第十七話 塔と加護
三船さんの号令に僕らは早歩きで荷物を取りに寮へと急いだ。僅か三十分後には『塔』へ向かう。心臓が高鳴り、手の平に汗がにじむ。
寮に戻ると、既に荷物をまとめた林健太君、西光寺友彦君の二人が横に大きく膨らんだリュックサックを背負って待っていた。
「二人とも、遅くなったけど卒業おめでとう」
「おう!あんがとう、そっちもおめでとう!ほんなこつ、誰も追い出されんで、四人共合格なんて奇跡や」
しみじみと呟く友彦君に同意する意味で頷く僕と清龍君。四六時中うとうと舟を漕ぐ健太君の視線の矛先はさっきから窓から見える塔の方へ向いている。ずぼらの性格の持ち主である彼の私物は他の訓練生に比べて異様に少ないから、背負ったリュックサックはスカスカだ。
「そな、おいたちもう行くけん、わいらも遅れんしゃんなや!言うとくが、塔ん中では同室ん仲間じゃなくて、ライバル関係だけんな!」
「うん、お互いに頑張ろう!」
友彦君は最後の最後まで陽気に振る舞っている。そんな彼の見送りを受け、僕は三カ月お世話になった家具を一瞥して清龍君と一緒に部屋を出た。健太君はいつの間にか姿を消していた。風に乗った凧を体現した健太君は最後まで自由奔放だと、清龍君と僕は顔を見合わせて苦笑いした。
部屋を出た僕と清龍君は、廊下を急ぎ足で進んだ。荷物を背負った他の訓練生たちも、次々と部屋から出てきて、広場へと向かっている。広場には既に多くの訓練生たちが集まっていた。三カ月前と比べて人数は半分以下まで減ってしまったけど、それでも百人を僅かに超える数。訓練生たちはこれからの登塔者生活に思いを馳せ、目を輝かせている者、不安がって怯える者、希望に満ち溢れた顔で語り合う者と様々だけど、誰もが緊張している様子は隠し切れていない。その中で、舞さん後ろ姿を僕は見つける。一人静かに荷物を確認しており、その姿はいつも通り冷静で落ち着いている。
「伝えるのは二回目だけど、改めておめでとう舞さん。塔でも一緒に組めると良いね」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げ、微笑んでくれた。
「ありがとう純君。私も連携の息が合う貴方と一緒に組めたら嬉しいわ」
「そっか…」
嬉しい、舞さんの言葉に、つい頬が熱くなる。多分、赤くなっている筈だけど、舞さんはそれを気にした様子もなく話を続ける。
「でも…組み合わせは兼ねて教官が決めるものだから、私たちが一緒に組めるかどうかは運次第ね」
舞さんの言葉に、僕は少し肩を落とした。確かに、新人の登塔者は実力差が互角の新人同士で挑むのが定例。教官の指示に従わなくてもいいけど、名も顔も知らない人に命を預かるのはご容赦願いたい。
かといって、第四施設の全く違う班と組むかもしれない。こればかりは運を天に任せるしかない。
「そうだね。塔から授かる『加護』との相性問題も残るわけだし」
僕はそう言いながら、舞さんと共に広場の中央へと歩いていった。その間、二人の後ろを両腕を組んで歩く清龍君が「もす、もす」と僕たちを茶化していた。
広場の中央には、三船美佐子さん筆頭に鳥山教官主任と四名の教官が立っていた。
「全員、集合したな」
三船さんが広場を見渡し、確認するように言った。彼女の声に緊張が走り、空気が張り詰める。
「これから、お前たちは『神の塔』へと向かう。班ごとに引率する教官の指示に従い、訓練施設を出たら真っすぐ入口へ向かえ。『神の塔』に入ったら登録施設で許可証を提示し、正式に登録される。そこからはお前たち自身の力で道を切り開くしかない。塔の中では、仲間でありライバルであることを忘れるな。名を残すか、塔に呑まれるか、それはお前たちの覚悟と実力にかかっている。健闘を祈る。それでは行ってこい!お前たちが挑むのは果て無き試練の道だ!」
「「「はい!」」」
訓練生たちの声が揃った。三船さんは右手を胸の辺りに当て軽く頭を下げる。
「第一斑、ついてきなさい」
「二班!お前たちは儂についてこい!」
「三班は私の後を逸れないようついてきてください」
「第四班は私についてきてください」
先導する教官たちの後に続いて、僕たちは世話になった施設を後にした。舞さんと、清龍君と肩を並べて塔へ繋がる道を歩き出す。正門を抜けて十五分くらい引率する桜木教官に続くと、目の前に広がる幅二十メートルもの巨大な石段。一切のひび割れが見えないその石段は、まるで天へと続く階段の如く、高く聳え立っている。
一段一段が大きく、圧巻な景色に誰かが「すげえな…」と思わず呟いてしまうほど。
「これしきで驚いていれば、後が持ちませんよ」
顔を振り返った桜木教官の声が聞こえ、一歩を踏み出す。石段を登り始めると、足腰に負担がかかるのがすぐにわかった。しかし、これまでの訓練で鍛えた体力がそれを支えてくれる。
石段を登りきると、目の前に現れたのは高さ10メートルにも及ぶ巨大な門だった。門は黒い闇で覆われており、まるで異界へ誘うかのように不気味な静寂を湛えていた。門の表面には、神代文字らしきものが薄く刻まれているが、風化して読み取ることはできない。訓練生たちの間から小さなざわめきが漏れ、誰もがその威圧感に圧倒されていた。
「実物にお目にかかると迫力が段違いだね」
隣の舞さんが尋ねるので首を縦に振るう。桜木教官が振り返り、真剣な目で僕たちを見据えた。
「四班は最後に潜ります。その間、私の雑学知識を聴いてください」
桜木教官の突然の言葉に、僕らは「えっ?」と戸惑いの声を漏らした。しかし、彼女は気にせずに話を続ける。
「世界中が注目する塔。しかし、把握している塔の実態は謎に包まれています」
桜木教官は、門を手で指し示した。
「塔の素材は?起源と歴史は?なぜ日本の中心に?歴史学者曰く、大陸の分裂以前に在った説。科学者曰く、地球に漂流した宇宙人の別荘説、あるいは休憩場。別説では過去に飛んだ未来人が造った説。神話学者曰く、暇を持て余す神が人の進化を観察する玩具箱説。塔は四次元世界に存在する説も唱えられています。しかし、真相を確かめる方法は誰も持っていません。ただひとつ言えることは、塔を踏破した者はいません、ということです」
桜木教官の語りに、全員が無言で耳を傾けた。彼女は続ける。
「一つ質問しましょう…新田君、日本人の平均身長がご存知でしょうか?」
――っえ⁉急に質問が飛んで来た!突然のことで戸惑いながらも、桜木教官の質問を真面目に考える。えっと、日本人の平均身長は確か……。
「男性が百八十五、女性が百七十六ぐらいですか?」
僕が答えると、桜木教官は深く頷いた。その目には少し嬉しげな光が宿っていた。彼女は再び話を続けた。
「正解です、良く勉強していますね。補足すると世界の平均身長では日本が一位です。…嘆かわしいことに、この統計調査を疑問視する研究者が世界中にいます。『我々の調査では有り得ない数値』と、根拠のない理由を挙げて、調査の信憑性を疑うのです。そこに一人の学者が仮説を立てました」
桜木教官は一呼吸置き、口を開く。
「塔内から決して怪物が外に溢れない考えが常識だけど、実は人の目に見えない微怪物が日本中に溢れている。日本人の平均身長が高いのは、無意識に微怪物を栄養代わりに日頃接種しているから……ということです」
「そんな無茶苦茶な!」
一人の訓練生が声を上げた。桜木教官は微笑を浮かべながら首を横に振るう。
「真実は誰も分かりません。……長々と語ってしまいましたが雑学はここまです。四班、準備は良いですか? 行きますよ」
「はい!」
僕たち四班のメンバーが声を揃えて返事をすると、桜木教官が先頭に立って門へと歩き出した。
中途半端で申し訳ない!