表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/35

第二十話 塔と加護 その四 

 塔の中を吹き抜ける爽やかな風が頬に当たり心地よい。頭上に広がる青空は眺めているだけで心が安らぐ。

 先頭に立って僕たちを引率する桜木教官を後を追って中心部に設置された黄金の巨大噴水前に到着すると。そこには既に他の訓練生たちが集まっていた。飛沫を放つ噴水の高さは五メートルほどもあり、反射する波紋が金色に輝きながら豪快に噴き上げている。


「これから、加護の自己申告を行います。皆さん、授かった加護を偽りなく申告してください。登塔者登録が完了次第、武器の引換券をお渡しします。入口で入手した加護のおみくじは噴水に投げ入れ、正式にその力を得てください」


 桜木教官の声が響き、訓練生たちの間に緊張が走った。噴水の周りには、塔協会の職員と思われる人々が立ち、名簿を手に待機している。彼らの制服は黒を基調とし、胸元には塔の紋章が刻まれている。威厳ある雰囲気の中、第一班から順番に前に進み出た。 それぞれが自分の加護を声に出し、おみくじに書き綴られた加護を申告して、塔協会の職員がそれを名簿に記録していく。その後、武器の引換券が手渡される。


 訓練中扱った稽古用の武器じゃなくて、実戦で使う武器がやっと貰えると満足気に笑う元訓練生たちは班ごとの教官の指示に従い、手に持ったおみくじを勢いよく黄金の噴水に投げ入れていく。神が水面に触れると、一瞬にして光が溢れ、虹霓のような七色の輝きが持ち主の手元に収束していった。これまで見たこともない幻想的な光景が眼前に展開されて、息を呑んだまま唖然となる。


 一班、二班、三班と続き、やがて僕たち四班の番になった。五十音順で呼ばれた舞さんが前に出る。


「名前と加護を申告してください」


 職員が淡々と指示を出す。珍しく緊張の表情を見せる舞さんはふうっと大きく息を吐いて、揺るぎない声を上げる。


「朝比奈舞。加護は…『付与術師』です」


「付与術師の加護ですか。広範囲強化に適した貢献度が高い有能な加護となります。堕落せず順調に力を身につければ序列三桁チームから勧誘のお声が掛かるかもしれませんよ」


 職員が名簿に内容を記入し、教官が引換券を渡す。やっぱり舞さんが授かった加護は予想以上に強力な物らしい。


「ありがとうございます」


 舞さんは少し緊張しながらも、引換券を受け取り、感謝の意を伝えた。その後、彼女は手に持ったおみくじを黄金の噴水に向かって投げ入れた。紙片が水面に触れると、一瞬で七色の光が舞い上がり、彼女の体に吸い込まれていく。他の人とは異なる光景はまるで魔法のよう。周りの訓練生たちも思わず息を呑んだ。

 

「これが…加護の力。不思議な感覚だわ」


 体に違和感を覚える舞さんが手を握ったり開いたりを繰り返す。気になった僕は彼女に問いかける。


「舞さん大丈夫?体に違和感とかある?」


 僕の声に舞さんは静かに頷き、顔をこちらに振り返る。


「大丈夫よ。体の調子も悪くないし…強いて言うなら、力が少し宿ったような感覚があるだけ。まるで未知の氣が体を駆け巡るみたい。不思議だけど、嫌な感じじゃないわ」


「加護が正式に発動している作用です。これから頑張ってください」

「加護の力の実感があるということは、お前自身の力とうまく融合している証拠だ」


 舞さんの言葉に、職員と桜木教官が同時に答えた。僕も笑顔で頷きながら次に呼ばれるのを待った。――僕の名が呼ばれるのに然程掛からなかった。


「名前と加護を申告してください」


「新田純之介。加護は『流れ星』です」


 名簿に記入していた職員が顔を上げ、唇を曲げたまましばらく僕を上から下まで眺めまわした。体を突き通すほど鋭く見つめる職員がやがて口を開く。


「…()()()()()ですか。類を見ない加護ですね」


「は、はあ。僕自身詳しいことは分かりませんが…」


 少し困惑した表情で僕が答えると、職員は短く息を吐く。


「……まあいいでしょう。噴水に投げたら自ずと分かります。武器の引換券をお渡しします」


無愛想な職員から手渡された券を受け取り、僕は噴水の前で立ち止まる。鞄の奥底から取り出したおみくじを勢いよく水面に投げ入れた。紙片が黄金の輝きに包まれながら、星のような輝きが僕の手元に収束していく。七色の光に包まれていく光景は実に美しい。何度でも観ても飽きない。

 僕の体に宿った加護の力と共鳴しているのだろうか?その輝きを見つめているうちに、まるで夜空の星々が集まったかのような感覚が全身を駆け巡り、胸の奥に何かが宿るのを感じた。


「これが…僕の加護」


 じん…と痺れるような感覚に襲われる。しかし、不快な物では無く、天気のいい日に瞼を閉じたときの様な温かさを持った手触り。光が徐々に体の中へと溶け込む、星座の力が僕の血や骨、細胞の一つ一つに染み渡っていくようで、頭の中にはっきりと何かが浮かび上がってくる。


 それは、加護の使い方だった。


 星の力を引き出し、攻撃に宿す方法。暗闇の中で道を見失わないための導きの光を放つ方法。敵を打ち破る輝きを矢や剣に乗せる概念。生まれた頃から知っていたかのように、その知識が自然に脳裏に焼き付いていた。僕は驚きながらも、その感覚に安心感と既視感を覚えた。…既視感、そう既視感、まるで実家を出発する前日に見た夢。黄色で統一された空間、佇む数多の宝玉より美しい美貌を兼ねた少女と軽やかに揺れる星々を連想した羽衣。思い出した…っ!何で簡単には忘れない鮮烈な光景を今まで忘れていたんだ!何で僕は…っ⁉――あ、あれ?何を思い出そうとしたんだっけ…?


「純君?どうしたの、顔色が悪いけど」

 

 突然動きを止めた僕を見て舞さんが心配そうに声をかける。僕は我に返り、慌てて答える。


「あ、いや…何でもないよ!ちょっと頭に入って来た情報が多くて一瞬真っ白になりそうだったよ」


「そう…?大丈夫そうで安心したわ。加護の使い方が分かったの?」


「うん、星の力を引き出して攻撃に使う方法とか、暗闇で道を照らす方法とか。まるで最初から知ってたみたいに、自然に頭に入ってきたよ」


「説明を聞く限りすごい加護ね。私の『付与術師』も、感覚としては分かるけど、具体的な使い方はまだ試さないと不確定な部分が多いから。一緒に学んでいきましょ」


 舞さんが微笑みながら言う。その言葉に、僕は少し照れながら笑った。


 次に桜木教官が出した名は根川哲司。前々から僕に嘲りの視線を送り、敵意を隠さない訓練生の一人だ。心底舞さんを惚れており、僕を恋敵と認識しており日頃から何かと突っかかってくる。肝心の舞さんは別に特別な感情を抱いている様子はない。


「名前と加護を申告してください」


 職員が名簿から顔を上げて、淡々と言う。職員の言葉に根川は前に出て鼻を鳴らす。彼は僕を一瞥した後、自信満々な態度で口を開く。


「根川哲司!加護は『武士』!俺に相応しい武器も用意してくれ!」


「『武士』の加護ですね。身体能力の強化、刀術と弓術に秀で、戦略指揮が向上する効果があります。特に、戦闘区域での指揮官としての能力が高まるでしょう。あなたの加護は、個人の戦闘力だけでなく、仲間を率いる隊長としての資質も兼ね備えています」


 職員は淡々と説明しながら、名簿に根川の加護を記入していく。その言葉に根川は満足げに頷き、誇らしげな表情を浮かべた。


「ふん、当然だ。俺にはそれだけの力があるってことだな!この力で俺は必ず序列一桁の座を掴み取る!」


 根川の自信に満ちた声が中央広場に響く。僕をちらりと見て、嘲るような笑みを浮かべた。彼の視線には、まるで「お前とは格が違う」と言わんばかりの優越感が滲んでいた。


「では、おみくじを噴水に投げ入れてください。加護の力が正式に発動します」


 そんな彼の心情を察してか、職員が淡々とした口調で言う。


「っふん!」


 他の人と同じく黄金の噴水に向かって勢いよく投げられたおみくじが、水面に触れると眩い光が溢れ、彼の手元に吸い込まれていく。吸収される光は鋭く力強い印象を受けた。


「俺の力か、悪くない」


 根川は自分の手を何度も握り、その感触を確かめながら呟く。その動きは、まるで刀を振るうかのように鋭い。


「段違いに身体が軽くなった…いや、寧ろ力が漲っている感じだ。これなら、どんな敵でも切り裂いてみせる」


「あまり調子に乗らない方が賢明です。加護の力は、扱いを誤れば身を滅ぼす諸刃の剣です。決して驕らずに精進することをお勧めします」


「っけ、分かってますよそれくらい」


 根川は職員の忠告に対し鼻で笑い、こちらをちらりと見る。それは僕に対する挑発的な視線だった。僕は思わず睨み返すと、彼はフンと鼻を鳴らし、踵を返して噴水から離れていった。


 ――そして、最後の一人となった雷門清龍君の名前が呼ばれる。呼ばれた彼はもすもすと頷き、前に出た。


「名前と加護を申告してください」


「もすもす!もす!もっもっす!」


 声を張り上げた清龍君に職員は筆を止めた。極度に感情を押し殺して、機械的に対応していた職員が表情を欠いた様子で再度確認を取る。


「あの、すみません。もう一度お願いしまう」


「もす!もすもす!」


「……」

「……」


 空気が固まった。二人の間に気まずい沈黙が流れる。清龍君は無表情のまま首を傾げている。桜木教官は、雷門清龍君と職員の間で繰り広げられる奇妙なやり取りを見て、ため息混じりに手で額を抑えた。彼女は少し頭を悩ませるように眉を寄せ、その場に立っている僕に目を向ける。


「新田君、少しいいかしら?」


桜木教官が手招きで僕を呼び寄せた。僕は素直に彼女の元に歩み寄っていく。


「はい、何でしょうか」


「彼と意思疎通出来るのは君だけでしょう。困っている職員に通訳をお願いします」


「分かりました」


 僕は頷き、職員の元へと歩み寄った。職員はまだ困惑したまま、清龍君と目を合わせている。


「あの、すみません。彼の言葉はちょっと独特で…僕が通訳します」


 職員は僕の言葉に少し安堵したように頷き、「では、お願いします」と言葉を返す。


「彼の名前は雷門青龍。加護は『飄の導き』だそうです」


 もすもすと頷く彼の代わりに僕が通訳する。職員は彼の言葉を聞きながら、名簿に記録していく。その後、一枚の引換券を手渡された。


「『飄の導き』の加護ですか。風のように自由に動く力を与える加護は、戦闘において非常に有用です。期待していますよ…彼が他と組む場合、君と一緒が望ましい」


 職員がそう言うと、清龍君はもすもすと頷き、感謝の意を伝えた。その後、彼はおみくじを噴水に投げ入れた。水に触れた紙片は、やはり七色の光に包まれ、消えていった。その瞬間、彼の体に風のような力が宿るのが感じられた。


「これで、皆さんの加護が正式に発動しました。これからは、この力を活かして塔の挑戦に立ち向かってください」


「「「ありがとうございます!」」」


 全員分の新登録が完了した職員が最後に声をを張り、締め括る。僕たちは声を揃えて感謝の意を示した後、奥の御所らしき建物へ戻っていく。


「第四班、注目!」


 桜木教官が声を張る。訓練生たちは足を止め、一斉に彼女へ視線を向ける。


「これで登録手続きが終了です。これからはご自身の力で未来の栄光を掴んでください。今日は塔協会が用意した宿舎で休息を取り、明日から本格的に塔の攻略に励んでください。しかし、利用できる数は限られていますので、いち早く行動することをお勧めします。――最後に」


 桜木教官が一呼吸置いて、僕たちを見渡した。彼女の視線は鋭く、どこか期待を込めたものだった。訓練生たちの間に再び緊張が走り、全員が息を呑んで次の言葉を待つ。


「塔での試練は一人で挑むには厳しいものがあります。そこで、教官陣で協議し、実力の近い者同士でパーティーを結成することを決めました。特に第四班のメンバーは、それぞれの加護が連携に適していると判断しました。以下に、パーティーメンバーを告げます。…四班から道影、三班笹野、一班石葉、一班加藤――」


 桜木教官が手元の紙を見ながら、淡々と読み上げ始める――遂に僕の名前が呼ばれた。


「四班朝比奈、雷門、根川、新田。二班から選ばれた左近寺」


 僕と舞さんは顔を見合わせ、驚きを隠せない様子を見せた。まさか僕たちが同じ組に選ばれるとは思っていなかった。それは舞さんも同じだったようで、慌てたように僕を見る。根川は明らかに不満そうな表情を浮かべ、僕を睨む。


「っはん!朝比奈と俺が一緒なの理解できる。だがよぉ明らかに足手まといの棒切れ野郎と猿おむすびも同じパーティーかよ」


 どうやら一難去ってまた一難あるようだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ