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第一部 怒りを亡くした者たちの賛歌

 結局、貴矢は魔女からの提案を思案に思案を重ねた結果オーケイを出した。確かに徒労に終わるかもしれないが、終わらないかもしれない。何も知らない彼は、確信をもって賭ける事は出来ない。魔女と違って、こちとら一般ピープルである。真刃にゆっくり頷くと、彼女も同じ仕草で返す。二人とも、腹は決まった。

「……分かった。名簿をもってくればいいんだな」

「んん! そうです。引き受けてくれますか!」

「うん。でも僕たちがテイクした分だけ、君からもギブを貰うよ」

「んん。当然ですよ、四十万貴矢さん。わたし、こう見えて義理堅いですから!」

 欠片も信用出来ない。なるべく不信感を顔に出さないようにしながら、貴矢は続けて言う。

「じゃあ、今から持ってこればいいのか?」

「ん、あ。取りに行くのは明日の方がいいです。明日の朝に委員長会があるはずですから、多分一日その部屋開いてますよ」 

「……そうか」

 もう何も言うまい。何故委員長会の日程まで知っている、と聞いてもはぐらかされるだけだろう。もう要件は済んだので、こんな不快な所からは退散しよう。

「なら、僕らは帰る。もう下校時間はとっくにすぎてるからな」

 言いつつ出入り口に向かって歩き始めた。後ろの真刃も静かに付いてくる。

「んん? 四十万貴矢さん。ちょっと待って下さいよ。もう、終わりですか? まだ聞きたい事、あるでしょう? そう例えば……宮犠連慈(みやぎれんじ)先輩の事とか?」

「!!」

 思わず立ち止まってしまった貴矢の背中に後ろの彼女がぶつかる。真刃の不平を聞く前に貴矢は風前燈に向き直る。彼のとっては、聞き捨てならない人名であった。宮犠連慈。前の学校で、王覇の欠片について教えてくれた、張本人。

「何で、その人を……知ってるんだ……」

 先ほど自分で魔女に何故を聞いても意味無い、といったばかりだが動揺が抑えきれず声が漏れる。出来るのなら、思い出したくもない先輩。僕の感情を、間接的とはいえ廃棄した男。

「んんー! いいですね、食いついて来ましたね。さぁ四十万貴矢さん。もっと深く、心底、深淵まで語りあいましょう! 怒りを亡くした者同士、気兼ねなく!」

「———っ! まさか、お前も……!」

 立て続けに新事実が晒され、完全に脳がパニックになる。何故先輩のことを、いや、何故僕が怒りを亡くしたことを、いや、それ以上に亡くした者同士って……!?

 その時、貴矢は後ろから制服を引っ張られ、一時的に意識がそちらに向く。

「……!?」

 振り向くと、目の前には綺麗な女の子の顔が。微妙にデジャヴを感じつつ、真刃を見ると、

「……貴矢、落ち着いて」

 真摯な顔で、魔女の薄ら笑いとは対極の表情で貴矢を見つめる真刃のおかげで、自然と心も静まった。

「私はその先輩とやらを知らない。でもあなたにとっては重要なことなんでしょ? 魔女と話たいなら止めないから、さっさと済ませちゃいなさい!」

 バシッと背中を叩かれる。痛い。でも、気合が入る!

「……ああ!」

 目線を後ろの真刃から、ベットの上に座る魔女、風前燈に戻す。

「じゃ、私は行くけど頑張んなさいよ」

 もう一度背中を叩いて、真刃は保健室から出ていった。此処には四十万貴矢と風前燈の、王覇の欠片使用者のみ。

「んんー! いいですね。じゃあ始めます? わたしが何で宮犠連慈先輩を知ってるか、より先に。王覇の欠片を使える者が二人もいたら、やることは決まってますよね?」

 満面の笑みを浮かべて立ち上がる魔女。歓喜に拳が震えている。その拳を振り上げ叫ぶ。

「ああっ! やっと戦えますね! 四十万貴矢さん。わたし王覇同士で闘いたくて、闘いたくて…… 解ります、この気持?」

「悪いけど、僕に戦う気は無いし、その気持も分からない」

 対してこちらは冷静に対処する。魔女のバトル申込みには驚いたが顔に出さない。魔女のペースに乗せられたくないし、なにより無駄な争いはしたくない。こちとら残りの感情は喜、哀、楽の三つ。亡くしたら一生戻ってこない、大切なモノなんだ。

 喜びに溢れていた少女は急激にテンションを落とし、拳を降ろし、肩を下ろした。

「んんー。折角面白犯しく殺し合えると思ったんですけどねー。ま、殺し合いたくないなら、潔く死んで下さい」

「ちょっと待て。お前は矛盾の権化か? さっきの名簿の話はどうなる? 僕を殺したら得られなくなるぞ」

「んん! そーですね。でも今から始まる楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい殺し合いに比べたら、些細なことですよ」

 この魔性は、本気で言っている。今この場では、本気で。恐らく次の瞬間もっと面白い事が起きたら、殺し合いすら本気でなくなる。今を生きる、魔女。今以外生きられない、少女。

「さぁさぁさぁさぁさぁさぁ。殺し合いが終わったら、全部話て上げますよ。勿論王の正体以外の事全てですけどね」

「……僕がお前を殺したら、どうする?」

「んん! そん時はそん時で!」

 やはり此奴は、違う。ここまで無邪気に、無計画に、無形に人はなれない。自暴自棄という言葉も違う。これは……悪魔。

「行きますよ!! わたしは『楽』を犠牲に———!」

 魔女の講演、第一幕。これにて幕落ち。


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