Opening1
楽しい、はず、なんだ。今日から新しい学校での生活。
新しい教室、先生、友達。どうだ、心弾むだろう…。
んんん、なんでかな。全く心が躍らない。
教室の扉の中から聞こえてくる喧噪。嬉しそうな生徒の声。
うん、楽しくないけど、悪くない。
ちらりと隣の少女をみると、うっすら笑っているような。
彼女に僕は声をかける。
「また、始まるな。僕等の楽しい学校生活が」
「みんな自分の席に戻って。今日は嬉しいお知らせがあるわよー!」
朝のホームルームで担任教師の声が響く。全員が静かに席に着く、ことはなく、当然のようにクラス中でお知らせの内容の推理が始まる。
えー何だろ、センセー結婚したんじゃね、転校生だよきっと。
「ほら、静かに、静かに! まず席に戻りなさい。」
教師の声に今度は皆、素直に従う。全員が席に着いたのを見て再び話し始める。
「じゃあ、話すわよ。……なんと今日このクラスに新しい仲間が、二人も増えます!」
おおおおお、生徒たちから歓声が鳴る。そしてまた、意味のない憶測が飛び交う。
男、女? えー二人とも男? いやいや二人とも女だよ…。
「まだなんも言ってねーだろうが……」
頬杖をつきながら、猛(たけ)は溜息をつく。
「お、何かいったかぁ?」
今の独り言を聞きつけたのか、隣の席の男、綴(つづる)が話かけてくる。
「いや、別になにも。さっさとこの騒ぎが終わればいいのに、ってな」
「まったく、お前はつれないねぇ。つまんねえ毎日なんだよ。たまにはみんなではしゃぐのもいいじゃねえか」
「……」
俺は嫌だ。みんなで一緒に、という言葉には嫌悪さえおぼえる。まあ綴は中学からの付き合いだし、からかっているのは分かるのだが、
「一発、殴っていいか?」
「えええ!? なんで? あ、ごめんなさい、悪かった! まずはその手に握られた、刃を出し入れする物をどうするか、聞いていい?」
「お前を殴るんだよ」
「いや、それおかしいっしょ、完全に刺すじゃん! あーもー俺様が悪かったから。ごめんなさい。そして、周りを見ろ」
猛は渋々カッターをポケットにしまい、言われたとおり、クラス中を見渡す。
「おいおい… まだこいつら騒いでんのか…」
猛と綴の会話はおよそ2分。その間、騒ぎ続けた、ということか。
激しい頭痛を感じる。
「どーした、頭抱えて。なんとかしねーとセンセーもお困りですよ、委員長サン?」
「……ホント面倒だな」
教師も一応静かに、と命令してはいるのだが、このテンションの上がった教室で、聞き入れる者などいなかった。
「どーする、どーする? 委員長サン?」
「うるさい。こうするに決まっているだろう」
突如、猛は大きな音を立てて立ち上がった。
一斉に猛に注目が集まる。そして、まだ少し話声が聞こえる中、言い放った。
「お前ら。黙れ」
「あ……猛君ありがとね。じゃ、静かになったところで、みんなお待ちかねの転校生の入場よ。さあ入って」
呼吸する音すら聞こえない教室に、新入生の二人が入ってくる。
先頭は少年、これといって特徴はない。まさにフツーだ。
非イケメン、略して非ケメンかよぅ、綴がつぶやくが猛は無視。彼は少年より、その後ろの少女に目を奪われていた。
この場にいる全員、皆少女の美しさに声がでない。人が嫌いな猛も例外では無かった。
「じゃあ、一人ずつ自己紹介してね」
「はーい!」
少年より先に後ろの美少女が大きな返事をする。
「えーっとお、私はぁミンナのアイドル、真刃(まさは)っていうの! みんな、これからよろしくねっ☆」
「――――的な展開を期待してたんだ、俺は」
「あのさぁ……何回めだよ、その話」
すでに転校生、貴矢と真刃が此処、私立王河高校二年A組に来て早1ヶ月。
綴は週に1度はこの話をする。いや、正しくは綴言うところの『非ケメン』こと貴矢と、実際は超不愛想美少女、真刃の転校シーンを書いた小説を、みせてくる。 転校生登場までのくだりは他にもあったのだが、毎回真刃が死んでも言わないであろうセリフで締めてくるのは飽き、というより普通にクドい。
「いや、高校生ですよ、高校生。もっとこう…なんかさぁ、青春ってものを感じたいわけよ。分かるか、貴矢君」
「青春とミンナのアイドルの関係性は、全く分からないよ…」
「バカ野郎!!」
貴矢の隣の席に座っていた綴が突然立ち上がる。
「俺たちにはなぁっ、アイドルが必要なんだよ!! 何で分からないかなぁ!?」
「……何でと言われても……」
綴は俗にいうアイドルオタクである。好きなアイドルのCDを最低3枚は買い込み、握手会も欠かさない。そしてアイドル好きを、隠さない。
対して貴矢の趣味はアイドル鑑賞ではなく、芸術鑑賞。一般人には到底理解しがたい絵を見るのが大好きで、よく芸術の教科書を読んでいる。それ故に彼の独特な価値観を共有できる生徒は数少ない。どころか、このクラスに唯一人である。
残念ながら、綴は貴矢を解る男ではなかった。
「つ、綴。まず、座ってよ。落ち着いて、これでも見て。この絵には癒しの効果が……」
「いーや、俺は止まらねえ。お前に青春とアイドルの関連性、しいては昨今のおけるアイドル事情を語りるくすまでは……絵なんて見てらんねーんだよ!」
叫びつつ、貴矢が机の上に広げた芸術のノートを思いっ切り閉じる。
あーあ、また女子にドン引きされてる……。
転校してきて、一番先に話かけてくれたのは、綴だった。それ以来よく一緒にツルんではいる。アイドル好きが無ければ、普通に綴はいいやつではあると思う。思う、けど……
「けど、もう少し体裁を気にしてくれよ……」
綴がまだなにか叫んでいるなか、ボソッとつぶやくと、
「ちょっと、絵なんてみてらんねーってどういう事よ? 絵画を馬鹿にしてんの?」
女の子の酷く感情をおし殺した声が、聞こえた。
「だからさ、貴矢。お前、この写真の価値わからんだろ? こいつはなぁ……」
彼女の声が貴矢にだけ聞こえていたのは、ある意味幸いだったかもしれない。なぜなら聞こえてない綴は地獄をみる直前まで、大好きなアイドルの話を続けられたのだから。彼は幸せ者だったのだから。
次の瞬間、綴は貴矢から見て右方向に。彼から見れば左方向に。
飛んでいった。