第十四話 卒業試験 その三
眼前まで距離を縮め、差し伸べた手を掴んだ雷門清龍君。人懐っこい顔立ちの彼の手を引き、立ち上がらせる。両足を地面につけた彼の身長は僕より高く、がっしりした体格が目を引く。
徳島県の静寂が満ちた山奥で育った彼は、その体格から考えられない疾風迅雷の俊敏性を誇り、正義感が真っすぐ、若きのように真っ直ぐ伸びる善良さが際立つ性格だ。訓練生の中でも、彼ほど優しい人間はいないと僕は思っている。
稽古用の武器を扱う訓練では、その俊敏さを活かした双剣の使い方が異彩を放つ。まるで意志を持った剣が風を切り裂くかのように舞い、その動きは目にも留まらぬ早さで繰り出される。鋭く正確な連撃に無駄は一切なく、全てが次の攻撃へと繋がっていく。嵐のような猛攻を捌ける者はたった数人、僕も彼の攻撃乱舞を躱せ切る自信はない。
人柄も良く、誰が見ても超優秀な人材として評価される筈なのに、清龍君は周囲から距離を置かれている。僕とは頻繁に話すけど、他の訓練生と会話している姿をほとんど見かけない。その理由は実に単純。
「僕と組んでくれるかい?」
「……もす」
「本当⁉ありがとう、清龍君!君と組めば試験に合格したのも当然だよ!」
「もす…もす」
そう、彼は言葉の代わりに全てを「もす」で表現するのだ。なぜ「もす」しか言わないのか、その事情は誰も知らない。それでも不思議なことに、その一言から彼の感情や意思が伝わってくる。「もす」には、喜びや悲しみ、怒り、そして優しさが込められている。ただ、どうやらその感情を理解できるのは僕だけで、他の人には彼の意図が掴めないようだ。仕組みは不明だが、清龍君と話していると、彼の思いが魂に響くように感じる。
「それじゃ…これまで僕らをこき使ってきた桜木教官に一発お見舞いする作戦を立てようか」
「もす!」
僕は彼の隣に立ち、実技試験の内容について話すことにした。遠くまで広がる青い空、白い雲、万物を見下す天を貫く塔。まさに絶好の試験日和だ。武者震いが体中に漲る。
「この場面では僕が前に出て…」
「もす…」
「うんうん。このでは左右に…」
「もす、もす」
他の訓練生から少し距離を置いた場所で、武器を手に持つ僕と清龍君は作戦を練る。試練内容を改めて確認する。組ごとの持ち時間はわずか五分、制限時間内に桜木教官を追い詰めるか、一撃を当てれば加点となり、逆に教官の反撃が受ければ減点。教官の武器は諸刃の剣を模した木剣と丸盾、普段使う塔製の鞭は訓練生相手のハンデにならないので封印してある。
――やがて準備時間の終わりを告げる号令が響く渡る。
「時間です。これより最終試験を開始します。挙手した希望者から順に試験を行います。では…我こそ一番槍と名乗り上げたい未来の英雄はいますか?」
「はい!自分たち、いけますっ!」
迷わず挙手した二人が武器を手に教官の前へ駆け寄る。僕と清龍君は互いに目配せし、静かに頷き合って最初の模擬戦を観察する。他の訓練生たちもそれぞれの相方と共に、緊張した面持ちで待機している。
「磯野君と千影君ですね。では……始め!」
教官との対決が始まった。二人の動きは素早く連携も取れているが、教官の防御は堅固でなかなか隙を見せない。時間が経つにつれ焦りが二人を襲い、意表を突かれた隙に動きが止まる。教官の反撃が鋭く放たれた。
「加点0、減点2ですね。お疲れ様です」
教官の冷静な声が響き、見せ場が無かった最初の組は肩を落として退場する。その後も次々と組が挑戦し、全力を尽くすものの、教官を追い詰めるのは難しい。桜木教官が手加減してるのは一目瞭然、だけど鉄壁の防御はを崩すのは至難の業。
「加点1、減点2」
「加点2、減点1」
「加点0、減点1」
最終試験に挑戦する組班の結果が発表されていき、訓練生の半数が去った頃。教官の動きを凝視していた僕は視線を清龍君に移し、静かに佇む彼に声をかける。
「足捌きは大体把握した。左側に勝機があるよ。清龍君、そろそろ僕たちも動こうか?」
「…もす」
「了解。手筈通り僕が前に出て注意を引きつけるから、君が死角を突いてくれ」
「もす!」
最後の調整を確認し合う。闘志に燃えた彼の目に僕も力強く頷いて手を天へ伸ばす。
「次の組は……新田君と雷門君ですね。…いいでしょう、前に出てください」
教官の声に従い、僕と清龍君は訓練場の中央に進み出る。僕は六尺棒を、清龍君は双剣を逆手に持ち、冷静な表情で構える。一定の距離を保ち、互いに姿勢を整える。
緊張感が武器に染み込み、全身の神経が研ぎ澄まされる。眼前の相手を視野に捉えた。
「面白い組み合わせですね。準備はよろしいですか?」
「はい、準備万端です」
「もす!」
教官の問いに、僕らは決意を込めて答える。
「では――始めっ!」
先生の合図が訓練場に響き渡り、僕は清龍君と同時に駆け出した!