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僕の言い訳《改定済》



 自分の過去の遺産というのは恥ずかしすぎて死にますね(笑)







 だから、だから助からなくて良かったのに。

 僕なんか助からない方が良かったのに。


 後悔。後悔。後悔。

 痛い。痛い。痛い。

 もっと痛かったんだ。

 確かに騙してた。偽ってた。異質な自分を隠してた。正義が判らなくなってからずっと。


 自分が正しいか、判らなくなった。僕らの正義が間違っている気がして、間違っていると気づいて。


 偽っていることが苦しくなった。いつか、嘘を吐けなくなった。



 結果として、裏切った。

 結果として、殺した。

 言い訳がましい、自己暗示。

 其れでも、まだ言い訳。


 散乱する死体。

 彼等の正義と僕の正義。

 それぞれの言い訳。


 血塗れの僕。自分と他人の血の区別はもう全く付かない。


 言い訳。言い訳。言い訳。

 殺すために生まれた僕。兵器の僕。―なのに、こんなにも深く悔やむ。


 戦うために生まれた僕。こうして血塗れになるために生まれた僕。―なのに、こんなにもひどい罪悪感。


 痛みを押し殺して前へ躰を引きずった。自分の重たさを痛感。


 フェネックの彼女の元へ。


「…―っ!」


 殺戮者の僕が人の安否を気に掛けるなんて間違っている気がした。


 さらなる罪の重ね塗りだなんて。あらぬ偽善が頭を過ぎる。


 こうして、幾度血を被っただろう。

 今回の相手が部下だっただけなのに、人数の総数は大した事無いのに、なのに、愛着が有るという、そんな、温い理由だけで―


 罪の意識は、跳ね上がる。


 …じゃあ知らない他人は殺しても構わないのか…?

 …残念ながら、僕は、そんな冷たい人間なんだ。



 罪人は少女の元へ。


「―大、丈夫…?」


 名も知らぬ彼女。

 その頬に触れようとして、


 躊躇った。

 人殺しの手だ。

 血塗れの手だ。



 罪深い 手 だ と


「ぅ―ん…」


 思っ て


「…ぁ…、私…?」


 躊躇った その 手を



「…っ!!…っどうしたの!!?血だらけだよ!!?」


 握られた。


「…!!」

 思わず、振り払う。


 彼女の驚いたような顔。

 僕の乱舞する息。

 二つの揺れる瞳。


「…。…ごめん、…嫌だった?」

 謝ったのは彼女だった。


「…ぁ…いや…、」

 弁解の言葉が出てこない。

やっとの思いで、


「…。……ごめん…」 

 不格好に、謝った。

少女の外傷は額の傷だけで、一筋の血が頬を伝っていた。

 彼女は笑った。混じり気の無い笑顔で。


「じゃあお互い様って事で」


 陰なんて無い。後ろめたい事もない。そんな笑顔で。


「…あれ、…?、…あたし、何でここに居るんだろ…?」

 衝撃で記憶が少し飛んでいるようだった。


 彼女の傍らにはバケツが半分砂に埋まって落ちている。その脇には小石。

 彼女の額を傷付けたのはこれか。


「ぁ…!あぁ!!そうだ!…あのねっ!何か変な人たちがエイトって人を捜してて…っ!!その人はしぶって所を壊滅させた悪い人なんだって!!あなた知らない!?」


 ―支部を壊滅させた、エイトという悪人


 そこまで言って、彼女はふと頭に手を添えた。


「…捜してて…?」


 顔をしかめ、何かを思い出そうとしているように見える。


「あたし、その人たちに…石、投げられた…?」


 それで…


「その探してる人は…茶髪で翼があって、あの人たちと…同じ、服、…なんだって…」


 茶髪で翼があって―この死体達と、同じ服。


 其れは紛うと無く、彼女の目の前の男。

 即ち、僕。


 彼女の瞳が、僕を捉えた。



「―…もしかして、なんだけどさ。…間違ってたらごめん。 …あのさ、もしかすると、」


 恐る恐る、窺う様に。


「あなたが、エイト…?」



 ―僕は、一体、どんな顔で笑ったのだろうか。

 上手く、笑えていただろうか。

 ―いずれにしろ、

 僕は笑った。

「…―そうだよ」

 No.08

 兵器、猛禽の08号。8番支部担当で8番隊隊長。上空最強の個体。

 彼女らダイヤの敵、スペード。


 隊長クラスの兵器だ。


 彼女らを滅ぼすために生まれた、遺伝子工学の最高峰。


「―うそ、本当に?」


「本当だよ」


「…じゃあ、悪い人なの?それとも、あの人たちが嘘ついてるの?」


「…分からない」


 だって分からない。

 もう僕には何も分からない。

 正義も悪も分からない。

 殺戮の正当性も分からない。

 分からない。判らない。僕には解らない。


「…エイトって名前なんだ」


 僕に名前なんて無い。

 そんな物、無い。


「……そう、呼ばせてた」

 そんな人間らしい物は無い。

 僕は兵器、だから。


「…じゃあ、」


 彼女は立ち上がった。

 地面に這いつくばってる間抜けな僕に 右手を差し出して、


 ―笑顔を向けて、


「よろしくね、エイト。」


 全てを一掃する様に笑って。

 わらっ―


「―え!!?」


 ―その手は、引かれた。

 彼女が凝視するのは僕の背後。

 散乱する死体。



「な…に…?これ…!?」


 罪の痕跡。

 僕の部下達。


「…これ…君が…!?」

「……。」


 素直に、そうだと言えなかった。


  ―何を今更


「みんな…死んでるの…?」


 生きてはいないだろう。

 生きていたとしても助からない。


「…あなたを…捜してた、人たち…だ…」


 それでも肉食動物なので、死骸に対する耐性はあるようだった。

 砂漠の砂は血によって濡れている。


 日が沈んだ後の空気は冷たく、鼻腔の奥では血生臭さを感じる。


「…あ、あたし…。…えっと…。…だから…その…」


 だが其れが自分の体の返り血なのか、部下達の死骸からの物なのかはもう、判らなかった。


「…あぁ!!もう!!」


 いきりたった様に彼女が叫ぶ。そして怒ったように僕に言った。


「ごめん!!あたしは今、何にも分からないから教えてって言いたいんだけど…!」


 怒り口調の割に言葉は優しい。


「その状態のあなたには言えないから!」


 ひとまず家に―と言って振り返る。が、


「―あれ?」


 彼女の巣穴は存在しない。


「え?え?嘘?」


 其れは僕が突き破って地上に出た所為だ。


 オーバーヒートして、限界を超えた僕の所為。

 頭は冷えてるのに、制御をしようとする発想と常識そのものがぶっ飛んでしまう。


 元々あった傷もあの状態の僕が受けた物だ。痛みは感じても、それを苦痛と感じない。


 あの状態の僕は殺すことが目的とすり替わってしまう。


 大切なものも、壊してしまいそうで―

 現に今みたいに―

 きっと今よりも―


「嘘…」


 幾ら探しても、見つかる筈もなく。


 もし見付かっても、二度と中には入れないだろう。

 ―ほら、僕は今―

 大切な物を、壊した。


「ねぇ、あたしの家知らない?」


 彼女は何も知らない。


 その破壊者が僕であることも勿論、知る筈も無い。

 この屍の製造者が僕だという事も、僕の正体も、僕の本性も当然の如く、知らない。



 彼女は知らないのに、言えない。


 ―彼女は知らないから、言えない。



「どうしよう、帰れない…」


 彼女の泣きそうな声。

 ―このまま彼女が家の有無を知らなかったら、いつまでも探し続けるのだろうか。


 其れすらやりかねない位動揺しているように、少なくても僕には見えた。

 砂漠の砂は時が経つほど厚く積り、地表の物を埋め立てる。彼女だって、其れが分からないほど砂漠に棲んで日が浅くはないだろう。


 それでも何かの執念の様に、彼女の捜索は終わらない。



 ―僕の為に…


 僕の為に、事実を伝えようか。


 彼女の為に成るかは、僕には図れないが、


 罪と嘘を重ねたく無かった。

 それに、彼女の為にも―なんて、……それはまた恩着せがましい言い訳。


 僕は重い口をひらいた。


「…僕の所為なんだよ」

「…何?」


 彼女は聞いていないようだった。

 僕は仰向けになり、痛む体を起こしてもう一度言う。


「僕の所為なんだ」

 やっと、耳を貸してくれた。


「…え?何が?」


「君の家崩したの…僕なんだ」


 少女は瞳を見開いた。

「崩れたの!?」



 …ああ、まずそこか。

 崩した。

 他でもない僕が。


「じゃあ、もう無いって事…?」


 彼女を直視できなくて、僕は思わず目を逸らした。

 それでも答えなくてはいけないと思い、小さく、頷いた。



「…そんな…」


 嘘だ、と、小さく呟いたのが聞こえた。


 唐突に立ち上がり、手当たり次第に地面を掘り返す。砂は掘っても掘っても周辺の砂が崩れ、努力は一向に報われない。

 ―が、其れでも彼女は止めなかった。 止めるべきか、黙認するべきなのか、僕には判らなかった。


「嘘だ…!嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だうそ―」


 ざん、と渾身の力で砂を殴打した。

「すぐ…下なのに…っ!」


 語尾が、僅かに震えていた。


 一筋涙が零れた。

彼女だった。


 笑顔の似合う彼女の、涙。


「…おとうさん…」

 ―確かに、彼女はそう言った。


 僕は立ち上がることが出来なくて―其れでも傷が割れて血で潤った所為で先程ほどよりも痛みは軽減していて―なので僕は立ち上がって、彼女の傍らで膝を付いた。


 でも、僕はニワトリじゃないけど臆病者で―



 慰める事が、出来なかった。

 そんな権利は僕には無い。

 原因は僕なのだから。


 その原因は、ただ困って、途方に暮れた。


「…私さ、おとうさんが居たんだ。」


 淡々と、彼女は一筋の涙で語った。


「おとうさんはもう居ないんだけどさ、大切な人だったんだよね」



 慰める事も出来ず謝ろうともしない僕は、彼女の話を聞いてあげることが最高の最善策だと思い、ただ耳を傾けた。



「もうずいぶん前に居なくなっちゃったんだけど、あの家はおとうさんとの思い出が一杯在ったんだ―」


 美談なのか懺悔なのか、または後悔なのか。


「でも、もう砂の下なんだね」


 彼女は笑ったが素敵な笑顔とは言い難かった。


 胸の深い場所が、痛みを訴える。


「諦めなくちゃ、いけないんだよね。無理なんだよね。解ってるよ、私。」


 其れは自分に言っている様に聞こえた。



 ―何で責めないんだ。

 どうして罵らないんだ。

 おまえの所為だって、

 責任取れって、

 どうにかしろって―

 何でそうして、怒らないんだよ。


 ―その方が、まだ謝りようもあるのに。

 謝る必要が無い筈なんて無いのに―まだ…謝りたくない。


 あの僕は僕であって僕じゃない。

 ストッパーが外れた僕がしたことは、記憶はあっても、実感を伴わない。

 僕のしたことだと分かってはいて、現実に絶望だってしても、どこか、逃げ道があるような気がする。


  ―そんなの彼女には関係無いのに。

 僕は自分本位だ。

 他の誰でも無い、僕の所為なのに。





 罪に震える位なら、その罪を認めればいいのに。

―認めろよ。


「…あの」



 今まで誰かを何かを壊して、謝る必要なんて無かった。

 其れはあっち側の正義だった。


 其れが間違いだと分かっていても、その罪悪感に頭を抱え、心が疼くのを握り潰してはいても、例え其れから逃れたくてしょうがなくて―現に逃れて来たとしても、


 ―それでも

 それでも、責任転換をしていた。


「…今更なんだけど…。」


 本当に今更だが。


「…僕が悪いから…ごめん」


 平衡感覚がおかしいのは血が少ない所為だ。


 僕は咄嗟に手をついた。


 砂の上に血が垂れ、砂を赤く凝固させた。



「…どうしてか、訊いていいかな」


 彼女は正面を見詰めたまま言う。


「…良いけど…説明が長くなりそうだし…それまで保たない……かも」


 血を失い過ぎた。止まってはいるが、意識を保てる保障と自信が無い。


 先程の戦闘で靴と手袋を駄目にしてしまった。日が昇り熱された大地を歩くのは不可能では無いし火傷位で済むだろうが、気が進む行為では無い。

 つまりは、夜の内に何とかしたいということ。



「あたしは…。…アテなんてこれっぽっちも無いんだけど」


 彼女は立ち上がって、僕の手を掴んだ。俯いたまま強引に引っ張られる。


「…っ!!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛いって!」



 立たないともっと痛いので立ってついて行くしか無いのだが、立っても歩いても暴れても、動けばその二乗に比例して痛い。



 これは動いちゃいけないって事だと思うのだが。


 なのに彼女は無遠慮に僕の手を引く。僕のヘタレた弱音は聞き入れて貰えない。


 限界点には届きそうになく、其れだけは救いだった。

 ああなったら見境なんて無い。彼女すら殺しかねないのだ。


 痛みは確かに苦痛ではなくなるが、自分が戦闘本能に支配されて仕舞う。其れが解けた時、僕は僕の何かを強く責める。


「…い、痛いって…!僕ついてくから離し―」


「ねぇ、知ってる?」


 彼女が僕を遮った。


 その声にはかなりの迫力があって、思わず、僕は怯んでしまった。



「私、怒ってるんだからね。分かってる?私、すごく怒ってる。今、おへそでお茶を沸かせます。」


 笑って良いのか分からなかった。…ので、空気も読んで、笑わないを選択。


「怒ってます。すごく怒ってます。何でなのか分かってますか?」


 敬語が逆に怖い。

 僕は探る様に言う。


「…僕が、君の家壊した…から、デスか」

「―それだけじゃない」


 ―まぁ常識として考えれば、僕はとんでも野郎だろうから、彼女が怒るのも分かる。


 だって、大量殺戮してるし、彼女は僕が支部を壊滅させたって知ってるし。

 目覚めたら行き倒れの男は血塗れでいきなり『君の家壊したんだ』って、…え?何で? って状況だし。


 僕の側にそんな奴が居たら自己保身のために少し手段を考えなくちゃいけない。


 だからまだ彼女が怒鳴り散らしていないことは、奇跡なのかも知れなかった。


 彼女の向こうに小さな湖と背の低い木々があるのに気づいた。オアシスという奴だろう。


「私は!!」


  彼女が急に立ち止まり、僕はつんのめって前へよろけた。緑色の草を裸足が踏み締める。奇跡の時間は終わった様だ。


「―は…はい」


 たじろいで僕は答える。

「私は全部分かんないから怒ってるの! 苛々して急にキレて八つ当たりしてるの! 私悪い奴でしょ!?」


そんな事を威張られても困る。


「…い、いや…うん、どうだろう」


「あたしは! 何が何だか分かんないから教えて欲しいのに其れどころじゃ無いし! 頑張って理解しようとしても無理だったし! だから現在進行形で八つ当たりしちゃってるし―そんなあたしは悪い奴だし…!!」



  つまりは理解不能な状況下に置かれすぎてストレスが溜まったということか。


  無理もないかなと思った。


「だから…!」


 理解できない予測できない想像できない。そんな状況は不安で、未知の物には恐怖を抱く。


 其れは一般的な心理なのだそうだ。


「…だから、理由があるなら教えてよ。ちゃんと言って。聞いてからじゃ無いと八つ当たりになっちゃうから。」


  ―なんて、彼女は再び言った。

 …ギブアップ。

 根性負け、しました。

 気絶しても良いでしょう。


「…。…分かったよ」


 僕は君に負けました。

 君は僕に勝ちました。


 僕は君に従いましょう。

 君を僕は想いましょう。


「…まず、ごめん」



 君が怒るのも分かります。



 僕が逃げるのも―


 其れは…怖いからだけど―


 知られるのが怖いからだけど―

 知られて拒絶されるのが怖いからなのだけれど。



「…長いし難しいけど―」



 僕は君に負けたので、君を想って語りましょう。


 理由という名の言い訳を。


 そんな物を君が知りたいと言うのなら―


 君に―






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