私の夜に付き合ってよ
会社員と大学生の話。
会社員「こんな時間にインターホン鳴らしやがって。
もう12時だぞ」
大学生「いいじゃんいいじゃん。幼馴染の仲でしょ
う」
会社員「それで、要件は何だ? 何にもないってこと
はないだろ」
大学生「明日は仕事休みだよね?」
会社員「ああ、そうだが」
大学生「なら車出して! ドライブしようよ!」
会社員「……今からか?」
大学生「うん!」
会社員「パジャマなんだが……」
大学生「着替えればいいでしょ! さっさと着替えて
らっしゃい」
会社員「いや、普通に……なんで?」
大学生「いーからいーから。はい、ゴーゴー!」
会社員「はぁ……」
大学生「車の中はやっぱ落ち着くねー」
会社員「それはそうだが、そんなことより眠い。なん
でこんなことに……」
大学生「そういいながら、ちゃっかり着替えちゃって
るじゃん」
会社員「……うるさい。んで、どこに向かうんだ?」
大学生「んーとりあえずコンビニかな。色々買いたい
し」
会社員「夜中に人起こしといてコンビニかよ! 昔か
ら人使いの荒さは変わらないな」
大学生「あんたなら何を言っても付き合ってくれるか
らね」
会社員「俺は便利屋かよ……」
大学生「料金は無料でいいよね?」
会社員「ひでえ。便利屋ですらねえ」
大学生「そんなのどーでもいいから、早く行こうよ。
進めー! 全軍出陣だ!」
会社員「……サーイエッサー」
大学生「フー。やっぱコンビニの中はクーラーが効い
てるね」
会社員「悪いな、クーラーもつかないようなボロ車
で」
大学生「まあ、あんさんの車には始めから期待してま
せんから」
会社員「中々に失礼だなお前、あれでも結構値が張っ
たんだぞ。――って話聞けよ。どこ行ってん
だ」
大学生「これと、これと……これ!」
会社員「そんなに買いこんで、払えるんだろうな?」
大学生「ふふーん!財布ならここにあるよん――お金
ちょっと足りないぃ……」
会社員「おい、そんな目で見るな。おいやめろ。俺は
絶対に出さんぞ。……クソっ」
店員「735円になりまーす」
会社員「……カードで」
大学生「車あちぃー」
会社員「我慢しろ。ていうか結局俺が払ってるし……。
後で返せよ!」
大学生「ゴチでーす」
会社員「返せって言ってんだろが。お前バイトしてる
だろ」
大学生「あのバイトもう辞めたよ」
会社員「はあ!? まだ一ヶ月だろ?」
大学生「お母さんが辞めろって」
会社員「……ああ、あの人か。ちょいと厳しいもんな」
大学生「うん」
会社員「ていうか、こんな夜中に家出て何にも言われ
ないのか?」
大学生「一応連絡入れたけど……。多分帰ったら怒られ
る」
会社員「……おい。それ俺も怒られるんだからな」
大学生「毎度毎度のことじゃない。一緒に怒られてよ
ね」
会社員「はぁぁ……。ていうか、あれを買ったってこと
は勿論あそこに行くんだよな?」
大学生「さっすがあ、分かってんじゃん」
会社員「うし、飛ばすか」
大学生「音楽かけよ! 盛り上がるやつ!」
会社員「あいあい。任せなさい」
大学生「窓開けてー」
会社員「自分で開けろよ。そこにボタンあるの知って
るだろ?」
大学生「人にやってもらうのがいいんだよー。分かっ
てないなあ」
会社員「こっちのメリット0じゃねえか! 使われる
身にもなれよ。……えーと、窓はこれか」
大学生「ガタガタ音してるけど大丈夫なの?」
会社員「今まで普通に開いたし大丈夫だ。多分」
大学生「お、開いた開いた。あー風が気持ちいいね」
会社員「……そうだな。悪くはないな」
大学生「正直じゃないなあ……。まあ、正直なあんたな
んて嫌だけど」
会社員「やかましいわ」
大学生「うわ、鹿じゃん! 可愛いー」
会社員「山道なんだから鹿の一匹二匹いるだろ。急に
飛び出されたら怖いんだよな」
大学生「その道を左だよ」
会社員「よく覚えてるな。危うく前に進むとこだっ
た」
大学生「鹿に気を取られてるからだよー。感謝して
も……、いいんだぜ?」
会社員「何キメ顔してんだ。元はといえばお前が行こ
うって言ったんだぞ。道案内は当然だろ」
大学生「……ふん」
会社員「拗ねるなよ……」
大学生「そこは右」
会社員「おう。…………ん? なんか道間違ってない
か? ……あ、お前! わざと違う道教えただ
ろ! 曲がっちまったじゃねえか!」
大学生「やっぱりあんたは面白いね」
会社員「あ……ありがとう?」
会社員「よっしゃ、やっと着いたな」
大学生「自然の空気うま! やっぱり山は最高だね」
会社員「トランクに折りたたみ椅子積んであるから持
ってくるわ」
大学生「用意いいじゃん。流石キャンプ好き」
会社員「いいから、お前は買ったもん並べとけよ」
大学生「はーい」
会社員「……準備は完璧だな」
大学生「早く食べよーよ! これとこれ、どっちがい
いい?」
会社員「『べヤング』と『コヅ盛り』か……迷うな」
大学生「夜の山にはカップ焼きそばだよねえ」
会社員「よし決めた、べヤングにする」
大学生「んじゃ私がコヅ盛りね。ほいべヤング」
会社員「サンキュ、お湯沸かそうぜ」
大学生「ん、このガスコンロ火が弱いなあー」
会社員「まあいいじゃねえか。ゆっくり星でも見て待
とうぜ」
大学生「あんた、ロマンチックな言葉似合わないね」
会社員「どの口が言ってんだ。……見ろよあそこ。夏の
大三角形だ」
大学生「ほんとだ、1年ぶりの再会だよ」
会社員「綺麗だな」
大学生「そうだね」
会社員「願い事したら叶うかな」
大学生「叶うわけないでしょ。流れ星じゃないんだか
ら」
会社員「願うだけならタダだろ。お金欲しいお金欲し
いお金欲しい」
大学生「内容が子供じゃん。…………彼氏欲しい彼氏欲
しい彼氏欲しい」
会社員「大人になるほどお金はすぐに消えるんだよ。
お前だってガキみてえな願い事じゃねえか」
大学生「そんなこと言って、本当に彼氏ができても知
らないよ?」
会社員「別にお前が誰と付き合おうと俺には関係ねえ
よ」
大学生「……そうなんだ。あ、お湯沸いてるよ!」
会社員「ほんとうだ。注ぐからコヅ盛りかせよ」
大学生「へいパース!」
会社員「わ、投げるなよ」
――
「焼きそばおいしいね」
「そうだな」
「星空ってなんかいいよね」
「わかる」
「あれUFOじゃない!?」
「馬鹿、普通に飛行機だろ」
「なんかもう家に帰りたくないなあ」
「俺を誘拐犯にする気か」
「それでもいいじゃない。2人でどこかへ行こうよ」
「俺には会社。お前には学校があるだろ」
「ちぇっ、ケチ」
「なんとでも言え」
「ずっとこのままだったらいいのに。ずっと、あんたと星を見ていたい」
「……今日は車に泊めてやる。明日の朝一に帰るぞ」
「いいの!? ……ありがとね」
――彼らの夜が、過ぎていく。
あなたの夜が満ち足りたものになりますように。