表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫サマだって密かに恋を謀る  作者: そうじ職人
第一章 孫家の帰還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/26

第010話 長い闇夜を越えて

ホ――ッ! ホ――ッ! ホ――ッ! ホ――ッ!


「ほら? 今度は音の回数が変わったわ。なにかの符牒ふちょうかも知れないわ」

 シャオは既に宿直衣しゅくちょくいから平服に着替えて、愛用の軽甲冑けいかっちゅうを身に付ける。

 朱塗りの短鎗たんそうを手に取ると、振り返って毅然として声を掛ける。


紅紅フォンフォンはここで待ってて。わたしはお母様に相談して来るわ」


シャオも昼間みたいな無茶だけはしないでね」


 その声に軽く微笑み返したかと思うと、寝屋から素早く漆黒の闇へと姿を消す。


 太妃の寝屋の前には警護の者が立哨りっしょうしており、シャオの姿を認めると直ぐに拝礼の姿勢をとる。


シャオ姫サマ。既に『日の君』と施(ラン)様が中においでです」


けん兄様と施(ラン)様が。分かりました。わたしも入ります」

 そう言うと、ひと回り大きく設えられた寝屋の中に滑り込む。


 太妃は既に着替えを済ましており、孫権そんけんと施(ラン)は並んでひざまずいている。

 シャオも並んでひざまずくと拝礼して奏上する。

「街道の向こうから、不審なフクロウの《《鳴き真似》》をした声音こわねを耳にしました。あれは何かの符牒ふちょうのように感じます」


 太妃は深くうなずき、シャオに説明する。

「施(ラン)も山林に人影を見掛けたと申している。今は兪伯海ゆはくかい殿に警備を強化するように命じたところです。きに陳(パオ)殿も訪れるでしょう」


 言うや否や、ひと際大柄な人影が寝屋に顔を出す。

御母堂ごぼどう様、遅れてすまねえ。今、部下の中でも夜目よめく者を数名斥候(せっこう)として出した。やはり夜陰やいんに紛れて、向かいの山林に十名以上は潜んでいそうだ。それと幕舎ばくしゃが山林に近すぎちまう。ここでは弓矢が届く範囲だ。少なくともあと一町いっちょう(約100m)程、幕舎ばくしゃを奥に下げちゃあくれないか? 前面は義侠団でシッカリと固める。今、篝火かがりびも増やす準備を始めてはいるが、今の位置じゃあ敵に対して標的を照らし出すことになりかねない」


「急ぎ兪伯海ゆはくかい殿に言って、幕舎ばくしゃ一町いっちょうほど奥に移させましょう」

 太妃の即断即決にも、敵の動きが一枚上回ったようだ。


「敵襲!」


 前方に展開する義侠団から、夜を引き裂くような雄叫びが響き渡る。

 途端に幕舎ばくしゃの寝屋を標的に、次々と火矢が放たれる。


 寝屋はたちま業火ごうかに包まれる。

 事情が伝わっていない者達も多く、寝屋の中からは多くの者が訳も分からずに飛び出してくる有り様だ。

 正に味方はパニック寸前におちいっている。


「母上。急ぎ一町いっちょうほど奥に本陣を構えて下さい。施(ラン)しゅ家の一行の避難を指揮してくれ。私は兪伯海ゆはくかい殿に合流して本陣を固めさせます。それと敵は夜陰やいんに乗じて、弓矢での攻勢を強めるでしょう。陳(パオ)殿には有るだけの盾を持って、前面からの侵攻をはばんで頂きたい」

 孫権そんけんは沈着冷静に適確なそなえを指示していく。


けん兄様。わたしも同行してよろしいかしら?」

 シャオは決意を秘めた瞳で、孫権そんけんに訴える。


 孫権そんけんは首を振り、妹のシャオに指示する。

「お前は施(ラン)と行動を共にしろ。急げ!」


 そう一言残すと、陳(パオ)と共に寝屋を飛び出す。


 太妃も孫権そんけんの方策に従い一抱ひとかかえの陣幕を護衛に持たせ、急ぎ一町いっちょうほど奥に下がって簡易な本陣を設営する。


 シャオは施(ラン)と手分けして、シュ家の人達や兪河ゆか率いる近衛兵を本陣の陣幕の内外に配置替えをする。

 そうして山林から距離をおいたはずなのに、不意にシャオの耳元を鋭い風切り音が暗闇の中を切り裂く。

 白銀しろがね色の肩当てに”カツンッ"と鋭い衝撃が響いたかと思うと、直ぐ脇の地面に短い弓矢が突き刺さる。


(特殊な短弓たんきゅうの矢だわ。新手の敵は袁術えんじゅつの軍とは全く違う)


 首を強く振ってシャオは思考を振り払い、紅紅フォンフォンのいるはずの寝屋に向かってを速める。

 寝屋の前には、紅紅フォンフォンとお付きの侍女が立ち尽くしていた。

 いくつかの寝屋は既に炎に包まれて、赤々と満天の星空に色を染め上げている。

 二人ともその光景に立ち尽くして、ただ見詰めているのだ。


「ジッと立ち止まってちゃダメ! 直ぐにこっちに来てっ」

 

 茫然ぼうぜんとしたまま動き出せない二人を見詰めると、強引に紅紅フォンフォンの手を取って本陣に向かって走り出す。

翠蓮ツイリェンも後に続いて!」


 シャオの鋭い口調に背中を押されるように、二人の後を追いすがる。


 本陣に辿たどり着くと直ぐに、太妃に報告する。

「お母様、敵は火矢だけではなく短弓たんきゅうも使い分けて打って来ています。恐らくは短弓たんきゅうには毒が塗られてるかも知れません」

 報告しながら、肩当てに残る毒々しい緑色に塗付されてたであろうやじりの跡を見詰める。


「敵は暗殺に特化した部隊なのでしょう」

 太妃は明らかに異常な襲撃に戸惑っているようである。


 兪河ゆかが重ねて奏上する。

「部下が敵一名と会敵かいてきしております。惜しくも討ち漏らしましたが、夜陰やいんに紛れ複数名が本陣に向かって回り込もうとしていたとのこと。急ぎ近衛兵の配置は全方位配置に変更いたしました。部下によると黄巾党こうきんとうの如く茶褐色ちゃかっしょく頭巾ずきんで顔を覆い、全身も同色の装束で身を包み、刃渡りの短い得物えもので武装していたと報告が上がっております」


 シャオが今度は、兪河ゆかに向かって伝える。

夜陰やいんに紛れて短い得物えものを振るう敵には、義侠団の皆様が持つ大振りな剣はとても不利だわ。急ぎ、陳(パオ)殿に情報を届けさせて!」


シャオ姫サマの申す通りですな。わしが自ら前線に伝えに走り、そのまま敵の侵入を阻止して参ります」

 太妃に深々と拝礼を取ると、颯爽とその場を立ち去る。


 静寂の中で前線では時折、金属が打ち鳴らす甲高い音だけが響き渡る。

 そんな単調な時間が永遠に続くかと思われた。


 しかし未だ季節は秋口あきぐちに差し掛かったばかり。漆黒の闇夜も次第に東の空から、徐々に白み始める。

 やおら山林の中から甲高い指笛が鳴ったかと思うと、交戦中だった敵も急ぎ退しりぞく。


 残されたのは、圧倒的な静寂のみ。

 既に火が掛けられた寝屋は、全て焼け落ちている。


 討ち取ったはずの敵兵も数人いたはずであったが、敵の遺骸いがいは跡形も無く消え去っている。


 代わりに大地に横たわるのは、義侠団数名の亡骸なきがらであった。

 その死因の全てが一瞥いちべつして弓矢のやじり跡。その傷跡から毒によるもので有ることは一目瞭然であった。


 その亡骸なきがらを前に屈み込み、陳(パオ)は幅広い背を小さく丸めて大きく震わせていた。

「済まねえ! われを信じてここまで付いて来てくれたっていうのに、本当に済まねえ」


 徐々に強まる朝陽を浴びながらも嗚咽おえつ交じりの野太い声は、いつ途切れると言うこともなく草原に響き渡り続ける。

【用語註】

宿直衣しゅくちょくい:上流層が就寝時に着用した単衣。白絹などで仕立てられた。

黄巾党こうきんとう太平道たいへいどうという宗教団体。184年に指導者の張角ちょうかくが蜂起。反乱は中国全土に及んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ