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僕の裏切り《改定済》



 読み返したら酷かったので改定しました。



 …少しは読みやすくなってる…と、思う……。








「…く…っそ…ぉ」





 目の前に永遠に広がる砂漠を睨み、悔しげにそう言った。


 先程まで自由に空を滑空していた羽は、今は只の荷物にしかならない。痛覚が無ければ絶対に切り落としている。



 焼け付く太陽を覆う雲などあるはずもなく、ただ高く青い空が広がって いた。



「……っの…」


 彼は何度目かの悪態をついた。そうでもしないと、とてもやっていられない。

 …―尤も、



 悪態をついたからといってどうにか成る訳でもないのだが。


「…―う、ぁ―」


 ぐらりと世界の揺れる感覚に、彼は焼けた砂の上に倒れた。


 青い空も広大な砂も、褪せて遠くなっていく。 全身の痛みも薄れて、楽になれるような気がして、



 意識を手放した。










 ぴょこんと砂色の立ち耳を生やした少女が、上機嫌で砂の上を行く。


 その手にはバケツが下げられていた。


 ふと、足が止まり、

 彼女の大きなつり目が更に大きく見開かれる。


「人が…倒れてる…?」


 茶に白のメッシュの髪と、同色の翼を生やした若い男だった。

 体や顔に傷を負っているが、血は止まっている様だった。意識は無いようだ。



 少女は困ったように首を傾げた。

 今まで生きてきて、自分と父親以外の人間は見た事が無い。

 そして、自分と父親以外の人間をどうするべきか、など考えた事もなかった。


 なので勿論判らない。

 彼女は恐る恐る、身を屈めて彼を伺った。


「……、」

 男が僅かに動く。


「っ!!?」


 少女は飛び退いて思い切り警戒した。


 尻尾が急激に容積を増し、犬歯を剥き出しにする。

だが、それきり男は動かなかった。


「…?」


  再び少女は警戒気味に近付いた。

 男の傷は血こそ止まっている物の、傷口は砂漠の日差しに乾かされ続けていた。


 乾いた唇は動く気配すらしない。血液は酸素を失ってどす黒くこびり付いていた。


「……この人…このまま死んじゃうのかな…」



 ―ぽつり、呟いた。


 答えてくれる者など居る筈もなかった。


 彼女は唇を噛み、

 バケツを、その場に投げ捨てた。










 ただ、生理的欲求に抗わなかった。

 抗うという発想もなかった。


 体が欲する水分を貪った。

 心地良く滲みてゆく水を、何よりも僕の身体が欲しいと駄々をこねていた。


 奪うように吸い取って、飲み下して、

  やっと、意識が帰ってきた。


 なにやら頬がくすぐったい様な気がした。

 視界が晴れてくると、自分は少女に見下ろされていて、頬を擽っているのは彼女の髪なのだと分かった。


  何か言おうとしたが喉が掠れて声が出ない。

 少女は上体を起こし、テーブルの様な棚から何かを取る。


「…これ」


 差し出されたのは木彫りのコップだった。


 中にはなみなみと水が満たされている。


 受け取ろうと手を伸ばしたが、力が入らずコップを掴むことが出来なかった。


「……」


  少女は小さく顔を歪めた。


「…判ってる…弱ってるんだもんね」


  そう言って、彼女はためらいがちに水を口に含む。


 そのまま、僕に覆い被さった。唇と唇が重なり、少女の唇から水が滲んだ。

 僕の身体が其れを求め、何も考えず飲み下す。


 水は少し塩辛かった。

少女の唇が離れる。と、直ぐに僕に潤いを与える。従順に僕は其れを受け入れた。幾度か繰り返し、コップは空になった。

 少女は袖口で口を拭う。

「あ…」



 喉がひりひりと痛い。

 声は掠れて可笑しかったが、無理に、僕は声を出した。


「…ありがとう」


 元来こういう事には弱いのだが、状況が状況なだけに、恥ずかしがっている余裕なんて無い。



 少女は驚いたように目を丸くした。

 ―が、直ぐに其れは笑顔に変換された。


「…やっぱり、あたし、助けてよかったんだよね?」


 そう言って、嬉しそうに笑う。


 僕の表情筋が緩むのが判った。

 躰を起こそうと試みた。が、全身のいたるところに痛みが電撃となって迸り、腕の力は消えた。


「―ぁ―!」

 枯れ草の上に崩れる。

 それは柔らかかった筈なのだが、触れた背中にも痛みが走る。


「―ぅ…」

 少女が慌てて制止した。


「あ、駄目だよ―!!傷口乾いてたからすっごい痛いと思うし―!!」


「…え…?」


 聞き返してから、当たり前だと思い直した。傷が出来てから何時間砂漠を歩いていたのだろうか。


 もう判らないが、まさか自分が誰かに救われるなんて思ってもみなかった。


「ヒドイ傷だよね、どうしたの?仲間と喧嘩した?」


  思わず僕は吹いてしまった。


「―なんで?」


  きょとんとして彼女は言う。


「…え?だって怪我なんて縄張り争いか狩りぐらいでしょ?」


 僕は笑ってしまった。

それも思い切り。


「…?」



 怪訝な顔で少女は首を傾げる。


 笑いを堪えようと極力努力しながら、それでも堪えきれずに僕が弁解した。


「うん―そうだよね、喧嘩、だよね―」


 そう、そうなのだ。


 彼女はそちらの人間なのだ。


 戦うために生まれたんじゃない。

生きる為に生まれた種類なのだ。

 僕とは違う、必要分子。


 僕は世界に組み込まれてなんかいない。

 自然な世界なら、生まれる筈だって―本当は無かったのに。


 ―いや、それは彼女も同じか。


「そう、喧嘩―だよ」


 ある意味ではあれは仲間内での喧嘩だろう。

 だから、嘘にはならない。


「そうなの? じゃあ、そんなになる前に降参しなきゃ。…それとも、何か守る物でもあったの?」


 守る物。

 其れは、一体何だろうか。


 今の僕には分からない物かも知れなかった。



「……、…いや…うん、そうだね。無理しちゃ、いけないよね」


 話をはぐらかした。

 その時、


「―あーっ!!!」


 少女は突然声を上げた。


「どうしよう!バケツ置いて来ちゃった!」


「…ば、バケツ?」


「水汲みのバケツ!」


  訳が分からず、怪訝な顔になった。


「君を見付けたとき置いてきたの!―取りに行かないと―!」


 そう言って彼女は立ち上がり、脇に空いている抜け穴の様な所にするりと飛び込んだ。


「大人しくしててね!!」


 ―そう言い残して、…僕の前から消えた。



 …―此処は何処なのだろうと、今更ながら思った。



 比較的深度の浅い地下空間であろうことは分かった。

 此処は彼女の巣穴だろうか。居住空間であることは確かだろう。



 砂漠に生きる民と言うと、種類も限られてくる。大きな立ち耳と尻尾を持っていたが、一見した所、狐に近いような気がする。


 砂漠に生息する狐…といえば、もうフェネックギツネしか居ないだろうか。



 気が強く、警戒心も強く、獰猛。愛らしい外見にそぐわない気性を持っている。

 完全肉食で単独で生活する。地面に穴を掘って巣を作る。



…―と、いうのは動物のフェネックだ。



 種族の方の生活風土までは知らない。僕はそこまでマニアではない。


 …が、原種に近いであろうことは想像がつく。


 警戒心が強い筈の彼女は、得体の知れぬ行き倒れを何故助けたのだろうか。

 そもそも、彼女の中の原種の血が濃いとは思えない。

 それにしては習性や性質が余りにも当てはまらない。


 その理由までは察しかねるが。



 ―少なくとも。


 彼女は、彼女の中の人間的な正義に沿って僕を助けたのだろうな。



 ―僕自身、自分が正義か悪かも分からないのに。


どちらが正義か、どちらが正当か、どちらが真実か、どちらが正論か、僕は、幾ら考えても分からない、判らない、解らないのだ。

 ただ判るのは僕が正義でも悪でも無いって事。

 仲間から見たら気の違った『悪』だろう。


 彼女―あのフェネックの少女側から見た僕は……分からないが。



 まぁ、少なくとも僕は裏切り者だ。


 実は助かってはいけなかったんじゃないだろうか。



 こんな怪我をしたのは何も初めてじゃない。2、3日安静にして放っておけば完治してしまうだろう。


 この上に在る砂漠だったら見込みは無かったのだが―




 僕は死ねない。


 死にたいとは思わないが、死ねたら楽だとは思う。


 ―と、突然

 地面が揺れた。


「…ッ地震っ!!?」


 思わず飛び起き、痛みに枯れ草に押し付けられる。

「ぅ…ぐ」


 ―緊急事態―緊急事態

 ―直ちに対処せよ


 嫌な、でも懐かしい音が耳の奥に蘇る。



「しっかりしろ…僕…っ!」


 いわば痛みを感じるために生まれたと言っても過言じゃない僕なのに、


 何故今更痛みに怯む?


「―立て!!」




痛覚が限界を超えた。


 脳が痺れた様になって、全てが、緩和された。


 もうきっと限界も苦痛も感じない。


 懐かしい感覚。


 限界の向こう側。


 僕は足りない空間で羽根を広げた。

 両端が掠り、傷のひび割れる音と同時に紅い血液が迸る。其れは全身で起きたようだった。


 大きく膝を曲げて様子を見、思い切り飛び上がる。

 頭上の地盤が砕けた。


 視界に血が飛び散る。


 砂を突き抜け、広くなった地上で羽ばたいた。

 橙の空へと高度を上げる。

 フクロウのDNAを呼び出し首を回して辺りを窺う。地上に今の敵、兼部下を発見。周辺に着陸。


「―この辺に居ると思ってましたよエイトさん」


 相手は複数。始末し損ねた部下等だ。見測では軽傷。


「いつか裏切ると思ってはいましたけどね…」

「次は逃がしませんよ?」

「あんたを本部に連れてけば何かしら報酬が出るでしょうしね」


 立て続けに彼らは言う。


「お前ら―」


 僕が言ったが、僕の声では無い様な気がした。


「―僕に敵うと、思うなよ」


 部下達が、怯んだ。


 そこに突撃。手は既に鉤爪だ。状況に体が適さないのでワシに転向した。


 僕の鉤爪が部下の喉にのめり込み、ぐきりと骨の折れる手応えがした。


 引き裂いた獲物から血が吹き出し、熱く紅いシャワーを浴びる。


「この―死に損ないが―!」

 違う奴の声。下から掻き上げると体は裂けた。

 同様に吹き出す血液は夕焼けに融ける。目に入った獲物を蹴り倒し、周りを囲まれたので宙に飛び上がった。


 誰かの掛け声で一斉に奴等が舞い上がり、散らばる。

 2、3人が一気に襲い掛かってきたので一人の懐に入って鳩尾を抉り、彼を掴んだままもう一人を宙返って蹴り上げた。



 残りが怯んだのが目に入り、遠心力に任せて獲物を手放した。其れは彼に当たり、相手は一瞬飛行を忘れる。


 地面付近まで高度を落とし、僕は急降下して両腕を掴み地面に叩き付けた。


 その喉笛を抉―


「―エイトさん!!」


 ―鉤爪が、躊躇った。

 声の方を咄嗟に視る。


 特に目に掛けていた部下だ。

 泣きそうな目で息を切らしている。


「止めて下さい!!」


 墜ちるように僕の前に降りた。

「そんなの…!…エイトさんじゃない…」


「…何だと?」


 抗議したのは足の下の獲物。

「これがコイツの本性だ!!」



 声を張り上げ、もう一方も異議を唱える。


「そんな…っ!違います、裏切りだってきっと理由があって…!」

「理由なんざ関係無ぇ!!!」


 感情的に下の獲物が叫んだ。


「俺達は正義なんだ!!それなのにこいつは俺達を裏切った!!もうこいつの頭はマトモじゃねぇ!!」


 更に言う。


「コイツはおかしいんだよ!!エイトとか呼ばせて―人間の真似事か!?俺達は人間じゃない…!」


 獲物はどこか悲観的な風だった。


「兵器だ!!」


 もう一人が必死に喚く。


「エイトさんは僕達を部下としてじゃなく仲間として扱ってくれた!」


 それは泣いていた。


「何か訳があるんでしょう!?」



 そう言って僕に詰め寄り掴み掛かり―


 僕に、貫かれていた。


 闇に眩しい紅い血液。

「…!?…っエイト、さ…っ?」

 ずるり、と、僕の爪から抜け落ちる。



 足の下の獲物が騒いだ。

「―てッ…!? テメェェぇェエ!!」


 喉笛が、切り裂かれた。

 獲物はもう動かなかった。

 誰一人、生きてはいなかった。―と思った。


 思った。



 ―一人、翼のない人。

 地面に横たわっている。



 僕を助けた、少女。


 助けた、助けられた。

 冷たい頭に、血が通う。

 血が通う。

 温まってゆく。

 そして、活動が始まる。


「―ぃ―っ…!!」


 痛みも帰ってきた。


 激痛に、立っていることが出来なくなった。


 砂の上に倒れる。



 夜の砂は冷たかった。その上で僕は痛みと現実に喘ぐ。


「…ぅ―っ!」


 記憶はある。僕の意思かは分からない。

 僕が、

 僕が殺した。

 もういない。


 意思だった筈だ。―けど、

「…何で―…っ!!」


 自分を理解できない。

 殺した。みんな殺した。僕が殺した。殺した。仲間を殺した。部下を殺した。裏切って殺した。機械的に殺した。冷酷に殺した。


 殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。


 僕が、この手が、みんなを―


 殺したんだ。



 僕の存在理由を考えれば、今更悔いる事でも無いかも知れない。


 今更悔いる僕が間違っているのかもしれない。


 それでも、僅かでも、例え真似事でも、僕を慕ってくれていた物達を、死ぬ間際まで僕を信じていた部下を、僕は理解も出来ぬ僕の意志で殺した。


 だから助からない方が良かったのに―


 何度も何度でも


 僕は自分の傷など気にする事など出来ずに、自分の心を抉った。


 また、


 皮肉にも、


 助かって良かったと思っている自分が居ることも―



偽り難い、事実だった。




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