The Witch in Hospital
翌朝、通常通りの時間に起床した貴矢は普段通り学校へ向かう。それは友達が事件に合ったからといって揺るがない。別段ルーチンワーク至上主義ではないが、学校へ行かなくては事件の解決はないし、例の魔女の存在も不明なままだ。
昨日の放課後枢が置いて行った紙切れを見て、実際に保健室に行ったが誰もいなかった。結局『保健室の魔女』とは何者か。噂好きの綴ならば何か知っているかな。そんな淡い期待を抱いて登校した。
教室に入った彼は見事に肩透かしをくらう。中には綴はおろか、猛さえいなかった。いつもなら二人とも貴矢より朝が早い。ということはいつもにはない、何かが起きたのか。そこまで思考を張り巡らせて、呆気なく結論まで辿り着く。綴は恐らく霞のお見舞い、猛は事件か王覇について調べているのだろう。勿論貴矢も絵画友達を心配する気持はあるのだが、如何せん彼が持つのは気持だけであった。貴矢はこの後に及んでも、霞に会いに行っていない。好きな女の子以外に対する彼の想いは、所詮その程度である。
「さて……」
噂話の権化もいなければ他に聞けそうな友達もいないので、とりあえず真刃に聞いてみる。元より期待はしていないが、何となく会話がしたかった。
「『保健室の魔女』? そんな胡散臭いの、知らない」
貴矢の質問を、彼女はクールに切り捨てた。言い放ったあとはまた読書を再開する。
「……そ、そうか。ありがと、真刃……」
まさかあの声デカ少女にも同じ対応をしているのではと不安になる態度だ。まあ、薔なら気にせずマシンガントークを続けるのかもしれないが。しかし貴矢にそんな根性はない。すごすご自分の席まで戻り、二人の親友が来るのをじっと待った。結局、猛が来たのは予鈴ギリギリ(そのせいで今日は薔の叫びを止めるモノがいなかった)、綴は来なかった。カノジョの容体が芳しくないのだろうか。心配には思う。でも、思うだけ。貴矢の想いは、決して重くなかった。
一限目と二限目の間の休み時間、ようやく綴は登校してきた。真っ先に猛の元へ行き、何か話た後貴矢の所へやってきた。
「よ、貴矢」
その顔は少しやつれている。殆ど寝ずに看病していたのか。綴の声だけはいつもの軽い調子であるが、張りがない。
「つ、綴。大丈夫?」
「ああ、オレはな。時間もねえから要件だけ言うぜ。霞は一応目覚めた。けど今んとこ授業とか受けれる状態じゃない。そんで学校から一旦帰宅命令が出されたんだ。でもアイツん家、遠いからさ。オレが送って行ってやることにした。そーゆうわけで、オレこれから二、三日休みます。ヨロシク」
一息に言われたが、なんとか理解する。そーか、やっぱり霞は精神的にやられてるのか。少しの間でも綴がいないのは寂しいけれど、こればかりは仕方ない。
「うん、分かったよ。綴も気をつけてね」
「おお、じゃオレ行くわ。またな」
じゃあねと手を振りかけたその時、綴に聞きたい事があったのを運良く思い出した。
「はぁ? 何だ、何が聞きたい? 噂系統なら何でも知ってるぜ?」
訝しげにしながらも、頼りになる事を言ってくれる情報通。あまり引き留めても悪いのでそそくさと尋ねる。
「あのさ、綴。『保健室の魔女』って」
知ってる、とまでは言えなかった。言う前に、目の前の男に胸倉を掴まれたからである。突然の綴の奇行に目を白黒させる貴矢に対し、彼は顔を近づけ声を低くして言った。
「その話、猛の前では絶対にするなよ」
「え? 猛?」
「ああ、ちょっと廊下来い」
言うが早いが手を離してさっさと教室を出る。彼の豹変ぶりには驚いたが、ここで猛の名前が出てくるとは予想外だった。魔女と委員長は並々ならぬ関係があるのだろうか。貴矢も急いで廊下に出る。もうすぐで休憩時間が終わるので、廊下にいる人は数える程だ。少し教室から離れた廊下の隅で、再び彼は語りだす。
「んん…… お前が何で魔女の事を知ったのかが一番知りてぇ所だが、まあその話は置いておくか。いいか、貴矢。クラス内で魔女の話はするなよ? これはA組の禁忌だ」
すでに教室内で真刃と話てしまったが、話の腰を折りたくないので黙っておく。
「魔女はなぁ、元々A組の奴で不登校だったんだよ」
「え? でも僕たちのクラスは机が余ったりしてないよ?」
自分のクラスに不登校がいるなんて話は今まで一度の聞いた事がない。というか、今言った通り持ち主のない机はないはずだが……
「ああ、そりゃねえだろ。猛が処分しちまったからな」
「……は?」
処分? 机を、棄てたのか? 流石にそれはやりすぎ感が半端じゃないが———
「直接魔女にきいたんだとさ。そしたら捨てていい、って言われたから捨てたって。猛も委員長だからさ、不登校が自分のクラスにいるの許せなくて。色々魔女と話をしたらしいんだが、一向に応える気配がなかった。そんなこんなで委員長と魔女は因縁があんだよ。悪い、嫌な因縁がな。だから猛には喋るなよ。あいつ本気で怒るから」
「……ふぅーん。有り難う、わざわざ教えてくれて」
やはり持つべきものは友達である。つまり保健室の、というのは教室に来ず保健室に入り浸っている典型的な不登校だからであろう。だが、気になるのが———
「———何で魔女なの?」
である。魔女というからには女性であるのは間違いないが、魔扱いされる理由が今の話では無い。
「ん、それはなぁ……」
らしくなく綴の顔が渋る。まるで言うのを躊躇っているより、ただ言いたくない様子だ。
「んーっと……」
綴が悩んでいる内に、授業開始の予鈴が鳴る。廊下に出ていた幾人の生徒も急いで教室に戻って行く。
「おお、やべえ。あーっもういいや! 魔女はな、何でも知ってるんだよ!」
「……ん?」
早口でまくし立てられ、内容が分からなかった訳ではない。純粋に言葉聞き取れたが、その意味が分からなかった。何でも知ってる? 保健室にいるくせに?
「つ、綴———」
引き留めようとたが、彼はもう小走りで行ってしまった。廊下の角を曲がって綴の姿が完全に見えなくなった所で、ひょっこり頭だけが出てきて、
「貴矢。魔女は保健室にいるか、欠席してるかだ。会いたいなら保健室に通うしかないぜ。じゃあな」
言いたいことだけ言って走り去って行った。貴矢も慌てて教室に入る。当然授業は頭に入ってこない。 魔女……何でも知ってる? そんな馬鹿な。何でも知ってるのなんて、精々あの先輩くらいだろ……?