取り敢えず勇者(仮)VS姫
魔王討伐と言う名目の旅の途中、王からの伝令がやって来て急遽王都に呼び戻された。
取り急ぎ転移魔法で王都に戻り、王城の門兵に登城の目的を告げる。
程なく血相を変えて走ってきた大臣に手を引かれ、謁見の間に引っ張ってこられた。
「国王陛下、おなりー」
侍従の張り上げた声を合図に玉座の正面で片膝を付いて頭を下げた。
「ぜぇぜぇ……面を上げよ」
息も絶え絶えの大臣の言葉を合図に顔を上げて玉座を見上げる。
玉座に座った王の隣には、かなり派手でかなり趣味の悪いドレスを着た女が、城の外壁かと見間違う程に白い化粧を施した顔をグシャグシャにして泣いていた。何番目かは知らないが……ティアラに大きく『1』と装飾が施されているので多分第一妃だろう。
「主命である」
大臣の声が謁見の間に響く。
(主命?国王の配下になったつもりはないのだが)
思いつつも「はっ」と返事をして恭しく頭を下げる。
「第一王女殿下の救出を命じる」
「ははっ」
(えっ?王女様の救出って、王女様に何があったの?)
「無事に救出できた暁には褒美として王女との婚姻を考えてやっても良いぞ」
王が唐突に口を開いた。
謁見の間の空気が一瞬凍りついた気がした。
王と妃の顔を交互に見て王女の顔を想像してしまう。
(褒美いらねぇ)
「ありがたいお話ではありますが、私には過ぎた褒美ですのでご辞退申し上げます」
謁見の間の空気が更に凍りついた気がした。
「まあ良い、褒美の話はまたの機会にしよう。王女救出の詳細は大臣から聞いてくれ」
そう言って王と妃は謁見の間から退室して行った。
大臣の話によると王女様一行は王都の郊外を視察中に賊に襲われ、護衛に数名の死者と重傷者を出し王女様を攫われたらしい。
取り敢えずその襲撃現場に立ってみるが手掛かりになりそうなものはなかった。周辺の地図を確認すると近くに廃坑になった鉱山があった。
まさかと思いつつ鉱山の入り口まで行くと、マントを頭から被り腰に剣を差した二人組が立っていた。
まさかと思いつつ、
「この辺で王国の王女様を見かけませんでしたか?」
と尋ねると突然斬りかかってきたので1人の首を跳ね上げて返す刀でもう1人の心臓を一突きにして坑道の中へと入った。
坑道の中では特に強い抵抗も受けることなく最深部に辿り着いた。
最深部は円形の空洞になっていて、横穴に格子をはめた牢がひとつあるが、中に人がいるかまではわからない。
そして牢の前には漆黒の全身鎧を身に纏った騎士が地面に大剣を突き立て、仁王立ちしていた。
状況的に『この先に行きたければ俺を倒してからにしろ』のパターンだろうか?
慎重に最深部へと足を踏み入れ、漆黒の騎士へと近づいた。
「王女を助けに来たのか?」
漆黒の騎士の声が兜の中で響く。
(王女いるの!?)
適当に見当をつけた場所が、まさかの一発的中に驚いたが表情には出さない。
「無事だろうな?」
あくまでも推理と考察の結果、ここへ来た体をとる。
漆黒の騎士は親指を後ろの牢へ向けた。
「魔法で眠らせてはいるが危害は加えていない」
兜の中で籠ってはいるが声に若さを感じた。
「それで?」
この漆黒の騎士は明らかに強い。いつでも剣を抜けるように意識を緊張させる。
「『それで?』とは?」
俺の問いに漆黒の騎士が問いで返した。
「あっ、いや、『王女を救いたければ俺を倒せ』的な展開かなと……」
「ああ、そう言うことか。連れて行ってもらって構わん」
漆黒の騎士の予想外の返答に全身のチカラが抜け、体勢を崩してしまった。
「えっ、構わないの?」
「構わない」
(あっさり返すくらいなら何故、攫った?)
「『あっさり返すくらいなら何故、攫った?』と言いたそうな顔だな」
慌てて顔を取り繕った。
「何か裏があるだろうと疑いたくなるのは当然だろう?」
「尤もな話だ。正直な話をすれば王女を攫って魔族の幹部への貢物にしようとした。で実際攫った訳だが……」
漆黒の騎士はそこで言葉を止めた。兜で表情はわからないが言葉を選んでいるようにも見える。
「その、なんだ……あれを幹部に献上などしたら此方の首が飛ばされかねん」
漆黒の全身鎧からも魔王軍の高官であるのは間違いなく、実力も相当に強い筈の漆黒の騎士の言葉の歯切れが悪くなった。
「あれを?」
「すまない。あの王女を献上すると幹部の怒りを買いかねんと言うか確実に怒りを買うのだ。その、なんと言うか幹部はかなりの面喰いでな、王女の容姿が好みとはかけ離れ過ぎているのだ」
「誘拐までさせておいて、容姿が気に入らないと首を刎ねるのか?」
(魔族の世界も大分理不尽だな)
「まあそんなところだ。それで王女を魔族領に連れて帰るわけにもいかず、身代金とか他の使い道がないか模索しているところに、貴様が現れたので、もう面倒だし返しちゃっても良いかなぁ……なんて」
地面に突き刺した大剣に体を預け漆黒の全身鎧に身を包んだ騎士がモジモジしはじめた。
「じゃあ王女、連れて帰っちゃって良いのね?」
「あっうん。連れて帰っちゃって下さい。はい、これ牢屋の鍵」
漆黒の騎士が小さな鍵を差し出して来たので警戒しつつも手のひらで受け取った。
「鍵開けてる最中に背後から襲いかかったりしないだろうな?」
「しません、しません」
そう言った漆黒の騎士は兜の前で手を左右に振った直後、地面に差した大剣を引き抜き此方に向けてこう言った。
「それに貴様、相当強いだろう。貴様とはこんな所ではなく、もっと広い場所で思いっきり闘ってみたいしな」
(言葉遣いと態度がコロコロ変わるな。情緒不安定な子なんだろうか?)
「ああ、その時はお互い全力を尽くそう」
相手を傷つけないような返答をしたが胸の内では(二度と出逢いませんように)と願った。
「では、さらばだ」
漆黒の騎士が転移の呪文を詠唱した瞬間、その場から姿が消えた。
鍵を開き牢の中へと入る。中は存外に広く、奥の方まで見通すことが出来ない。
グルルルウゥゥゥ、ガウッガウッグゴオォ
突如奥の方から地鳴りのような唸り声が響いてきた。
坑道内で反響していてわかりにくいが、相当に巨大な猛獣か魔獣か?
(ここは牢屋じゃなくて猛獣の檻か!漆黒の騎士に計られたのか?)
狭い坑道内では不利なので、一歩ずつ後退りをしながら剣を抜く。同時に刀身に魔力を込めて坑道内を照らす光源を作る。
坑道の最奥で黒い物体が蠢いていた。光が強すぎてシルエットしかわからない。
グルルルウゥゥゥ
どうやら唸り声の主らしい。
グルルルウゥゥゥ アドォゴォフンゥムニャムニャクチャクチャ
(あと5分?)
刀身の光源を絞り、恐る恐る奥で蠢いてる物体に近づいた。
そこにはかなり派手でかなり趣味の悪いドレスを着た女が大口を開け地面に大の字で寝転がっていた。
顔には城の外壁かと見間違う程に白い化粧を施している。
『無事に救出できた暁には褒美として王女との婚姻を考えてやっても良いぞ』
王の言葉が頭をよぎった。
正直好みの容姿ではなかった。
「この人と結婚することになるかもしれないのか」
思わず声が漏れた。
「しかし王族と縁戚になるのは決して悪いことではない……はず」
自らに言い聞かせて王女の顔を見た。
「俺には無理だー」
思いの爆発が声になって溢れ出した。同時に目からも大粒の汗が滲み出していた。
「ううーん」
城の外壁……王女の唸り声が止まり瞼がピクピクと動いた。
「王女様!王女様」
肩を揺すって声をかけると王女はゆっくりと瞼を開いた。
「王女さま、お目覚めになりましたかっ?」
尋ねた次の瞬間、
バキッゴキッと言う音と共に顔面に激痛が走った。
「無礼者!高貴な王族の体に気安く触れるでない」
鮮血が流れ出る鼻を押さえながら王女の手を見ると大きな石が握られていた。これで俺の鼻頭を殴ったのか。
(どんな高貴な教育を受けたら、寝起きでいきなり石を拾って人様の顔面を殴りつけられるんだ?)
「失礼致しました。私は国王陛下より貴方様を救出するよう命を受けて参った者です」
言いながら押さえた鼻頭に治癒魔法をかけた。
「父上の命で……?」
そう言って俺の顔をマジマジと見つめていた。
「容姿が好みではない。別の者を寄越せ」
(イラッ!先ず助けられた礼を言えっ!そして人様の顔面を殴ったことを謝罪しろ!そしてさっき「容姿が好みではない」って言ってごめん!嫌いな相手からでも言われると結構凹むもんなんだね)
「しかし、このような場所で代わりの者と申されましても……」
「口答えをするでない!父上に言って罰させるぞっ!」
(この王女様は自分の居る場所と状況を理解しているのか?)
「かしこまりました。では代わりの者を呼んで参りますので暫くお待ち下さい」
恭しく頭を下げて踵を返し牢の入り口へ歩を進めようとした。
「早うせいよ」
「はっ!」
振り返り再び頭を下げた。
「どれくらい掛かる予定じゃ?」
「はい。私が王都に戻るのに2日(転移魔法なら一瞬だが歩いて行くので)、王都に戻ってからの事は大臣殿にお任せするので詳しい事は分かりませんが、腕が立ち尚且つ王女殿下の好みに合う護衛を探すのに1日、2日はかかると思いますので全て合わせると5日か6日程で代わりの者が来るのではないでしょうか?」
そう説明し王女を安心させようと満面の笑顔を作った。
次の瞬間、
バキッゴキッと言う音と共に顔面に激痛が走った。
先程俺の鼻頭を襲った石が今度は宙を舞って再び俺の鼻頭を襲った。
「待てるかっ!」
腕を振り抜いた姿勢のまま王女が此方を睨みつけている。
(王女やめて投石兵にでもなりやがれ)
「では王都への帰路は転移魔法を使用して移動しますので4日程をお待ち下さい」
押さえた鼻頭に治癒魔法をかけながら言った次の瞬間、
「だから!待てるわけないだろ!」
王女の怒鳴り声と共にいつの間にか掴んでいた石が再び飛んできた。
飛んできた石を「申し訳ございません」と言って頭を下げて躱す。流石に三度目を鼻で受けたら殺意が芽生えそうだ。
「困りましたね。私では王女殿下のお眼鏡にかなわないようなので、此処でお待ち頂くしかないのですが」
大袈裟に困った顔を作って見せた。
王女は暫く此方を睨んでいたが何かに気付いて声を上げた。
「あなた、転移魔法が使えるの?」
「はい。少々嗜んでおります」
「そう、ではあなたで我慢してあげるから転移魔法で私を王都まで送り届けなさい」
「転移魔法ですか……?」
困り顔を更に歪ませてみせた。
「何か不都合でもあるの?」
王女は俺の顔を嫌味たっぷりな顔で覗き込んでくる。
「その、転移魔法は常人の方にはあまりお勧め出来ないものでして……」
「常人?王族である私が常人の訳ないでしょ!さっさと王都まで送りなさい」
(地位とか血筋じゃなくて、常人の肉体や精神力で転移魔法は、きついって意味なんだけど……)
「どうしてもでしょうか?」
「どうしてもよ!」
「かしこまりました。しかし王城へ直接転移魔法で入ることは禁止されていますので、転移先は王城前広場で宜しでしょうか?」
「ふふふ、良いわね。攫われた王女が王城前広場に転移魔法で颯爽と帰還!これは絵になるわよ。私の高貴さが益々輝くわ!さあ早く私を送り届けなさい」
「かしこまりました」
俺は小さく嘆息を漏らすと王女を抱えて転移魔法を唱えた。
王都王城前広場。
そこは王城城門の真正面に広がる広場であり王都のメインストリートでもあり出店が立ち並び人の往来も多い。
そして今、城門の前で王女は激しく嘔吐している。それはもう激しく。王女様の体が萎んで無くなってしまうのではないかと思える程、嘔吐していた。
転移魔法は精神や肉体に対する負担が大きいうえにある程度の慣れが必要な移動手段だ。俺も慣れないうちは移動直後によく吐いた。
城門の前で四つ這いで嘔吐を繰り返す女に往来する人達が足を止め、人集りが出来始める。
(いかん!王女が公衆の面前で嘔吐など王族の威厳に関わる!)
城門で立番をしている門兵に大声で口上を発する。
「此方におられるお方は国王陛下御息女、第一王女殿下で在られる。急ぎ大臣閣下にご報告の上、入城を許可して頂きたい」
「あそこで吐いているの王女らしいぞ」
「パレードのとき見たことあるわ」
「王族らしいぞ」
「飲み過ぎ?」
「昼間から?」
「王族は呑気でいいな」
人集りの中からガヤガヤと声が上がり、更に人が集まり始めた。
俺の口上で立番をしていた門兵や詰所からも城兵が駆け寄って来た。
「これは勇者殿、王女殿下の救出に成功したのですな。さっさっ、急ぎ中へ」
「待たれよ!」
王女を抱き抱えようとした城兵を手のひらを向けて制止した。
「何故止めるのですか?一刻も早く王女殿下を城内へお運びしなくては」
「それはご尤もなれど、高貴な王族の体に気安く触れたり、王女殿下のお好みの容姿の方でないとお叱りを受けます」
「今は一大事の時ですぞ!」
「一大事の時なればこそ王族のご意向を尊重することが重要かと存じます」
「な、なるほど」
「先ずは大臣閣下に報告をして指示を仰ぐのが肝要かと」
「かしこまりました」
そう言うと城兵の1人が城内へと駆けていった。
自分でもよくわからない理屈だが、顔をキリッとさせたら押し切れてしまった。
程なくして大臣が血相を変えて走ってきた。
「何をボケっと突っ立っておるかっ!早く姫様を城内にお連れせぬかっ!ゼェゼェ」
凄い剣幕で王女の周りに立っていた城兵達を怒鳴りつけた。
「ゼェゼェ、姫様どうぞお手を、ゼェゼェ」
大臣が息を切らしながら片膝を付いて王女に手を差し出した。次の瞬間、大臣が王女の眼前で嘔吐した。
まあ、王城から全力で走って来て、あれだけ大きな声で息継ぎもせずに怒鳴ったらそうなるよね。
「ゼェゼェオェ、お前達早く姫様とわしを城内へ連れて行けっ!ゼェオェ」
大臣が息も絶え絶えに命じると、城兵達が王女の四肢を持って城内へと駆け出した。
城兵に両肩を支えられた大臣が城門を潜ったところで此方に振り返った。
「勇者よ、姫様の奪還大義であった。今はこのような有様故、後日使者を送るので、それまでは宿屋で待機しておれ」
(宿屋で待機って、お前ら宿屋代払ってくれねぇじゃん)
使者は意外と早くやって来た。
翌日宿屋の食堂で遅めの朝食を摂っているところへ城兵がやって来て、
「国王陛下がお呼びである。急ぎ登城するように」
と告げられた。
城兵の顔は引き攣っていて、怒りを一生懸命抑えているのがよくわかる。
(テメェ王都に宿屋幾つあると思ってんだよ!何処に泊まるか知らせておけよ!)
とか思っているだろうな。
多分王都の中心街から俺を探して一件一件宿屋を回ったんだろう。因みにこの宿屋は下町の外れにある王都では最安値ランクの宿屋だ。
登城すると城門のところで大臣補佐官が出迎えてくれた。大臣は体調不良で寝込んでいるらしい。
謁見の間に通され補佐官の「面をあげよ」の声で顔を上げた。
玉座に座った王、その横に第一妃が立っている。更にその横に王女が立っていて凄い顔で此方を睨みつけている。
「勇者よ、昨日の城門前での騒ぎの話は聞き及んでおる」
王が二重になった下顎をプルプル揺らしながら言った。
「はい!無事王女殿下をお救いし王城前までお連れすることが出来ました」
「『無事に』ですって?あれのどこが無事なのよ?気持ち悪くて悪くて死ぬところだったわ」
王女が横から口を挟んだ。
王が手を上げて王女を黙らせる。
「衆目の前で王女に恥をかかせたとも聞いているが?」
「私が王族の方に恥を?滅相もないことでございます。結果的にそうなってしまったのであって、私に王女殿下に恥をかかせる意図などは一切ございません」
「うそよっ!あんなに気持ちの悪くなる魔法で移動させておいて、明らかに私にゲロ吐かせる気だったでしょう!」
「姫っ!」
妃が持っていた扇子で王女の手をピシャリと叩いた。
(流石に王族が『ゲロ』は不味いよな)
「それは、転移魔法の使用は常人にはお勧め出来ないとご説明致しましたが、王女殿下が『私が常人の訳ないでしょう』と言って私に使用をお命じになったので転移魔法で移動したのです」
王女は顔を真っ赤にして此方を睨みつけている。両手で握っている扇子がミシミシと音をたてている。
「そもそも城内に直接転移してくれば醜態を下々の者に晒すことはなかったのではないか?」
王の顎がプルンと揺れた。
「そうよ!態々あんな人通りの多い所に転移する時点で悪意がある証拠よ!これは王族に対する反逆行為にも等しいわ!」
(この王女様はゲロと一緒に昨日の記憶も吐き出してしまったのだろうか?)
「恐れながら、『登城する者は何人も城門にてその目的を告げ入城の許可を得なければならない』と言う法がございますので、転移魔法で直接城内に入るのは法に触れるかと思われます」
王が補佐官の方を見た。補佐官が頷く。
「また王女殿下にその旨お伝えして王城前広場への転移になることをお伝えしたところ、王女殿下が『攫われた王女が王城前広場に転移魔法で颯爽と帰還!これは絵になるわよ。★私の高貴さが益々輝いて、愚民共が拍手喝采で出迎えて私の人気が爆上がりよ!★さあ早く私を送り届けなさい』と仰ったので、王女殿下のご命令に従い王城前広場に転移した次第でございます」
バチンっ!
王女が握っていた扇子が音を立てて2つに折れた。同時に折れた片方を此方に向けて投げ付けてきた。オデコに当たった。
「微妙に話盛ってるんじゃないわよ!愚民共が拍手喝采で云々の下りは私は言ってないわよ!」
王と妃と補佐官が王女の方を見た。
(はい!他のところは言ったと認めちゃいました)
「しかし王女殿下は流石でございます。広場への帰還が見事に絵になって王都内に出回っておりました」
王城に来る途中、下町の至る所に貼ってあった張り紙を広げて見せた。
そこには四つん這いで嘔吐する王女の姿が繊細な筆で丁寧に描かれていた。
「直ぐ回収して来い!」
「直ぐに回収してきてちょうだい!」
「直ぐに回収に向かって」
王と妃と王女が補佐官に向かって声を張り上げた。
補佐官の指示で数名の城兵が慌しく謁見の間から出て行った。
「ウォホン」
王が大袈裟に咳払いをした。
「転移魔法を使ったのも広場へ転移したのも王女の命令があったからと言うことは理解した」
「父上っ!」
「黙れ!」
話を遮ろうとした王女が王に一喝された途端小さくなった。
「王女の命に従い、意向に応えようと行動した結果が昨日の門前での出来事と言う訳だな?」
「はい!その通りでございます」
「つまり貴様が行動した結果、王女が衆目の前で恥をかいた。と言うことだな?」
(えっ?)
「そ、それは王女殿下のご命令通りに行動した結果が……」
「黙れ!経過も理由も関係ない貴様の行動で王女が恥をかいた。そこが重要なのだ」
「そうよ!そこが重要なのよ!」
小さくなっていた王女が復活しやがった。
「王族の、しかも第一王女に恥をかかせた責任は取ってもらわなくては王族の威信、延いては王権に関わってくるからな。そうであろう補佐官」
「は、はい。その通りかと……」
王に睨まれた補佐官が歯切れ悪く答える。
「王族である私にあそこまでのことをしたんだから、それ相応の責任は取ってもらわなきゃね」
王女がしたり顔の嫌な笑みを浮かべ此方を見た。
責任を取れ? 王族に恥をかかせた責任の取り方なんて一つしかない。『極刑』の文字が頭に浮かぶ。
今までは王族の無理難題にも王政から睨まれる面倒を回避するために仕方なく応えてきた。しかし命を取られるとなれば面倒だなんだと言っていられない。今の実力なら1対1、いや1対10でも俺に敵う兵士は王国には居ないはず。俺を取り押さえようとする城兵を容赦なく返り討ちにして、隙を見て転移魔法でこの場から逃げ去る。後は熱りが冷めるまで何年でも逃げ回ってやる。
「責任とは具体的にどのように取れば宜しいでしょうか」
睨みつける、とまではいかないが王の目を力強く見据えた。同時に片膝立ちの姿勢からいつでも立ち上がれるように脚に力を入れて床に付けていた膝を僅かに浮かせた。
「良い覚悟だ。では申し渡す」
ゴクリと唾を飲み込んだ音が耳の奥に響いた。
「勇者よ、この度の王女に恥をかかせた責任を取って王女と結婚してもらいたい」
王の顎がプランと揺れた。
(えっ?)
(結婚?誰が?俺が?誰と?あの投石兵と?)
一呼吸もしない間に頭の中に同じ言葉が何回も繰り返された。
(絶対嫌だ!あんなの絶対無理!)と心の中で叫んだと同時に謁見の間に悲鳴にも近い叫び声が響いた。
「絶対嫌だ!あんなの絶対無理!」
声の主は俺ではない。玉座の横、妃と並んで立っていた王女が俺の方を指差しながら王を睨みつけていた。
「しかしあんなのでも一応は勇者だぞ」
(あんなの?一応?)
「勇者だから何よ?あんな性格の悪い男となんか結婚できる訳ないでしょ!」
(そうだ!そうだ!あんな性格の悪い投石兵なんかと結婚できるか!)
「しかし、もう勇者に難癖をつけて押し付けるくらいしか結婚相手が見つからないんじゃないかと思ってな」
(王のやつ今難癖って認めたな)
「『押し付ける』って何よっ?人を不用品みたいな言い方しないでっ!」
(そうだ!娘を物みたいな言い方するなー!)
「でも、お前国中の貴族に縁談を断られているんだぞ。平民の中の、そこそこの肩書きの奴と結婚するしかないだろ?」
(『勇者』の肩書きってソコソコなんだ)
「いいの!結婚なんかしなくても私は幸せなんだから!」
(頑張れ王女!結婚だけが幸せな人生じゃない!)
「勇者よ黙り込んでおるが貴様はどう思っておるのだ?」
(国中の貴族から縁談を断られた人をどう思えと言うのだろうか?)
「先日も申し上げましたが、王女殿下との婚姻など私には恐れ多いことでございますればご辞退させて頂きたく」
「そうよ。恐れ多いわ!辞退なさい!」
(喜んで!)
「勇者よ勘違いするなよ。先日は褒美として結婚を考えてやっても良いと言ったのだ。しかし今は責任を取って結婚しろと言っているのだ。結婚が出来ぬと言うのであれば他の方法で責任を取って貰わねばならないな」
言い終えた王が手で合図をすると謁見の間に残っていた城兵達が一斉に槍を構えた。
「ふふふ、そうよ。別の方法で責任を取りなさい」
王女が冷笑を浮かべ此方を見下ろした。
(やはり、貴様とは相容れないようだな)
「お待ち下さい」
最後の悪あがきを試みる。
「なんだ?」
王の顎がブルンと揺れる。
「私は魔王を討伐する旅の途中、言わばまだ何も成していない身であります。そのような身で王族で在られる王女殿下との婚姻を考えるなど『恐れ多い』と申したかったのです」
「それで?」
王の顎がプランと揺れる。
「王女殿下との婚姻のお話は私が魔王を倒し勇者と言うソコソコの肩書きに見合う成果を上げてから改めてさせて頂きたかったのです。ですから『今は』と言う意味でご辞退したのです」
(我ながら苦しい言い訳だ……)
「なるほど。では魔王を討伐した暁には王女と結婚するのだな?」
「結婚すると言うか、その時改めて話をさせて頂きたいと言うか……」
「するのか?しないのか?」
ここで言質を取られるのは不味い。何とか誤魔化そうと思考を巡らせる。
「ちょっと2人で何勝手に話を進めてんのよ。魔王を倒そうが何を倒そうが私はこんな男と結婚なんて絶対しませんから」
(そうだ!良いぞ王女!)
「さっさと別の方法で責任を取らせてよっ!」
(それは駄目だっ!王女!)
「王女もこう言っておるし、なんか色々面倒だから、もう死刑で良いか」
(『死刑』って言ったぁ!しかも軽めに決めたぁ!)
槍を構えた城兵達が一歩前に踏み出した。やはり逃げ出すしかないかと覚悟を決めて臨戦体制に入ろうとした次の瞬間。
「でも勇者さんを死刑にしてしまったら誰が魔王を倒すのかしら?」
玉座の隣に立っていた第一妃が誰にでもなく尋ねた。場に居る誰もがその問いには答えられない。城兵達などは玉座からの視線を避けるために露骨に下を向いている。
「それに、この勇者さんが魔王を倒したら人類の救世主、英雄よね」
第一妃の言葉に王女の鼻頭がピクピクと動いた。
第一妃が話を続ける。その口調は段々芝居がかってきている。
「救世の英雄。しかし英雄は世界を救う前に1人の可憐な姫を救っていた」
(可憐な姫って誰のことだ?)
「英雄に救われた姫は彼を想い続け、支え続けた。そして英雄もまた姫の想いに応え、幾多の苦難を乗り越え魔王を打ち滅ぼした」
第一妃の言葉に王女は鼻の穴を広げ、ウットリした目で虚空を見つめていた。
「そして帰還した英雄と姫は皆に祝福されながら結婚式を挙げました。こんなお伽話みたいな英雄とお姫様の結婚が現実に起こったら世界中の女性の憧れの的になるわね」
第一妃の夢物語を聞き終えた王女が口を開く。
「人類を救う英雄を支える王女!王女の為に魔王討伐に邁進する勇者!勇者に愛を与え続ける王女!これは絵になるわ!」
そう大きめの独り言を宣いながら玉座の周りを歩いている。気分は舞台役者だろうか?お妃様は見事に王女のツボを刺激したらしい。
(王女から与えられたのは今のところ石ころと折れた扇子の破片だけだけどな)
「そうね。もし魔王を倒すことが出来たら、貴方との結婚を考えてあげても良いわよ」
(「考えなくても良いです!」と言いたいところだが今は此奴の戯言に縋ろう)
「ありがたき幸せにございます。この身を賭して魔王討伐に邁進し王女殿下に結婚を考えて頂けるように努めます!」
(そして「考えたけどやっぱり無理」と言って頂ける方法を模索します!)
「父上、そう言う訳だからこの者にもう少し時を与えても良いのではないかしら」
「お前がそう言うのであれば今暫くの時は与えるが『考えたけどやっぱり無理』とか無しにしてくれよ」
(ギクっ!)
「それは彼の態度次第ね」
「はああぁぁ」
王は顎がブルブルブルと震えるほど長い溜息を漏らした。
「ではこの件は魔王を討伐するまで棚上げとする。勇者よ、下がって良いぞ」
(「下がって良いぞ」じゃねぇよ!王女を救った勇者に礼をするどころか『死刑』か『結婚』の二択を迫りやがって!)
と内心毒付きながらも「ははっ」と恭しく頭を下げて謁見の間を後にした。
門を潜り外へ出る。昨日の惨劇の現場は何事も無かったかのように綺麗にされていた。
ふと背中に視線を感じ振り返ると門兵の2人が此方を鬼の形相で睨みつけていた。今日の門兵は昨日大臣に怒鳴られていた城兵の内の1人と今朝、宿屋に俺を呼びに来た城兵だった。
取り敢えず愛想よく笑顔で手を振っておいた。
王城に背を向けると魔王軍との最前線がある方向の空を見つめた。
魔王を倒したらあの人と結婚しなくてはいけないかもしれない。
「そうなったら俺の初めての相手はあの人になるのか……」
思わず言葉が溢れ出ていた。
王女と出会ってからの出来事がまるで走馬灯のように頭の中に思い浮かんできた。
「もう人類なんて滅んでしまっても良いんじゃないだろうか……」
門兵に聞こえないように呟くと魔法を唱えて最前線の街へと転移した。
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございます。
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