第014話 砕石洲の渡し場【後篇】
第一便の舟十六艘が、中洲に向けて漕ぎ出す。
長江の流れは中洲があるために幾重にも分岐して、ゆったりとした流れに対して早瀬もあり、そうした河の流れを読みながら船頭は中洲を目指す。
第一陣には荷馬車を始めとした物資はもちろんのこと、復路の舟の確保を兼ねて孫一家と紅紅たち、兪河率いる親衛隊と義侠団でも若手の一部が分乗する。
梟を乗せた舟には、船頭の元締め自らが舵を取る。
「それにしても嬢ちゃんのような発想をした奴は、長年ここの渡し場で働いちゃあいるが初めてのことだぜ。今までなら精々、中洲は休憩に使うくらいなもんだ。だから俺たち船頭衆も危険を承知で、今回の嬢ちゃんの提案に乗ったってワケさ」
梟は謝意を表すべく、静かに頭を垂れる。
「元締めのオジサンは、危険を承知で引き受けてくれたの?」
隣から紅紅が、意外そうに声を上げる。
「そりゃあな。こんなご時世だ。それにこれだけ物々しく武装した集団が付いていながら、一刻も早く長江を渡りたがっている。まぁ訳アリだって気付かねぇ船頭は少なくとも、ここには一人もいないぜ」
(これでガハハハハッ! って大笑いしてたら、まるで陳宝みたいだわ)
無事に中洲まで辿り着くと予定通りに、荷物専用の舟は仮の桟橋に友綱を結わえる。
梟たち人員は速やかに中洲で下船して、船頭たちが次々と空いた舟に乗り込み、砕石洲の北岸に取って返す。
「気を付けて帰って来てね――っ!」
紅紅は口に両の手を添えて大声で見送る。
遠目に船頭の元締めが、大笑いしているように写る。その姿も長江の水面の上を次第に遠ざかっていく。
いつの間にか梟は紅紅の隣に立ち、そっと手を取って語り掛ける。
「残ってるのは義侠団と船頭衆よ。きっと無事に戻ってこれるわ」
それは自らの提案で新たな犠牲者が生まれないようにとの、願いにも似た呟きでもあった。
船頭衆を乗せた舟が北岸に近づくと、渡し場では義侠団の面々が盾を片手に物陰から放たれる矢を受け流し応戦中であった。
「おお! 戻って来たかい船頭の元締めさんよぉ」
ひと際大柄な漢が、何事も無いように気楽に声を掛ける。
「あのお嬢ちゃんも凄いって思っちゃあいたが、あんたらも大概に図抜けた胆力だな。中洲の仲間を心配させまいと、声一つ上げてないんだろ?」
「まぁ残った面子は、みな命知らずの義侠の者だ。しっかりと船頭衆の命も守り切ってみせるから安心しな」
「こっちこそ。船頭衆って奴は、向こう岸に渡すって約束したら、どんなに河が荒れていようとも必ず渡すのさ。例え弓矢の雨が降っていたとしてもな」
陳宝と元締めは顔を見合わせると、ニヤリと笑い合う。
「取り敢えず、あの舟まで船頭衆を護衛すればいいんだな?」
「船頭衆が一人倒れれば、その分あんたらが中洲まで辿り着けなくなるんだ。気合入れて守ってくれよ。代わりと言っちゃあなんだが、舟に乗った後は俺たちに任せておけ!」
軽口を叩き合いながらも弓矢が飛び交う中、一団になって渡し場の片隅に浮かべられた舟に向かう。
やがて砕石洲の渡し場の端から、一団の舟が漕ぎ出すと急流に乗り直ぐに岸から距離を取る。
するとそれを合図にしていたかのように弓矢は放たれなくなり、長江は再び静けさを取り戻す。
中洲では荷を積んだ舟に、若手の義侠団の面々が取り付いている。
もちろん兪河の率いる親衛隊が立哨しているのだから、不心得な行為を行える訳がない。
興味津々《きょうみしんしん》と言った面持ちで紅紅は梟を誘い、荷を積んだ舟に向かう。
すると皆が舟に詰んだ荷が荷崩れを起こさないか? 荷を縛った荒縄が緩んでないか? 手分けして確認しているようである。
そんな義勇団の中に、ひと際あどけなさをを残す少年が目に留まる。
(施然様と同じくらいの年頃かしら?)
(権兄様と同じくらいの年頃かしら?)
二人は顔を見合わせると、ヒソヒソ声で話し始める。
「あんなに若いのに、あの熊みたいな陳宝と一緒の義侠団なんてね」
「義侠団なのに、あんなに若くて『義侠』って名乗れるのかしら?」
「それでもよく見るとイケメンなんじゃない? ちょっと行って声掛けて来なさいよ」
「あの年でも馬を乗り回して戦いの日々を送ってるだなんて、何だか可哀想だわ」
微妙に噛み合わない会話が済むと、紅紅は荷を確認する少年の下に歩を進める。
「ねえ、あなた何やってるの?」
「見ての通り、荷物が安全に運べるように色々と調べ直しているところさ。です!」
少年は相手が朱家のお姫サマだと気が付くと、慌てて口調を直す。
「あたしは一ヶ月近く旅してたっていうのに、あなたのこと全然気が付かなかったわ」
「二輪車馬は視界が限られてしまうから、きっと後方を必死で付いて行くだけの俺のことなんか気付かないんだろう。です」
梟は少し離れたところから、クツクツと忍び笑いで堪える。
そして紅紅の後ろから、顔だけを覗かせて問いかける。
「それでも君は義侠団に入って間がないのでしょう?」
「え? どうしてそれを」
少年は驚いた表情で、梟の瞳を見詰める。
「手のひらの剣ダコも未だ固まり切ってないもの。それにきっと身寄りもないのね」
少年はコクりと首を縦に振り、たどたどしく語り始める。
「俺は戦災孤児なんだ。この義侠団は各地の戦場を駆け巡っている。時には俺みたいな戦災孤児だって救ってくれる。いつも陳宝団長が言うんだ。義侠の者は力だけが強いわけじゃない。大事なのは心なんだって。心の強い者だけが自らの居場所を見つけ出すんだって。だから他の団員が出来ないこと。気が付かないことを率先して行うんだ。だから今は荷物の縄が緩んでないかを真剣に調べるんだ。です」
「名前はなんて言うの?」
紅紅が明るい調子で訊ねる。
「張、張清って言うんだ。字は義侠の者だから無くったって可笑しくはないだろ?」
「じゃあ、よろしくね。張清」
二人の声が明るく揃う。
やがて中洲には、第二便として義侠団の本隊が到着する。
船頭衆は舟を乗り換え、再び第一便として舳先を江南に向けて舵をとる。
その日の内に孫家一行は長江を渡り切り、念願の江東の地に足を踏み入れるのである。
【人物註】
・張清:字は元服前で無い。戦災孤児だったところを陳宝に拾われたとのこと。義侠団の一員となる。




