現代日本に颯爽と現れた奇跡の辻ヒーラー、雑に何かを取り除く
だいぶ前に思いついていた特殊能力ものですが、やっと整理できたので投稿してみます。
書き溜めとかしてないので、今は続きないです。
今となっては最早趣味と言えるこの行為。
なかなかのスリルを伴うこの行為をいつまで続けていられるだろう?
私のすぐ前には、びっこを引きながらも杖無しでゆっくり歩く若い男性。
悪いところは腰? 膝? それとも足首かな?
そっと手を伸ばして”治し”てしまう。
触れることなく。
魔法の呪文も唱える事無く。
私は治したいだけ治したら、何事も無かったような顔で立ち去る。ここが一番難しいのだけれど、ほんの少しの早足と無表情で彼らの困惑につけこむことで、声を掛けられずに立ち去ることが出来る。
お礼を言われてはいけない。
それは私が決めた”辻ヒール”の矜持。
◇◇◇◇◇
私が小さかった頃母親から行われた『痛いの痛いの飛んでけ』。それ自体に奇跡的な効力はないはずだった。
小さかった私はおまじないを信じていて、よく友達や近所の人にやっていた。
お礼を言われたり、喜ばれると嬉しいから。
いつ頃からか私のおまじないは奇跡的な力を持ち始め、今や少し離れた数人を対象に、無言でおまじないを掛けられるまでに至った。
効果は擦り傷切り傷は言うに及ばず、試した限りでは病気も治してきた。
地方紙で少し有名になってしまった事もあったけど、家族と話し合い、あまり大っぴらに治すのはやめようとなった。
だからバレないようにこっそりと。
だからお礼を言われてはダメなのです。
◇◇◇◇◇
家に帰るとお風呂と食事を済ませ、自分の全身を”治す”。
この能力のおかげで肌荒れ、ニキビ、髪の傷みすら全く縁が無くなった。
徹夜でゲームとかしても寝不足も治しちゃうのだ。
ただ、空腹は治せない。
お腹は空いたままなのだ。治し続ける事で体は最良の状態を維持できるけれど、お腹は空いたまま。
もしかしたら肉体的にベストな状態で餓死したりできるのだろうか?
さておき。
中学卒業と同時に家族と共に都心に引っ越してきた私は”辻ヒール”をやめていた。
痛みや不調が無くなるだけでも、人は機嫌が良くなるので、そういうのを見るのは嬉しいんだけど。
高校に通い始めてしばらくたった頃、通学電車で時々見かけるおじさんが足を引きずって歩いている事に気が付いた。
いつも左手で吊り革を掴み、右手でスマートフォンを眺めているそのおじさんは必ず鞄を網棚に乗せていて、鞄を右手で持っているのを見た事がない。
一度気になるとつい目で追ってしまって、”治したい欲”が首をもたげる。
おじさんは時々立ったまま寝ていたりして、右手のスマートフォンを落としてしまったところを目にした事もあった。
目の前に座っていた女性にそれが当たってしまい、平謝りしていたっけ。
おじさんはいつも同じ時間の同じ車両に、途中の駅から乗ってきて、私が降りる駅の少し手前の駅で降りるようだった。
ある雨の日私が座っていると、おじさんは長くて黒い傘から水を滴らせながら私の前に立って吊り革を掴んだ。
左手で鞄を網棚に投げるように乗せ、スラックスのポケットに傘の柄を差し込んで右手でスマートフォンを取り出すが、傘から滴る水滴がスラックスを濡らしてしまっていた。
(すごい濡れてるけど大丈夫かな)
と思っていると、気になったのだろう。スマートフォンと傘をどうやって持つべきか色々試し始め、電車の揺れでおじさんがバランスを崩してしまった。
右手を吊り革に伸ばそうとして、つかみ損ねたおじさんは派手に転倒して、押し殺したような、人が出していいのかわからないような声を上げた。
大きな悲鳴ではないが、筆舌に尽くしがたい何とも言えない苦悶の声だ。
気にしてこそこそ観察していた私はつい席を立って、おじさんに手を貸そうとしてしまう。
(治すわけじゃないから良いよね)
「だ、大丈夫ですか?!」
右肩を押さえてうずくまるおじさんは、元から脂っぽかったバーコード頭を真っ赤にして脂汗を浮かべている。
返事も出来ないみたい。
そこに同じ学校の制服を着た男子が駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫っすか。こっちまでスマホ転がってきましたけど。……え、なに肩外れたかなんかしたの?」
名も知らぬ男子は私の方に聞いてきたけれど、私は医者じゃないので痛そうという事しか分からない。首を傾げるしかできなかった。
周りの人の半分くらいがこちらを注目していて、注目していないフリをしている人もチラチラとこちらの様子を伺っている。
「すまない、学生さんたち。かなり痛いが骨がどうとかいうものじゃないから大丈夫だよ。ありがとうね」
「それにしては超痛そうなんですけど……」
痛みを抑え込んで話してくれたおじさんにほとんど脊髄反射的にツッコんでしまった。
とりあえず私の座っていた席はまだ誰も座っていなかったのでおじさんを誘導すると、彼は苦笑しながら言い訳めいて話し出した。
「五十肩で腕が上がらないのに、反射的に吊り革を掴もうとしちゃったよ。結局掴み損ねてこのざまだ。歳は取りたくないもんだ」
「言っちゃなんだけどおじさんいつも足も引きずってんじゃないすか、今日は仕事休んで病院行った方が良いんじゃないすか?」
名も知らぬ男子に禿同だわ。代弁ありです。
「病院に行っても痛み止めとシップが出るだけなんだよなぁ。治る見込みがあるなら病院に行こうという気にもなるんだが」
笑って言う事なんですかそれは。
そう思うと同時に”治したい欲”が胸の中で暴れ出す。
”治そう! 治せるんだから治そう! だって痛そうだよ?! 痛みが無くなって損する人なんていないって!”
理性という鎖が暴れる欲望を押さえ付けているが、こうも目の前に来てしまうとひびが入ってしまいそうだ。
男子とおじさんが鍼がどうだ、柔道整体ならいいとこ知ってるよとか話しているのを横で見ていると、もうすぐおじさんの降車駅だとアナウンスがあった。
私が気を利かせておじさんの鞄を網棚から取ろうとすると、男子も同じように思ったのか、背の高い彼がおじさんの荷物を取ってくれた。
ふーん、いい奴じゃん。
二人でおじさんに手を貸して席を立つのを手伝うとき、この名も知らぬ男子が剣呑そうな眼付きの割に優しいのがわかって気分が良くなった私は、つい出来心で、お礼を言いながら電車を降りるおじさんを”治し”てしまった。
ドアが閉まり景色が動き始めるなか、窓越しにおじさんを目で追ったが、おじさんはすぐに見えなくなって、その反応までは見れなかった。
ちょっと惜しいけれどまあ良いか。
「早瀬さん、席どうぞ」
急に名も知らぬ男子に席を勧められてしまった?!
いやでもあれ?
「え? 私名乗りましたっけ?」
「いや、保健委員の早瀬さんにちょっと前にお世話になったんだよ。覚えてないかもだけどいつも同じ車両になるから気になってた」
マジで覚えてないや。って顔に出てたみたい。
「早瀬さんわかりやす! うん、委員の仕事だもんな、覚えてなくて当たり前か……」
うん、気まず。
「あははは……ごめんなさい、覚えてないです」
「じゃあ改めて。俺は早瀬さんの隣のクラスの神谷直人。体育の合同授業の時にちょっとふざけてて怪我した時、保健室に連れてってもらったんだよ」
「あー、あの時の……ってごめん全然覚えてないや」
マジで覚えてないんだと伝えると神谷君は猫がフレーメン反応を起こしたみたいな顔で「えー」といった。
急に顔芸するじゃん。
「じゃあ私も。早瀬伊吹です。もう忘れないから多分」
「多分て! そこは覚えよう?」
結局学校の教室前まで神谷君と一緒に登校した。
話したことなかったけど、話していて何というか変に緊張しない相手の神谷君とはなかなか楽しくお話できて良かった。
神谷君の良いところは人の話をちゃんと聞いてくれて、遮らない所だ。かなり好感度が高い。
きっとモテるんだろうな、すらっとしてて背高いし。
教室に入って自分の席に向かうと、友人たちに囲まれてしまった。
「いぶき、なんで神谷君と登校してきた?!」
「早瀬さん、神谷君と付き合ってんの?!」
なんでみんな神谷君知ってるのー?
隣のクラスの男子とかよく知ってんなぁ。やっぱモテてんだ神谷君。
「いぶき男に興味なさそうな顔して貴様ぁッ」
「なんか言っていぶき!」
ここまで騒がれてしまっては致し方ない。
「あー、みんな落ち着いて。神谷君とは今日初めてお話した程度のアレだから。付き合ってるとかじゃないから安心して」
「嘘だっ!?」
「嘘ちゃうわ! 通学電車が一緒なだけで倒れたおじさんを二人で介抱しただけだよっ! そんだけ!」
男女がちょっと一緒にいるだけですーぐ色恋沙汰にしようとすんだから君らは。
大声で宣言すると、胸を撫で下ろす子もいれば「ちぇーなんだツマンネ」とか言ってる子もいる。
野次馬根性が激しいようで。
結構男子もこっち見てたって事は、男子もそういうの気にしてんだ。
前の席の友人、早坂せりすは私が席に着くと振り向いていたずらっぽく言った。
「あたしゃあいぶきならあり得ると思ったんだけどねぇ?」
「なにがさ?」
「神谷君とマジで付き合えそうって思って。いぶきって肌も髪も綺麗だし、胸以外はスタイル良いしさー。ホントのトコどうなん?」
せりすお前もか。
「胸以外いうなッ。ホントなんもないんだって。今日自己紹介されてはじめて彼を認識したくらいなんだから」
「神谷君狙ってる子、多いから気をつけなねー」
さすがに苦笑して「何をどうやって気を付けるのさ」と言ってしまった。
しかし神谷君はお昼休みにまた話しかけてきてくれた。
私はいつも購買で総菜パンをお昼にしている。
激しい購買競争に今日も辛勝して人込みから抜け出したところ、彼が「早瀬さんお疲れ」と手を上げた。
購買競争で乱れた髪のとこをあんまり見られたくなかったなぁ。
「良ければ一緒にお昼食べない?」
彼の言葉が終わるかどうかというあたりで、小さく複数の黄色い悲鳴が上がった。気がした。
偶然のはずなのにスゴイ注目されてるじゃん……。
「え、やだ」
さすがにモテてる人とそんな事したら身の危険を感じてしまうから即答だ。それでもまたぎゃあとかひいとか小さく聞こえてくる。
多分何言っても上がるんだろう。だったらきっぱりお断りさせて頂く他ない。
しかし神谷君は諦めなかった。
「即答で釣れないこと言わないでよ。朝の間に俺なんか嫌われることしちゃってた?」
「いや、別に嫌ってないけど先約あるし、一緒にいたら何言われるかわからないし」
「え、何言われるの?」
「私知らなかったんだけど、神谷君モテてるみたいよ? だから神谷君ファンクラブの人に刺されるかもしれないのよ」
「何その知らない組織こわ」
「組織だってるのかは私も知らないけど、そういうわけなので。じゃ!」
脱兎の如く逃げようとすると、神谷君も走って追いかけてきた。
「早瀬さん待って、今日は諦めるから次の機会を下さいっ!」
ちょっマジかコイツ、そんな走ったら目立つでしょうよ!
「そんな約束したら絶対ヤバいってぇ!!」
神谷君は足が速かった。
でも優しい彼は追いついても伴走するだけで、捕まえてくるようなことはしなかった。
ふーん紳士じゃん。
二人して息を切らして教室前で別れる。彼も他所の教室まで追いかけてくるようなことはなかった。
お弁当組のせりすが私を見てスマホの画面を掲げて笑いながら言ってきた。
「あ、いぶきおかえりー。神谷君に告白されたって流れて来てるけど」
お待ち。息が整うまでお待ち。
「あっはっはっはっは、いぶきガチで息切れしてんじゃんウケる!」
泣くほど笑わないで頂きたい、結構必死なんだよこっちゃあ!
「はぁーっはぁーっ、お昼っ、誘われっ……ぜぇっ、はぁっ」
疲れを”治す”と、すっと息が整う。
「お昼を誘われただけ。今日初めて話した女に告白とかないでしょフツー」
「なんだツマンネ」
「じゃあせりす神谷君に告ったらいいじゃん」
「やだよタイプじゃない。あたしゃ白馬に跨った『上さま』か『若様』じゃないと濡れないんだ」
「せりす、ハーフで綺麗カワイイのになぜ好みのタイプがマツ○ンなの……」
「八代将軍吉宗カッコいいじゃん異論は認めない。言論と思想の自由を剥奪もやむなし」
「せりすの下では基本的人権認めらんないかー」
結局その日は時々視線を感じるくらいで、放課後に神谷君は来なかった。
わかってくれたようでなにより。
◇◇◇◇◇
翌日の朝。電車でやっぱり神谷君に話しかけられた。
悪い気はしないけど、なぜ私に執着するのか。私のこと好きなのか? ん?
「早瀬さんおはよ。昨日のおじさん大丈夫かな」
「神谷くんおはよ。次の駅で分かると思うけど大丈夫じゃないかな」
車両が速度を落としていき、景色の流れがゆっくりになってゆく。
通勤通学に使われるにしては空いているホームにはちらほらと人が待っていて、列らしい列も無い。
そして停止位置に来ると、昨日のおじさんが元気そうに立っていた。
ドアが開くとすぐに私達の方に近寄ってきて、今まで見た事無いような笑顔。
「昨日はありがとう、あれから仕事に行ったんだけど、不思議と痛みが引いて調子が良くてね。若いエネルギーを浴びたからじゃないかって僕は思ってるんだ。君達みたいな心優しい若者がいるなら、まだまだ日本も捨てたもんじゃないなと思ったよ」
おじさんは普段と違って背筋も伸びたし、眉間の皴はあるけれど眉根を寄せてもいない。
同じ人なのに、なんか急に別人みたい。
おじさんは鞄から右手で何か平べったい箱を取り出して私と神谷君に手渡してくれた。
「これは近所で買ってきたもので悪いんだが、お礼と思って受け取ってくれ」
「え、別に何もしてないし受け取れないです」
「俺も、って言いたいけどもう買っちゃってんだもんな。貰い過ぎな気もするけどありがとうございます」
結局せっかく買ったのだし、という事で私も受け取ると、おじさんはお礼を言いながら「よく知らないおじさんと話してても面白くはないだろう。明日からはまた他人だ。ありがとう!」と満面の笑みで離れていった。
若いエネルギーを浴びて病気が治るって考え、ちょっと気持ち悪いな……。
でも、やっぱり痛みが無くなると、人は機嫌が良くなるんだな。ここまで劇的に変わる人はあんまいないけど。
今回はお礼を言われてしまったから辻ヒーラーとしては敗北なんだけど、背筋の伸びたおじさんを見ると嬉しかった。
「ところで早瀬ってさ」
「なに?」
「ちょいちょいあのおじさんのこと見てたっぽいけどそういう趣味なの?」
「?! ちちち、違うよッ?!! 違うから!!」
人がエモってんのになんてこと言うだーッ!




