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ぶらぶら

首都ローゼンハイムの表通りは、今日も活況にあふれていた。


アルスは通りの左手を見た。大通りの左、東の方向のはるか先には、五階建ての建物よりもさらに高い城門と、その上に高くそびえる櫓を遠望できた。城壁は高いだけでなく分厚く、混凝土でできたその壁の厚さおよそ三十尋もあり、外敵の侵入を許したこと一度もなかった。都市の安全と美しさが、この土地に多くの人々を惹きつけた。


次いでアルスは通りの右手を見た。都市の中央へと続いていく通りは、街の喧騒にあふれていた。今アルスが歩いている場所は魚河岸であり、あたりには魚の生臭い香りが漂い、魚の卸売業者が、威勢のいい声で競りを行っていた。このローゼンハイムは、大河ラインベルクの河口に位置しており、海の魚も川の魚も豊富に手に入った。


魚河岸のすぐ隣は材木店だった。商人らしき二人が、何かを相談しながら、手元の紙に何かを書き込んでいた。その隣には絨毯店が軒を連ね、東方趣味の派手な模様の絨毯が並べられていた。そこでは異民族のような風貌の老女が、物憂げに店番をしていた。


通りは人でごった返していた。ふと、ある店の軒先の人だかりがアルスの目を引いた。そこには子供だけでなく、貴族風の立派な身なりの人まで集まっていた。どうやら、店の奥で、なにか競りが行われているらしい。

アルスは人ごみを掻き分け、中をのぞき込むと、生きた魔物が口輪をされて見世物にされていた。それは、サラマンダーと呼ばれる火を吹く巨大なトカゲだった。それはドラゴンの亜種とされ、翼は小さく退化し、姿はワニにも似ていた。魔物の中には珍味とされるものが多く、内臓などは腐りやすいことから、狩人は生きたまま市場に持ち込むことが多かったのだが、そしてそういったものの中には、愛玩動物として密かに取引されるものもまた存在した。魔物の飼育は禁止されていたが、悪趣味な貴族の中には、そうした魔物を飼うことを好む者も少なくなかった。

子供が棒でサラマンダーをつつくと、魔物は身をくねらせて地面を転がりまわり、人々はそれを見て笑った。競りの鐘が鳴り競売が始まると、アルスはその場を離れた。


アルスは市場をぶらぶらと歩きつつ、目的地にたどり着いた。そこは、羊肉の屋台だった。そこではいつもどおり、肉の焼ける香ばしいにおいが漂っている。彼が店前に並ぶと、店主は目礼を送り黙って二本の串焼きを差し出してきた。アルスも黙って銅貨を支払った。

彼は店主に顔を覚えられたいた。この百万都市の中でアルスを知っているのは、クラスメートを除けばごく僅かだった。アルスが肉にかぶりつくと、肉汁とタレの香ばしい味が口の中に広がった。


彼は再び、あてもなく市場を歩いた。ここにいる商売人たちは、互いに長く知った人間なのだろうか。彼らはアルスとは逆で、顔が広いほど有利な職業だった。定住し妻を娶り、名士として知られる人間もいた。どれもアルスとは縁のないものだった。


アルスは、冒険者になりたかった。より正確にいうと、冒険して、それで生計を立てる、ということをやってみたかった。自分の発見した宝を売り知己を増やし、店を構え商売を大きくする…ということをやってみたかったのだ。しかし具体的にそれをどう実現すればいいかというと、皆目見当もつかなかった。

彼は世間のことを表面的にしか知らなかった。

アルスには真の友人がいなかった……偽名で長く付き合う友人はいた。組織はそういったことについて、特に口をはさんでこなかった。

彼は自分の仕事が嫌いだった。

昔は自分の意志というものがなかった。しかし、王女と出会い、彼は変わった。意志を持ったいま、彼は空虚だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


アルスは、中央広場まで歩いてきた。そこは、元老院議事堂の前に作られた、石畳が敷き詰められた巨大な広場であった。


アルスは、噴水の縁に座っている女を見つけた。女の名はシリウスといった。白いショートボブに、切れ長の赤い目をしており、任務外で見かけるときはどういったわけかメイド服を着ていた。アルスは彼女の隣にどかっと腰を下ろすと、手に持った串を差し出した。


【シリウス】―「あなたは食べないのですか?」


【アルス 】―「もう食べた」


【シリウス】―「そう」


シリウスは、串を受け取ると、ぱくりぱくりと食べ始めた。アルスは、足を組んで広場をぼんやりと眺めた。さすが祭りの日だけあって、今日は人通りが多い。異国人も多く、見慣れない種類の馬車や、様々な肌の色の人間が行き交っている。そんな日でも、議事堂の門を守る二人の衛兵は、微動だにせず立っている……アルスは、遠くに見える衛兵にむかって、ご苦労さんと心のなかでねぎらった。


アルスは右手の方向を眺めた。そこには、赤いレンガ作りの巨大な建物と、それを囲む、四つの白く高いミナレットがあった。

赤いレンガの建物は、二千年の歴史を誇る、この国最古の大図書館だ。その四つのミナレットのうち南東の塔の中に、建国以来いまだかつて開かれたことのない禁書庫が存在しているのだ。


【アルス 】―「任務の詳細は受けたか」


【シリウス】―「ええ」


【アルス 】―「扇は見たか」


【シリウス】―「見ました」


【アルス 】―「殺せると思うか?」


【シリウス】―「思います。なぜそんなことを聞くのですか?」


アルスは話題を変えた。


【アルス 】―「お前、禁書庫がどの塔にあるか知っているか?」


【シリウス】―「右奥の塔でしょう?」


【アルス 】―「そうだ。あの塔の中に大悪魔がいると聞いたら、信じるか?」


【シリウス】―「はあ。そうなのですか」


【アルス 】―「大悪魔の名はゼクターというらしい。聞いたことがあるか?」


【シリウス】―「いいえ、全然」


【アルス 】―「その名前を聞いて、お前はなにか感じるか?」


【シリウス】―「はあ?別に何も感じませんが」


【アルス 】―「ゼクターは望む者に好きな魔法を授けると言われている。お前はこれを聞いてどう思う?」


【シリウス】―「別に何も。さっきからなんですか?」


【アルス 】―「お前、ほしい魔法とかないのか」


【シリウス】―「別に魔法なんか欲しくありませんよ」


【アルス 】―「じゃあ訊き方を変える。いま好きな願いが叶うとしたら、何がほしい?」


【シリウス】―「うーん100兆ゴールド?」


【アルス 】―「真面目に答えろ」


【シリウス】―「はあ。じゃあ世界平和とか」


【アルス 】―「もっと、具体的に、魔法っぽいものでなにか思いつかないか」


【シリウス】―「何を言ってるんですか?あなたもわたしも魔法のことなんてなにも知らないでしょう」


【アルス 】―「いいから、なにかないか?」


【シリウス】―「はあ?じゃあ、望むだけで悪魔が全員死ぬ魔法とか」


【アルス 】―「魔法っぽいものって言ってるだろ。おまえ、自分で魔法を使ってみたいと思ったことはないのか」


【シリウス】―「ありませんよ。アルスはあるのですか」


【アルス 】―「ある」


【シリウス】―「そうですか。メルヘンチックだこと」


【アルス 】―「……」


【シリウス】―「それで?どんな魔法が欲しいんですか?」


【アルス 】―「……俺は音が出なくなる魔法がほしいと思ったことがある。」


【シリウス】―「地味な魔法ですね」


【アルス 】―「……音が出なければ部屋に忍び込むことも容易だし、魔法使いの口も塞げるかも知れない」


【シリウス】―「へえ。任務中にそんなこと妄想してたんですか」


【アルス 】―「任務中じゃない。仕事が終わって、もっとうまくやれたか色々思い返したりするときに、ふとそんなこと思うんだよ」


【シリウス】―「わたしは仕事が終わった後は任務のことなんか一切考えたりしません」


【アルス 】―「お前、普段なにやってるの?」


【シリウス】―「それはお互い詮索なしでしょう」


【アルス 】―「魔法使いの友人とかはいないのか?」


【シリウス】―「あなたは学校に通っているからそういうお友達もいるんでしょうけど、普通に暮らしている人間は魔法使いと接点なんてありませんよ。街では見かけますけど」


【アルス 】―「そうか。俺は毎日学校でとんでもない魔法を見せられて、自分も使ってみたいとか思うんだがなあ」


【シリウス】―「それで音の出ない魔法ですか。御学友を見てどうやってぶっ殺してやろうかとか裏で考えてるんですか?」


【アルス 】―「そんなこと考えるはずないだろ。学校では普通に友人たちだ」


【シリウス】―「はあ。随分人生エンジョイしてるんですね」


【アルス 】―「俺は真剣に任務を遂行しているだけだ」


【シリウス】―「あなたが学校でお気楽やってる間にわたしは人を殺してるんですが」


【アルス 】―「……」


【シリウス】―「('ω'*)嘘ですよ。本当は殺しの任務なんて全然ありません。翁が全部やっちゃいますからね」


【アルス 】―「おい」


【シリウス】―「(●´▽`)あはは」


【アルス 】―「……じゃあ質問を変えてみよう。お前、攻撃魔法で欲しいものはあるか?」


【シリウス】―「う~ん。マグマ」


【アルス 】―「マグマ?」


【シリウス】―「両手からマグマを吹き出す魔法。相手は死ぬ」


【アルス 】―「くだらね」


【シリウス】―「(●´▽`)あはは」


【アルス 】―「……王がゼクターの魔法を欲しているとしたら、なんだと思う?」


【シリウス】―「ああ、結局それが聞きたかったんですね?……まあ定番どころだと不老不死とかじゃないですか」


【アルス 】―「それは、善なる目的に叶うと思うか?」


【シリウス】―「アマンダ王女を守るために不老不死になるというのなら、善でしょう。しかし、そもそも王様のお考えをあれこれ推論するなんて、我々には許されてはいませんよ」


【アルス 】―「俺じゃない。翁が考えてるんだ」


【シリウス】―「へえそうですか。わたしは知りたくもありませんね」


【アルス 】―「なぜ?気にならないのか」


【シリウス】―「わたしはこの仕事、別に好きじゃありませんから」


シリウスはそう言うと立ち上がり、言った。


【シリウス】―「そろそろ王城へ向かいましょう。アマンダ様がお出掛けになられる頃です」


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