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第一話 公爵令嬢デルフィーヌ

 毎年、春の女神の到来を告げるオスタラの花が咲き誇る頃、プリマヴェーラ王国の各地では花祭りが開催され、王宮では王侯貴族が集うガーデンパーティーが行われる。

 ガーデンパーティーといっても王宮で行われる厳かな式典には、皆ドレスコードを守り春らしい華やかな装いで参加するのが習わしだ。


 カスペル公爵家のデルフィーヌも、毎年婚約者のクリストファー王子から贈られた彼の瞳の色のドレスを纏い参加していた。

 湖のように煌めく水色の瞳とさざなみのようにたなびく白金色の髪が、クリストファー王子の瞳の薄紫色のドレスによく映え、その儚げな美しい姿は『春の妖精のようだ』と讃えられた。


 けれど今年は、いつまで待っても…王子からドレスが贈られてくることも招待状を渡されることもなかった…。


 もちろんカスペル公爵家にはちゃんと王家から招待状が届いている…

 でも、それとは別に毎年クリストファー王子から婚約者のデルフィーヌには手渡しで招待状が渡されていたのに…。


 〜・〜・〜・〜・〜


 デルフィーヌとクリストファー王子の婚約が結ばれたのは二人が10歳の時だった。

 それは王族としても高位貴族としても少し遅い年齢ではあったが、クリストファー王子が

『幼いうちに見合いをしてもお互いよく分からないので、学園に通うくらいの年齢になってから判断したい』

 と願い出たからだ。

 そのため最初から望みが薄い者達は、それぞれの家柄にあった婚約を結び、その時期まで婚約をせず残った高位貴族の娘はデルフィーヌを合わせて三名だけだった。


 第一王子の婚約者、つまりは未来の王太子妃候補を探すためのお茶会でクリストファー王子はデルフィーヌを選んだ。

 デルフィーヌの他にも5カ国語を操る才媛と名高い公爵令嬢アルストロメリアや、父の騎士団長にならい武術の達人として知られる侯爵令嬢フェンネルが参加していたが、選ばれたのは家格こそ公爵家と高いが、他の二人のように目を引く才能を持たないデルフィーヌだった。選ばれた時は信じられなかった…けれどとても誇らしく、喜びでいっぱいだったことを覚えている。


 クリストファー王子が『笑顔が可愛かったから…』と少し恥ずかしそうに俯いて、そう言ってくれたのも嬉しかった。


 だからデルフィーヌは愛するクリストファー王子のために、辛い王太子妃教育にも耐えた。

 凡人の自分にできることなど、それくらいだったから…。

 厳しい教育の中で『王侯貴族は人前で感情を見せてはいけない』と躾けられ、クリストファー王子が可愛いと言ってくれた花が咲いたような笑顔もいつのまにか消えてしまった。

 それでも婚約者二人の仲睦まじい交流が途絶えることはなかったのに…。




 (いつからだろう…?クリストファー様の態度が変わってしまったのは…)




 ()()()()なんて…本当は言わなくても分かっている。

 あの平民の聖女アネモネが現れてからだ…。


 〜・〜・〜・〜・〜


 突然、聖魔法が開眼したというアネモネは それまで孤児院で育った平凡な少女だった。

 たまたま大怪我をした弟を救うために治癒の力が芽生えたそうだ。

 それから教会本部に引き取られた彼女は、

 聖女に相応しいマナーや教養を身につけるためにと、王立学園に通うことになったのだが…


 そこで()()()王太子であるクリストファー様が彼女の世話役に任命され、二人の仲は急速に近づくことになった…。


 マナーや勉強を教えるなら、異性より同性の自分の方が適任なのではないかと申し出て、一時はデルフィーヌに任されたけれど…

 いつまでたっても彼女が教養や高位貴族のマナーを身につけることはなく…


『君に聖女アネモネの指導は適さなかったようだ…』


 と失望され、結局すぐにその役割はクリストファー様に戻された。


 (たぶんアネモネさんが我儘を言ったのだろう…)


 気がつけば、誰にでも笑顔を振りまくアネモネの周りには、クリストファーだけでなく彼の側近のアレクシスやサイラス…他の高位貴族の者達まで侍るようになっていた。


 アレクシスは騎士の家系として知られるガーランド侯爵家の嫡男で、同じく騎士家系のフェンネルの婚約者。

 サイラスは宰相を務めるグリモアール公爵家の嫡男で、アリストロメリアの双子の兄だ。

 ちなみにアリストロメリアは、その美貌と才能が望まれマレフェン大帝国に皇太子妃として嫁ぐことが決まっており、今は単身マレフェン大帝国に留学している。



 クリストファーが公務のためしばらく国を離れていた間に、いつも微笑んでいた聖女アネモネの表情に少しかげりが見られるようになった…。

 彼女の持ち物が破損されたり、盗まれたり…怪我をしたという話を聞くようになり…。

 そしてそれは王太子の婚約者であるデルフィーヌが行ったのではないのかという噂まで流れ始めた…。


 〜・〜・〜・〜・〜


「デルフィーヌ、私は君との婚約を解消する」


 そう言われたのは、人々が集まるガーデンパーティーの席


 …などではなく、王家の方が私的な来客を迎えるために使われる応接間でのことだった。

 王様王妃様クリストファー殿下の向かいに、カスペル公爵夫妻とデルフィーヌは座っていた。


 いつもならとっくに届いているはずのガーデンパーティーのドレスが届かず、そこに王宮への招待状が届いたため、『何かあったのでは?』とカスペル家の人達は直ちに参上した。

 王宮の私的な応接間に通され、席に着くよう促され、お茶を飲み少し落ち着いたところで、その話は切り出された…。




「どうしてですか!?私は殿下に請われ婚約者となり、愛する貴方のために厳しい王太子妃教育にも耐えてきましたのに…」


「君が王太子妃となるために努力してくれていたことは知っている。そしてそのことには感謝もしている…でも…君には王太子妃として大切な判断力に欠けた。

 民を導くためのカリスマ性もない…」


「クリストファー様もあの噂を信じておられるのですか?誤解です!!あれは私がしたことではありません!!

 公爵家の娘である私が、他人の物を破損したり、盗んだり、ましてや人を傷つけたりするはずがございません!!」


()()()()ということは、やはり君は聖女アネモネが害されていることを知っていて()()()()()()()のだね…。

 彼女が国にとってどれだけ大切な存在なのかは、君も王太子妃教育を通して理解していたはずだ…」

 クリストファーは悲しそうに目を伏せた。


 聖女アネモネに被害が及んだのは、クリストファー王子が公務で学園を離れた2週間程の間のことだった。

 もちろん聖女アネモネには護衛をつけているが、高貴な王侯貴族達が通う学園は、学園自体が強固な護りの砦となっており、どんな身分の高い者でも私的な護衛は1名までしか連れて入ることが出来ない。

 そのためクリストファー王子やデルフィーヌのような身分の者達は、あらかじめ同級生として護衛の者や身の回りのことをする者を学園に潜り込ませるのが普通だった。

 突然入学が決まった聖女アネモネにはそういった者がいないため、護衛兼身の回りの世話をする侍女が一人しかいなかった。

 それをカバーするためにクリストファー王子は聖女と行動を共にしており、自分の留守の間の世話をデルフィーヌに依頼していたのだが、護られることに慣れたデルフィーヌには分からなかったようだ…。

 あるいは平民出の聖女に気をつかう必要を感じなかった…が正しいのかもしれない。


「クリストファー様に依頼されておりましたのに、聖女を傷つけてしまいましたことは誠に申し訳ございませんでした。

 けれど、クラスの異なる私にできますことは限られております。

 聖女ももっと自衛されるべきだったのではないでしょうか?」

 高位貴族として育ったデルフィーヌにとって、価値がある自らの身を守るために動くのは当然のことであった。護衛が一人しかいないのなら、常に護衛と共に動けば良い話だ。


「君も知っているように、彼女はつい最近まで平民として育たれた方だ。だから自分が尊い存在であるという意識が薄い。

 他人に頼むことに慣れておらず、何でも自ら行おうとしてしまう。それは自分の護衛に対してもそうで、護られることに慣れておられない。

 次期王太子妃として学んだ君なら、そこのところまで察して動いてくれると思った私の買い被りであった…」

 そう言ってクリストファーの視線が自分から逸らされたことで、完全に見限られたのだと焦ったデルフィーヌは思わず問い質してしまった。


「わたくしが婚約者から外された後は、どなたが婚約者になられるというのですか?

 国内にもう有力な高位貴族の令嬢は残っておりません!!

 まさか!?聖女アネモネですか?

 初歩的なマナーも教養もないアネモネさんに王太子妃は無理です!!」


 〜・〜・〜・〜・〜


 その後、いくら取り乱したからといえ…王家の皆様の前で尊い聖女様を貶し、常識を逸する抗弁をした娘を、カスペル公爵夫妻は顔色を真っ青にして取り押さえ、無理やり頭を下げさせて連れ帰った。


 二人の婚約は速やかに解消され、クリストファー王子は第二王子の母である側妃の出身国でもあるイヴェール帝国の皇女と婚約を結び、デルフィーヌは分家のキザリア子爵家の嫡男と婚約が結ばれ、卒業するよりも早く嫁がされた。


 結婚と同時に爵位を継いだキザリア子爵は取り立てて優れた点も劣った点もない人物だったが、主家の姫であるデルフィーヌを立て生涯大切に仕える優しい夫であった。


 最初は自らの不幸を嘆き殻に閉じこもっていたデルフィーヌも、根気強く語りかけてくれる夫と過ごすうちに、少しずつまた外の世界に目を向け始めた。


 立派な王となったクリストファー様の横で微笑む、自分よりも遥かに美しく賢い王妃。


 最初はどうして王太子妃になるはずだった自分が、分家の子爵家になんて嫁がされたのかと悲しみにくれていたが…

 今なら分かる。

 ()()()は自分には過ぎた場所だったのだと…

 そしてこの婚姻は決して罰などではなく、娘の幸せを願う両親が優しさで選んだものなのだと…。


『優秀な王妃を迎えた貴方の御代がいつまでも輝かしいものとなりますように…』

お読みいただきありがとうございます。


それぞれの立場から描かれた三部作となりますが、一話一話が少し長い目のお話になりました。書き終えておりますので、安心してお楽しみください。

根気強く、お付き合いいただければ幸いですm(_ _)m

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