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第十五話 卒業試験 その四

「では――始めっ!」


 教官の合図が訓練場に響き渡り、僕は清龍君と同時に駆け出す。


「(まず教官の防御を崩すっ…!)」


 目標は桜木教官ただ一人。足を踏み出した瞬間、背後から清龍君の気配が消えてなくなった。視線を送らずに背中で感じ取る気配察知から得られる情報を頼りに、計画通り直進する。僕と教官が至近距離に迫った瞬間を見計らい、清龍君と左右に分かれる。


 双剣使いで手数が多い清龍君が先手に左側から鋭く踏み込み、速度を維持した連続攻撃を繰り出す。俊足と一体化した二連撃が風を斬り裂き、空気を震動させる。


 教官が盾で巧みに操り防ぎ、清龍君の猛攻をすべて受け流す。激しい攻撃を受けても体勢を崩さない桜木教官はやっぱり凄い。


「(ここだ!)」


 清龍君が教官の注意を引いている隙に、僕は、右側から背後へ回り込み、六尺棒で薙ぎ払う。木材に激突した感触が腕に伝わる。防がれた――⁉間髪入れず清龍君が攻撃を仕掛けるが、それもすべて教官の片手盾に阻まれる。


「攻撃が単純ですよ」


 攻撃速度と動きを見切った教官は防御から一気に反撃へ移る。体を捻り、流れるような動作で軸を変え、風のように滑らかに動き出す。清龍君の攻撃が空を切り、隙を突くように教官の足が鋭く蹴り上がる。

 

「――っも、もす!」


 清龍君の脇腹に直撃した蹴りは、彼の体を軽く浮かせるほどの威力だった。体勢を崩し、地面に足を滑らせた清龍君だったが、すぐに体勢を立て直り、双剣を交差させて防御姿勢に入る。


「まだです」

 

 教官の声が冷たく響く。その言葉と同時に力強く地面を蹴り、真っ直ぐ突進する。勢いを殺さず、教官の動きはさらに加速する。


「(清龍君!)」


 ――ブンッ!高速の逆袈裟斬りが訓練場の土を抉り、唸りを上げて迫り諸刃の剣。僕は清龍君の盾になるよう前に立ち、六尺棒を水平に構えて迫る剣を受け止める。

 

 ガツンッ!!

  木剣とは思えない激しい金属音が鳴り響き、僕の腕に衝撃が走る。でも、耐えれない痛みじゃない!教官の一撃は六尺棒をへし折る勢いで重く圧し掛かる。忍耐強く歯を食い縛り、衝撃に耐えながら清龍君へ合図を叫ぶ。


「巻きっ!」


「…もす!」


 彼の声が耳に入る。その刹那、背後から迫る気配を感じた。――今だ!


「せえええぇっい!」


 鍛えた背中と下半身の力を一気に解放、教官の剣を弾き返す。その勢いで教官は数歩教官は後退り、清龍君が僕の肩を踏み場に足を乗せて真上に跳躍、空中で体を捻り、教官の頭上を舞う。


 その隙に僕は貫突を幾度も打ち込む。前手を緩め、後手で引いて突く動作を繰り返し、執念深く教官の盾を狙って突き続ける。教官の盾は僕の貫突を次々と受け止め、微動だにしない。


 だが、僕が教官の注意を引きつけている間に、空中で体勢を整えた清龍君が双剣を交差させて一気に降り注ぐ。


「もぉすぅぅ!」


 清龍君の攻撃が教官の盾を直撃、衝撃で盾が手から離れて地面に転がる。だけど、教官は即座に木剣を両手に持ち直す。流石の判断力だ。こちらの作戦を見破った彼女の冷静な視線に、背筋を冷や汗が伝う。呼吸が荒く、心拍も激しい。残り時間は少ない!


「いい動きでした。でも――」


 教官の声が冷たく耳に投げ込まれる。 瞬間、風のように滑らかに剣先が三日月を描き、目じゃ捉えられない速度で、僕と清龍君の間に割り込んだ。


「塔に挑むにはまだまだ足りませんよ!」

「(マズイッ!)」


 教官の剣先が僕の眼前に迫る。容赦のない中段の横薙ぎ。当たる場所が悪ければ最悪死に至る一閃だと瞬時に悟った。


 その一瞬、時間が歪んだように感じた。剣の動きがゆっくりと、水中を進むかのように見える。刃先が空気を切り裂き、微かな風圧が頬に触れる。その風さえもが、一枚の薄い絹が撫でるようにゆっくりと、優しく流れていく。


 剣の軌道が鮮明に映る。木剣の表面に刻まれた細かい木目、教官の手首の動き、指先の力の入れ具合、その全てが、一瞬にして僕の視界に焼きつく。冷静な瞳の奥にある戦略までもが手に取るように分かる。


 「(なんだこの感覚…?気持ち悪い……)」


 肌に触れる空気の動き、近くの清龍君の息遣い、遠くで舞さんが応援する声までが這うように聞こえる。全ての神経が研ぎ澄まされ、世界が色褪せる。時間が遅くなったかのような錯覚だ。


 変な現象に見舞われた僕だったが、体は思うように動かない。腕が鉛のように重く、心臓の鼓動が耳元で響く。一瞬一瞬が永遠に感じられる。


「(動け…!動け!動け!)」


 心の中で叫ぶが、体は反応しない。鋭い剣先が胸元を狙っている。遅い時間の流れの中で『失格』の文字が脳裏をよぎる。


「――もす、もす!」


 後ろから清龍君の声と共に、時間の流れを切り裂き、僕の体が一気に現実に引き戻される。今度こそ体を捻り、致命的な一撃をかわす。剣が僕のいた場所を通り過ぎる。


「蝋の巻き!」


 掛け声と共に体が自然に反応する。斜め前に一歩踏み込み、六尺棒で地面を蹴り上げ、土煙が舞き上がる。教官の視界が一瞬遮られ、動きが一瞬鈍る。その隙を逃さず、体を回転させ、六尺棒を振り回す。勢いに乗った僕の一撃が教官の脇腹を狙う。


「はあぁ!」


 木剣を縦に構えた教官に防がれる。…防御固すぎだろ⁉


「もす…」


 落胆する僕だったが、決着は既に着いていた。教官の背後から清龍君が双剣を首元に当てていた。


「目くらましを上げた時に気配を消したのですね」


 称賛の声が桜木教官から飛び出す。彼女は首元に当たった清龍君の双剣を感じ取りながらも、表情には驚きや焦りは微塵も見えない。むしろ、どこか満足げな微笑さえ浮かべている。


「もす、もす…もす」


 彼は双剣をゆっくりと下ろし、教官から一歩後退する。


「二人とも良い動きでした。特に最後の一撃は見事でしたよ。では、採点を告げます」


『ゴクリ…』


 僕と清龍君は同時に喉を鳴らし、緊張が高まる。模擬戦では勝ったけど、減点数が加点を上回れば意味はない。教官の言葉が訓練場に響き渡るのを待つ間、心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。教官はゆっくりと木剣を地面に立て、僕たちを見据える。二人は背筋を伸ばし、真っ直ぐに教官を見つめる。


「加点5、減点1。ほぼ合格で間違いないでしょう。頑張りましたね」


 僕と清龍君は顔を見合わせ、笑みがこぼれる。合格――その言葉に安堵が広がる。


「ただし、改善の余地はまだまだあります。一介の教官相手に勝てたからって、塔は甘くありませんよ」


 教官の言葉に、僕たちは「はい!」と元気よく返事をする。その声に、教官も満足そうに微笑む。


「では、武器を蔵に戻して各自の時間を楽しんでください。お疲れ様でした」


 教官の声で僕らの卒業試験は終了。互いに肩を叩き合いながら訓練場を後にした。


 道中、自分に注がれる視線を感じて振り返ると、嬉しそうにピョンピョン跳ねる舞さんが手を振っていたので僕も振り返した。その眩しい笑顔はきっと気のせいではない。




 後日、通知の封筒が届いた。中には大きく『合格』の文字。正式に塔の挑戦権を手に入れた。訓練最終日、第四訓練施設の管理者、三船さんから証明書を受け取り、いよいよ僕は塔に入る。不安と期待が交錯する中、残りの日々を過ごす。これからどんな冒険が待っているのか楽しみだ!


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