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姫サマだって密かに恋を謀る  作者: そうじ職人
第二章 冠礼の儀殺人事件

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第020話 内堂での密議

 ここ呉景ごけい屋敷は非常に広い。

 その中心には、ここ内堂が設えられている。

 周りは建物に囲まれていて外部からの目を阻むように建てられており、その建物に通じる通路は母屋からの一本しかない。


 内堂の上座には孫家の当主である孫策そんさくが座り、その脇を呉太妃(たいひ)呉景ごけい張昭ちょうしょう朱治しゅち周瑜しゅうゆといった盟友が並ぶ。

 下座には孫家の子女と施(ラン)、そして何故か陳(パオ)も席を共にしている。


「まずは劉繇りゅうようとの戦勝を祝いたい。それに無事に母上をこの屋敷に再び迎え入れられたのは、この上ない喜び。朱君理(くんり)殿のご尽力に深く感謝申し上げる。それと陳屋衛都尉(おえいとい)殿も困難な任務を見事やり遂げられた。子細は母上から伺っておる。後日改めて、目録を添えて褒賞を取らせる」

 優しげな表情を浮かべつつ、密議は始まる。


「それにしても袁術えんじゅつの手勢が、これ見よがしに旗を掲げて追撃するとは赦せん! 屋敷を監視することすら、私を信用せぬ証しである。更には数々の戦功を挙げる度に、約束の恩賞も反故ほごにされてきた。更には直接一族に刃を振るったとなれば、もはや袁術えんじゅつ麾下きかに甘んじてはおれぬ」

 袁術えんじゅつの件となると、孫策そんさくも露骨に敵愾心てきがいしんを見せる。


「孫伯符(はくふ)殿、まずは落ち着きなされ。我が軍は五千余名に増えたとはいえ、まだまだ袁術えんじゅつが率いる軍勢十数万には遠く及ばず、『少なければ則ちこれを逃れ、若しくは能く敵う無きなり』と申す通り、当面は制圧した江東こうとうの地を盤石に固めて軍備を一層固めることこそ肝要です。それに袁術えんじゅつの星は、この二・三年の内に一瞬の光を帯びた後に、やがて漆黒の闇に飲み込まれると出ております」

 周瑜しゅうゆは静かな声音で、孫策そんさくの言をたしなめる。


「其方の星読みは、いつも不思議と当たるからの。きっと今回も、そうなるのであろうな」

 孫策そんさくも心を落ち着けて、周瑜しゅうゆの言葉に笑みで返す。


― 周公瑾(こうきん)様は、いつ聞いても玉を転がすような涼やかなお声。お話の内容も素敵で適確に的を射ているわ ―


 もちろんシャオ周瑜しゅうゆには、血縁的な結びつきなどはない。

 しかしながら兄の孫策そんさくと同い年の周瑜しゅうゆは、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。

 そのため幼くして父である孫堅そんけんを失ったシャオに対して、これまでも何かに付けて目を掛けてくれることがとても嬉しいのだ。


 孫策そんさく周瑜しゅうゆの言を受けて、我が意を得たりと話を続ける。

「まずはここ曲阿きょくあ県を中心に、丹陽たんよう郡を再び叔父殿の施政下に戻す。同時に広く政令を発布する。内容は『劉繇りゅうよう笮融さくゆうの配下であっても、速やかに降伏・帰順する者在らば一切の罪を問わず。また軍に志願する者在らば、家族の賦役ふえきの一切を免ずる。また従軍は強制するものに非ず』とな」


 内堂に集う一同が、その寛容なる案を熱く支持する。

 さらに孫策そんさくは話を進める。


「この先に兵卒が増えたところで、肝心な兵を率いる者が居らねば烏合うごうの衆に過ぎぬ。そこで周公瑾(こうきん)殿には西の丹陽たんよう郡を抑えて頂き、併せて有望な人材を集めて貰いたい。名のある将軍のみならず優秀な文官も広く集めねば、この広大な江南こうなんの地を治めるのは難しい。やってくれるか?」


「承知(つかまつ)る」

 周瑜しゅうゆはその場で快諾する。


「そこでけんの君は来年で十四歳、数えで十五歳だ。来春の年賀を以って冠礼かんれいさせ、一軍のしょうに任じようと思う。どうだ?」

 孫策そんさくは、弟である孫権そんけん双眸そうぼうを見据える。


「はっ。冠礼かんれいの暁には、そん家の名に恥じぬ働きをお見せ致しましょう」

 孫権そんけんはその場で力強く応える。


「施(ラン)きみも、確か孫権そんけんと同い年であったな。同じく冠礼かんれいの儀を以って、しゅ家の養子として後を継ぐことを皆に周知させれば、兼ねてより両家から申し出のある通りに名家(しゅ)家の跡取りも盤石ばんじゃくとなろう、さすれば江東こうとうの地も今後更なる発展を遂げよう。どうであるかな?」

 次に孫策そんさくは、施(ラン)双眸そうぼうを見据える。


「有難き幸せ。この施(ラン)。若輩とは申せ、しゅ家を継ぎし後もそん家に忠誠を尽くす所存。以後何なりとお申し付け下さいませ」

 施(ラン)は深々と拝礼して応える。


 孫策そんさく朱治しゅちに目を移し、互いに安堵の笑みを浮かべる。


「あとは母上にお願いしたき儀がありましてな。子弟の私塾の他に、名士の集う『清談せいだんの場』を催して欲しいのです」


「承知しました。しかし広く名士が集えるようにするならば、屋敷の外にでも新たに草庵を用意してはどうかしら? 門扉を通るには旗幟きしを鮮明にしなければなりませんし、善からぬやからが紛れ込んでいるとも限りません」

 太妃はまるで事前に、この事を予見していたかのように静かに答える。


「その通りですな。早速屋敷の改築を指示させましょう」

 呉景ごけいも快く引き受けてくれる。


「最後に陳屋衛都尉(おえいとい)殿」


われでありますか!」

 陳(パオ)が驚きの声を上げる。


「そなたを屋衛都尉おえいといという官職に付けたのにも意味があってな。表向きはその名の通りに、屋敷の警護の任に当たって貰う。……が、だ」


 そこで孫策そんさくは言葉を区切る。

 そして改めて陳(パオ)の双眸を見詰めて、その覚悟を推し量るように話し始める。


「今後は義侠団から古参の者を十名程選び、間者かんじゃとして各地を奔走して貰いたい。先々では従来の義侠の者として振舞って貰えばいい。そのための資金も用意してある。その土地での風聞や異変を耳にしたら逐次、この呉景ごけい屋敷に知らせるのだ。行く行くはこの屋敷こそが、中華全土を束ねる一大情報の集約地となろう。それを任せられるのは、最も信頼をおける者に他ならない。こうした役職は決して武名が轟くことも無かろうが、引き受けてはくれまいか?」


「義侠の者に武名など必要ござらん。忠義のこころざしさえ真っ当出来れば、それで十分ってもんよ。何より信頼厚い者ってのが気に入った。これからも孫殄冦(てんこう)将軍の指示に従わせてもらうぜ」

 野太い声が力強く響くと深々と拝礼する。


「今後は袁術えんじゅつとは適度に距離を取りつつ、攻める口実を与える訳にもいかん。当面は豫章よしょう郡へと落ち延びた劉繇りゅうようを討伐すべく軍を動かすように見せて、ここ郡を拠点に丹陽たんよう郡、会稽かいけい郡を施政下に置く。

郡は朱君理(くんり)殿。会稽かいけい郡には張子布(しふ)殿と共に、私が自ら軍を押し立てる積もりだ。そして最後には豫章よしょう郡に籠る劉繇りゅうようを討ち、ここ江東こうとうの地を施政下に置く」

 その毅然とした孫策そんさくの姿に改めて、諸将が拝礼の姿勢をとる。


 その拝礼する姿の中に、シャオ周瑜しゅうゆの横顔を捉える。

 その凛々しい佇まいから見据える未来は、きっとこの江東こうとうの地が理想的に発展していく姿に違いない。


― 周公瑾(こうきん)様がいらっしゃるだけで、この場の安心感が違うわ ―


 しかし久しぶりに出会う周瑜しゅうゆの姿は、昔から面倒をみてくれていた保護者のような姿から、より一層男性としての魅力を備えてみえる。


「周公瑾(こうきん)様……」

 シャオは、とても小さな声でその名をつぶやいてみる。


 いつの間にか会議は終了しており、皆が席を立ち順々にこの内堂を後にする。

 シャオも静々と、孫家一同の後に続く。

 しかし心の内に芽生えたものは、未だ内堂の中に取り残されている。

【人物註】

張昭ちょうしょうあざなは『子布しふ』。董卓とうたく袁術えんじゅつの専横を嫌い、孫策そんさくから江東挙兵時に参謀として招かれる。


【用語註】

冠礼かんれい:通常は二十歳はたちの成人を祝う儀礼。「礼記れいき」に基づき三度加冠(かかん)する。「元服」と同義。

清談せいだんの場:老荘ろうそう思想や軍学を論ずる場。時勢から天下の趨勢や軍略に話が及ぶサロンとなる。

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