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第十二話 卒業試験

 昨晩早くに就寝した僕の体調は万全。食堂で働くおばちゃんの愛情がたんまり籠った香り高い朝食を心置きなく味わうと、お馴染みの訓練場へ向かう。


 本日は僕たち訓練生にとって大事な日、今日の結果で将来の道しるべが決まる日。

 演習を兼ねた実技試験。筆記試験と異なり挑戦権は一度限り、もし不合格になれば今期の資格証獲得は諦めなければならない。寮内の空気もピリピリしていて、煮詰まった緊張が皆を支配していた。

 幸運に筆記試験を一回目で合格した僕からすれば、この実技試験が正真正銘の卒業試験。


 一足先に武器が保管された蔵へ向かい手慣れた相棒を手にした僕は訓練場に脚を踏み入れると、清らかな朝の空気が頬を撫でる。上を見上げれば初夏の空が青く澄んで絹のように輝いている。


「おはよう純君。いよいよだね」


 既に集まった訓練生が、立ってもすわってもいられぬ高揚感で落ち着かない様子を観察していた僕も急に結んだ靴紐が気になり、地面に片膝を突いて結び直していると頭上から鈴のように涼しい小さい声が耳に入る。

 肩から零れる髪を手で押さえる女性。真後ろに降り注ぐ太陽光と重なったその姿は大和撫子を体現したような存在だった。緊張のきの字も感じさせない熱い闘志が秘められており、彼女の目は、今日という日を前にして、いつも以上に鋭く輝いている。


「おはよう舞さん、そうだね…いよいよだ」


 紐を結んだ僕は軽く会釈した舞さんの隣に立った。僕らの視線の先には、試験の準備が整えられた訓練広場が広がっている。一つ深呼吸をして心を落ち着かせる。これまでの努力の集大成、失敗は許されない。力の全てを注ぎ込む舞台が僕を待っている。


「やっぱ、緊張してる?」


 彼女の声は、いつも通り冷静で、どこか優しさを含んでいた。僕は少し考えてから頷く。


「正直言うと…少し。でも、それ以上にワクワクしている自分もいる。約三ヶ月の鍛錬が報われるかどうか、自分自身を試せる日だと思うと、胸が高鳴るよ」


 僕の言葉と決意に微笑んだ舞さんが口を開く。


「そうね。私たちにとって今日は特別な日。でも、貴方なら大丈夫。何時も隣で観てきた私が断言する。自分を信じて」


「ありがとう」


 彼女の励ましに感謝の言葉を呟く。その美貌と誰にも優しい性格から人気を博す舞さん、どうしてか僕に対して何かと手を貸してくれた。彼女の存在は、僕にとって大きな支えだった。


 僕と舞さんが互いに言葉を交わしていると、訓練場の入口から足音が響いてきた。その音に反応し、訓練生たちの視線が一斉にそちらに向く。そこには、実技試験を担当する桜木教官が立っていた。教官が向ける鋭い眼光、はっと目を引く美貌の裏に隠された厳しい視線一つで、訓練場の空気が更に引き締まる。……っきた!


「四班諸君、集合‼」


 教官のよく通る声が広場に響き渡る。その声に従い、全員が素早く整列する。訓練で染まった綺麗な整列を一瞥し、冷静ながらも威圧感のある口調で説明を始める。


「本日の実技試験は、以下の三つの項目で構成されています。一つ目は瞬発力と持久力の走り込み。四キロのコース、つまり十五分以内に十周を完走。二つ目は基礎体力、私が吹く笛の音に合わせて腕立て伏せを行う。最後に私との模擬戦。二人一組でこれまでの訓練で身につけた技術を存分に発揮し、私に対していかに戦えるかを見ます…回復薬は存分に用意しているので怪我に関しては気にせずに。私は防御に徹しますが、攻め時があまりにも隙だらけでしたら、こっちから反撃します。当然、攻撃が当たれば減点ですのでご注意を」


 教官の説明を聞きながら、僕は心の中でそれぞれの項目を確認する。持久力の走り込みは、体力の限界を試す試練。腕立て伏せは、筋力と持久力の両方が問われる。そして、模擬戦は技術と判断力、そして塔を生き残る純粋な実力が試される。三種目とも一瞬の狼狽えが合格を砂のようにくずす可能性で満ちている。だけど、これまでの訓練を思い返せば、乗り越えられない壁ではない。

 

「それぞれの項目を順番に行います、初めに四キロの走り込みから。準備ができたら、出発点に並んでください。ここで躓いたら、返り咲きは厳しいので頑張ってください」


 意地悪に圧力を掛ける腹黒教官の指示に従い、訓練生たちは出発点に引かれた線に並ぶ。僕もその中に加わり、軽い準備運動で体をほぐす。舞さんが隣に立ち、静かに声をかけてくる。


「頑張ろうね、純君。私も全力で挑むから、追い抜かしても憎まないでね?」


 彼女の言葉に、僕は力強く頷く。


「うん、こっちこそ競争に負けて泣いても、慰めないから」


「こんにゃろ~、言ったなぁ」


 軽口をたたく二人に周囲の視線が集まる。


「では……開始!」


 桜木教官が合図と共に手元の測定器を押した瞬間、右膝に溜めた力を解放。勢いよく地面を蹴って疾風のように駆ける――!宙を翔ける僕の身体は風の中を走る。脚に溜め込んだ力が爆発する感覚。風を切り、景色を置き去りにして僕は疾走した。

応援ありがとうございます!今後ともよろしく!

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