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姫サマだって密かに恋を謀る  作者: そうじ職人
第二章 冠礼の儀殺人事件

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第024話 賊はすでに分かってる

 毎日行われる私塾も、事件直後とのこともあり中止になることを侍女が知らせにくる。

 シャオ紅紅フォンフォンの笑顔を見ていると、途端に張り詰めた神経が弛緩しかんしていくのを覚える。


紅紅フォンフォン。何だか眠いわ。伝えたいことだって一杯あるのに」

 申し訳なさげな言葉を発するも目は虚ろだ。


「あたしも知らせを聞いて、バタバタしてたから全然寝れてないの」


「じゃあ、お休みして起きたら昨夜何が起こったのか? 教えてあげる。たぶん賊が何者かも伝えられると思うわ」


シャオってば。もう賊の正体が分かってるの? そしたら早くみんなに知らせなきゃ!」

 紅紅フォンフォンの言葉は伝わることはなく、すでに寝台に横になりスヤスヤと寝息を立てている。


「まぁ、シャオも一晩中大変だったのだから、仕方ないわよね」

 まだまだ幼さを覗かせる寝顔を見ていると、シャオだって年相応の普通の女の子だと改めて気付かされる。

 紅紅フォンフォンも寝台にもぐり込むと、間近で安らかな寝顔を見詰める。

 小さく柔らかそうな口元から、深い呼気こきが伝わる。

 しばらくはそんな無防備な寝顔に目を遣っていたが、次第に目蓋まぶたに重みが増していく。

 やがて紅紅フォンフォンも深い眠りに誘われる。



― 嫌な悪夢だ ―


 シャオは夢の中でうなされている。たびたび同じ悪夢をみる。

 それは記憶にはない出来事ではあるハズなのだが、実際に起こっているように細部までリアルに再現される。まるで過去の映像のようだ。


 穏やかに過ごしていた屋敷に、武装した集団が不意に襲い掛かってくる。

 家人も必死に応戦するが、武装した集団に次々と斬り捨てられる。

 親しかった面立ちの者が男女問わずに、まるで糸を切られたマリオネットのように崩れ落ちる。

 わたしは敵の腕に抱え上げられ、ひんやりと凍った氷のようなものを頬に当てられる。


 やがて屋敷の家人は武器を手から放して、武装した集団に次から次へと縄を打たれて転がされる。

 やがて、その光景は単なる略奪行為へと移る。


 豪奢な絹の衣がにしきのように屋敷内を舞い、たくさんのぜにが真紅に染まる床一面にばら撒かれる。

 どこからか野太い声がお目当ての戦利品を見付けたと、勝鬨かちどきを上げるが如き雄叫びを発する。


「あったぞ! こんなところに隠していやがった。こ、これこそが帝位を約する『玉璽ぎょくじ』だ」


「次はこいつらをどうするかだな。まだ破虜はりょ将軍の遺臣いしんが精鋭千余名は軍の傘下にいるんだ。彼らに言うことを訊かせるには、家族全員を人質に取るより他は有るまい」


「これで我が主君こそ、新しき皇帝に即位されるのだ」


 やがて野太い声は、意味のないくぐもった暗い音へと変わり埋没する。



シャオ! 大丈夫?」

 隣からの愛らしい声音こわねに、フッと意識が覚醒する。

 寝台の上に膝立ちして、紅紅フォンフォンが心配気な面持ちで見詰めている。


「う、うん。おはよう」


「まぁもう、おはようって時間でもないんだけどね。シャオがあんまりうなされてるものだから、つい心配になっちゃって」


 陽射しは窓を通して、真南から差し込んでいる。

 明るい日差しが、少女の心配そうな横顔の輪郭を柔らかく映し出す。


「ううん、ありがとう。たまに同じ夢を見るのよ。きっと昨晩の事件が引き金になったのかも知れないわ」

 

 そう言うと、シャオが纏う内衣ないいが汗でべっとりと張り付いていることに気が付く。


― さすがに、このまま身支度って訳にはいかないわね ―


 シャオが侍女に命じて清拭せいしきの準備をさせると、お互いに濡らした布で身体を拭き合う。

 内衣ないいも着替えてサッパリしたところで、身支度を整えて食卓に向かう。

 空腹に温かな湯気を立てる料理に、食欲がそそられる。


― 昨夜、あんな惨劇を目にしたばかりだというのにお腹はくのね ―


 二人は普段より多めの食事をブランチとして摂る。


 ひと心地付くと二人で応接間に移動して、昨夜の出来事を順序良く伝える。

 紅紅フォンフォン人伝ひとづてに聞かされていたようで、事件の概要は知っているようだ。


「あの叫び声に向かって、暗闇に向かってを進めたわ。母屋だから所々に油灯ゆとうほのかに照らしていて、すぐに現場に辿り着けたの。回廊は血溜まりが出来ていて、見知った家人が事切こときれていたわ。刺されてそんなに時間が掛かってるはずも無いのに。そこで傷口を探してみると、真っ暗闇の中なのに携灯けいとうの灯りだけでも十分だったわ。賊は首に一突き刺しただけ。極力声を出させないようにしたのかも知れないわね。そして鋭利な傷口には、あの緑色の液体が付着してたわ」


「それって!」

 紅紅フォンフォンも深夜の襲撃を思い出したのか、身体を強張こわばらせる。


「賊の姿は見てないんだけど、十中八九で褐巾賊かっきんぞくの仕業で間違いないと思うわ。その後に賊は凶器の小刀を池に捨てて、真っ直ぐ行った先の塀には欠片となった瓦が落ちていた。賊は鍵爪の付いた縄みたいなもので塀を乗り越えて、堀を泳いで渡って屋敷を逃走《《したかの様に》》偽装していたわ」


「偽装? って、そんなの可笑おかしいわよ。賊が褐巾賊かっきんぞくなら目的が何であれ任務に失敗したとしたら、あの日の闇夜に襲撃してきた時のように速やかに撤収するはずよ」


「まずは整理してみましょう。今回の賊は一人だったのか? 複数だったのか?」

 シャオは愛用の鉄扇てっせんを口元に寄せると、一折ひとおりだけ開く。


「この大きな屋敷に潜入するなら大人数だと思うわ。一人でなんて絶対に無理じゃない」


「そうね。この警備の厳重な屋敷を襲うのなら、事前に計画を立てて時機を見計らって組織的に動くでしょうね」


「ん? どう言うことなの」

 紅紅フォンフォンは小首を傾げて考えてみる。


「つまり、伯符はくふ兄様や周公瑾(こうきん)様の軍が集結している中で、ここ曲阿きょくあ県で大規模な作戦は行えないってことよ」


「でもでも、だからこそあんな間者かんじゃみたいな賊の集団を差し向けたのかも知れないわ」


「わたしが気になったのは、昨夜は一度も指笛ゆびぶえが鳴らなかったのよ」


 紅紅フォンフォンには、まだ話の意図するところが呑み込めていないように見える。

 指をあっちこっち指し示しながら、再び考え込んでしまう。


指笛ゆびぶえを鳴らさなかったのは、賊が一人だったからよ。仲間がいれば符牒ふちょう指笛ゆびぶえを使ったはずよ。いくら断末魔のような悲鳴が上がったとはいえ、不測の事態に仲間に符牒ふちょうで伝えないなんて考えられないわ」


「そっか! 指笛ゆびぶえの意義を考えてみれば、緊急事態に指笛ゆびぶえを鳴らさないのは不自然だわ。だけど賊が一人なんて、逆にそれこそ無理なんじゃない?」

 紅紅フォンフォンが至極当然のように指摘する。


「そうね、紅紅フォンフォンの言う通りだわ。一人では潜入するのも無事に脱出することも困難でしょうね。つまりは元々潜入も脱出すらしてないのよ」


「それって、まだ屋敷内に褐巾賊かっきんぞくが一人で潜伏してるってこと?」


「そうね。それに賊はすでに分かってるわ」

 シャオは愛用の鉄扇てっせんをピシャリっと閉じる。

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