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見返り爺  作者: メンキチ
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メリエル

こんな都市伝説がある、身代わり爺 これは、現代の都市に潜む、奇妙な老人の物語である。突如、目の前に現れるその爺は、「一番大事なもの」と引き換えに、対象者のどんな願いでも叶えるという。老人の質問に対する回答の真偽や、その時の機嫌(さじ加減)によって、願いの叶い方や代償の重さが変わると言われている。


見た目は10代後半から20代前半といったところだが、どこか幼い印象を与える。着ている服は、原色に近いピンクと水色のアンバランスな色彩で、大人が選ばないような組み合わせだ。肩から提げた小さなバッグからは、20センチほどの古びた熊のぬいぐるみが、だらりとぶら下がっている。一般的な成人とはかけ離れた、稚拙な装い。


彼女がそこに立っていると、様々な男から声がかかる。


「1万円でどう?」 「1万5千円でどう?」 「食事だけどう?」


それはすべて、俗にいうパパ活、平たく言えば売春の誘いだった。


今日はどうにも客足が悪い。早く稼いで、あのセイヤがいる店へ行き、ボトルを頼むお金を手にしたい。彼女の毎日は、このホストクラブで過ごす束の間だけを唯一の癒しとして成り立っていた。


そんな中、相場を大きく上回る声が響いた。


「3万円でどう」


声の主は、身なりはそこそこ清潔だが、それなりに年老いた爺だった。爺なら体力もさほどないだろうし、長引く面倒もないだろう。とりあえず、金を稼ぐには手っ取り早い。彼女は同意し、近くのラブホテルへと向かった。


部屋に入り、いつものようにシャワーを浴びようと浴室に向かうと、爺から声がかかった。


「一旦シャワーはいいからお話をしよう。とりあえず約束の3万円は渡すよ」


そう言って、彼は茶封筒を差し出した。中を確認すると、確かに3万円が入っている。彼女は身構えた。もしかして、長引く面倒な客なのだろうか。


ベッド脇のソファに腰掛けるよう促され、彼女が座ると、爺も対面のソファに座り、ニコニコと笑いながら最初の質問を投げかけてきた。


「年はいくつじゃ?」


面倒なので、いつもの決まりきった嘘をつく。


「22歳」


爺は、ほんのわずかに眉を動かし、重たい声でつぶやいた。


「嘘はだめだよ……本当はいくつじゃ?」


「ああ、やっぱり面倒な客だ」と直感する。こういう客には、本当の年齢を言って、その反応を確かめるのが一番だ。


「16だけど」


どうせ、ビビるか、喜ぶロリコン野郎だろうと、彼女はタカをくくった。


しかし、爺の反応は変わらず、ただニコニコとしているだけだった。


爺は追加の提案をした。


「爺の話に付き合うのも、退屈だろう。真実を答えるたびに、一万円やろう」


そして、質問が続いた。


「どこの出身なの」


いつもの決まった回答をする。


「O県です」


O県なんて行ったこともない。適当に答えるだけだ。すると、また同じセリフが返ってくる。


「嘘はだめだよ……」


こいつ、一体なんなんだと思ったが、試しに本当のことを言ってみる。


「S県です」


爺はニコニコとして、一万円札を彼女に手渡した。本当に嘘を見破れるのか? リスクはあるものの、背に腹は代えられない。今後は真実を語った方がいいのかもしれない。


爺の質問は続いた。


「なぜ、ここにいるの?」


これについては真実を答えた。


「家に居場所がないから、とりあえず都会に来てみた」


爺の反応は変わらず、ニコニコして一万円札をくれる。やはり、この爺は、自分の嘘を見分けられるのかもしれない。彼女は、真実だけを語り続けることに決めた。


続けて爺から質問がくる。


「友達はいる?」


この繁華街でつるむメンバーはたくさんいる。だが、みんな友達ではない。本当の友達といえるのは……。


「メリエルだけが友達」


そう言って、彼女はカバンにぶら下がっている熊のぬいぐるみを指差した。これは、嘘ではない。彼女にはずっと友達がいなかった。唯一の友達は、小学生のころ母親からもらった熊のぬいぐるみ、「メリエル」だけ。本当のことを言えるのは、この子だけだった。


爺の反応は、またもニコニコして一万円札をくれた。逆に嘘くさい、この話を信じるということは、本当に爺は嘘が見抜けるのかもしれない。


続いて爺の質問。


「好きな食べ物は?」


「ハンバーガー」


彼女の母親は、彼女が幼い頃に離婚し、シングルマザーとして育ててきた。彼女の基本的な食事は、コンビニ弁当かレトルト食品だった。しかし、母が機嫌のいい時だけ、近所のハンバーガーチェーン店に連れて行ってくれた。本当に二人で食べるときもあれば、母の彼氏に会うまでの時間つぶしの時もあった。ただ、この店で会う母親は、いつも上機嫌だった。それが、彼女の一番幸せな食事の記憶だった。


「最後に誰かに褒められたのはいつ?」


少し考えて、彼女は答える。「セイヤに『頑張ってるね』って言われた時」。それはもちろん、お金を払って聞く言葉だ。


爺はニコニコして、また一万円をくれた。優しさは、いつも対価と引き換えだった。


「小学生の時、一番つらかったことは?」


記憶をたぐる。学校でのいじめではない。母親のことだ。「音読の宿題を、誰も聞いてくれなかったこと」。


誰にも聞いてもらえない。それは、自分の存在を完全に無視されていることのように感じた。爺は何も言わず、一万円をくれた。


それからもたくさんの質問が投げかけられた。


全ての質問は、彼女の人生に関わるものだった。答えるたびに、遠い記憶が呼び覚まされていく。


彼女がシングルマザーの母親に育てられ、寂しい思いをしたこと。


母親の彼氏に虐待を受けたこと。


友人が一人もできなかったこと。


高校に行けなかったこと。


中学すらまともに通えなかったこと。


友達と思った人たちに裏切られ続けたこと。


男性はセックスさえすれば優しくしてくれること。


とりあえず、セックスすればお金が稼げること。


優しい言葉をくれるのは、ホストクラブだけであること。


いじめられた思い出。


答えるごとに一万円が手渡され、彼女の膝の上には、総計30万円ほどになった一万円札の束が置かれていた。


爺から改めて質問がくる。


「最後の質問じゃ。何ができたら、幸せじゃ?」


彼女は少し考えた後、答える。


「セイヤと、ずっと一緒にいられたら幸せ」


爺はすぐに言った。


「嘘はだめといったはずだよ」


彼女は一瞬、息を止めた。少し考えた後、ほほから一筋の雫が伝った。涙交じりの声で、彼女は答える。


「本当は、普通に学校に行きたい……友達が欲しい……親から愛されたい……テレビで見るような、当たり前の生活がしたい……」


彼女は、堰を切ったように涙が止まらなくなり、ずっと泣きじゃくっていた。


爺は、静かに答えた。


「お前の一番大事なものを引き換えに、その願い、叶えよう」


場所は、放課後の高校の教室だった。


どうやら居眠りをしていたようで、クラスには半分ほどの生徒しか残っていない。窓から差し込む西日が、黒板を赤く染めている。


そんな中、明るい声が聞こえた。


「なーに、寝てたの? 早く部活行こうよ、部長が待ってるって」


友達が、彼女の肩を軽く叩いて起こしてくれた。早く部活に行かなければ。今日も、あの子たちと楽しい時間が始まる。


彼女は慌てて荷物をまとめ、部室へと急いだ。


ふと、バッグを見て、何かが足りない気がして気にかかる。


ここに、何かがあったような気がする。いつも一緒だった、何か。


しかし、それが何だったのか、彼女はいくら考えても、どうしても思い出せなかった。

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