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幽霊恋慕  作者: 水底1号
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第2章 菖蒲

 どうしようもない危機や抗えない問題を抱えた時、どれだけ冷静になれるかが生き残るコツだと祖父が死ぬ前に言っていた


 「じいさん、こういう事態はどうすればいいんだろうな?」


 手足が縛られ旧校舎の片隅の物置部屋に転がる瑞樹はいまだ健在で祖母に頭の上がらない祖父に返事など帰る筈のないと分かっていても思わずご助言を求めていた


 瑞樹がそんな状況に陥る少し前の話



 「だーかーらー!今度のはマジなんだって!」


 毎度毎度飽きないものだと重い体を机に突っ伏しだるそうに首だけ向きを変え友人Aの方を向く


 「ん?そういやさっきから何で机に突っ伏してるんだ?」

 「ん」


 指だけ上に、というより背中に向けそれ以上をしゃべろうとしない瑞樹、友人Aは瑞樹の指差す方向、宙を見るがそこには何もなく空気だけが多分あるはず


 「重力に負けてるのか?」

 「まぁ、そんな感じだ」


 友人Aの返答に当たり前かと納得しつつ背中をちらりと見つめる、嬉しそうに抱きつきニコニコと笑顔を向けてくる菖蒲に違和感を感じる


 (殺女先輩って本当に悪霊なんだろうか?)


 人畜無害と言った方がしっくり来る彼女に疑問符を浮かべながらも警戒心は解くまいと睨みを利かす


 『瑞樹君、目つきがいやらしいわよ?そんな風に見られたら私…』

 「…」

 『あ、駄目よ、そんな…!』


 一人よがる菖蒲を無視し友人Aの方を向く


 「正直面倒臭いけど、今日はお前の話を聞いてやらんでもない」

 

 珍しく(これでも)積極的な瑞樹に、目を見開く友人A。そしておもむろに瑞樹のおでこに手を当てる


 「熱は、ないみたいだな」

 「帰る」

 

 鞄に荷物をささっと詰め込み、教室の扉に手を掛けた瑞樹を間一髪で引き止めた


 「待て待て待て! 冗談だから!」

 

 そんな恒例化した一連のやり取りの後で、友人Aは重々しく口を開けた


 「この間話した殺女さんの話には続きがあってな」


 曰く、殺女さんは常にこの学校の中を徘徊して、殺め唄と呼ばれる呪い唄の歌い手を探しているらしい

 曰く、殺女さん関係の被害者は学校側がもみ消してるらしい

 曰く、現国の濁川は一度殺女さんに殺されかけたらしい


 「見事なまでに胡散臭い内容だな」

 「仕方がないさ、他のオカルト話ならよく出るのになぜか殺女さんだけは名前くらいなら知ってるって奴は多いのに詳しい事を知ってる奴はほとんどいないんだよ」


 だがその中でも一際気がかりな情報はあった


 「現国の濁川って、1ヶ月くらい前に辞めちまった先生だろ?辞めた理由が殺女さんだと?」

 「確信はないが辞める理由は明らかにしてなかったし、かなり突然だったろ?」


 確かに濁川はいきなり辞表を出し次の日には借家のアパートからも忽然と姿を消すほどでまるで何かから逃げるようだったともっぱら噂の種にはなっていた


 「だから聞きまわってたらさ、濁川が辞める2,3日前くらいにすげぇ怯えた表情で『あやめ、あやめ…』って呟いてるのを中等部の奴らが見かけたらしいんだ」


 間違いないぜ?と念押しする友人A、瑞樹は少し考え込んだあと菖蒲の方を見る、いまだに何か言いながら身体をくねらす彼女にそんな人を殺しうるほどの力があるのだろうかと首を傾げたくなる


 「…同姓同名の人違いならぬ幽霊違いだったりしてな…」

 「ん?どうした瑞樹、何か言ったか?」


 別に、と短く答えると菖蒲と友人Aを残して教室から出て行った




 「そしていつもの様に屋上で寝てたはずなのにどうしてこんな状況に?」


 思い出そうにも目を開けたらこんな状況では状況整理も出来たものではない、しかしこうもガッチリ縛られては本気でどうしようもないなと考えることを放棄しかける、と、その時扉が開き、光が気休め程度に差し込む


 「お目覚めか?杜若よぉ」

 「…誰?」


 てっきり教師あたりが来るものだと思っていたがまさかの見知らぬ生徒達、強面の彼らは寝転ぶ瑞樹を囲むように立つとリーダーらしき男子生徒がしゃがみ込み瑞樹の顔を見下ろす


 「別にあんたに恨みがあるわけじゃないが頼まれたから仕方なくな」

 「誰の差し金だよ」

 「それをわざわざ教える奴なんていないだろ」


 確かにそうだな、と変なことを聞いて悪かったと素直に謝る、そんな瑞樹の態度に拍子抜けでもしたのかポカンと呆けながら周りの生徒同士顔を見合わせている


 「お前、今の状況分かってるのか?」

 「縛られて半監禁状態で助けなど来る気配は微塵もなく下手しなくてもリンチ一歩手前って事くらいしか理解できない…あ、多分殺されるまでは行かないだろうって事くらいだな」

 「…だったら少しは動揺したり命乞いしたり…なんかないのか?」

 「すまないがそこまでしても助かるなんて展開がない事は現実じゃ起きないって分かってるからさ、フィクションだとこの辺りで親友とか正義の味方とかお節介焼きの女の子が介入するかもしれないが」


 残念なことに現実じゃありえないし、とごろんと寝返りを打つ


 「リーダー、どうします?コイツ全然困ってませんよ?」

 「…そんな事言ったってよ…、何かしら命乞いをさせろって言われてるし…」

 

 何故か圧倒的に有利の方が策無しだと言う様にうろたえる、そんな彼らを見るとどうしようもなく哀れに見えてきた


 「よ、よし、それならこうだ、俺たちがお前の恥ずかしい映像を取ってやるからお前は止めてくれと懇願しろ」

 「ヤメテクレー」

 「はえーよ!まだ何もしてないだろ!あと棒読み止めろ!」


 注文の多い相手だとうんざりする瑞樹、と、その時あの背筋が凍る感覚が瑞樹を襲う、見ると瑞樹だけではない、囲んでいた不良もどき達も肩や身を震わせて周りを見渡している、すると不良モドキの一人が突然取り乱し支離滅裂な言葉を叫びながら慌てて教室を出て行く、それをきっかけに皆が慌てて教室を出て行く


 「お、おい!お前ら!」


 リーダー格の不良男子は足を震わせながらも逃げずに留まっている、その意気はむしろ彼を残念な結末へと向かわせるだろうにと少々哀れに思った瑞樹はその男に声を掛ける


 「お前も早く逃げろって、トラウマになって登校拒否になるぞ?」

 「な、何言ってやがる」

 「いいから帰りなって、あ、1歩後に下がれ、怪我するぞ?」


 は?と首を傾げながらも律儀に1歩下がると目の前に何かが落ちてゴトンと鈍い音を鳴らし床に転がる、ヒトの頭


 「ひ、ひぃぃぃ!!」


 慌てて走り去る不良リーダーにだから早く逃げろと言ったのに、と他人事のように呆れる


 「殺女先輩、やりすぎじゃないのか?」

 『だって彼ら私の瑞樹君を傷モノにしようとしたのよ?』

 「人を魚介類みたいに言うなよ」


 ボケのような真面目な返しに菖蒲はもう、と腰に手を当てご立腹だという様に瑞樹を見下ろす


 『私がどれほど心配したかの気も知らないで…でもよかった、瑞樹君が無事で、待っててね、今縄を解くから』

 「そういえば先輩って幽霊だよな?どうやって物に触れてるんだ?」


 あぁ、それなら、と触れずにマネキンの頭を浮かす菖蒲、その光景になるほど、っと納得すると菖蒲はすごいでしょ?と服の上からでもよく分かるふくよかな胸を張りドヤ顔で瑞樹を見る。と、そんな間に縄を切り瑞樹は手首と足首を摩りながら立ち上がる


 「そうだ殺女先輩、教室にいたあいつはどうしてた?」

 『君と話してたあの子?あの子なら先帰るならそう言えよ、って愚痴りながら帰って行ったわよ』


 そっか、と生返事をすると唐突に抱きしめてくる菖蒲。彼女のたわわになってるそれが背中に押し当てられ何とも言いがたい役得感を感じながらもふと気づく


 「先輩、何で触れて(さわ)るんだ?」

 『対人だったらね、私が少し意識すれば触れるのよ』

 「あぁ、なるほど」


 納得する瑞樹に顔を綻ばせながら色々と押し当ててくる菖蒲、そのどうしようもなく気持ちいい感触に少し焦る瑞樹


 「…当たってるが?」

 『ふふ、私を心配させた罰よ』


 罰というよりはご褒美にも思えるがあえて言わずその甘い罰を重んじて受けようと分かりました、と反省する瑞樹、彼も健全な男子高校生の一人という事だ



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