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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

色落ち虫

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほう、あの家も屋根を塗り直したみたいだね。

 緑色だったのが、赤色に変わっている。以前はちょっとくすんだ印象があったから、実際はかなりガタが来ていたのかもしれないな。

 色に関して、私たちは多かれ少なかれ関心を持っている。

 それが持つ色から、安全かそうでないか、心地よいかそうでないかなどを判断して、自分の今後の生き方につなげていくわけだ。

 特に赤、黄、黒などといった色は、いずれも危険につながる色だと遺伝子が教えてくれるくらい。こいつを利用して難を避ける生き物だっているとも聞く。


 色にまつわる話は、古今東西ちらほらある。

 現代においても、色を認知することはとても大事で、何が起こるかは注意しておかないといけないかもね。

 私がむかしに、父から聞いたことなんだけど耳に入れてみないかい?



 父は小さいころから、自分の服は自分で洗うように言われていたのだそうだ。

 桶とせっけんがお友達で、毎日、外から帰ってきて着替えると、もと着ていた服をさっそく洗いにかかっていた。

 後回しにすると、時間的にも空気が冷え込んでいくばかり。日があるうちに、洗濯は済ませてしまう。最終的に指定された洗濯槽の中へ放っておくことになる。


 ――色落ち、だろうなあ。


 しょっぱなから洗濯槽に入れるのを許してもらえない理由。父はそう考えていた。

 父は今も昔も汗っかきだ。

 服の色落ちは最近に限った話ではなく、以前からだった。

 その服を洗濯機に放り込んで、一緒に回したら大惨事になるわけであって。

 将来、自立するときも兼ねて、このアナログな方法に慣れさせようとしているのかなと、ぼんやり考えていたそうだ。


 実際、今日着ていた紺色のシャツからも、ぬるま湯へじわじわとにじみ出す紺色がのぞいていた。

 これらをすっかり出し切って、被害が出ないことを確かめてから、他のみんなのものと一緒にしていく。

 特別な扱いである反面、その他大勢からは当初つまはじきにされる存在。

 特別に憧れこそすれ、大勢と同じであってほしい自分への願いもある。

 いずれ、この変な現象もおさまるだろうかと、父はほのかに頭の中で考えるようになっていたのだとか。


 そうやって無心でシャツをこすり続けていたのだけど、どうにも妙だ。

 色落ちが終わらない。

 一度、桶の底さえ見えないほど水が濁りきってしまったので、交換している。

 なのに、その二度目においても色落ちの勢いが止まらないんだ。どんどんと水は紺色を受け入れて、それにより濃く染まっていく。

 ここまでひどいことはなかった。

 何度もシャツを引き戻し、色落ち具合を確かめてみる。

 これほどお湯にさらされたうえに、ここまでの色を吐き出したんだ。

 薄くなるどころか、部分的に色がすっかり落ちてしまっている箇所もあって、おかしくはないはず。


 なのに、見る限りシャツはタンスから取り出したときと変わらない色合いを、保っているように思えた。

 ぎゅっと、雑巾のように絞ってみると、そこから変わらず紺水が滝のように勢いよく落ちていく。


 ――ひょっとして、このままずっと終わらないのではないか?


 一抹の不安がよぎる父。

 まだゆとりのあるお湯を取り換えて、三度目の着水にかかった。

 けれども、今回はシャツ全体じゃなく、右腕の袖だけをお湯へつける。

 これが本当に色落ちによるものなのか、確かめるための方法だ。この湯でもって、完全にシャツの色落ちを絞りきる腹積もり。

 結果、シャツがみっともない格好になったとしてもかまわない。

 この正体を知らない限りは、みんなの服と一緒にすることはできない。


「ねえ、そろそろ洗うの終わった?」


 時間をかけすぎたのだろう。家の奥から、祖母が父へ声をかけてきた。

「もうちょっと~」と返しながら、父はせっけんをシャツの袖へ押し当てる。

 紺色はにじむことをやめない。

 元は白かったせっけんも、今や接触した面を中心に衣替えの時機を迎えてしまっている。

 この犠牲に報いるためにも、色落ちをなんとかしなくてはならない。

 父はそう信じて、ひたすら袖をこすり合わせていったのだそうだ。

 まるで長年の宿敵と対するかのような、集中力と恨みにも似た力を込めて。

 それにこたえるように、シャツの袖もどんどんと色を吐き出していったのだけど……祖母が父の洗濯する庭へ通じる窓を開けるのと、父が袖の色の下にある「それ」を見たのはほぼ同時だったとか。


 父の知識だと、紺色の下から顔をのぞかせたのは、カブトムシの幼虫に似たような身体だったという。

 その全身は紺色の中では、あまりに目立ちすぎる真っ黄色をしていて、目がくらみそうなほどの強い光を放ったとか。

 そして父の記憶は、そこからしばし飛んでしまい、さっぱり判然がつかなくなってしまったんだ。


 次に目覚めたとき、自分は屋内の居間。先ほどの庭へ通じる窓のある部屋に寝かされていたそうだ。

 真っ先に感じたのが、冷たい風。

 見ると、庭に面した四枚組の窓のいずれもが、大きく割れ砕かれていて、そこから夜の空気が入り込んでくるのだと分かった。

 おくれて、自分の両手に感じる痛み。

 見ると自分の両こぶしは包帯でぐるぐる巻きにしてあり、押してみるとどちらもずきりと痛んだ。わずかに血がにじんでいる気がする。


 祖母もやってきた。

 父ほどじゃないか、両腕のそこかしこにガーゼらしきものを貼っている。

 父は割れた窓と自分の負傷について尋ねるも、祖母は「少し事故があってね。ごめんね」という一点張りで詳しく話してくれずじまいだったそうだ。

 ただし、あの紺色のシャツはもはやどこを探しても見つからず、ましてやあの金色の幼虫も見てはいないのだという。


 以降、父の服も普通に洗われるようになったのを見ると、あの金色の虫をいぶり出すのに、自分の洗いを含めたなにかしらの条件が必要だったのでは、と思っているらしい。

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