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姫サマだって密かに恋を謀る  作者: そうじ職人
第一章 孫家の帰還

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第018話 負け姫サマと恋知らぬ姫サマ

 本日は紅紅フォンフォン翠蓮ツイリェンを始めとする侍女たちを伴って、母屋の太妃の応接の間へとおもむく。

 もちろん昨日、アポイントを取った侍女も一緒だ。


 母屋には謁見の間と呼ばれる大広間も備えられているのだが、仰々しくしなかったのは太妃の配慮からだろう。

 太妃の応接の間は、決して華美には設えてはいなかったが、細かい心配りが散見されており品良く格式を備えている。

 そこには太妃とその侍女たちと共に、シャオも同席している。


 挨拶はあくまでも形式的に進むことになる。

 なにしろお互いに、この屋敷に着いて一日しか経ってないのである。


 先ずは紅紅フォンフォンからの御機嫌ごきげん伺いの口上こうじょうに続いて、離れの屋敷の手配に感謝を述べる。

「本当にあのように立派なお屋敷を用意して頂きまして、感謝に堪えません。しゅ家を代表して御礼を申し上げます」


此度こたび、無事にこの呉景ごけい屋敷に辿たどり着くことが出来たのも、全て貴女がたの迎えが有ればこそです。これからも何かお困りごとがあれば、気兼ねなく相談してくださいね」


 たっぷりと二週間の旅程を、正に生死を共に潜り抜けた二人である。

 今更の挨拶に、どちらからともなく笑みがこぼれる。


 それまで大人しく控えていたシャオが口を挟む。

「皆さんお疲れでしょうから、また日を改めて宴席えんせきを設けてはいかがでしょう」


「そうね。ちょうど三日後は転居に相応しい日になりますから、その日に盛大にうたげを開きましょう」

 太妃が賛同して、その場はお開きになる。


 紅紅フォンフォンが侍女たち一行を従えて退席しようとすると、シャオが不意に呼び止める。

「ねぇ、紅紅フォンフォンだけ、わたしの部屋に寄っていかない?」


シャオの部屋に! 是非立ち寄らせて頂くわ」

 紅紅フォンフォン侍女頭じじょがしら翠蓮ツイリェンを見遣って、その旨を取り付ける。

 翠蓮ツイリェンは侍女たちを引き連れて、静々と母屋から引き下がる。



 シャオの部屋は、紅紅フォンフォンに与えられた部屋と然程さほど変わりがない。

 シャオ付きの侍女もこの屋敷で初めて目にすることとなるが、直ぐに下がらせて応接の間で二人きりになる。


「あなたってば無理し過ぎね。引き留めるのもどうかと思ったんだけど、話した方が楽になることも有るんじゃないかって思ったの。きっと昨日の内に施(ラン)様と何かあったのね」

 シャオ紅紅フォンフォンの瞳を見詰めて、そう切り出す。


「そうね。シャオには直ぐに見抜かれるって思ってたわ」

 紅紅フォンフォンは溜息がちに答える。


「あたし昨日は寝室で泣きらして、そのまま一睡もできなかったの。きっとあたしの目元を見て察したと思ったけど、どうして施(ラン)様のことだと思ったの?」


紅紅フォンフォンがそこまで悲しむことって、朱君理(くんり)様に何か言われたか、施(ラン)様と何かあったとしか考えられないわ。今回は危険なお役目を果したばっかりなのに、紅紅フォンフォンがお父様から何か言われるとは思えなかったの。自然と施(ラン)様とのことだと思い至ったわ」


シャオも薄々は知っての通り、あたしは施(ラン)様のことをずっとおしたいしてたの。それで昨日裏庭のくすのきの大樹のしたで、想いを打ち明けようと思ったのよ。そしたら施(ラン)様からも大事な話が有るって。その内容が来年早々にはしゅ家に養子に入ることだったのよ」

 紅紅フォンフォンは大事なことを噛みしめるように、一言一言を区切りながらゆっくりとした口調で打ち明ける。


 応接の間に冷たい晩秋ばんしゅうの風が吹き込む。

 シャオはツッと立ち上がり、部屋の窓際にを進める。

 窓越しに裏庭の大樹を目に留めると、静かに窓を閉じて振り返って語り始める。


「あのくすのきの大樹はいわれが有って、『縁結びの大樹』って呼ばれているのよ。だから施(ラン)様の想いが遂げられたのね」


「そんなことってひどいじゃない。あたしは施(ラン)様のお嫁さんになりたかったのに、兄妹きょうだいになっちゃったら結婚を諦めなければならないわ」


「結婚ってそんなに大事なこと?」


「当り前じゃない! 好きな男性と一緒に添い遂げることこそ一番大切な幸せだわ」


「それでも兄妹きょうだいになれるんだったら、それこそ一生別れることなく一緒に暮らせるじゃない」

 シャオは真顔で問い返す。


(そうだったわ! シャオには恋愛という肝心な知識が欠落してるんだったわ。唯一近いものといったら、ブラコンだけなのよね)


 紅紅フォンフォンは盛大に溜息をく。


「きっと将来にシャオが誰かに恋した時に、初めて分かることなんだわ」


 シャオは少し考える仕草を見せたが、改めて提案する。

「じゃあいっその事、あなたが他家に養女に出てから結婚すれば『同《《姓》》婚』問題は解消するんじゃないかしら?」


「あたしがそんなに手間暇掛けても、施(ラン)様に迷惑が掛かるだけだわ。もっともその頃には、とっくに朱然しゅぜん様になってるんでしょうけどね。あたしは施(ラン)様に迷惑に思われるくらいなら、この気持ちを心の奥底に仕舞い込むわ」

 紅紅フォンフォンが悲し気につぶやく。

 

「きっと時間が過ぎ去り、色々な人との出会いを経験してそれでも心の奥底に仕舞った大切な想いが色()せることがなければ、きっとその想いは成就するに違いないわ」


シャオにもはやく好きな人が出来れば、きっとあたしの想いも伝わると思うわよ」


「どうかしら? わたしには自由に好きな人を選べるとは思えないわ。きっとそん家の事情で好きでもない相手にとつぐことになるに決まっているのだもの」

 シャオはそれだけを口にすると、悲しげな表情で黙ってうつむく。


(そうだったわ。シャオはこんなに幼い内から人質生活を送ったり、色々な敵の襲撃に遭い続けているんだわ。きっとあたしには想像も付かないくらいに過酷な人生を歩んでる)


 そう思うとシャオの身の上がとても気の毒になり、思わずその胸に飛び込む。

 すると、止めどもなく涙があふれ出してくる。


(昨晩、一生分の涙を流し切ったと思ったのに。涙って枯れることがないのかも知れないわね)


「大丈夫よ。苦しいのは今だけだわ。きっと時間が経てば、新しい幸せが訪れるに違いないもの」

 そう言うと優しく紅紅フォンフォンの髪を、たおやかな指先でく。


(違うの。あたしはシャオにこそ幸せになって欲しいと思って、今泣いているんだわ)


 紅紅フォンフォンの想いは、涙に打ち消されて声にならない。

 それでもきっと二人で一緒に幸せになりたい。二人で一緒に理想の男性に巡り合いたい。

 そんな思いが自然と大きく強固な信条しんじょうへと昇華していく。


 呉景ごけい屋敷には乾いた冷たい風が舞い、静かに冬の装いが始まるのが肌身に染みて感じられる。

 そんな冷ややかな空気の中で、二人の間にただよう想いだけは暖かなものが感じられる。



  ―― 第一章 完 ――

第一章読了、ありがとうございます。

本章は、朱紅紅視点でのお話しです。

コメントなどに、ご感想を頂ければ嬉しいです。


第二章は、孫梟視点のお話になります。

今後も本作品を、よろしくお願いします。

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