこと、言うなんて…… 変なもの食べたのだろうか……
「失礼なこと、考えてないかしら?」
「う、いやぁ」
さっきとは別の意味で目をそらす。
真刃は平手打ちの時に離した手で、再び貴矢の腕を掴む。
しかし今度は、痛くなかった。
「本当の私を知るのは、あなただけなの。そしてあなたの無くした感情<怒り>を覚えているのも、私だけ。私たちはもう離れられないの。分かってるでしょ?」
貴矢も相手の目を、真っ直ぐに見つめかえし、言う。
「……ああ、真刃。そのために絶対僕は……」
僕たちは、王を狩る。偽りの王座から引きずり落とす。
ここで、彼は肝心なことを忘れていた。これからの王捜しに関わるほど、大事なことを。
「よっすぅ、貴矢! 今から霞と買い物行くんだけど何か買って、来て、ほしい……モノ……」
今自分の状況と、部屋の鍵を閉め忘れていたのを………!
思い切り扉をあけた人、綴と目がばっちりと合う。
「あ……お、おじゃましましたーーーーーーー!!!!」
言うが早いが、彼はすごい勢いで扉を閉め全速力でいなくなる。
「ままま、待てっ!」
貴矢の叫びが空しく部屋に響く。綴を追いたいが、真刃の握力には敵わない。
「お、終わった………」
「あら、今のが友達一号? っていうかあなた、部屋の鍵閉めなかったの?」
今の貴矢に、真刃の軽口に応える余裕はない。冷や汗を全身にかきながら、明日起こりうる状況を頭の中で展開する。
まず綴は口が軽い。明日にはクラス中がこの出来事を知るだろう。忘れがちだが、真刃は美少女でクラスの男子に密かに人気。つまり男子の嫉妬をかう。また女子に知られたら、貴矢は女子を襲う獣、というレッテルを張られるのは想像に難くない。つまり誰も情報を教えてくれないどころか、クラス中から総シカト!?
「う、嘘……?」
「まあ、別にいいじゃない。ちゃんと私がさっきの子に否定しておくから。別にやましい事は何もしてないわよ、って。そんなことより明日からの王捜し、気合いれてよね」
もしかしたら友達三人を無くすかもしれない僕にとっては、そんなことではないのだが。
「ううう……頼んだぞ、真刃。何とかして僕をクラスのみんなに……!」
「はいはい。分かったから、まずどいて」
言われて貴矢はまだ自分が、真刃を押し倒したまま(実際は引っ張りこまれた)だったと気づく。
「あ、ごめん」
慌ててどいた。今更ではあるが、真刃からはシャンプーか何かのいい香りがする。変に意識してしまい頬が赤みを帯びた。決して平手打ちのせいではない、と思う。
真刃はひらりと立ち上がる。
「じゃ、私帰るわ」
それだけ言って部屋から出ていった。
誰かに見られてないだろうか、と若干の不安はあったが、それも今更すぎる。もう見られたしな。
静かになったおかげで貴矢の脳も落ち着きを取り戻した。
……王。この学校の王はどんな奴なんだろうか?
二件の傷害事件、王は平和な奴じゃないことだけは分かってる。何せ人に暴力を振るわせ、自分は素知らぬふりなんてしてる奴が、まともな神経をしているとは思えない。
だからこそ、早く止めないと。真刃のために、それに王自身のために。
僕は、自分に言い聞かせるように、呟く。
「絶対真刃の感情を取り戻す…… たとえ僕の感情が全部なくなっても」
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