OUTBREAK -貴公子君臨ー
昼休みが終わり、何の気もなしに過ぎていく午後の授業。結局猛は食堂から教室に戻るまで、一言も発しなかった。貴矢の話を吟味しているのか、彼が最後の質問に答えなかった理由を思案しているのかは、分からない。気まずい雰囲気のまま席に着き、そのまま授業を聞き流している。貴矢にとっては、猛が味方に付こうが付こまいが対して変わらない。王を見つける最終目標は、猛によっては左右されない。唯、味方に付けば他のクラスの委員長とのコネクトがしやすくなる。その程度である。
しかし。これは貴矢が割り切れた場合、である。猛を切って、自力で事件解決を目指せるのならば。委員長など必要ない。だが貴矢は、そう思うには少々仲を深め過ぎていた。出来ることならば、猛に信じてもらい、共に王を捜し出したい。とも、思っていた。友だけに、共に。
今の貴矢は自分の心理に、気づけていない。無意識のうちにどれだけ猛を信用しているか、気づいていなかった。
そんなこんなで放課後。一分一秒を大切にするべき人間の貴重な時間をそんなこんな、で表して良いのかは甚だ疑問だが、昼からの授業。貴矢は色々考えた挙句睡眠タイムへと直行していったので、逆に語るに落ちる、といった処だが。これでは何所ぞの声でか少女と何も変わらない。
面倒な掃除も終え、貴矢が帰宅しようか事件について調査しようか、と考えていた矢先。
それは来た。
真刃は薔に連れられ、綴はまだ目を覚まさない霞のもとへ、猛は何も言わず一人で。其々が帰っていき、教室には貴矢しかいない。それはこの時を狙ってきたかのように。
教室のドアを開け、そこにもたれかかっていた。
「やぁ、君がタカヤくん、かい? 当然ボクをご存じだとは思うけれど、初めまして。ボクはB組の枢(かなめ)だ」
「……」
一瞬自分が話掛けられたとは思えなかった。スタイリッシュにもたれかかる彼の喋り方は、さながら自白。自白より独白。いやいっそ独り言と呼んだ方が適切な抑揚であった。
鞄に教科書類を仕舞う手を止め、貴矢は音源を視界に入れる。校則違反と真っ向から対峙する金髪。背が百八十センチくらいあり、全体的に外国人を匂わせる風格。B組の枢。一言で言い表すならば。女子にもてそう。
「ん? どうしたタカヤくん。まさか君は一か月前に転校してきた、四十万(しじま)貴矢くんではないのかい?」
「えっ……!?」
何故——苗字を知っている!? 王河高校のシステム上誰も苗字は知らないはずである。何でもこの学校は寮制であるが故、ホームシックにかかる生徒が少なくないという。故に自らの苗字を名乗らない、皆名前で呼び合えば親しさがまして、学校にいるのが楽しくなる。方針らしい。その制度のおかげで苗字を知っているのは教室陣のみとなっているはずだ。
貴矢にとっては例え帰属意識を薄れさせた処で、親から貰った名が残る以上、それ程意味はないと感じている。が、今はそれどころではなく———
「なんで、僕の苗字を……?」
に尽きる。動揺する貴矢の顔を嬉しそうにじっくり眺め、枢はさわやかに答える。
「さぁ、ね」
言いつつ、入口から教壇へ移動する。まだ自分の席から一歩も動いていない貴矢とは、先生と生徒の図になっている。
「いやぁ、突然押しかけてきて悪かったね。四十万貴矢くん。ボクはキミに聞きたい事があったんだ。そのためにわざわざ、レディたちのお誘いをお断りしてきたからね」
「……ああ、そうなんだ……」
『聞きたい事があった』、つまりもう聞きたい事は終わった、という意味か? 僕が四十万貴矢かどうかを聞くためだけに動くような男には見えないが。つまりは言葉の亜矢でまだ聞きたい事は残っていると考えた方が利口か。しかしこちとら初対面の、しかもイケメンと話すような話題は持ち合わせがないのだが……
「キミさぁ、今日食堂で面白い話」
してたよねぇ。
枢の舐めるよな視線を真っ向から受けながら、貴矢はシンパシーを送る。
———猛。森の中でも、木隠せてなかったよ……