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どうしてこうなった

サラリーマンの 転落寺 通 は、上司の芥島に嫁を侮蔑され、復讐として完全犯罪を計画する。推理小説で描かれる常人離れしたトリックならば、完全犯罪の達成は容易であると自信ありげの転落寺。そんなこんなで、遂に犯罪実行日を迎える。


 運命の第5土曜日。


 あまり使っていないスケジュール手帳に、今日の予定だけはぎっしりと文字が書かれている。この文字達が、完全犯罪の計画そのものといっても過言ではない。

 

 時計を見てみると、午前10時を指している。


 そうか…あと7時間で、僕は犯罪者になるんだな。


 完全犯罪を起こす上で重要なのは、後に被害者になる人物のスケジュールを知っておくことだ。


 一ヶ月間の調査の結果として、あいつ…芥島あくたじまが「毎週土曜の午後5時に、街中をジョギング」することを突き止めた。


 といっても、調査をしたのは僕ではない。

 下手に尾行や観察をして、周囲の人物に目撃されれば、疑いをかけられることにもなりかねない。


 僕なりに考えて導き出された結論。それは常人の発想とは少し違うのだった。


 ある場所に向けて、電話をかける。


「すいません、浮気調査をしてくださる目黒めぐろさんでしょうか」

「いかにも。私が探偵の目黒です」



 探偵を利用することにしたのだ。


…犯罪者が探偵を利用する。

 この機転によって、割とすんなりとスケジュールを手に入れることができた。

 ちなみに、一ヶ月もの間、ありもしない浮気調査を探偵・目黒は「データを検証してみましたが、奥さんとこの方に関係はなさそうですね」と律儀にも報告をしにきてくれた。


・・

 さて、これからの計画であるが、これもまた常人離れした発想である。


 なんと、6時間くらいは普段通りごろごろするというものだ。


 これにより、嫁に「今日も普段通りの夫である」という印象付けが出来る。

 

 動き出すのは、午後4時から。いつも漫画を買いに行く時刻であり、嫁にもそう伝えている。

 無論のことだが、今日は漫画を買いに行かない。


「トーちゃん、今日のテレビ番組、全国駅伝ばっかでつまんない」

「しょうがないでしょ、毎年恒例なんだから」


 あくまで、平常時の自分を装う。

 

 ちなみにトーちゃんというのは嫁が僕を呼ぶ時の名前だ。「とおる」だかららしい。

 

 嫁は愛嬌があって、時折漏れ出す笑顔がとてもグッとくる。

 僕にとって最も大切な人と言ってもいい。

 だからこそ、それを侮蔑した芥島ゴミジマが許せないのだ。

 

・・・

 午後4時。


「それじゃあ行ってくるよ、たい焼き忘れないでね」

「ええ、分かってるわ。いってらっしゃい」


 妻には、声だけを聞かせる。手には最近買った漫画を何冊か入れた袋。

 

 午後4時25分。


「いたな」


 怨敵、芥島あくたじまは妻と子供の3人暮らし。既にマイホームを建てている。

 会社での顔を隠し、あくまで理想の旦那として振舞っているそうだ。


 がやがやと家族と談笑か。まあ、これが最後になるかもしれんがな。


 午後4時40分。


 あいつが使うジョギングコースの中盤辺りに到着。


 嫁に「今、なにしているの」とメールを送る。

 返答は「スーパー・フーゴーに向かっている途中」。


 なるほど、これで布石はできた。


…ここから、完全犯罪の準備を行う。 


・・・・

 完全犯罪に大掛かりなトリックは必要ない。

 これが、僕が様々な漫画や推理小説を読んで知った結論だ。


 要は、自分が事件の蚊帳の外であることを、主張できればいい。


 これから僕がやる下ごしらえは、ただ一つ。案内用看板の矢印の向きを逆にするだけだ。


 上述のとおり、今日は駅伝大会がある。あいつが常に利用するジョギングコースは、その影響で一部だけ通ることができなくなっている。

 そうなると、その手前にある案内用看板の指示に従って迂回するしかない。


 常に使っている道から少し外れると、全然風景が違っていたり、どこにいるか分からなくなるといったことがあると思う。

 あいつが地理に疎いのは、一緒に出張させられている僕がよく知っている。おそらく看板の指示を鵜呑みにして走っていくに違いない。



 僕は人がいないことを確認すると、袋から漫画と一緒に入れていた100円ショップで購入した、案内とは逆向きの矢印が書かれたマグネットシートを貼り付けた。

 

 ちなみに、矢印の先には人気ひとけの全くない雑木林が続いている…犯行にはもってこいだ。

 

 午後5時。

 ジョギングを開始する時刻だ。

 雑木林の影に隠れ、芥島あくたじまが来るのを待つ。


 左手には漫画の入った袋。そして右手には手に収まるサイズの石。


 漫画等では隠蔽のためにやたらと凝った凶器が登場するが、そんなものは事件扱いされなければ問題ない。

 雑木林をジョギングしていたらつまずいて頭を強打。これでおしまいだ。



・・・・・


 午後5時20分。そろそろやってくるだろうか。


 ちなみに、嫁の腕時計では今が5時である。


 この完全犯罪の最も重要なところであろう。


 20分ずれているのは、ここから嫁の向かっているであろうスーパーまでの距離がそれだけかかるからだ。嫁が昼食を作ってくれている間、こっそりずらしておいた。

 家にいれば、時間は置き時計かテレビに表示される時刻で判断するだろう。嫁は外出するときにしか腕時計をつけていかない為だ。


 買い物に向かわせるために、数日前から食料などを盗み食いしておき、在庫量を調整。

 さらに、指定のスーパーへ向かわせるために、「たい焼きが食べたい」と念押しをしておいた。外にたい焼きの屋台を出しているスーパーは嫁が知る限り、フーゴーしかない。


 犯行を済ませた後は石を処理して、マグネットシートを回収。


 その後、買い物帰りの嫁と合流。

 

 合流した後は、わざと時間を聞いて、犯行時刻にあたかも自分と嫁が一緒でいたことを関連付ける。


 あとはたい焼きを頬張り、感謝の言葉を言いつつ家路につく。


 翌日辺りにはニュースになっているだろうが、その時には「いい先輩だった」と皮肉めいた言葉を吐きながら、演技をしておけばいい。


・・・・・・ 


 午後5時30分。

 僕は2つの違和感を覚えた。


 1つ目はもちろん、標的の芥島あくたじまがやってこないことだ。

 今日はジョギングをやめたのかとも考えたが、そんなわけはない。

 昨日も僕に暴力を振りつつ、ジョギングのことを女性社員にペラペラと自慢していた。

  

 2つ目は…人気ひとけのないはずの雑木林を、やけに人が通っているということだ。

 矢印の誘導に騙されているにしても、今日に限って数が多すぎやしないだろうか。


 これでは、完全犯罪どころではない。誰だようってつけなんて言った奴は。

 

 凶器になる予定だった石をその場におき、外に出る。


 ただ、この時のタイミングの悪さといったらなかった。

 


 そう、あの人がやってきてしまったのである。

 

・・・・・・・ 

「トーちゃん!!」


 人が往復する雑木林の中に、確かに僕の嫁はいた。


「なな、なんで君がこ、こんなところに」

「そりゃあ、もちろん話題の店「龍来亭」に行こうと思ったからだよ」


 話がまるで噛み合わない。

 どうしてスーパー・フーゴーに買い物に行っているはずの嫁が、全く別の方向であるこっちに来ているのか、そして「龍来亭」とは一体なんなのか。


「トーちゃんも「龍来亭」に行きたかったんじゃないの?」


 まるで想定外だ。芥島あくたじまは来ない、その代わり嫁が来た。どきまぎする僕に対して首をかしげながら、嫁は自分のスマートフォンの画面を僕に見せた。


『全国駅伝の関係者が感激した味!わずか30分で1000リツイートを遂げた、隠れた名店「龍来亭」!』


…え?


・・・・・・・・


 芥島あくたじまがジョギングコースを変えていたことを、探偵・目黒めぐろは報告しなかった。


 これが、僕がこうなってしまった理由である。


「龍来亭」はオーナーが雰囲気を重視したいということで、雑木林の道の先に構えている店であった。

 場所が場所であった為、客足は非常に悪かったようで、オーナーの知り合いが、ちょくちょく訪れる程度であったようなのだが…


 僕が案内看板に偽装を施した直後、全国駅伝の関係者が帰宅するために駐車場へと向かうために、この道を通ってきたらしい。ほとんどがこの街の住人ではなかったために誘導にまんまと引っかかり、「龍来亭」についてしまったようなのだ。


 そして店内で味を堪能したスタッフ一同は感動し、SNSでその模様を全国に送信した。


 嫁は、買い物に向かう途中であったのだが、SNSを見て、近くに話題の店があることを知って、急遽予定を変更。こっちまでやってきたというわけだった。


 その結果、このタイミングで、僕とはち合わせしたわけである。


・・・・・・・・・

 翌日。


 ニュースの内容は、僕の上司の訃報ではなく、話題の料理店の軌跡になっていた。


 僕はごろごろしていた。いや、もう計画とかそういうものではなく、ただ単に物凄く疲れてしまったためである。

 嫁が足にしがみついてくるので、立ち上がって強引に歩こうとすると、ズルズルと引っ張られていて、物凄く可愛い。やはり、この嫁を侮蔑する芥島あくたじまは許されない存在だ。


 

 そして、月曜日。あの馬鹿あくたじまは愚かしくも、自分が「龍来亭」を広めてやったと言っている。話の流れとしては「ジョギングコースの途中にあるので、常に利用していた。全国駅伝の人達にもこの美味しさを理解してもらおうと誘った」とか、そんな感じだった。



 賞賛の声を上げる同期達を尻目に、僕はため息を吐くのであった。

こういう系統の話です。

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