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第七話 筆記試験

明けましておめでとうございます。

「1100、現時刻をもって筆記試験を開始する。始め」


 教室に入るなり教壇へ立つ座学担当の落葉教官が備え付けの時計に目をやって、静かに宣言した。その声が響き渡ると同時に、教室内は一斉に紙をめくる音と鉛筆の走る音に包まれた。


 塔へ上がる許可証を得る為日本塔協会が運営する学び舎に通い始めてから早くも一カ月が経過した。初日に味わった地獄の無限持久走が簡単に思える程、この一カ月での訓練生活は過酷を極めた。午前は見た目美女、中身悪女の桜木教官に絞りに絞られ、午後は壮大な疲労感に駆られる体を無理矢理引っ張って座学の教室に向かう日々。一ヶ月間、休む暇がない毎日の繰り返し。


 当初、輝く未来を夢見て笑顔が溢れていた訓練生たちの顔は、次第に疲弊と絶望の色を浮かべる様になっていった。苦痛に心が折れた者は追いつめられた狸のように夜中、逃亡を企てることも当然の流れ。しかし、脱走は外壁を囲む結界と監視塔によって未然に防がれ、捕まった者は教官主任の鳥山教官による時代外れ染みた特別指導を課せられるという理不尽極まりない対応策が施されていた為、訓練生たちは逃げ出す気力すら失う事となる。


 わざわざ訓練生全員を広場に集めて公開指導を見学させる様子に、脱走を試みようとする者はいなくなった。


 それに比べて座学の授業は学ぶ内容が多く、多岐にわたる知識を片端から吸収していった。

 塔に関する日本歴史から始まり、塔の支配権を得ようと侵攻した元寇。塔を狙う列強諸国が同盟を組んで日本と対立した通称大和包囲網の情勢。戦後の世界と変化。

 判明している階層の内部構造。歴史上の武将が残した塔の資料、塔内での禁止事項や対策法。今後の塔活動において学んでおいて損はないといった知識ばかり。




 一ヶ月毎に行われる筆記試験は基礎学科と共通科目の中から合計百問出題される。出題範囲は基礎塔学科目の基礎中の基礎、応用科専門科目の中段までだ。問題集は予習している者なら簡単に解ける物だが失点は六点まで。一問につき一点の配点。

 この試験に落ちれば再び一カ月後、同じ試験に臨まなければならない。機会は三回、訓練期間中に合格出来なかった者は虚しくも登塔者資格の剥奪。


 一生塔に挑戦できない非常に厳しい処置。だからこそ訓練生はその狭き門を潜る為に、皆必死だった。座学の筆記試験を一発合格すれば実技に集中できる。僕は今日の為に昼夜を問わず勉強を重ねてきた。


 試験の時間が進むにつれ、訓練生たちの表情は真剣そのものであった。鉛筆を握る手に汗がにじみ、紙に向かって集中する姿勢からは彼らの決意がひしひしと伝わってくる。僕も負けない!鉛筆の先が紙に擦れる音が教室内に響く。


「その場で止め、解答用紙を裏返して私に渡すように。明日には合格発表を公開しているので宿舎の掲示板で確認するべし。以上!解散」


 試験開始から一時間半が経過した頃、落葉教官の厳粛な声が終了の合図となった。僕を含む訓練生たちは一斉に鉛筆を置き、落葉教官の命令通り紙を裏返した。心臓が高鳴るのを感じながら、解答用紙を教官に手渡して教室を後にした。


 古い廊下に出ると、同じく試験を終えた仲間たちの間で不安と緊張の声がささやかれた。

 

「どうだった?」

「あ~?わかんない問題がいくつかあった…ヤバいかも」

「…そりゃあご愁傷様。来月も頑張れー」

「ひでぇ!一言、励ましの言葉貰っても罰当たんねぇだろ⁉」

「…賢人はこう言った『塔とは哲学なり』ってな」

「はぁ!意味わかんねぇし」

「がはは、要するに勉強頑張れって事よ。暇なら図書室に通うことをお勧めするぜ」


 様々な会話が飛び交う中、突如僕の背中から「ばあっ!」という大声と共に背中を押された。驚きの展開に、一瞬息が詰まる。


 即座に振り返ると、そこには柔和な笑顔を浮かべた朝比奈さんが立っていた。目を引くほど美人な彼女の存在は、一瞬にして廊下を明るくする光のようだった。長い黒髪は柔らかく波打ち、その艶やかさはまるで夜空に輝く星々。


「びっくりしたよ、舞さん」


 僕は答える。彼女の美しさとその無邪気な笑顔が、試験の不安感を一瞬にして和らげてくれた。恵まれた美貌だけでなく、明るく誰とも話す元気な性格で皆から愛される存在。彼女が姿を見せるだけで、その場のジメジメした雰囲気が一気に明るくなった。


「おはおは純君!試験はどうだった?」


「うん、何とか解けたと思うけど…、一抹の不安がどうしても頭をよぎるよ」


 朝比奈さんの満面の笑みに、僕はどうにか微笑み返す。訓練場で初めて出来た友達の彼女とは毎日の様に会話し、今ではすっかり打ち解けて気軽に話すことが出来る程になっている。名前呼びも彼女の提案だったりする。


「大丈夫、大丈夫!純君ならきっと一発合格してるよ!一緒に勉強した私が断言する」


 自信満々に胸を張って告げる彼女の笑顔は、まるで僕の目を噛んだ太陽のように温かかった。


「ありがとう舞さん、励みになるよ。でも…やっぱり緊張するよ」


 僕は正直に告げる。


「みんな同じだよ!一杯勉強した私だって、机に座った途端ドキドキしちゃったし、まぁ終わったことをクヨクヨしても仕方ないよ!今は自身もって午後の訓練に備えよう!それに今日は念願の武器を使った実技訓練だよ、っほら行こう!」


「ちょっ、ちょっと舞さん!危ないよ!」


 僕の抗議にも構わず、朝比奈さんは楽しそうに笑いながら僕の手を引っ張り訓練場へ向かう。透き通った白い手の温もりが伝わる遠慮を忘れた行動に恥ずかしさで僕の顔が真っ赤に染まるのを感じた。

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